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その兄、信頼を得る

 昼食にまでは城に戻れるだろう。食欲の湧く、色々な食材が混ざった香りが漂う大通りを歩く。その後、周囲を警戒しながら回り道をして、城壁の下を見定める。
 城壁に一箇所だけ、人一人がやっと通れる程の穴が空いているのだ。
 穴を潜り、誰も居ないのを確かめてから颯爽と庭を走る。

「セレート殿下、此方です!」

 ローラ一家の情報提供を促した侍女に見張りを頼んでおいたのだ。
 偶然なのか、意図的だったのか、侍女の隣には第一王子――兄の姿がある。
 拙い事になった。顔を顰め、兄を見た。
 兄は真っ直ぐに俺を覗き込み、視線を逸らそうとはしない。俺を窘める腹積もりなのだろうか。訝りながら、鼓動を速める胸に手を当てた。

「兄上」

 一階のベランダから城へと戻るなり、焦りと緊張で俯いてしまった。

「セレート、何か勘違いをしてないか?」

「えっ? 何を?」

「俺はお前を責めるつもりは無い。寧ろ、誇りに思うよ。父上の命より、自分の気持ちを優先出来る勇敢さが身に着いたんだからな」

 そう、なのだろうか。父への反発や兄への羨望が俺を突き動かしただけなのに。
 小首を傾げると、兄は朗らかに笑う。緊張して損をした気分だ。味方になってくれるなら、これ以上頼れる人は居ないのだから。

「ご令嬢には会えたのか?」

「それが......」

 会えたのは会えたが、良い進展はなかった。
 再び俯くと、兄も察してくれたようだ。

「何かあったのか? 話してくれないか?」

「はい......。どうやら彼女の父が爵位を剥奪されるみたいで」

 それだけを聞くと、兄は表情を一変させた。

「爵位の剥奪? 滅多な事では剥奪されない筈だが」

「でも、嘘とは思えません。幼馴染に相談しても、解決しなかったらしくて。『王命に背いた』と、彼女は言っていましたが......」

「王命なんてあったか......?」

 兄は考え込んだが、眉を顰めるばかりだった。
 王命を下す時には、必ず臣下や兄に相談をしている。兄が知らないなんて不自然だ。

「やはり、思い当たらない。何か胸騒ぎがする」

 父上が密かにローラ一家の転覆を――いや、こうは考えられないだろうか。
 イリアが関わっていると。
 あの傲慢で嫉妬深い性格だ。婚約発表での俺の顔色の変化を瞬時に察していたのかもしれない。そして、俺が目で追っていたローラの存在に気付いていたのなら――先回りされた可能性はある。

「兄上」

「どうした?」

「イリアを調べて下さい。可能性はあります」

「イリアか......。あまり考えたくはないが」

 苦い顔をしながらも、兄は頷いてくれた。

「調べてはみる。だが、男爵の爵位維持は叶わないかもしれない」

「それは分かっています」

 国のシステム上、爵位の剥奪は簡単であっても、剥奪されたものを取り返すには手続きに何十年も、何百年もかかってしまうだろう。ローラが待てる時間ではない。

「兄上、お願いします」

「分かった」

 兄は最後に力強く微笑むと、踵を返した。遠ざかっていくその背中が、やけに大きく、頼もしく感じた。

 その後、調査には何日、何十日と時間を要した。兄が逐一報告してくれるのだが、状況が良いとは言えなかった。
 ただ分かったのは、イリアの父が『何かを隠蔽している』という事実だ。
 それだけ分かれば良い方なのだろうか。
 今日はローラに報告も兼ねて会うために、また大通りを歩いている。父にはまだ秘密だが、兄の協力を得た今となっては城からの逃走などお手の物だ。
 ローラには手紙で会う約束を取り付けている。返事は貰えないが、見てもらえるならそれで良い。
 男爵家の近くに聳える一本の百年樹、そこで待ち合わせをしている。
 俺が到着するのを待っていたかのように、ローラは木の下で手を振ってくれた。

