第5話 アビスの調律
部屋に戻ったが、ミラは興奮冷めきらない様子だ。
ベッドに腰かけては、また立ち上がって部屋を歩き回る。
冬の夜だというのに、体の中から、熱が湧き出てくるようだ。
歌声、笑い声、踊るみんな、炎の蝶。
後方部隊の仕事なんてせず、ずっとこの感じを味わっていたいとミラは思う。
戦場に初めて行った日から、自分は違う場所でこそ輝くのではないかという想いは、無意識下でくすぶっていた。
その想いをアビスの言う「野望」として自覚した今、気持ちは日に日に大きくなっている。
ミラはベッドの横の机の前に座った。
ミラが回収した、抗魔効果の失われた素材や、きれいな石を集めた箱が散らかっている。
捨てられるはずだったものばかりだ。
「ねえ、アビス」
声をかけると、黒い影が机の上にやってくる。
「どうだった?」
アビスは少し間を置いてから答える。
「理解した。あれが、お前の言う“ショー”か」
ミラは嬉しそうに頷く。
「でしょ?キラキラしてて、楽しかったよね」
「ああ、うまそうな歓喜の感情だった」
アビスは、感情を食べる。
やっぱり、ショーを作るという方向は、アビスにもちゃんと役に立てそうだな、とミラは思う。
「じゃあ実際にステージを作るために、考えないとね」
アビスに言う。
ミラはこれまでにも、漠然とした構想をアビスに話していた。
歌、ダンス、美しい魔法。
それを、拡声魔法で支える。
そして今日、アビスはその一端を体感したのだった。
戦争しか知らないアビスにとっては、ようやくミラの言っていることが分かりかけたところだ。
「何の歌を歌おうかなあ。あとはダンスも考えないとね。それから......」
「まあ待て」
興奮状態のミラに、アビスは待ったをかける。
「戦いには、まず目的と目標の設定が不可欠だ」
「目的や目標?」
ミラはアビスに聞き返す。
「そうだ。なぜ戦うのかという目的。何を得たら勝ちなのかという目標。そこから決めていくのが必須だ」
アビスは空中で足を組み直す。
「まずは、なぜショーをやるのか。そこに対する答えはあるか?」
ミラは自分の中にある言葉を探す。
「それは......歌やダンスが好きだから?」
「好きなら一人でやっていたらいいだろう。なぜショーなのだ?」
ミラは天井を見上げて考える。
「......お母さんの歌と魔法を見て感動して。私の拡声魔法も喜んでもらえると嬉しくて。だから......」
先ほどのおかえり会を思い出す。
母の歌と魔法。
執事ローウェルのチェロ。
重なるみんなの声。
最後の全員の笑顔。
「いろんな人が輝く場所を作って、人にわくわくや感動を伝えたい」
アビスがふむ、と声を出す。
「それがお前の目的――野望なのだな」
空中でアビスは足を組みなおす。
「次いで目標だ。どういうショーになったら野望が叶ったと判断できる?」
「それは......すっごいショーになったら!」
ミラはこぶしを握り締めて力説する。
「すごいショーか。じゃあ家族を呼んで、すごいショーを見せたら完成だろうか?」
ミラは想像し、そうではない、と考える。
「いろんな人が来るような、そんなショーにしたい」
「ほう、いろんな人というのは?」
「それはもう世界中の人!」
ミラは想像する。
たくさんの人の前でショーのパフォーマンスをする姿を。
「世界......そうか......そうだな。野望にあふれしミラよ。その野望から考えるならその通りだ」
アビスは少し笑ったような声だ。
仮面の奥の目線をミラに合わせる。
「理想を掲げるのであれば、目指すべきは世界というのはそのとおりだ。世界制覇」
世界――その言葉が、ミラの中でさらにはっきりとしたイメージになる。
「......そうだね。世界中から人が集まる、世界一のショーを作る」
言葉にすると、すっと心の中に言葉が入り込んでくる。
ぼんやり想像していた未来を初めてイメージとして捉える。
そして、その言葉に反応してアビスの魔力がぐっと濃くなる。
黒い羽根が大きく広がり、ぼやけていた輪郭がはっきりとしている。
「しかと聞き届けた。野望の契約がなされた。我が魔法『アビス』は、野望を叶えるため――これより調律に入る」
その瞬間、ミラの腕の青いブレスレットが、脈打つように発光した。
部屋の空気が一瞬だけ重くなる。
「調律?」
「そうだ。我が魔法の形をお前の野望に合わせて変容させる。......ふん、これほど戦いから遠い願いを聞いたのは、長き歴史の中でも初めてだからな。少し時間がかかるぞ」
アビスはどこか呆れたような、でもわくわくしたような声だ。
あふれた魔力が静かに脈打つ。
「......うん、わかった。世界一のショーにするためにたくさん考えるね!」
窓の外から、夜更けを告げる鐘の音が静かに響いた。
その音を聞きながら、ランプの火を頼りにミラも夢中でアイディアを書き込み始めるのだった。