第3話 ただいま
階段の上、開けた踊り場。
いつもより暗いその場所に立つ。
母の炎が壁を照らす。
大好きな母の炎に囲まれて、心を落ち着かせる。
母の炎はいつも、燃えないけれど暖かい。
わたしもお母さんのようになれるだろうか。
少しだけ、緊張する。
観客は数人。
父と姉と、数人の使用人。
父は優しい目をしている。
姉はワクワクしている雰囲気だ。
一礼をする。
しっかり頭をさげて。
よし。
息を吸って。
魔法に乗せて、声を――。
「ミラ」
耳元で何度か呼ぶ声に、ミラは目を開ける。
「もう着くわよ」
ルビーのような赤い瞳と目が合う。
ミラとは異なった、美しいという印象の顔立ち。
ミラと同じ金色の毛を持つにもかかわらず、印象がこうも違うのは、ミラとは違ってロングヘアだからなのか、それとも単にミラより年上だからこそか。
「レイナお姉ちゃん」
ミラは寄りかかっていたその声の主、レイナの肩から顔をあげる。
レイナの服装はミラと違い、王国選抜魔導部隊を示す青い軍服なので、ひときわかっこいい。
「気持ちよさそうに寝てたわね」
「うん。またあの時の夢をみてた」
「あの時の?」
レイナは少し首をかしげる。
「私の魔法をお披露目したときのステージ」
ミラは落ちかけている毛布を膝にかけ直す。
「ああ、あの時の。楽しかったわね」
レイナは笑う。
「お姉ちゃん、私ね。またあんなステージを作りたいって思っているんだ」
「ステージ?」
「うん。まだどういう形になるかわからないけどさ。わくわくするようなショーをしたいなって......挑戦してみたいことが見つかった気がするんだ」
レイナはそうなのね、と返事をする。
「じゃあ、努力あるのみね」
「うん!」
ミラは、にっと笑い、うなづく。
まだ何も決まっていないが、それでも自分の未来を自分で切り開いてく覚悟を胸に宿す。
例の悪魔、アビスは窓際に浮いている。
この悪魔と出会ってから2週間たったが、ミラ以外の誰からもこの悪魔について聞かれなかった。
どうやらミラ以外にはアビスは見えていないらしい。
馬車の窓の外に目を移すと、白い霜に覆われた畑と、遠くで羽を回す巨大な風車が見える。
畑の間の細い道を、村人が薪を運んで歩いている。
戦場とは違う、人の生活の匂いがする。
アッシュベル領に帰って来たんだと、実感する。
馬車の揺れが止まり、アッシュベル家の家紋のついた鉄門の前に到着する。
門の先には、貴族にしては小さめの2階建ての屋敷がある。
そして屋敷まで続く道は、火を象徴する花・イグニスフルールの赤と、土に残る霜の白で彩られている。
馬車を降りると、冷たい空気に頭が冷やされ目が覚める。
白い息を交わすように門番へ挨拶し、屋敷に足を進める。
「そのブレスレット、やっぱり外れないの?」
「今のところは、ね」
ちらりと後ろを盗み見ると、今もアビスはミラの後ろを飛んできている。
ブレスレットが外れない限り、アビスもまたミラの傍を離れることはできないようだ。
「何か変なことがあったら言ってね。軍に解析を依頼してもいいわ」
「ありがとう。魔法に影響はないと思うよ」
するとミラは大きく息を吸い込む。
「ただいまー!」
するとその声は、魔力に乗せられ不自然なほどはっきりと屋敷全体に響き渡る。
屋根にいたのであろう小鳥が数羽、驚いて飛び立つ。
バタバタと屋敷から音が聞こえる。
「......ミラの魔法は便利ね」
「私はレイナお姉ちゃんみたいな、かっこいい魔法に憧れるけどね」
ミラが玄関の扉に手をかけようとする。
だがミラが扉に触れる前に、内側にいるであろうメイドによって先に開かれる。
そこまでしなくてもいいのに、と思うような優秀なメイドのいつもの先回りに、帰って来たんだという実感がわいてくる。
目の前には執事服の背の高い老紳士が立っている。
にっこりと笑って、二人を迎え入れる。
