赤いヒヨコ
祝勝会を終えた三治は、チームメンバーたちと別れて球場へ戻る。まだ今日のデータ整理と自主トレーニングが終わっていないためである。
「だから言ってんだろうが。残業代も出ないんだから早く帰って寝ろや」
「三治は一度言い出すと聞かないんだよ。少年野球チームの頃、台風の中で自主練に行って帰れなくなっちゃって、迎えにきたコーチにしこたま怒られてた事がある」
「まったく成長のない男であるな」
三治の後ろを、信濃と吉継、兼愛が好き勝手に喋りながらついて歩いている。
「......何故ついてきた。明日も試合なのだから帰れ」
「仕方ないじゃないか。俺も左近も酒飲んじゃったし、三治が終わるのを待って車で帰るよ」
「俺に日本の地下鉄は難解すぎる。貴様の運転で帰るほかない」
「勝手に俺の車に乗る前提で話すな」
遠慮の欠片もなく三治の車に便乗するつもりの仲間たちは、人がいなくなった球場のエントランスをフラフラと歩く。ドーム正面の柱一つひとつには、ユニフォームを着た彼らの写真が大きく貼り出されているが、まるで同一人物とは思えないほどにだらしない有様である。
「育成くんは俺らが見てねえと深夜まで球場に居座るだろうが。あんたのコンディション維持のために、極端な時間外労働を止める必要があんだよ。......ん?」
信濃はふと、ドームの中央エントランスの自動ドアのほうを見て足を止めた。照明を落としたエントランスの先、球場をぐるりと囲う飲食店エリアの通路だけに明かりが灯っている。
「どうした左近。何か......」
信濃が目を凝らして覗く目線を追うと、飲食店エリアから正面エントランスの方に向かって、赤く丸い物体が近づいてきた。
「おお! あれはフェニックスくんではないか!」
ポテポテと辿々しい足取りでゆっくりと歩いてくる赤い塊は、力強く手を振る兼愛の方へゆっくりと近づいてきた。丸い体に申し訳程度のクチバシがついたその着ぐるみは、その短い翼らしき部分を伸ばして兼愛とハイタッチをする。
「フェニックスくん?」
「そっか。三治は見たことなかったっけ? うちの球団のマスコットキャラクターだよ。今年のオープン戦で転んじゃってからしばらく見ていなかったけれど......怪我は治ったのかな?」
吉継は大きく何度も頷く丸い着ぐるみの頭頂を撫で回した。ふわふわとした赤い起毛の素材に吉継の手跡がつく。
「どこがフェニックスなのだ。赤いヒヨコではないか」
三治がポツリと呟くと、耳ざとく聞きつけたフェニックスくんが短い翼をパタパタと動かしながら地団駄を踏んだ。
「おいおい育成くん。フェニックスくんがお怒りだぜ」
「すまぬなフェニックスくん。あの無礼者はこちらで躾けておくゆえ、どうか許してやってはくれぬか」
フェニックスくんはピョンピョンと飛び跳ねてから三治の方へ近寄ってきた。短い翼を差し出して、三治にくっつこうとする。
「寄るな。暑苦しい」
三治は翼を払いのけて距離を取る。黒い円形のアップリケをふたつ貼っただけの目が、悲しそうに俯いた気がした。
「あっ! 三治がフェニックスくんを邪険にしたーー悪いんだーー」
吉継は小学生の頃のように指をさして三治を咎める。
「や、やめろ。こんなぬいぐるみにそんな......」
三治とフェニックスくんを少し離れたところから凝視した信濃は、「ふうん」と小さく唸ってから、ニヤリと笑っていた。