第十三話:聖獣じゃないよ、ただの迷子だよ
――ある日の午後。
ルルは今日のご飯とおやつの材料を収穫するため、
一人で施設の裏山へキノコ狩りに来ていた。
ボトッ――
ルルが振り返ると、栗が木から落ちてきた。
『栗は棘があるから、両足でこうやって押さえて中の実を取るんじゃよ』
ルルは、過去一緒に暮らしていたおじいちゃんの言葉を思い出し
棘のある栗の実を足で押さえながら実だけを銀色のトングで採っていく。
(ふぅ......。このくらいでいいかな)
カゴいっぱいに立派なキノコと栗を収穫し、そろそろ戻ろうとしたその時。
ガサッガサッ――
「キュゥゥ......」
草むらの陰から、か細い鳴き声が聞こえてきた。
ルルは、ゆっくりと声がする方へ近づく。
長いススキを掻き分け、そっと覗き込んでみると
そこには手のひらサイズの、小さなドラゴンの子供が倒れていた。
(怪我をしてる......。私、喋れないから念話とか出来ないかな? )
ルルは、地面に腕にかけていたカゴを置くと
静かにしゃがみ込みチビドラゴンを見つめ心で話しかけてみた。
ジィーッ
(大丈夫ですか? )
「......」
ジィーーーッ
(怪我の状態見たいので、触ってもいいですか? )
「キュッ......キュウゥーー......」
『人間、ジッと見てくる。こわいよぉ......』
チビドラゴンは、ポロポロと泣いて震えだした。
(ダメみたい。もっと泣いちゃった)
ルルは背負っていたスケッチブックに、ペンを走らせ
文字を見せてみることにした。
【大丈夫ですか? 】
チビドラゴンは、一瞬小さい体をビクッと跳ねさせると
潤んだ目でルルを見上げ、念話のような声で必死に訴えてきた。
『たすけて......おなかもすいた......動けないの......』
(良かった、文字なら会話できるみたい。)
【私の家で怪我の手当する? 】
『たすけてくれるの? うん、お家いく』
ルルは小さく頷くと無言でチビドラゴンをひょいと持ち上げ、
花の刺繍が入ったハンカチで包む。
カゴに入れると、先程居た場所へ戻り帰る準備を始めた。
再び腕にカゴの取っ手をくぐらせ、サクサクッと落ち葉を踏みしめながら歩く。
(震えてる......大丈夫かな)
ギィィイッ――
施設のドアを開けると、ロイドが書類を持って備品の確認をしていた。
「チーフお帰りなさい! 今、備品発注しようとしてて......なっ?! 」
ダダダダッ――
ロイドはルルの元へ駆け出し、腕に持っているカゴの白い布をそっと外した。
「赤い尻尾が見えたかと思えば! こ、これは、どういう事ですか?! 」
【拾ってきました】
「いや......。いやいやいや!! こればかりは、返してきてください! 」
ロイドは慌てて後ずさりしながら叫び出した。
【なんで? 怪我してるよ。この子】
「その生き物の正体分かっていませんね?!
小さくても、成長すれば一国を滅ぼすと言われる
古代の最高位赤竜(グランド・レッドドラゴン)の幼体ですよ!?」
(うーん。後で話を聞こう)
ロイドが頭を抱え大騒ぎする中、ルルは彼の言葉を無視し部屋の隅にある扉を開いた。
「竜族はプライドが高く、人間が触れただけで親竜が山を焼きに来ます!
