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挿絵AIで作った挿絵

ホリスの通関

次にやって来たのはホリスだった。
以前にアヴォンマスへ向かう時に相手をして以来だ。
今度は町を通過して出て行くらしい。
行先は西か?北か?
「やぁ、ホリス。奇遇だな。」
「また、あんたか?よろしくな。」
ホリスが涼しげに答える。
ジェフリーは引っ掛かった。
こいつは余計な詮索をされたくない時の反応だ。
ホリスとは付き合いが長い。
「あんたもついてないな。」
「なんだって?」
「いや、行きも帰りも十台に一台のチェックに引っ掛かる奴なんて、滅多にいないからな。」
実はホリスは十台目ではなかった。
ホリスのすっとぼけた態度がジェフリーの好奇心をくすぐったのだった。
「おいおい。ジェフ。冗談はやめてくれ。」
ホリスはふてぶてしい態度をとったが、それこそホリスにとって都合の悪い証拠だった。
「本当に冗談みたいだよ。俺も衛兵になってから初めてだよ。行きも帰りも十台に一台のチェックを引き当てるような幸運な奴はね。」
「幸運?言ってろ!ほら、目録だ。」
(ほう?目録をあっさり出してきたな。後ろめたいことはあるが、多少は手を打っていると言うことか。)
ジェフリーは精一杯、好奇心を表に出さないよう努めた。
アリスに何度も『あなたはわかりやすいのよね。』と言われている。
ホリスの馬車に目をやると二台とも樽ばかりを積んでいる。
ジェフリーは目録に目を落とした。
「国産ワイン大樽十六樽ね。」
確かに見る限り、一台の馬車に大樽を八つ、二台の馬車で十六、あっているようだ。
これが十台に一台のチェックでなければ、ジェフリーでも通過させていただろう。
「見た通りだろ?後ろも詰まっているんだから急いだほうがあんたの為だよ。」
ホリスが促す。
確かに今日は通行人が多い、ただでさえ、前回ホリスの荷物を真面目に調べて、行列をつくってしまい、ジェロームから叱責されている。
(とは言えだ......)
「ホリス?妙じゃないか?」
「何がだ?」
「あんた、この前、出港する艦隊に売りつけると言ってワインをわざわざアヴォンマスに持って行ったんだろ?なんで帰りの荷物がワインばかりなんだ?」
ホリスが涼しい顔をして答える。
(これだ。怪しい時の表情じゃないか?)
ジェフリーはそう思いながら、ホリスの言い分を聞いてやった。
「タールや松脂、矢はよく売れたんだよ。」
「ふん。良かったじゃないか。」
「けどワインは大外れでね。同じことを考える商人が多くてな。」
「そうなのか?」
「あぁ、ワインだけは町でダブついててな。逆に値が恐ろしく下がっちまってな。逆にアヴォンマスでワインを仕入れて持って帰った方が商売になりそうなのさ。」
「それでか。」
「そうだ。ほら!あんたの大好きな情報もやっただろ?さっさとしてくれよ。今日は少しでも急いで距離を稼ぎたいんだよ。」
「わかった。さっさと済ませよう。」
そう言うとジェフリーは馬車に近づいた。
「おいおい。刻印が内側になるように置いているから見えないじゃないか?」
「刻印なんかどうでもいいだろ?」
「こいつは十台に一台のチェックだからな......」
ニヤリとジェフリーはホリスに笑いかけるとボリスを呼んだ。
「ボリス!悪いがこっちに来てくれ!俺に大樽を動かすのは無理だ。」
「待てよ!大樽のサイズに間違いはないだろ?これ以上、何を見るってんだ?」
行きのホリスは中樽の申請でやや大きめの樽を通関させようとして、ジェフリーのお目こぼしをもらっている。
(これは何か聞き出せるかな......)
ジェフリーはほくそ笑んだ。

ジェフリーは門塔ゲートハウスの方を見た。
そこには待機組の小隊がいる。
今日の待機組はライリーの小隊だった。
前回、ホリスの相手に時間を使って行列を作ってしまったのをジェロームが知っていたのは待機組の小隊の誰かがジェロームに密告したからだ。
しかし、ライリーとは仲がいいし、ライリーの小隊の連中も皆、ジェローム嫌いの連中が多く、ジェロームにご注進をするとは思えなかった。
(よし。今回はうまくやれるな。)

