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弓術訓練

「引き絞れっ!」
ジェフリー達は矢を上方に向けながら弦を引いた。
「放てっ!」
幾本もの矢が空に放たれ、城壁の向こう、フロル川を越えた対岸の空き地に立てられた棒の周辺に落ちた。
「まだバラバラだぞっ!敵軍を殲滅するには矢の密度が大切だ。的にもっと集中させろ!それに一番手前に落とした馬鹿はどいつだ?衛兵失格だ!」
エリックの怒声が飛ぶ。
優男のフィルがそっぽを向く。
一番手前に矢を落としたのはあいつだな...
ジェフリーはそう思ったが、表情には出さないようにした。
剣術師範のランドルフの気合も酷かったが弓術師範のエリックも殺気立っていた。
ジェフリーの小隊は他の小隊と共に城壁の上で弓術訓練を受けていた。
更に向こうでは町のギルドに加入している者達がやはり弓を引いていた。
今日は聖エドムンドの祝日だ。
休日と祝日は町人であってもギルドに入っている者は弓術訓練を受けなくてはならない。

「おや?エリック殿?」
ジェロームの声が聞こえてきた。
(おいおい...奴は今日、非番だろ...)
ジェフリーは苦々しく思ったが、城壁を歩いてきたのはやはりジェロームだった。
「ジェローム中隊長、今日は非番ですか?」
制服を着ていないジェロームにエリックが尋ねている。
ジェロームは仕事熱心な男で非番の日も練兵場に顔を出して剣を振るか、自発的に巡回をしている。
(よりにもよって、城壁に来やがって...)
「えぇ、時間がある時にちょっと城壁を見ておこうと思いましてね。毎日巡回はさせてますが、細かい破損個所が見逃されがちなんでね。」
(当てつけかよ...)
ジェフリーは益々苦々しい思いになった。
少し前にジェロームはジェフリーの隊が城壁の巡回をした後に自ら城壁を巡回し、側防塔の矢間の一つが崩れかけているのを見つけていた。
その矢間はずっと以前からひびが入っており、そのことはジェフリーも報告していたが、ジェロームは無視していた。
だから、そのひびが大きくなっていても、特に報告しなかったのが良くなかった。
どうやら、ジェフリー達が見回った直後にとうとう一部が崩れてしまったようだ。
その崩れを発見したジェロームは鬼の首を取ったようにジェフリー達を呼び出し、叱責し、ローランド卿にはジェフリー小隊は怠慢であると報告した。

「ところで、エリック殿?確か、今日は郊外の矢場で狙撃訓練の筈では?」
そうだ。
ジェロームは仕事熱心な男だけに、そんなところまで頭がまわる。
本来であれば、今日のジェフリー達は郊外に設置された矢場で狙撃訓練をする予定だった。
「いえね。ジェローム中隊長。最近、あまりに城壁からの射撃訓練が少ないのではと、提案をもらいましてね。」
「ほほぅ?誰ですかな?そのようなご迷惑を武術師範に言い出したのは?」
(やばいな...)
ジェロームとジェフリーが犬猿の仲であることは、衛兵隊の中で有名な話であったからエリックも知っているはずだが、北門所属とは言え、普段、北門詰所にいない為、あまり深刻には受け止めていない。
だから、エリックは事もなげに答えた。
「ジェフリー小隊長からですよ。彼の言う通り、我々は城壁の防備を軽く受け止めすぎですな。ハハハ...」
ジェロームはジェフリーを睨んだ。
「また、お前か!」
多分、他の小隊長、特にジェロームのお気に入りが同じ事をこの武術師範に進言しておれば、逆に褒めていたかもしれない。
しかし、ジェフリーからの提案と聞いただけで、ジェロームの顔に赤みがさした。
「エリック殿。うちの部下がご迷惑をおかけして申し訳ない。この通り、謝り申す。」
「いやいや!ジェローム殿。確かに暫く城壁からの射撃訓練をしておりませんでしたからな。私も同意したのですよ。」
「とは言え、エリック殿。城壁からの射撃訓練の頻度を減らしているのは付近の住民に迷惑をかけない為でしょう?代官様も気にしておられることですし。」
矢場での訓練であれば、周囲を気にする必要はなかったが、城壁からの射撃訓練をする場合、付近の住民の土地に矢を撃ち込むことがあり、周囲に警告をしておく必要がある。
それは事実だった。
だからジェフリーは買って出て、付近の住民への警告に駆け回っていた。
しかし、それはジェロームにとってどうでもいいことだ。
「おい!ジェフリー、ロニー、ボリス、フィル!お前達、明日の朝番は一時間早く出頭しろっ!」
冗談ではなかった。
朝番は明け方から勤務が始まる。
ただでさえ夏至に近いこの時期は一時間が長い。
どれだけ早起きしなければならないことか...
ジェフリーは後ろで三人の部下がうんざりしているのを感じた。
ジェロームのいやらしいところだ。
ジェフリーの面子を潰す為に、こんな時はジェフリーだけでなく小隊全員を呼ぶ。
「まぁまぁ、ジェローム殿。ジェフの提案は尤もな話なので...」
「いえ。私の部下がエリック殿にご迷惑をおかけしたことも、代官様の意向に反していることも看過できないので。」
ジェロームはエリックにだけは穏やかな微笑を向けるとジェフリー達四人には舌打ちをして去って行った。