「お帰りなさいませ、レイナお嬢様、ミラお嬢様。」
案内されるまま玄関の扉をくぐる。
暖炉による暖かい空気が身を包む。
戦場とは違い、穏やかな雰囲気を感じて心が落ち着く。
「帰ったか!」
ホールの奥から声がして、一組の男女が姿を現した。
男性のほうは黒髪を短く整えた長身の男だ。
軍人というよりは文官の雰囲気を持ち、厳格そうな顔だちに反して優しいことをミラは知っている。
その隣に立つ女性は、腰まで届く金色の髪を揺らしていた。
柔らかな笑みを浮かべるその姿は、年を感じさせず、まるで物語に出てくるお姫様のようでミラは大好きだ。
「ただいま帰りました、お父さま、お母さま」
レイナとミラは、家の中の暖かい空気を感じる。
「二人ともおかえりなさい」
二人の母親は駆け寄り、レイナとミラを抱きしめる。
母の匂いを感じて、安心する。
「レイナが怪我をしたと聞いたときには、心臓がとまったよ。なあリリア」
父も二人のそばまで来て、頭をやさしくなでる。
「ええ、お父様はオスカー様を呼び出して、怒られてたのよ」
母――リリアが笑う。
「『いかに一級医師であっても、患者がいなければ治せないですノルド様』と呆れられてましたな」
続いて執事が笑う。
「心配をおかけしました。すでにこのように歩けていますし、たいしたことはありません」
レイナはつま先で床をとんとんとたたいて見せる。
「そうか。しばらく戦後処理で《嵐》の再招集もないだろう。ゆっくり休みなさい」
父――ノルドに言われ、レイナはうなずく。
「旦那様、お食事の用意ができておりますので、続きはそちらでいかがでしょう」
執事がノルドに伝える。
ほんのりと、焼けたパンの匂いがただよってくる。
「そうしよう。レイナ、ミラ。荷物を部屋に運んでから食事にしよう。おかえり会だ」
「やった!」
ミラは待ちきれないとばかりに、自室へ駆け出した。
他の者には見えない悪魔と共に。
★
「仲がよさそうだな」
ミラの部屋からメイドが下がると、アビスは話しかける。
「そうだね。仲はいいと思うよ」
2週間、レイナの回復を待つ間、アビスとは誰もいないタイミングで会話をする仲になっていた。
自らを悪魔と名乗っていたのもあり、最初こそミラは警戒していた。
ただ、アビスは戦争を強要することもなければ、ミラが思いついた「ショー」に対して話を聞いてくれるのだ。
2週間も共にいれば、警戒を解くには十分な時間であった。
「お前の髪色は母親譲りなのだな」
アビスはミラの部屋のあちこちに置かれたいろいろな収集物を見ている。
「そうだね。でも魔法は全然違うの」
ミラは髪をとかしながら、クローゼットで服の選定を始める。
「お母さんの魔法って、火魔法なんだけどさ。レイナお姉ちゃんと違って、攻撃に使えるような強さはないの」
「戦いには役に立たない火魔法か......まだ私には、ゴミのような力だとしか思えんな」
「そうだね。前線に行ったら、私と同じく後方部隊になるんじゃない?」
これにしよう、とシンプルなワンピースに手を伸ばす。
「でもね、私はお母さんの魔法大好きなんだ」
「ほう?便利な使い方でもあるのか?」
「ううん、私の誕生日会で、歌と魔法のショーをしてくれたんだ。初めて見たそのショーの興奮が忘れられなくてさ。私もショーをやりたい!って思って、その次の年の私の魔法のお披露目もお願いして手伝ってもらったんだ」
思い出しながら、ミラはワンピース姿を鏡を見ながら整える。
「すっごいきれいなんだよね」
「そうなのか。見てみたいものだな」
相づちをうつアビスに、ミラは待ってました、とばかりにくるりと向き直る。
「見たい?見たいよね!見れるよ!今日のおかえり会で!」
目を輝かせるミラに、アビスは小さく笑う。
「ふっ、戦争に匹敵するほどの物だとは到底思えないがな」
その言葉に反して、アビスの小さな羽はどこか楽し気に見えた。