ジェフリーは呼子笛を吹いた。
フィルが降りてきた。
「どうしたんだい?ジェフリー?」
「悪いなフィル。俺とボリスがホリスの荷物を調べている間、少し手伝ってくれよ。」
門番をする際は小隊の二人が門の上で監視、二人が城門の監視と決まっているが、通行人の多い時は一時的に門の上から一人降ろすことは許されている。

ホリスは観念したように天を仰ぎ、ジェフリーの笑みは益々広がって行った。

「はーい!門を通る者はこっちに並んでくれ。」
フィルの声を聞いて女の歓声が上がった。
そして、今までジェフリーとボリスのところに並んでいた者達がフィルのところに移動したが、列の前は女性で占められた。
優男のフィルはかわいい町娘だろうと、自分より逞しい農家のおかみさんだろうと、隠居の老婆だろうと分け隔てなく女性に独特の囁くような声で優しく話しかける美男子だったから、町内外の女性達からモテていた。
「やぁ、デボラ、元気だったかい?野菜を朝市に売りに行くのかい?お疲れ様だね。働き者の女性は魅力的さ。さ、どうぞ。」

「さてと......ボリス、悪いがこの樽を傾けてくれ、隠れている側の刻印が見たいんだ。」
「ったく......物好きな奴だな?」
ホリスが呆れたように言うが、とりすました表情のわりに居心地が悪そうだ。
馬車に登ったボリスは逞しい腕に血管を浮かばせて樽を抱き抱えた。
大樽が傾く。
上からジェフリーが覗き込む。
「もう少しだ。そう。お!見えた!」
一つの樽を傾けたおかげで刻印が全て見えたようだ。
「ありがとう。ボリス。次の馬車に行こう。」
「あー!もう、わかったよ!降参だ!」
ホリスが空を仰ぐ。
「ふふん。」
ジェフリーはほくそ笑むとボリスに戻るよう言った。

「こっちの箱が毛織物で、こっちは毛皮で兎と栗鼠だね?まさかとは思うがテンのはないね?ふん、ふん......よし通ってくれ。」
ボリスの声が聞こえてきた。
どうやらボリスが戻って、フィルと二人で通行人を順調に捌き始めたようだ。