「どうして、またエリックに城壁からの射撃訓練なんかを提案したんだよ?」
早朝からのジェロームの叱責から解放された後、ロニーが恨めしそうに言い出した。
「だって、最近、城壁からの射撃訓練が少なかったのは事実だろ?まさか、代官の意向があったとは俺も知らなかったけどな。」
「だけどよ。それ、こだわるか?」
「こだわるさ。矢場で練習してれば良いってわけではないだろ?」
ジェフリーの言い分は尤もだった。
同じ弓術でも城壁上からの射撃と平地での射撃は全く異なる弓術である。
今日の訓練で初めに行った放物線射撃でも、何も障害のない平野での射撃と鋸壁の手前からでは姿勢から異なる。
更に籠城戦における射撃では側防塔の矢間からの射撃技術も求められる。
これらの技術を学ぶには城壁での訓練が必要だった。
「だけどよう...」
ロニーは付き合いが長いだけに、これだけ真剣なジェフリーの扱いにくさを理解していた。
「なんだ?」
「とりあえず、同じ弓術なんだ、やっておけばどちらでもいいだろ?」
「俺達は衛兵だ。俺達の一番大切な使命は町の防衛だ。だったら本来、城壁からの射撃術こそが一番大切さ。」
「そうだけどな...」
ロニーは臍を噛んだ。
ジェフリーが自分の言葉で熱くなり始めたことを察知したからだ。
「大体さ、代官も事なかれ主義はわかるが、王宮の評価を気にするなら、住民の気持ちを慮るだけでなく、城壁からの射撃訓練の重要性にも目を向けるべきさ。」
「それはそうだけどさ。ジェフリー。代官にそんなことわかるかな?」
ロニーの苦戦にフィルが参戦した。
「わかっちゃいないさ!だから、腹が立つんだよ!」
ロニーとフィルは目くばせをして、溜息をついた。
好人物だが変人で有名な小隊長の憤懣が最高潮を迎えてしまったからだ。
しかし、二人とも普段からジェフリーから話を聞いているから、事情は理解できた。
二十五年前に終結した『親不孝』戦争。
このアルバウィルディア地方全域を巻き込んだ大戦争で、メカニア王国軍は本来その強みである筈だった弓兵隊に於いて、常備兵とギルド員などから構成される徴集兵の練度の差が弱みとして露呈してしまった。
それ以来、国王自らの肝入りで国民皆兵制とも言える弓術令アーチェリーロウが発せられ、休日や祝日には戦時に徴集される全ての成人男子に弓術訓練を義務付けられている。
今日の訓練でギルドに入っている町人達が横で弓を引いていたのも、その為だ。
本当に王宮からの目を気にするのであれば、周辺住民の迷惑よりも弓術訓練を充実すべきだと言うジェフリーの意見は正論だった。
しかし、現実問題として事なかれ主義の代官ができることでもなかった。
「その代官に何でも迎合しやがるからな!あいつは!」
ジェフリーのジェロームへの憤懣は尤もだった。
こんな時に理想論とも言うべき正論を発するジェフリーの初心な正義感は部下達の愛するところでもあった。
「まぁさ、あんたが今日はずっと監視役をするってのは頼むぜ。ジェフ!」
ロニーがジェフリーの肩にグッと腕を回して言った。
ロニーはジェフリーの親友だけにその扱いに長けている。
事を治めにかかっていた。
それがわかるからボリスが笑いながら頷いた。
ジェフリー小隊の今日の朝番は門番だった。
門番は城門の上での監視役の方が通行人の監視役よりずっと楽だ。
だから、ジェフリー小隊では、持ち時間を半分に分けて二交代制にしていたが、今日はジェロームの叱責を被った詫びとして、ジェフリーはずっと通行人の監視をすると言い出していたのだった。
そんな気遣いは三人にとって無用ではあったが、そんなことを申し出るジェフリーの誠実さも彼らが自分達の小隊長を愛する理由でもあった。
「わかってるさ。もう一人はお前ら三人でちゃんと分担しろよ。」
こうして、小隊の朝番は始まった。

