兄さんは世界で一番いいお兄ちゃんだよ
049
「タバコ一本ちょうだい......」
「吸うんだ?......」
「最近になって吸い始めたんだよね......知ってるでしょ、漫画の仕事がどれだけキツいか......」
「ふっ......そうだな......」
俺はタバコとライターを渡した......
「うん?......あんたまだこの銘柄吸ってるの?......なんか......昔を思い出すな」
「マイルドセブン吸ってて何が悪いんだよ......」
「もう今はメビウスって呼ぶんだよ......」
「呼び方なんてどうでもいいだろ......」
俺はタバコを一本取り出して......火をつけようとした......
でもライターのガスが切れていた......
「あ......そうそう......こういうのやってみたかったんだよね......近くに来て......」
千代子は自分のタバコの火を俺のタバコの先に近づけた......
俺たち二人の顔がすごく近かった......正直言うと、彼女の匂いは結構いい......バラみたいな香りがした......あんなに引きこもりでだらしない感じなのに......
「90年代のロマンス映画みたいだね......次の話のアイデアに使おうかな......」
そう言うと彼女はすぐに手帳にアイデアをメモした
「そういうことするから変人扱いされるんだぞ......」
「別にいいわよ......どうせもう周りには変人だと思われてるし......」
「だから彼氏ができないんじゃないの?......」
「はは......勘弁してよ......追い打ちかけないでくれる?......」
「悪い......それで......社会人生活はどんな感じ?」
「クソだよ......」
「オッケー......聞かなきゃよかった......」
「正直言って、週刊連載を休みなく描き続けてる漫画家さんたちが本当にどうやってるのか信じられないくらい......本当にすごいと思う......でも私なんて......月刊で40ページ描くだけで死にそうになるのに......しかも一部のファンからは、私の絵、週刊連載の作家さんたちみたいに崩れずに描けてないって言われるし」
「そんなことまで言われるのか?」
「うん!めっちゃ言われる!私の漫画を自分たちの好きな漫画と比較して、私の漫画はクソだって言ってくる人もいるし......マジで勘弁してほしい!!」
漫画業界も結構ドロドロしてるんだな......配信のネタになりそうだ......
「しかも自分たちの好きな漫画は、いいアニメ化までされてるし......」
「おいおい......正直に聞くけど、あんたそういう嫉妬深い奴らのネガティブなコメントに、ファンよりも気にしてるだろ......」
「別に......」
「誤魔化さなくていいって......俺、そういう人結構見てきたから......聞けよ、そういう奴らのことなんて気にするな......結局あんたの作品を本当に愛して認めてくれるのはファンだけなんだから......」
「...............うん......」
「そういう奴らに反論したことある?」
「したいけど......アシスタントや担当編集にいつも止められるんだよね......」
「被害者のふりをするのがオススメだな......」
「被害者のふり?」
「そう......ウザいかもしれないけど......でもあんたが被害者になれば......多くの人が同情してくれるんだ......それに、それ以上に、そういう連中を無視する姿勢を見せることだな......ただの暇人が構ってほしいだけなんだから......」
「へえ......」
こっちが構ってやり続けて、被害者ぶってれば、いずれ同情してくれる人が出てくる......
「アドバイスはこれくらいでいいだろ......あとはあんた次第だな......」
「あんたって......相変わらず変わらないね......」
「俺はただ大人になりたくないだけだよ......つまらない大人にはなりたくない......でも最近はもうそんなこと言えなくなってきたけどな......」
「......ところであんた......まだお父さんとお母さん見つけられてないの?」
急に千代子がこの話を聞いてきた......前回、友人のシンちゃんがこの話を聞いてきた時のことを思い出した......なぜかその時の会話の流れで、俺は彼に銃を弾切れになるまで撃ってしまったが......幸い彼は無事だった......まあ当然か、あいつは不死身の人間だからな......
「......父さんは見つけた......でも母さんはまだ見つかってないんだ......」
「西尾くんとキヨミちゃんに手伝ってもらわないの?......あの二人ならあっという間にあんたのお母さん見つけてくれると思うけど......」
「見つかっても俺は会いに行かないと思うよ......」
「......なんで?」
「俺の人生をこんなにひどいものにした人と会いたくないんだ......」
「じゃあ妹さんは?......もう十分な年齢になって、お母さんに会いたがってるんじゃないの?......」
「あの子には会わせない方がいいと思ってる......考えてみろよ、俺たちを何年も置いて出て行った人に、急に会いに行くなんて......母さんの状況がどうなってるか分からないけど......でも俺たちの母親なら、もう新しい家庭を持ってるはずだ......」
「妹には聞いたの?......」
その質問に俺は追い詰められた......誰かの言葉にこんな風に追い詰められることなんて、そう何度もあることじゃない......
青山家......交渉に長けた古い商人一族の出身なのに......この件に関しては何も言い返せなかった......
「...............」
俺は首を振った......
「そう?......まあいいや......あんたの人生......あんたの世界......私が口出しできることじゃないもんね......シンヤくんみたいに撃たれたくもないし......私は彼みたいに不死身じゃないからね......」
そして......あの時の出来事は......仲間たちみんな知っている......ホシノだけを除いて......
「...............俺......その」
「もういい......聞きたくない......その言葉はミフユちゃんに取っておきなよ......」
「分かったよ......」
「はい!もう帰りな......タバコと、あと仕事手伝ってくれてありがとうね......」
彼女は俺の肩を叩いて、部屋から追い出した
「.........」
俺は言葉にできないほどの、宙ぶらりんな気持ちを感じていた......