「しかし......あんた、スペラン語なんて読めるのか?」
「少しだけね。こう見えても郷士の息子だからな。それに衛兵をやってれば樽の刻印くらいは凡そ知ってるさ。」
ホリスがため息をつく。
「本当にあんたは忌々しいな!」
「そう言うな。あっちもスペラン産のワインか?」
「いや、あっちは葡萄の蒸留酒だ。」
ホリスも降参と言うところだろうか。
正直に申し出る。
海外産の商品はただでさえ関税が高い。
スペラン産のワインは特に高級とされていて関税が国内産の倍以上かかる。
それに葡萄の蒸留酒は更に高級品とされている。
その関税はとてつもなく高額だ。
「なぁ、ホリス。悪いことは言わん。今すぐ、目録を書き直せ。見逃してやる。」
「......」
ホリスは不機嫌そうに黙っている。
「ホリス、規則通りやれば商品は全て没収、あんたは収監だ。下手すると縛り首だぞ?」
「......」
「あんたのやろうとしていることは密輸だ。この先もバレないとは限らないだろ?」
しかし、ジェフリーにはホリスの気持ちもわかった。
スペラン産のワインは高く売れるし、葡萄の蒸留酒に至っては郷士や貴族が幾ら金を積んででも欲しがるだろう。
しかし、あまりに関税が高い。
だから、貴族や大きなギルドの庇護を受けるなどして減税措置を受けられる手形を持っているような商人でなければ、輸入ものの酒にはあまり手を出さない。
「チッ」
ホリスは舌打ちすると、もう一台の馬車の御者台にいた男を呼んだ。
「ビル!蝋板ワックスタブレットに尖筆スタイラスを持ってこい!」
ビルと呼ばれた男は走ってくると蝋板ワックスタブレットを開いた。
「で、ジェフ?どう書けば良いんだ?」
「スペラン産ワイン......」
ホリスがため息をつく。
「大樽十六。」
ホリスが目を大きく見開く。
「ジェフリー、お前......」
同じスペラン産でもワインと葡萄の蒸留酒では関税の差は大きい。
ジェフリーはホリスにウインクした。
「いくら十台に一台チェックでも、全部の樽をひっくり返すわけにも行かないからな。」
ビルが蝋板ワックスタブレットに尖筆スタイラスを走らせる。
(おやおや......)
どうやら、ビルと言う男はただの御者ではなく、ホリスの手代か何かのようだ。
そうであれば、通行料は商人扱いになる。
商人は御者よりも通行料が高い。
(行きは御者で通していたな。大した額ではないだろうに、いちいちケチな奴だな。)
ジェフリーは思わず苦笑した。
しかも、これでは自分が脱税したと堂々と言っているようなものだ。
(ここまで来ると開き直りだな。)
ジェフリーは書き直された目録を受け取った。
ビルが金を取り出す。
「よし、ホリス。これで問題なしだ。」
ジェフリーが受け取った金を数えて言った。
「なぁ、ジェフ。」
「うん?」
「アヴォンマスだけどな......」
ジェフリーに満面の笑顔が浮かぶ。
「本当にあんたは情報が好きだな!」
ジェフリーの笑顔を見てホリスは呆れたような顔をして続けた。
「まぁ、いいさ。今回の借りはでかいからな。」
「わかってくれて嬉しいよ。ホリス。」
ジェフリーは賄賂を取らない。
他の衛兵であればホリスは相当な賄賂を取られていただろう。
この時代ではそれが当たり前だ。
衛兵達も悪いと思っていないだろう。
しかし、ジェフリーは話を聞きたがる。
商人が仕入れてくる遠方の情報を。

「あんたがスペラン産の酒なんか扱うなんて珍しいからな。」
「鋭いよ。行きに俺は艦隊の出動を示威行為だなんて言っちまったが、あれはそんなもんじゃない。あの様子じゃ、今頃、アヴォンマスからほぼ全艦隊が出航しているだろうよ。」
「何?戦争になるのか?」
「さあね。少なくともその可能性があるのは間違いないな。」
「だからスペラン産の酒か......」
本当に戦争が始まってスペラン産の酒が入らなくなれば、この二台の馬車に乗っている大樽の価値は跳ね上がるだろう。
関税を払っても儲けが大きいに違いない。
「他にないか?」
「情報と言っても無限にある。何が知りたい?」
「北だ。それに北東も。」
「なんだ。あんた知っていたのか?」
「いや、先日、王都から来た商人と少し話をしてな。」
「なんだ。召集ではないのか?」
「?」
「よし。話してやる。これは俺が北部から王都経由でアヴォンマスに来た商人から聞いた話だ。北部と北東部で軍需が相当膨らんでいるって話だ。これを話した男は戦の恐れがない西部に行って武器を買い占めて王都に戻ると言っていた。かなり儲かると踏んでいたな。そいつ、俺より先にこの町を通過してるだろうよ。」
「北部と北東部、そちらも戦争か?」
「あぁ。かなりの緊張状態のようだな。あの辺の兵力はもう国境付近に移動してるって話だ。それどころか暇な南部の衛兵も召集がかかるって話だ。少なくとも俺が出る直前にアヴォンマスの衛兵は半分近く召集がかかってたぜ。」
(なるほど、そう言うことか......)
少し前に王都からの使者が来て以来、武術師範達の訓練が厳しい。
この話が使者によってもたらされたのだろう。
召集までに衛兵達の質を上げておくよう指示があったに違いない。
「俺達はまだだな。」
「そうかい?でも、そのうち来るぞ?」
ジェフリーは不安になった。
ホリスの話が本当なら、今、メカニア王国は北部、北東部、そして南の海の向こう側で戦争の気配がある。
西のワクソニア王国、北西のコエドニオン王国とは交易は盛んにしているが、以前から仲が良いとは言えない。
特にワクソニア王国は二世紀前にメカニア王国がこの辺りを治めていたサザクス王国を滅ぼしてしまったことを今でも非難している。
東のエスタシア王国だけが友好国だ。
それなのにあちらこちらで戦争の機運が高まっている......