「エルダムボローから?商人だね?目録を出して。」
ボリスが相手をしているのは商人だった。
次の市場は三日後からだったが、気の早い商人もいるらしい。

ボリスの横でジェフリーも次から次へと続く通行人を捌いていた。
ボリスは主に門外から町へ入って来る者達を、ジェフリーは町から外へ出る者達の相手をしていた。
「やあ、ミカ。精が出るな?どうした?その野菜?」
ミカは南門の外にある農家の主だった。
粗末な馬車に作物を満載している。
「あぁ、この前の市場で出会った商人がうちの野菜をできるだけ買いたいってな。向こうの町まで納品さ。」
「なるほどね。おめでとう。大繁盛じゃないか。でも、悪いが関税はもらうよ。」
ロズベリーアポンフロルに付属する地域での農産物を余所に売りに行く際も安いが関税は徴収している。
「わかっているよ。ほら目録だ。税もな。」
ジェフリーはミカからの目録にざっと目を通し、コインを数えた。
「わかった。問題ないよ。通って良し!次!」

ミカの次に進み出たのはビッグジョンこと鍛冶屋のジョン=スミスだった。
「ビッグジョンか?珍しいな。」
「あぁ、叔父から呼び出されてな。」
ビッグジョンの家はロズベリーアポンフロルの中で鍛冶屋を代々営んでいるが、町外の農村に親戚がいた。
「そうかい。大変だな。」
「あぁ。忙しくて仕方がないってのに...畜生!」
「なんだ?忙しいのか?」
「あぁ、今、えらく注文が混んでてな。」
「商売繁盛、結構じゃないか。しかし、何の注文がそんなに出たんだ?」
「先ずは鉄板だな。」
「鉄板?誰だそんなの買うの?」
「余所の町の鎧師さ。王都近くの大きな工房の注文だ。」
「鎧師?」
「ほら、あんたらも戦時下には着るだろ?鉄板胴衣ブリガンダインってのをよ。あれに入れる鉄板さ。」
「ほう?」
「それに鉄線だな。」
「鉄線だって?」
「あぁ。それも王都方面の大きな工房からの発注さ。鎖帷子チェインメイルに使うのさ。」
「へぇ。それでそんなに注文が多いのか?」
「あぁ!捌ききれないほどさ!仕方ないからサムの奴にも回そうとしたんだが、奴も注文を一杯抱えてるらしくてな。結局、俺一人でやらなきゃいけないのさ。さ、もういいだろ?」
「おっと!悪かったな。引き止めてしまったよ。よし、通って良し!次!」
ジェフリーはビッグジョンに手を振った。
サムはビッグジョンと同業の鍛冶屋だ。
(鍛冶屋に農家に...なんだ?皆、繁盛しているんだな。)

