第4話 おかえり会
ミラが食堂へ入ると、焼きたてのパンと香草の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
長いテーブルには、湯気の立つスープと香ばしく焼かれた肉料理、色鮮やかな野菜に焼き菓子まで並べられている。
戦場では見慣れないほどの豪華な食卓だ。
暖かい食卓の空気に心が温かくなる。
戦場に出ていたことが遠い出来事のように思える。
家族全員が席につく。
それを見て、門番も、料理長夫婦も席につく。
アッシュベル家では、こういった会や祝い事の時は、給仕をしているメイドと執事以外は一緒に席を囲むのが常であった。
「では、改めて」
ノルドがワイングラスを片手に持つ。
「レイナ、ミラ、おかえりなさい。今日は美味しいものを食べながら、いろんな話をきかせてくれ」
その言葉を合図に、席の全員がグラスを持ち上げる。
「レイナお嬢様、ミラお嬢様のお帰りを祝して」
ノルドがグラスを前に出す。
「乾杯」
声が重なる。
スープから立ち上る湯気をはさんで、家族は会話に花を咲かせる。
戦場にはない、穏やかな空間だ。
前線の話や、レイナとミラがいない間の領内の話で盛り上がる。
「パン取って」
「はい」
レイナがかごを差し出す。
「違う、丸いほう!」
「え、どっちも丸いわよ?」
「そっちのかごのやつがいい!」
「これ?どう違うのよ」
両親が少し笑う。
しばらくの歓談の後。
「先ほど国王陛下から正式な情報が入った。オルテナ連邦からは一時停戦の方向で話し合いが進む予定だそうだ。予想通り、王国選抜魔導部隊を含む戦時召集はしばらくないだろう」
ノルドは口元を拭きながら、帰って来た娘二人に告げる。
「今年の春の灯火祭は二人とも一緒に参加できるといいわね」
母リリアは、デザートのスコーンにチェリージャムを乗せて堪能している。
ミラは昨年、灯火祭は不参加だった。
拡声魔法が戦いに役に立たないのだから、不参加でもいいのではないかと、父ノルドに相談してはみたのだが、貴族の責務からは逃れられたことはなかった。
「レイナお姉ちゃんは《嵐》に召集されっぱなしだったから、もう三年くらい参加してないよね?」
「十五歳から選抜されたから、そうね。三年参加していないわ」
レイナは食べ終わった皿をメイドに片付けてもらっている。
「でも、いつ《嵐》が動くかわからないから、気は抜けないけれどね。明日から、足の調子の確認もかねて訓練は再開する予定よ」
ふむ、とレイナの言葉を受けて、ノルドは執事を呼ぶ。
「ローウェル、稽古場の整備を再度確認しておいてくれ。そして、明日はお前かメイドが見ておくように」
かしこまりました、と執事のローウェルは頭をさげる。
★
メイドがテーブルに残った最後の皿を下げ終えたころ、夕入りを告げる鐘の音が遠くから聞こえてきた。
ノルドは手を一度叩く。
「さて。二人が無事に帰って来たことだ。おかえり会の締めは......」
「じゃあ最初は私!」
反応するように、ミラが勢いよく立ち上がる。
テーブルの奥に設置された、数人乗れるサイズの小さなステージ。
誕生日会、おかえり会など、やたらと会の名をつけて集まるたびに使ってきた場所だ。
ミラにとっては、自分もいつか輝けるんだと信じさせてくれた場所でもある。
小さなステージには、子供のころ自分が目印に書いた傷あとが残っている。
いろんな節目で、ここに立った自分を思い出す。
輝きたいという言語になる前の純粋な衝動。
ミラはその位置に飛び乗って、家族の方を振り返る。
ローウェルが指を鳴らす。
ステージ脇のランプに次々と火が灯る。
ステージ全体が明るくなり、音が静まり返る。
食器の音や笑い声で満たされていた食堂が、一瞬にして舞台へと変わる。
ミラは両手を広げ、声を魔法に乗せる。
「みなさーん!今日はレイナお姉ちゃんと私のお帰り会を開いていただき、ありがとうございます!」
いつものが始まったな、と家族も執事も、笑いながら拍手をする。
「各貴族から召集される精鋭中の精鋭!王国選抜魔導部隊のレイナ・アッシュベル!そしてわたくし、後方部隊の一般兵......いやいや、精鋭!後方部隊の中ではきっとたぶん精鋭!ミラ・アッシュベル!少しけがなどもありましたが、無事帰ってきました~!」
くすくすとした笑いと共に、再度拍手が生まれる。
「レイナお姉ちゃんは、足を怪我している身!一番手としては少々不安がありますが、まずはわたくし、ミラ・アッシュベルが歌わせていただきます!それではお聞きください――『赤煙突の暖炉』」
一息呼吸を置いて、ミラは歌いだす。
貴族から平民まで、誰もが知っている民謡をミラは歌いだす。
最初は、ミラ一人が歌っていた。
だが、二番に入る当たりで、執事のローウェルがチェロで低く一緒に入る。
奏でる音が、一つから二つになる。
その音を皮切りに、姉も、使用人も、それぞれの方法で音を奏でる。
音が、さらに重なっていく。
いつの間にか、自分が歌っているのか、みんなが歌っているのか分からないほど、食堂は一つの声に包まれていた。
母のピアノが、全体を支える。
「お別れなのかな、おばあさん」という最後のフレーズからは母リリアのソロ。
いつも最後は、大好きな母リリアの歌で終わるのだ。
リリアの魔法で炎の蝶が舞う。
赤やオレンジ、様々な明るさの蝶がひらひらと食堂を横切る。
燃え盛る炎なのに、ほんのり暖かいくらいの熱しか感じない。
――やっぱり、最高の魔法だなあ。
ミラの大好きな母の魔法は、次第に小ステージの真ん中に集まり、燃え上がるように姿を一輪の花へと変えた。
「レイナ、ミラ、おかえりなさい」
リリアがそう締めると、わっと全体に拍手が起こる。
料理長の口笛が飛ぶ。
メイドの一人が少し涙ぐむ。
「......11人」
わいわいと話しながら、解散の雰囲気に包まれているステージを見ながら、アビスはつぶやく。
思い出すのはアビスが初代国王に取り憑いた数日後の景色。
大切な人を守ると、旧知の仲間の前で演説のような宣言。
そのとき、そこにいたのは13人。
同じような感情のうねりを感じた。
それは様々な想いと純粋な高揚が混じった感情だ。
形は、アビスが経験したものとは異なるかもしれない。
だが、間違いなくミラは、野望ありとしてブレスレットに選ばれた者なのだと再度確信したのだった。