「セレスト様!」

 恋人同士では無いので、熱い抱擁は出来ない。しかし、その笑顔を見られるだけで嬉しかった。

「ローラ、お父様の様子は?」

「まだ、気落ちしたままで」

「そっか......」

 爵位を剥奪されるのだ。ましてや味方も居ないだろう。その心中を察すると、やり切れなくなる。

「今日はローラに報告があるんだ」

「もしかして......良い報告ですか?」

「うん」

 目を伏せて、イリアの顔を思い浮かべる。
 そこまでして俺からの愛が欲しいのか。悔しさと怒りが込み上げてくる。

「お父様を追い込んだ犯人が分かりそうだ」

「本当ですか!?」

「うん。ただ、爵位は取り戻せないかもしれない」

「それは承知の上です。覚悟は出来ています」

 ローラの瞳には、闘志に燃える決意が滲んでいた。
 思っていた以上に彼女は強いらしい。

「住まいだって、もしかしたら食べるものだって無くなるかもしれない」

「分かっています」

「俺はローラがそんな目に遭うのは耐えられない」

 弱いのは俺の方だ。俯き、拳を握り締める。
 その拳をローラが両手で包み込んだのだ。

「どうして、私たちの為に、そこまで......?」

「本当は言うべきじゃないのかもしれない。でも、俺はローラが好きなんだ」

 こんな事を言っても迷惑なだけかもしれない。何しろ、俺には婚約者が居る。ローラを巻き込んでしまっている。
 しかし、もう巻き込んでしまっているのなら、素直に本当の事を伝えたい。
 想いが、感情が爆発する。

「俺の本名はセレート。この国の第二王子だ」

「まさか、似てるんじゃなくて、本当に、本物の王子様......?」

 突然の告白に、ローラの瞳が揺らぐのを感じた。
 数秒間、互いに何も言えず、緊張が走る。

「......私も殿下に一目惚れしました。でも、殿下には婚約者が――」

「そんなの、父上が勝手にやった事だ。兄上は応援してくれてる」

「第一王子殿下が......」

 ローラは俯くと、何か伝えようとしてくれているのか唇が動く。だが、言葉になる事は無かった。

「イリアはローラを追い込んだ犯人だ。俺がどうにかしてみせるから。信じて欲しい」

 力強く言い切ると、ローラは小さく頷いてくれた。
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その夜、境界線を超える作者:七宮叶歌
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その兄、信頼を得る

 昼食にまでは城に戻れるだろう。食欲の湧く、色々な食材が混ざった香りが漂う大通りを歩く。その後、周囲を警戒しながら回り道をして、城壁の下を見定める。
 城壁に一箇所だけ、人一人がやっと通れる程の穴が空いているのだ。
 穴を潜り、誰も居ないのを確かめてから颯爽と庭を走る。

「セレート殿下、此方です!」

 ローラ一家の情報提供を促した侍女に見張りを頼んでおいたのだ。
 偶然なのか、意図的だったのか、侍女の隣には第一王子――兄の姿がある。
 拙い事になった。顔を顰め、兄を見た。
 兄は真っ直ぐに俺を覗き込み、視線を逸らそうとはしない。俺を窘める腹積もりなのだろうか。訝りながら、鼓動を速める胸に手を当てた。

「兄上」

 一階のベランダから城へと戻るなり、焦りと緊張で俯いてしまった。

「セレート、何か勘違いをしてないか?」

「えっ? 何を?」

「俺はお前を責めるつもりは無い。寧ろ、誇りに思うよ。父上の命より、自分の気持ちを優先出来る勇敢さが身に着いたんだからな」

 そう、なのだろうか。父への反発や兄への羨望が俺を突き動かしただけなのに。
 小首を傾げると、兄は朗らかに笑う。緊張して損をした気分だ。味方になってくれるなら、これ以上頼れる人は居ないのだから。

「ご令嬢には会えたのか?」

「それが......」

 会えたのは会えたが、良い進展はなかった。
 再び俯くと、兄も察してくれたようだ。

「何かあったのか? 話してくれないか?」

「はい......。どうやら彼女の父が爵位を剥奪されるみたいで」

 それだけを聞くと、兄は表情を一変させた。

「爵位の剥奪? 滅多な事では剥奪されない筈だが」

「でも、嘘とは思えません。幼馴染に相談しても、解決しなかったらしくて。『王命に背いた』と、彼女は言っていましたが......」

「王命なんてあったか......?」

 兄は考え込んだが、眉を顰めるばかりだった。
 王命を下す時には、必ず臣下や兄に相談をしている。兄が知らないなんて不自然だ。

「やはり、思い当たらない。何か胸騒ぎがする」

 父上が密かにローラ一家の転覆を――いや、こうは考えられないだろうか。
 イリアが関わっていると。
 あの傲慢で嫉妬深い性格だ。婚約発表での俺の顔色の変化を瞬時に察していたのかもしれない。そして、俺が目で追っていたローラの存在に気付いていたのなら――先回りされた可能性はある。