そして、次にやって来たのは見覚えのある商人だった。
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籠城食堂作者:荒野旅人
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「引き絞れっ!」
ジェフリー達は矢を上方に向けながら弦を引いた。
「放てっ!」
幾本もの矢が空に放たれ、城壁の向こう、フロル川を越えた対岸の空き地に立てられた棒の周辺に落ちた。
「まだバラバラだぞっ!敵軍を殲滅するには矢の密度が大切だ。的にもっと集中させろ!それに一番手前に落とした馬鹿はどいつだ?衛兵失格だ!」
エリックの怒声が飛ぶ。
優男のフィルがそっぽを向く。
一番手前に矢を落としたのはあいつだな...
ジェフリーはそう思ったが、表情には出さないようにした。
剣術師範のランドルフの気合も酷かったが弓術師範のエリックも殺気立っていた。
ジェフリーの小隊は他の小隊と共に城壁の上で弓術訓練を受けていた。
更に向こうでは町のギルドに加入している者達がやはり弓を引いていた。
今日は聖エドムンドの祝日だ。
休日と祝日は町人であってもギルドに入っている者は弓術訓練を受けなくてはならない。

「おや?エリック殿?」
ジェロームの声が聞こえてきた。
(おいおい...奴は今日、非番だろ...)
ジェフリーは苦々しく思ったが、城壁を歩いてきたのはやはりジェロームだった。
「ジェローム中隊長、今日は非番ですか?」
制服を着ていないジェロームにエリックが尋ねている。
ジェロームは仕事熱心な男で非番の日も練兵場に顔を出して剣を振るか、自発的に巡回をしている。
(よりにもよって、城壁に来やがって...)
「えぇ、時間がある時にちょっと城壁を見ておこうと思いましてね。毎日巡回はさせてますが、細かい破損個所が見逃されがちなんでね。」
(当てつけかよ...)
ジェフリーは益々苦々しい思いになった。
少し前にジェロームはジェフリーの隊が城壁の巡回をした後に自ら城壁を巡回し、側防塔の矢間の一つが崩れかけているのを見つけていた。
その矢間はずっと以前からひびが入っており、そのことはジェフリーも報告していたが、ジェロームは無視していた。
だから、そのひびが大きくなっていても、特に報告しなかったのが良くなかった。
どうやら、ジェフリー達が見回った直後にとうとう一部が崩れてしまったようだ。
その崩れを発見したジェロームは鬼の首を取ったようにジェフリー達を呼び出し、叱責し、ローランド卿にはジェフリー小隊は怠慢であると報告した。

「ところで、エリック殿?確か、今日は郊外の矢場で狙撃訓練の筈では?」
そうだ。
ジェロームは仕事熱心な男だけに、そんなところまで頭がまわる。
本来であれば、今日のジェフリー達は郊外に設置された矢場で狙撃訓練をする予定だった。
「いえね。ジェローム中隊長。最近、あまりに城壁からの射撃訓練が少ないのではと、提案をもらいましてね。」
「ほほぅ?誰ですかな?そのようなご迷惑を武術師範に言い出したのは?」
(やばいな...)
ジェロームとジェフリーが犬猿の仲であることは、衛兵隊の中で有名な話であったからエリックも知っているはずだが、北門所属とは言え、普段、北門詰所にいない為、あまり深刻には受け止めていない。
だから、エリックは事もなげに答えた。
「ジェフリー小隊長からですよ。彼の言う通り、我々は城壁の防備を軽く受け止めすぎですな。ハハハ...」
ジェロームはジェフリーを睨んだ。
「また、お前か!」
多分、他の小隊長、特にジェロームのお気に入りが同じ事をこの武術師範に進言しておれば、逆に褒めていたかもしれない。
しかし、ジェフリーからの提案と聞いただけで、ジェロームの顔に赤みがさした。
「エリック殿。うちの部下がご迷惑をおかけして申し訳ない。この通り、謝り申す。」
「いやいや!ジェローム殿。確かに暫く城壁からの射撃訓練をしておりませんでしたからな。私も同意したのですよ。」
「とは言え、エリック殿。城壁からの射撃訓練の頻度を減らしているのは付近の住民に迷惑をかけない為でしょう?代官様も気にしておられることですし。」
矢場での訓練であれば、周囲を気にする必要はなかったが、城壁からの射撃訓練をする場合、付近の住民の土地に矢を撃ち込むことがあり、周囲に警告をしておく必要がある。
それは事実だった。
だからジェフリーは買って出て、付近の住民への警告に駆け回っていた。
しかし、それはジェロームにとってどうでもいいことだ。
「おい!ジェフリー、ロニー、ボリス、フィル!お前達、明日の朝番は一時間早く出頭しろっ!」
冗談ではなかった。
朝番は明け方から勤務が始まる。
ただでさえ夏至に近いこの時期は一時間が長い。
どれだけ早起きしなければならないことか...
ジェフリーは後ろで三人の部下がうんざりしているのを感じた。
ジェロームのいやらしいところだ。
ジェフリーの面子を潰す為に、こんな時はジェフリーだけでなく小隊全員を呼ぶ。
「まぁまぁ、ジェローム殿。ジェフの提案は尤もな話なので...」
「いえ。私の部下がエリック殿にご迷惑をおかけしたことも、代官様の意向に反していることも看過できないので。」
ジェロームはエリックにだけは穏やかな微笑を向けるとジェフリー達四人には舌打ちをして去って行った。