「ジェフリー......」
「?」
「俺はあんたに助けられたのかもな。」
ホリスにしおらしくされると逆に気持ち悪い。
「どうしたんだ?」
「いや、本当に感謝しているよ。冷静になってみれば、身に染みてわかったんだ。だから、これをやる。」
ホリスは荷台の木箱から厳重に布で巻かれた板状のものを取り出してきた。
「これは?俺は賄賂は取らないぞ?」
「そいつは鏡だ。ただ、端っこに少しひびが入ってしまってな。売り物にならない。だから、賄賂にもならん。本当に感謝の気持ちだ。」
ひびが入ると言うからにはガラス製の鏡だろう。
この時代、ガラス製の鏡は高価な品だ。
(しかし、俺が鏡を見てもな......)
ジェフリーは思わず無精髭を放ったらかしにしている自分の顎をさすってしまった。
「ハハッ!あんたには不要だろうが、ほら、何と言ったかな?衛兵達が入り浸っている宿屋。あそこに可愛い看板娘がいただろう?あんた達の人気者だ。あの娘にやれよ。きっと気が引けるぜ!」
ホリスは笑いながら前の馬車の御者台に登った。
結構な商人だと言うのに御者を雇う金すら惜しいようだ。
ホリス自ら手綱を握る。
(商人魂だな......頭が下がるよ。)

「ジェフリー、俺は本当にあんたに感謝してるんだ!だから、何か情報があれば必ずお前に届けてやる!何か知りたいことはあるか?」
咄嗟のことだ。
ジェフリーにも考える余裕がなかった。
だが、何故か思い浮かんだのは一度だけ見た怪しい男の刺青タトゥーだった。
「刺青タトゥーだ。中心部だけが濃紫色の灰黄色をした花柄のな。」
ホリスは走り出した馬車から返事した。
「わかった。約束だ!」
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ホリスの通関

次にやって来たのはホリスだった。
以前にアヴォンマスへ向かう時に相手をして以来だ。
今度は町を通過して出て行くらしい。
行先は西か?北か?
「やぁ、ホリス。奇遇だな。」
「また、あんたか?よろしくな。」
ホリスが涼しげに答える。
ジェフリーは引っ掛かった。
こいつは余計な詮索をされたくない時の反応だ。
ホリスとは付き合いが長い。
「あんたもついてないな。」
「なんだって?」
「いや、行きも帰りも十台に一台のチェックに引っ掛かる奴なんて、滅多にいないからな。」
実はホリスは十台目ではなかった。
ホリスのすっとぼけた態度がジェフリーの好奇心をくすぐったのだった。
「おいおい。ジェフ。冗談はやめてくれ。」
ホリスはふてぶてしい態度をとったが、それこそホリスにとって都合の悪い証拠だった。
「本当に冗談みたいだよ。俺も衛兵になってから初めてだよ。行きも帰りも十台に一台のチェックを引き当てるような幸運な奴はね。」
「幸運?言ってろ!ほら、目録だ。」
(ほう?目録をあっさり出してきたな。後ろめたいことはあるが、多少は手を打っていると言うことか。)
ジェフリーは精一杯、好奇心を表に出さないよう努めた。
アリスに何度も『あなたはわかりやすいのよね。』と言われている。
ホリスの馬車に目をやると二台とも樽ばかりを積んでいる。
ジェフリーは目録に目を落とした。
「国産ワイン大樽十六樽ね。」
確かに見る限り、一台の馬車に大樽を八つ、二台の馬車で十六、あっているようだ。
これが十台に一台のチェックでなければ、ジェフリーでも通過させていただろう。
「見た通りだろ?後ろも詰まっているんだから急いだほうがあんたの為だよ。」
ホリスが促す。
確かに今日は通行人が多い、ただでさえ、前回ホリスの荷物を真面目に調べて、行列をつくってしまい、ジェロームから叱責されている。
(とは言えだ......)
「ホリス?妙じゃないか?」
「何がだ?」
「あんた、この前、出港する艦隊に売りつけると言ってワインをわざわざアヴォンマスに持って行ったんだろ?なんで帰りの荷物がワインばかりなんだ?」
ホリスが涼しい顔をして答える。
(これだ。怪しい時の表情じゃないか?)
ジェフリーはそう思いながら、ホリスの言い分を聞いてやった。
「タールや松脂、矢はよく売れたんだよ。」
「ふん。良かったじゃないか。」
「けどワインは大外れでね。同じことを考える商人が多くてな。」
「そうなのか?」
「あぁ、ワインだけは町でダブついててな。逆に値が恐ろしく下がっちまってな。逆にアヴォンマスでワインを仕入れて持って帰った方が商売になりそうなのさ。」
「それでか。」
「そうだ。ほら!あんたの大好きな情報もやっただろ?さっさとしてくれよ。今日は少しでも急いで距離を稼ぎたいんだよ。」
「わかった。さっさと済ませよう。」
そう言うとジェフリーは馬車に近づいた。
「おいおい。刻印が内側になるように置いているから見えないじゃないか?」
「刻印なんかどうでもいいだろ?」
「こいつは十台に一台のチェックだからな......」
ニヤリとジェフリーはホリスに笑いかけるとボリスを呼んだ。
「ボリス!悪いがこっちに来てくれ!俺に大樽を動かすのは無理だ。」
「待てよ!大樽のサイズに間違いはないだろ?これ以上、何を見るってんだ?」
行きのホリスは中樽の申請でやや大きめの樽を通関させようとして、ジェフリーのお目こぼしをもらっている。
(これは何か聞き出せるかな......)
ジェフリーはほくそ笑んだ。