「兄上」

「どうした?」

「イリアを調べて下さい。可能性はあります」

「イリアか......。あまり考えたくはないが」

 苦い顔をしながらも、兄は頷いてくれた。

「調べてはみる。だが、男爵の爵位維持は叶わないかもしれない」

「それは分かっています」

 国のシステム上、爵位の剥奪は簡単であっても、剥奪されたものを取り返すには手続きに何十年も、何百年もかかってしまうだろう。ローラが待てる時間ではない。

「兄上、お願いします」

「分かった」

 兄は最後に力強く微笑むと、踵を返した。遠ざかっていくその背中が、やけに大きく、頼もしく感じた。

 その後、調査には何日、何十日と時間を要した。兄が逐一報告してくれるのだが、状況が良いとは言えなかった。
 ただ分かったのは、イリアの父が『何かを隠蔽している』という事実だ。
 それだけ分かれば良い方なのだろうか。
 今日はローラに報告も兼ねて会うために、また大通りを歩いている。父にはまだ秘密だが、兄の協力を得た今となっては城からの逃走などお手の物だ。
 ローラには手紙で会う約束を取り付けている。返事は貰えないが、見てもらえるならそれで良い。
 男爵家の近くに聳える一本の百年樹、そこで待ち合わせをしている。
 俺が到着するのを待っていたかのように、ローラは木の下で手を振ってくれた。

「セレスト様!」

 恋人同士では無いので、熱い抱擁は出来ない。しかし、その笑顔を見られるだけで嬉しかった。

「ローラ、お父様の様子は?」

「まだ、気落ちしたままで」

「そっか......」

 爵位を剥奪されるのだ。ましてや味方も居ないだろう。その心中を察すると、やり切れなくなる。

「今日はローラに報告があるんだ」

「もしかして......良い報告ですか?」

「うん」

 目を伏せて、イリアの顔を思い浮かべる。
 そこまでして俺からの愛が欲しいのか。悔しさと怒りが込み上げてくる。

「お父様を追い込んだ犯人が分かりそうだ」

「本当ですか!?」

「うん。ただ、爵位は取り戻せないかもしれない」

「それは承知の上です。覚悟は出来ています」

 ローラの瞳には、闘志に燃える決意が滲んでいた。
 思っていた以上に彼女は強いらしい。

「住まいだって、もしかしたら食べるものだって無くなるかもしれない」

「分かっています」

「俺はローラがそんな目に遭うのは耐えられない」

 弱いのは俺の方だ。俯き、拳を握り締める。
 その拳をローラが両手で包み込んだのだ。

「どうして、私たちの為に、そこまで......?」

「本当は言うべきじゃないのかもしれない。でも、俺はローラが好きなんだ」

 こんな事を言っても迷惑なだけかもしれない。何しろ、俺には婚約者が居る。ローラを巻き込んでしまっている。
 しかし、もう巻き込んでしまっているのなら、素直に本当の事を伝えたい。
 想いが、感情が爆発する。

「俺の本名はセレート。この国の第二王子だ」

「まさか、似てるんじゃなくて、本当に、本物の王子様......?」

 突然の告白に、ローラの瞳が揺らぐのを感じた。
 数秒間、互いに何も言えず、緊張が走る。

「......私も殿下に一目惚れしました。でも、殿下には婚約者が――」

「そんなの、父上が勝手にやった事だ。兄上は応援してくれてる」

「第一王子殿下が......」

 ローラは俯くと、何か伝えようとしてくれているのか唇が動く。だが、言葉になる事は無かった。

「イリアはローラを追い込んだ犯人だ。俺がどうにかしてみせるから。信じて欲しい」

 力強く言い切ると、ローラは小さく頷いてくれた。
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その夜、境界線を超える作者:七宮叶歌
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