「どうして、またエリックに城壁からの射撃訓練なんかを提案したんだよ?」
早朝からのジェロームの叱責から解放された後、ロニーが恨めしそうに言い出した。
「だって、最近、城壁からの射撃訓練が少なかったのは事実だろ?まさか、代官の意向があったとは俺も知らなかったけどな。」
「だけどよ。それ、こだわるか?」
「こだわるさ。矢場で練習してれば良いってわけではないだろ?」
ジェフリーの言い分は尤もだった。
同じ弓術でも城壁上からの射撃と平地での射撃は全く異なる弓術である。
今日の訓練で初めに行った放物線射撃でも、何も障害のない平野での射撃と鋸壁の手前からでは姿勢から異なる。
更に籠城戦における射撃では側防塔の矢間からの射撃技術も求められる。
これらの技術を学ぶには城壁での訓練が必要だった。
「だけどよう...」
ロニーは付き合いが長いだけに、これだけ真剣なジェフリーの扱いにくさを理解していた。
「なんだ?」
「とりあえず、同じ弓術なんだ、やっておけばどちらでもいいだろ?」
「俺達は衛兵だ。俺達の一番大切な使命は町の防衛だ。だったら本来、城壁からの射撃術こそが一番大切さ。」
「そうだけどな...」
ロニーは臍を噛んだ。
ジェフリーが自分の言葉で熱くなり始めたことを察知したからだ。
「大体さ、代官も事なかれ主義はわかるが、王宮の評価を気にするなら、住民の気持ちを慮るだけでなく、城壁からの射撃訓練の重要性にも目を向けるべきさ。」
「それはそうだけどさ。ジェフリー。代官にそんなことわかるかな?」
ロニーの苦戦にフィルが参戦した。
「わかっちゃいないさ!だから、腹が立つんだよ!」
ロニーとフィルは目くばせをして、溜息をついた。
好人物だが変人で有名な小隊長の憤懣が最高潮を迎えてしまったからだ。
しかし、二人とも普段からジェフリーから話を聞いているから、事情は理解できた。
二十五年前に終結した『親不孝』戦争。
このアルバウィルディア地方全域を巻き込んだ大戦争で、メカニア王国軍は本来その強みである筈だった弓兵隊に於いて、常備兵とギルド員などから構成される徴集兵の練度の差が弱みとして露呈してしまった。
それ以来、国王自らの肝入りで国民皆兵制とも言える弓術令アーチェリーロウが発せられ、休日や祝日には戦時に徴集される全ての成人男子に弓術訓練を義務付けられている。
今日の訓練でギルドに入っている町人達が横で弓を引いていたのも、その為だ。
本当に王宮からの目を気にするのであれば、周辺住民の迷惑よりも弓術訓練を充実すべきだと言うジェフリーの意見は正論だった。
しかし、現実問題として事なかれ主義の代官ができることでもなかった。
「その代官に何でも迎合しやがるからな!あいつは!」
ジェフリーのジェロームへの憤懣は尤もだった。
こんな時に理想論とも言うべき正論を発するジェフリーの初心な正義感は部下達の愛するところでもあった。
「まぁさ、あんたが今日はずっと監視役をするってのは頼むぜ。ジェフ!」
ロニーがジェフリーの肩にグッと腕を回して言った。
ロニーはジェフリーの親友だけにその扱いに長けている。
事を治めにかかっていた。
それがわかるからボリスが笑いながら頷いた。
ジェフリー小隊の今日の朝番は門番だった。
門番は城門の上での監視役の方が通行人の監視役よりずっと楽だ。
だから、ジェフリー小隊では、持ち時間を半分に分けて二交代制にしていたが、今日はジェロームの叱責を被った詫びとして、ジェフリーはずっと通行人の監視をすると言い出していたのだった。
そんな気遣いは三人にとって無用ではあったが、そんなことを申し出るジェフリーの誠実さも彼らが自分達の小隊長を愛する理由でもあった。
「わかってるさ。もう一人はお前ら三人でちゃんと分担しろよ。」
こうして、小隊の朝番は始まった。