ジェフリーは門塔ゲートハウスの方を見た。
そこには待機組の小隊がいる。
今日の待機組はライリーの小隊だった。
前回、ホリスの相手に時間を使って行列を作ってしまったのをジェロームが知っていたのは待機組の小隊の誰かがジェロームに密告したからだ。
しかし、ライリーとは仲がいいし、ライリーの小隊の連中も皆、ジェローム嫌いの連中が多く、ジェロームにご注進をするとは思えなかった。
(よし。今回はうまくやれるな。)

ジェフリーは呼子笛を吹いた。
フィルが降りてきた。
「どうしたんだい?ジェフリー?」
「悪いなフィル。俺とボリスがホリスの荷物を調べている間、少し手伝ってくれよ。」
門番をする際は小隊の二人が門の上で監視、二人が城門の監視と決まっているが、通行人の多い時は一時的に門の上から一人降ろすことは許されている。

ホリスは観念したように天を仰ぎ、ジェフリーの笑みは益々広がって行った。

「はーい!門を通る者はこっちに並んでくれ。」
フィルの声を聞いて女の歓声が上がった。
そして、今までジェフリーとボリスのところに並んでいた者達がフィルのところに移動したが、列の前は女性で占められた。
優男のフィルはかわいい町娘だろうと、自分より逞しい農家のおかみさんだろうと、隠居の老婆だろうと分け隔てなく女性に独特の囁くような声で優しく話しかける美男子だったから、町内外の女性達からモテていた。
「やぁ、デボラ、元気だったかい?野菜を朝市に売りに行くのかい?お疲れ様だね。働き者の女性は魅力的さ。さ、どうぞ。」

「さてと......ボリス、悪いがこの樽を傾けてくれ、隠れている側の刻印が見たいんだ。」
「ったく......物好きな奴だな?」
ホリスが呆れたように言うが、とりすました表情のわりに居心地が悪そうだ。
馬車に登ったボリスは逞しい腕に血管を浮かばせて樽を抱き抱えた。
大樽が傾く。
上からジェフリーが覗き込む。
「もう少しだ。そう。お!見えた!」
一つの樽を傾けたおかげで刻印が全て見えたようだ。
「ありがとう。ボリス。次の馬車に行こう。」
「あー!もう、わかったよ!降参だ!」
ホリスが空を仰ぐ。
「ふふん。」
ジェフリーはほくそ笑むとボリスに戻るよう言った。

