Vox Oblita––忘れられた声––
この世界には昔、「風の声」があった。
人々は風から季節を知り、
人々は風から想いを辿り、
遠くの誰かの声を運んでもらっていた。
でもいつからか、
人々は風をただの現象として扱うようになる。
「風は風。それ以上でも以下でもない」
そうして風は、誰にも聞かれなくなった。
「ねえ、皆どうして聞こえないの?」
翡翠色の髪を揺蕩わせながら、風を抱きしめるように少女は言う。
「風が泣いてる」
その言葉は、大人には聞こえない。
聞こえるはずもない。
風はただの風なのだから。
「またおかしなこと言ってる」
「ウィスパー、ちゃんと授業を受けて」
「だって本当だもん!」
「はぁ...確かに遥か昔の御伽話では童話として残っているわ。だけどそれだけよ」
「でも...本当に泣いてる...」
「なら森にでも行って風と仲良くしてきなさい」
その言葉によって、ウィスパーは学校から追い出された。ウィスパーは森へと歩いていく。
「皆ひどいわ」
歩く。歩く。歩く。
「貴方だって言ってやらないと!」
歩く。歩く。歩く。
「私はただの人よ、貴方が証明しないとなの」
歩く。歩く。歩く。
「ねえ、聞いてる?」
歩く。歩く。歩く。
「アウラ!」
ヒュウッと風が吹いた。
『勿論、聞いているわ。ウィスパー』
「貴方からも言ってやらないとよ」
ヒュウッとウィスパーを優しく抱きしめるように風が吹いた。
『それじゃあ意味がないのよ』
「どうして?」
『誰かが耳を傾けてくれないと、聞こえないの』
「私には聞こえるわ」
『貴方はとても優しい子だからよ』
「答えになってるの?それ」
『ええ、最大の褒め言葉よ』
その瞬間、コロンコロンと蜜柑が落ちてきた。
「アウラ、ちょっと待ってて」
その言葉と共に、ウィスパーは走る。
「おばさーん!蜜柑落としたよ、はいっ!」
「ありがとぉ、お嬢ちゃん」
ウィスパーは翡翠の眼を右往左往させた。
「おばさん、おじさんはいないの?」
その言葉に、悲しそうに返す。
「もう随分と前に死んじゃったよ」
その瞬間、ヒュウッと風が吹いた。
『アモール。大好きよ』
『僕もさ、シータ』
『だからお願い』
『......』
『死にたいなんて、言わないで...っ』
「...はっ、は」
「大丈夫かい?お嬢ちゃん」
「アモールさんは、ちゃんと愛していたわ!」
「っ!」
「それだけ伝えたかった。じゃあねおばさん」
「待ってくれ」
「どうしたの?」
「なんで、知ってるんだい?私の名前と...愛する夫の名前を」
その言葉に、翡翠の眼を大きく見開かせながらウィスパーは言う。
「風が教えてくれたの」
その瞬間、まるで存在を肯定するかのように優しく風が吹いた。翡翠の髪がゆっくりと揺れる。
「それじゃーねー!」
走り去っていくウィスパーを見て、シータは呟く。
「大昔の...大聖霊...アウラか」
その声は、風に乗って消えていく。
「アウラ、どうして出てこなかったの?」
『うーん...風はね、出るものじゃないの』
「うーん?どういうこと?」
『風は時に寄り添い、時に突き放す』
『時に運び、時に消す』
『私はね、そういった存在なの』
「なら、私が届けてあげるわ!」
『え?』
「私はアウラが好き!」
『ありがとう』
「だから皆に知ってほしい、アウラを」
「だから、決めたわ!」
ヒュウッと風が吹いた。
「もう一度、アウラを世界に広めるの!」
「私、旅に出るわ」
その声は、風に乗って軽やかに飛んでいく。
『ありがとう、ウィスパー』