3桁の彗星
球場内の全員が、その白球の行方を目で追った。
一瞬の沈黙の後、審判のストライクのコール。ベテランの抑えピッチャーが帽子を脱いで額の汗を拭った。試合終了である。
《放送席、放送席。今日のヒーローは、見事な投球でセイレーンズを抑えた澤山三治投手です》
「ありがとうございます」
ドーム内に声援が響く。ファンが掲げるのは3桁の数字を記したタオルやボード。先発ピッチャー澤山三治の背番号である。
高卒1年目でエースピッチャーの座を獲得した三治は、高校時代にそれほど注目されていた選手ではなかった。
ドラフト会議では朱雀フェニックスと育成契約。ところがシーズン開始とともに頭角を表した三治は、異例の速さで2軍先発ピッチャーとして勝利を勝ち取った。
開幕戦で故障や体調不良が続出した1軍先発ピッチャーの代役として急遽登板した1軍デビュー戦では、5回無失点で降板。自らの打席でも2打席連続出塁の活躍を見せた。
十分な準備期間もないまま、いきなり一軍での登板となった三治の背番号は225。1〜2桁の背番号が割りてられるのが通例の一軍選手にはあり得ない大きな数字の背番号である。
それでも目を見張る活躍を見せた三治の3桁の背番号は、会場中に鮮烈な印象を残した。
翌日のスポーツの一面を飾った「3桁の彗星」という三治のキャッチコピーはたちまちメディアの話題となり、交流戦をまもなくに控えた現在も、三治の背番号は225のままである。
ファンの熱気残るドームから選手ロッカーへ移動して、三治は帰宅の準備を整える。
「よう、育成くん。お疲れさん」
ロッカーに戻ってきた三治に声をかけたのは、バッテリーを組むベテラン捕手・信濃清興であった。
「育成くん」というのは、その名の通り育成契約のまま一軍に上がってきた三治に信濃がつけたあだ名である。
豊富な実戦経験と的確な配球指示で三治を冷静にリードする信濃は、悪びれる様子もなく隣にある三治のロッカーに自らの私服を掛けて、広く着替えの場所を確保している。
「人のロッカーを侵略するな」
「アンタのお帰りが遅ェからついな。みんな先にいつもの焼肉屋に行ってるってよ。今日は前田サンの奢りだぜ」
「俺はいい。今日のセイレーンズのデータをまとめる作業が残っている」
「おいおい、プロ野球選手が残業すんなよ。残業代なんて1円も出ねえんだぞ」
信濃は肩をすくめて笑う。着替えを済ませた信濃はドッカリとソファに座って三治の着替えを待った。有無を言わせず食事につれていくつもりなのだろう。わざわざ声をかけるのも面倒なので、三治はそのまま着替えを始める。
「こちらが朱雀フェニックスの選手ロッカーです。ちょっと覗いてみますね」
外から複数人の足音と女性の声がして、三治はロッカーの扉の方を向いた。急に開いた扉の向こうにあった丸い目と目が合う。
「ん?」
「あ......っ!?」
扉の向こうの廊下には、撮影機材を持った球団職員たちの姿があった。その中央、丸い目をより丸く見開いた女性は、着替え中でほぼ下着姿の三治に立ち尽くしている。
首から下げたネームプレートには、「広報 宇野梗子」と記されている。
「ご、ご、ごめんなさい澤山選手! まだこちらにいらっしゃるだなんて知らなくて!」
「あ、いえ、その......」
梗子は勢いよく頭を下げて、尚も三治にカメラを向け続けるカメラマンを慌てて制止した。
「だ、だめですよカメラさん! お着替え中の選手を映しちゃ......!」
「いいんじゃないですか。澤山選手に注目してるファンは多いですから。サービスシーンがあった方が再生回数も上がるでしょう」
どっと笑う撮影クルーたちに困惑する梗子は、カメラのレンズを手で塞ごうとしながら泣きそうな顔で何度も頭を下げた。
小さく鼻で笑った信濃は、のっそりと立ち上がってロッカーの入り口へ向かう。
「おいおい。こんな細いガキンチョ映してもしょうがねえだろ。再生数が欲しいなら今度俺が脱いでやってもいいぜ? 今日はそこのお嬢さんの言うこと聞いて下がんな」
ふざけたようで威圧感のある信濃の迫力に押された撮影クルーたちはカメラを下ろして引き下がる。ようやく撮影を諦めたことに安堵した梗子は、信濃と三治に深く頭を下げて、撮影クルーの後を追った。
「やれやれ。球団の広報ってのも大変だねえ」
「......そ、うだな」
「ん? どうした育成くん」
三治は去っていく球団職員たちの背後を眺めながら笑った信濃の奥を見つめた。オロオロと球団職員についていく彼女から目が離せなくなる。
「オイ、育成くん。もしかしてあのお嬢さんに惚れちまったか?」
「ちちちちち違う!!!!」