「こっちの箱が毛織物で、こっちは毛皮で兎と栗鼠だね?まさかとは思うがテンのはないね?ふん、ふん......よし通ってくれ。」
ボリスの声が聞こえてきた。
どうやらボリスが戻って、フィルと二人で通行人を順調に捌き始めたようだ。

「しかし......あんた、スペラン語なんて読めるのか?」
「少しだけね。こう見えても郷士の息子だからな。それに衛兵をやってれば樽の刻印くらいは凡そ知ってるさ。」
ホリスがため息をつく。
「本当にあんたは忌々しいな!」
「そう言うな。あっちもスペラン産のワインか?」
「いや、あっちは葡萄の蒸留酒だ。」
ホリスも降参と言うところだろうか。
正直に申し出る。
海外産の商品はただでさえ関税が高い。
スペラン産のワインは特に高級とされていて関税が国内産の倍以上かかる。
それに葡萄の蒸留酒は更に高級品とされている。
その関税はとてつもなく高額だ。
「なぁ、ホリス。悪いことは言わん。今すぐ、目録を書き直せ。見逃してやる。」
「......」
ホリスは不機嫌そうに黙っている。
「ホリス、規則通りやれば商品は全て没収、あんたは収監だ。下手すると縛り首だぞ?」
「......」
「あんたのやろうとしていることは密輸だ。この先もバレないとは限らないだろ?」
しかし、ジェフリーにはホリスの気持ちもわかった。
スペラン産のワインは高く売れるし、葡萄の蒸留酒に至っては郷士や貴族が幾ら金を積んででも欲しがるだろう。
しかし、あまりに関税が高い。
だから、貴族や大きなギルドの庇護を受けるなどして減税措置を受けられる手形を持っているような商人でなければ、輸入ものの酒にはあまり手を出さない。
「チッ」
ホリスは舌打ちすると、もう一台の馬車の御者台にいた男を呼んだ。
「ビル!蝋板ワックスタブレットに尖筆スタイラスを持ってこい!」
ビルと呼ばれた男は走ってくると蝋板ワックスタブレットを開いた。
「で、ジェフ?どう書けば良いんだ?」
「スペラン産ワイン......」
ホリスがため息をつく。
「大樽十六。」
ホリスが目を大きく見開く。
「ジェフリー、お前......」
同じスペラン産でもワインと葡萄の蒸留酒では関税の差は大きい。
ジェフリーはホリスにウインクした。
「いくら十台に一台チェックでも、全部の樽をひっくり返すわけにも行かないからな。」
ビルが蝋板ワックスタブレットに尖筆スタイラスを走らせる。
(おやおや......)
どうやら、ビルと言う男はただの御者ではなく、ホリスの手代か何かのようだ。
そうであれば、通行料は商人扱いになる。
商人は御者よりも通行料が高い。
(行きは御者で通していたな。大した額ではないだろうに、いちいちケチな奴だな。)
ジェフリーは思わず苦笑した。
しかも、これでは自分が脱税したと堂々と言っているようなものだ。
(ここまで来ると開き直りだな。)
ジェフリーは書き直された目録を受け取った。
ビルが金を取り出す。
「よし、ホリス。これで問題なしだ。」
ジェフリーが受け取った金を数えて言った。
「なぁ、ジェフ。」
「うん?」
「アヴォンマスだけどな......」
ジェフリーに満面の笑顔が浮かぶ。
「本当にあんたは情報が好きだな!」
ジェフリーの笑顔を見てホリスは呆れたような顔をして続けた。
「まぁ、いいさ。今回の借りはでかいからな。」
「わかってくれて嬉しいよ。ホリス。」
ジェフリーは賄賂を取らない。
他の衛兵であればホリスは相当な賄賂を取られていただろう。
この時代ではそれが当たり前だ。
衛兵達も悪いと思っていないだろう。
しかし、ジェフリーは話を聞きたがる。
商人が仕入れてくる遠方の情報を。