お願いだから今すぐ元の場所に返してきてください!!」
カチャカチャッ――
ロイドはルルの後ろにぴったりとくっつき、説得してるがそれどころではない。
ルルは眉間にシワを寄せつつ、瓶のラベルを見ながら棚の中を探していた。
(あったあった。消毒液と傷薬)
「話聞いてます?! おーい! チーフ! 」
(ロイド君。聞こえてるよ。少し黙ってくれないかな? )
早く手当てを終えないと、おやつを作る時間が遅れてしまう。
ルルは溜息をつき、チビドラゴンをカゴから机へと静かに寝かせた。
そして、傷口に消毒液をドバドバとかける。
(どのくらい付ければいいのかな? まぁ、沢山でいいか)
「ピギャァァァァーーーッ!?」
『しみる!!! やめてー!! 』
あまりの激痛にチビドラゴンが悶絶し、
口からパチパチと小さな炎を漏らすがルルは全く動じない。
「ちょっと――! そんなにかけるものではありません! 」
次に取り出した傷薬を二本の指ですくい取り、
塗り始めたルルはロイドの声を聞いていなかった。
ロイドは、ルルの前に移動してドラゴンの顔の前で止めに入る。
その時。
「ッ!......キュッ!! ケホッ――! 」
ブワッっと吐かれた炎の塊は、ロイドの顔へ直撃した。
「うああぁぁあ! 熱っ!! あちぃぃい! 」
ロイドは後ろに飛び尻もちをついたあと、床でゴロゴロ動き出し悶絶している。
(包帯は翼の部分ってどう巻いたらいいんだろう? うーん。)
ルルは分からないまま、白い包帯をミイラのようにグルグル巻きにし始めた。
その一切の躊躇がない、冷徹とも言える手際を見たロイドは
別の意味で恐怖に顔を引きつらせた。
「ド、ドラゴンに一切恐れず、消毒液をかけ
抵抗を許さないと言わんばかりの拘束をするとは――! 」
「クッ! 私は止めましたからね?! 」
そこへ、騒ぎを聞きつけた入所者のおじいちゃん、おばあちゃん達が集まってきた。
ミイラのように包帯で固められたチビドラゴンを見た瞬間、
元魔王や元剣聖たちの目に、凄まじい衝撃が走った。
「な、なんという禍々しくも神聖な覇気......!
小さいながらも、あのマスターが自ら拉致......
いや、スカウトしてきた生き物なのか!?」
「うむ......。全身を白い聖なる封印布で縛り、
その強大すぎる魔力をマスター自らが制御しておられる......。
間違いない、あれは我が主の眷属――『神話級の聖獣』なのだ!!」
「おぉぉぉぉおおお! 聖獣様! 」
猛者たちの間で、一瞬にして「ルルの聖獣」として話が確定してしまった。
「キュッ、キュキュゥウ――」
『ちがう、ぼくただの迷子......』
チビドラゴンは包帯でパンパンに巻かれたまま涙目でプルプル震えているが、
誰にもその声は届かない。
その後、チビドラゴンはレクリエーション室に一旦寝かせ、
ルルとロイドは夕飯の仕込みを始めた。
「なぜ、こういうときに限って施設長はいないんだ――」
茹でた大量の栗の皮むきをロイドが風魔法を使いながらブツブツ呟いている。
(そういえば、施設長はいつもどこへ行ってるんだろう)
ルルはキノコや山菜を洗いながら、ぼんやりと考えていた。
「いただきまーす! 」
今夜の晩ご飯は山菜の天ぷら、栗ご飯。焼き魚とキノコスープ
――その日の夜。
ドンドンドンッ......
バーーンッ!
ドスンッ!!!
夜間受付の扉をぶち破られ、凄まじい地響きが響き渡った。
(なにごと? 行かなきゃ)
「キュッ......」
『おいて行かないで』
ルルはチビドラゴンを抱え、夜間受付の方へ走り出した。
階段を降りると、ウィルおじいちゃんと目が合う。
「マスターーッ!! 聖獣様のご飯を狩ってまいりました!! 」
笑顔で話しかけてきた、ウィルおじいちゃん(81)。
隣国に属していた、元・騎士団長である。
彼が肩に担いでいたのは、山のヌシと言われる
『体長7mのギガベア(絶滅危惧種)』だった。
【ウィルさん、どうしたの? 】
「聖獣様が少しでも早く回復できるよう、
森の奥で一番生きのいい肉を仕留めてまいりました!