母のこと、妹のこと......
俺みたいな人間なら母を見つけることも、父に自分で会いに行くこともできるのは分かってる......でも何か......何か会いたくない気持ちがあるんだ
それは、多くの人と出会ってきた俺自身でさえ、それが何なのか分からない感情だった......
「俺......母さんのこと、ミフユに話すべきなのかな?......」
妹に母のことを話すべきか分からなかった......彼女を悲しませたくない......でも全部知った時に彼女が傷つくのも見たくない......
家に帰ると......今日は家がやけに静かで、サちゃんとミフユだけが家にいた......みんなユリカちゃんのモデル作りで忙しいんだろう
サちゃんはたぶん配信中だ......
俺は2階に上がって......ミフユの部屋の前に立った......
本当に話すのか......
「.........」
でも......
[じゃあ妹さんは?......もう十分な年齢になって、お母さんに会いたがってるんじゃないの?......]
今話さなければ......苦しむのは俺だけじゃなく、俺たち二人とも、生きながら死んでいるような胸の痛みにずっと苛まれ続けることになる
俺は軽くドアをノックすることにした
「ミフユ、兄さんだ......ちょっと話したいことがある......」
彼女はまた無言だった......ああ......
でもここまで来たら話すしかない......
「話したいんだ......母さんのことで......」
それを聞くと彼女はすぐにドアを開けた......表情は少し動揺していた
「兄さん、お母さんのこと何か分かったの!?」
「その......うわっ!!」
彼女は俺を部屋の中に引きずり込んだ......椅子に座らせると......両手に手錠をかけた......まるで尋問を受ける容疑者みたいに
「ちょ、ちょっと!ここまでしなくても......」
「私、お母さんの話するとき兄さんに逃げられるのもう嫌なの!」
本気だった......
俺はずっとこの話を避け続けてきた......だから妹が「お母さんに会った?」と聞いてくるたびに、いつも顔を背けていた......
彼女は俺が何の仕事をしていたか知っている、俺の後輩に探偵をしている吸血鬼がいることも知っている......ネットワークを使えば簡単に母を探せることも知っている......
それでも俺は彼女から目を逸らし続けてきた......今この瞬間も......
「兄さん、何を知ってるの......全部話して......嘘はダメだからね......」
「......父さんがどこにいるかは見つけた......でも母さんはまだ見つかってない......」
「嘘じゃない......」
「なんで分かるの......」
「私はあなたの妹だよ、分からないわけないでしょ......」
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、決して大げさなことを言っているわけではなかった......
「......俺たちの母さんを探そうと思ってる......」
彼女は目を見開いた......しばらく呆然としていた......
我に返ると、彼女は俺の手錠を外しに来た
「約束して!!」
彼女は小指を差し出した......俺も小指を差し出した......
俺たちは指切りをした......
「もう母さんのことから逃げないって約束して。私も一緒に探すの手伝うから......いい?」
「うん......約束する」
「ねえ、兄さん......」
「ん?......」
「今までずっと......私、兄さんのこと怖かったの......」
少女は本心を打ち明けた......
「なんで......」
「私......ずっと怖かったの......兄さんも私を置いていくんじゃないかって......お母さんみたいに......」
「ミフユ......」
「兄さんは私にすごく優しくしてくれてたのに......私は兄さんに冷たい態度取ってた......心の奥でずっと、兄さんはいつか私を置いていくんだって思ってたから」
「兄さんは......学校でも社会人になってからも......いつも輝いてた......友達もたくさんいて......私とは違って......」
「兄さんが私の前を通り過ぎるたびに......いつも友達と楽しそうに話してた......でも私はいつも一人で立ってた......」
「だから私......ずっと兄さんのことが怖かった......いつか私みたいな人間はもう重要じゃなくなって、置いていかれるんじゃないかって......」
「でも私にとって......兄さんは世界で一番いいお兄ちゃんだよ......」
俺は彼女を抱きしめた......そして慰めた......
また泣いてしまった気がする......
「兄さんは絶対にお前を置いていったりしない......分かるか......絶対に置いていったりしない......」
「うん......」
「約束する......命に懸けて誓うよ......もう二度とお母さんみたいにお前を置いていったりしない......いいな?」
「うん......」
「お前は俺の妹だ......他の誰でもない......お前は誰にも代えられない大切な家族だ......誰と出会おうと......お前に敵う人なんていない......」
「本当に?......」
「ああ......お前が一番だよ、ミフユ......お前は世界で一番すごい妹だ......」
「本当だよ......」
「うん......これから俺たちはずっと兄妹だ......アキとフユ、永遠に......いいな?」
俺はもう一度小指を差し出した......
「うん......アキとフユ、永遠に......兄さん大好き......」
彼女は俺と指切りをした......
「俺もお前のこと大好きだよ......」
俺たちは抱き合った......秋の冷たい夜の寒さを、家族の温もりが完全に包み込んでいった......
俺は自分の全名誉にかけて保証する、俺たちは世界一の兄妹だと......
そしてサちゃんも、俺たち二人の会話を偶然聞いてしまって、すべてを知ることになった......
彼女が何を考えていたのか俺には分からないけど......でも一つ確かなことは
彼女はきっと、優しい表情で微笑んでいたということだ......