「あんたがスペラン産の酒なんか扱うなんて珍しいからな。」
「鋭いよ。行きに俺は艦隊の出動を示威行為だなんて言っちまったが、あれはそんなもんじゃない。あの様子じゃ、今頃、アヴォンマスからほぼ全艦隊が出航しているだろうよ。」
「何?戦争になるのか?」
「さあね。少なくともその可能性があるのは間違いないな。」
「だからスペラン産の酒か......」
本当に戦争が始まってスペラン産の酒が入らなくなれば、この二台の馬車に乗っている大樽の価値は跳ね上がるだろう。
関税を払っても儲けが大きいに違いない。
「他にないか?」
「情報と言っても無限にある。何が知りたい?」
「北だ。それに北東も。」
「なんだ。あんた知っていたのか?」
「いや、先日、王都から来た商人と少し話をしてな。」
「なんだ。召集ではないのか?」
「?」
「よし。話してやる。これは俺が北部から王都経由でアヴォンマスに来た商人から聞いた話だ。北部と北東部で軍需が相当膨らんでいるって話だ。これを話した男は戦の恐れがない西部に行って武器を買い占めて王都に戻ると言っていた。かなり儲かると踏んでいたな。そいつ、俺より先にこの町を通過してるだろうよ。」
「北部と北東部、そちらも戦争か?」
「あぁ。かなりの緊張状態のようだな。あの辺の兵力はもう国境付近に移動してるって話だ。それどころか暇な南部の衛兵も召集がかかるって話だ。少なくとも俺が出る直前にアヴォンマスの衛兵は半分近く召集がかかってたぜ。」
(なるほど、そう言うことか......)
少し前に王都からの使者が来て以来、武術師範達の訓練が厳しい。
この話が使者によってもたらされたのだろう。
召集までに衛兵達の質を上げておくよう指示があったに違いない。
「俺達はまだだな。」
「そうかい?でも、そのうち来るぞ?」
ジェフリーは不安になった。
ホリスの話が本当なら、今、メカニア王国は北部、北東部、そして南の海の向こう側で戦争の気配がある。
西のワクソニア王国、北西のコエドニオン王国とは交易は盛んにしているが、以前から仲が良いとは言えない。
特にワクソニア王国は二世紀前にメカニア王国がこの辺りを治めていたサザクス王国を滅ぼしてしまったことを今でも非難している。
東のエスタシア王国だけが友好国だ。
それなのにあちらこちらで戦争の機運が高まっている......

「ジェフリー......」
「?」
「俺はあんたに助けられたのかもな。」
ホリスにしおらしくされると逆に気持ち悪い。
「どうしたんだ?」
「いや、本当に感謝しているよ。冷静になってみれば、身に染みてわかったんだ。だから、これをやる。」
ホリスは荷台の木箱から厳重に布で巻かれた板状のものを取り出してきた。
「これは?俺は賄賂は取らないぞ?」
「そいつは鏡だ。ただ、端っこに少しひびが入ってしまってな。売り物にならない。だから、賄賂にもならん。本当に感謝の気持ちだ。」
ひびが入ると言うからにはガラス製の鏡だろう。
この時代、ガラス製の鏡は高価な品だ。
(しかし、俺が鏡を見てもな......)
ジェフリーは思わず無精髭を放ったらかしにしている自分の顎をさすってしまった。
「ハハッ!あんたには不要だろうが、ほら、何と言ったかな?衛兵達が入り浸っている宿屋。あそこに可愛い看板娘がいただろう?あんた達の人気者だ。あの娘にやれよ。きっと気が引けるぜ!」
ホリスは笑いながら前の馬車の御者台に登った。
結構な商人だと言うのに御者を雇う金すら惜しいようだ。
ホリス自ら手綱を握る。
(商人魂だな......頭が下がるよ。)

「ジェフリー、俺は本当にあんたに感謝してるんだ!だから、何か情報があれば必ずお前に届けてやる!何か知りたいことはあるか?」
咄嗟のことだ。
ジェフリーにも考える余裕がなかった。
だが、何故か思い浮かんだのは一度だけ見た怪しい男の刺青タトゥーだった。
「刺青タトゥーだ。中心部だけが濃紫色の灰黄色をした花柄のな。」
ホリスは走り出した馬車から返事した。
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