さあ、聖獣様! お召し上がりください! 」
ウィルおじいちゃんが笑顔でクマを持ち上げ、チビドラゴンへ差し出す。
『ボク、そんな大きいの食べられない......怖い――』
チビドラゴンは、ピュッと急いでルルが着ている上着のポケットに入り
ガタガタと震え上がる。
ダダダッ――
騒ぎを聞きつけた数人のおじいちゃんおばあちゃんと、ロイドが走ってくる。
「なっ何事ですか?! さっき、すごい音が......ってギガベア?!
図鑑でしか見た事ない! 」
「見事じゃ! この森にもギガベアがいたのじゃな」
フォードおじいちゃんは、腕を組み頷いている。
その中には、元・王族専属のお針子モニカおばあちゃん(83)もいた。
「マスター。丁度良かったわ! これ聖獣様に使ってもらえないかしら? 」
最高級シルクと、伝説の鳥(※コッコちゃんではない)の羽毛を
ふんだんに使った、『特製ふかふかベッド』。
(その素材は、どこから......? )
【今まで作っていたのですか? 】
「ええ。余った素材で作ったから気に入ってくれると嬉しいのだけれど」
ルルはポケットからチビドラゴンを掴み、ふかふかベッドの前に置いた。
キョロキョロとチビドラゴンは、ルルとおばあちゃんを交互に見た。
テチテチとベッドへ移動し小さい手で、数回軽いタッチをしたあと小さく鳴きだす。
「キュ! キュウウゥゥ......」
『サラサラで、ふかふか――』
チビドラゴンは布団の誘惑に勝てず、そのままズルズルと潜り込んだ。
心地よさにうっとりと目を閉じていく。
「おお!!聖獣様がベッドを、お気に召されたぞ! 」
「流石はモニカ! 」
周囲では大歓声が上がっている側で
破られた扉の前で座り込んでいるロイドが泣き出した。
「うあああぁぁん! 施設長が帰ってきたら報告しなきゃぁあ――」
ルルは、クルッとウィルさんの方へ振り返り、ペンを走らせて
スケッチブックをバッと掲げた。
【無断外出ダメ! 大きなクマは調理室に入りません】
「も、猛省いたします、マスタールル......ッ!」
(夜の森は危険だからね。怪我していないようで良かった)
「聖獣様への貢ぎ物に目が眩み、館の秩序を乱してしまいました――」
ウィルおじいちゃんは、震えながらクマをぎゅっと抱きしめる。
【お布団ありがとうございます。ゆっくり休んでください】
モニカおばあちゃんは、嬉しそうに頷いていた。
「いえいえ、久し振りの裁縫はとても楽しかったですよ」
横では、ふかふか布団でスヤスヤ眠るチビドラゴンを見ながら、
おじいちゃん達が囲んでいる。
【皆さん、もう夜も遅いので寝ましょう】
「御意! マスター! 聖獣様! おやすみなさいませ! 」
ルルの文字を見た、おじいちゃんおばあちゃんは
ゆっくりその場から自分の部屋へと戻っていった。
「チーフ......私も休みます。おやすみなさい」
ロイドは疲れた様子でトボトボと歩き出す。
(みんな、おやすみなさい)
パタンッ
ルルは、チビドラゴンを抱え自室に戻った。
だが、数時間後チビドラゴンの鳴き声で何度か目が覚める。
「キュゥ、キュゥゥウ――」
『ママ、ママどこー』
眠りながらチビドラゴンが鳴き始めると、
ルルはかけ布団の上からトントンッと一定のリズムで手を置いた。
やがて、スヤスヤとした寝息に変わると
ルルは目を擦りながら自分の布団へ潜る。
(お母さんが居ないと不安な気持ち。よく分かるよ――)
1人と1匹の寝息が静かに部屋へと響きだした。
――同時刻、隣国の森。
バサッ――
立派な翼を広げ、深い森の上で一匹のドラゴンが叫んでいる。
「モッチー! どこなのぉー? ママよー! 」
その頃、チビドラゴンのママは必死に森の上を飛んでいた。
だが、そこはルルがいる場所から別方向の森。
「モッチー! 見つけた! って違った。あれは魔石だわ」
飛び疲れたドラゴンは、山の山頂に降り立った。
「あの子、どこに居るのかしら――」
ドラゴンは暫くすると、また別の森へと旅立って行った。