「エルダムボローから?商人だね?目録を出して。」
ボリスが相手をしているのは商人だった。
次の市場は三日後からだったが、気の早い商人もいるらしい。

ボリスの横でジェフリーも次から次へと続く通行人を捌いていた。
ボリスは主に門外から町へ入って来る者達を、ジェフリーは町から外へ出る者達の相手をしていた。
「やあ、ミカ。精が出るな?どうした?その野菜?」
ミカは南門の外にある農家の主だった。
粗末な馬車に作物を満載している。
「あぁ、この前の市場で出会った商人がうちの野菜をできるだけ買いたいってな。向こうの町まで納品さ。」
「なるほどね。おめでとう。大繁盛じゃないか。でも、悪いが関税はもらうよ。」
ロズベリーアポンフロルに付属する地域での農産物を余所に売りに行く際も安いが関税は徴収している。
「わかっているよ。ほら目録だ。税もな。」
ジェフリーはミカからの目録にざっと目を通し、コインを数えた。
「わかった。問題ないよ。通って良し!次!」

ミカの次に進み出たのはビッグジョンこと鍛冶屋のジョン=スミスだった。
「ビッグジョンか?珍しいな。」
「あぁ、叔父から呼び出されてな。」
ビッグジョンの家はロズベリーアポンフロルの中で鍛冶屋を代々営んでいるが、町外の農村に親戚がいた。
「そうかい。大変だな。」
「あぁ。忙しくて仕方がないってのに...畜生!」
「なんだ?忙しいのか?」
「あぁ、今、えらく注文が混んでてな。」
「商売繁盛、結構じゃないか。しかし、何の注文がそんなに出たんだ?」
「先ずは鉄板だな。」
「鉄板?誰だそんなの買うの?」
「余所の町の鎧師さ。王都近くの大きな工房の注文だ。」
「鎧師?」
「ほら、あんたらも戦時下には着るだろ?鉄板胴衣ブリガンダインってのをよ。あれに入れる鉄板さ。」
「ほう?」
「それに鉄線だな。」
「鉄線だって?」
「あぁ。それも王都方面の大きな工房からの発注さ。鎖帷子チェインメイルに使うのさ。」
「へぇ。それでそんなに注文が多いのか?」
「あぁ!捌ききれないほどさ!仕方ないからサムの奴にも回そうとしたんだが、奴も注文を一杯抱えてるらしくてな。結局、俺一人でやらなきゃいけないのさ。さ、もういいだろ?」
「おっと!悪かったな。引き止めてしまったよ。よし、通って良し!次!」
ジェフリーはビッグジョンに手を振った。
サムはビッグジョンと同業の鍛冶屋だ。
(鍛冶屋に農家に...なんだ?皆、繁盛しているんだな。)

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