②不穏な噂
潮の香りに包まれた町に入る。
我羅は宿の手配と失踪事件の調査のため、俺たちとは別れる。
「駒之助君はこれからどうするの?いつもの調べ物?」
「...ああ」
「そっか、俺はせっかくだし魚料理の店でも探してこようかな。あとで一緒に食べに行こうよ」
「...ああ」
犬神は、上機嫌な様子で大通りの方へ歩き出す。
(さて、手がかりがあるとは思えないが)
俺はあまり期待せず、海辺の方へ調査に行く。
港町なだけあって、いくつもの船が浜辺に停泊している。
俺は周囲を歩く何人かに尋ねる。
「城龍と名乗る剣豪の噂を聞いたことはないか?」
誰も知らないようだった。
俺はそれを聞くと、諦めて浜辺の方へ行く。
俺がわざわざ海の方で聞き込みをした理由は、単純に海が好きだからだ。
「...」
海や川、空などを見ていると、何も考えなくて済む。俺の中にある黒い感情と、それを抱くことになったあの出来事を、少しの間忘れることができる時間だ。
「あん?知らねえよ。仕事の邪魔だから帰んな」
その後、念のため船乗りに同じ質問をした俺に、船乗りはそう答える。
「...お前たちは遠方へも漁へ行くのだろう?そこで話を聞いたことは?」
「お前みたいな余所者と話すことはねえよ。とっとと失せろ!」
そう言いながら、俺の襟を掴もうとする。俺はその腕を捻り上げて、足を払う。
男は苦しそうに倒れ込む。
「そうか、時間をとらせて悪いな。ついでに、この町の失踪事件については知らないか?」
呻き声を上げながら痛がるその男に、さらに尋ねる。
「し、知らねえ。ただ、失踪人のほとんどは海の仕事をする奴か、海沿いに住む奴だ」
俺は力を緩め、男を解放する。
「そうか」
よろめきながら立ち上がり、男はさらに言う。
「そういえば、噂では海から人の声がするって聞いたな。俺は聞いたことねえけど」
「人の声?」
俺は少し気になって尋ねる。
「噂だよ。なんでも、怪しい声で話しかけられるんだとよ」
「...」
(もし妖怪の仕業ならば、人語を話す妖怪ということか)
俺は少し考えて、男に頼む。
「使ってないもので構わん。小舟を三艘貸してくれ」
我羅と合流してもよかったが、宿まで戻り、ここまで往復するのが面倒だった。そのため、俺は今行動を起こすことにした。
船乗りの男は少し渋ったが、俺がもう一度、無言で男に詰め寄ると、慌てて承諾した。
(人間のように話すことができる妖怪は、上級妖怪の可能性が高い。何か聞き出せるかもしれん)
俺は、三艘の小舟を縦に並べ、縄で互いに繋ぐ。そして、先頭の小舟に乗り、一人沖の方へ向かった。
太陽が沈みかかる中、沖合に出た俺は、静かに海面を見つめ続ける。
(妖怪は夜行性が多いとはいえ、単独で行動する獲物を見逃すとは思えない。近くにいるなら、必ず来るはずだ)
俺はそのまま、静かに待つ。
そして半刻ほどが過ぎる。周囲の海面がわずかに震えだす。
「...もし。そこの者、良ければこの魚を貰ってくれぬか?」
突如、どこからともなく声をかけられる。
「...」
俺は周囲の海面をじっと観察する。
しばらくすると、大量の小魚が海面ギリギリを泳ぎ出す。そして、俺の小舟の周囲を旋回する。素手で獲れそうな距離、そして動きだった。
「いらぬ」
俺がそう答えると、小魚の群れはゆっくりと潜って消える。
再び声が聞こえる。
「...ではこちらを差し上げよう」
そう言い終わると、大きな魚が、今度は死んだように浮かんできた。
「...さあ、手を出して拾い上げるのだ」
「いらぬと言っている。俺が欲しいのは貴様の首だけだ。妖怪」
大きな魚は沈み、辺りは静寂に包まれる。
「...なるほど、それを求める人間は初めてだ」
俺は刀に手をかける。
「...では人間よ、身の程を教えてやろう」
突然船が揺れ出す。