
『古い』(下)
「前に怪しげな八人組が宿泊していただろ?」
「まだ、気にしているのか?」
「あぁ。」
ダグはジェフリーとロニーの話がよくわからないが、自分の宿に宿泊していた男達の話だとは理解した。
「あいつらの内、四人が外泊したことがあっただろ?」
「あ、私、それ覚えているわ。あなた達がランドルフにしごかれた日よね?」
「そうだ。」
「あの次の日の朝番で俺はあいつらを通門させた。その時さ。」
「?」
誰もが訳がわからないと言う顔をしているが、気にせずジェフリーは続けた。
「さてと......ボリス、ロニー、フィル、悪いが『古い』と言ってみてくれ。」
それは更に訳のわからない問いかけだった。
「『古い』?」
ボリスが当惑する。
「『古い』がどうした?」
ロニーが肩をすくめる。
「『古い』?僕はあんまり言わないね。女性が敏感に嫌がる言葉だよ。」
「ありがとう。」
「?」
皆が当惑する。
「ボリスは南西地方の古いアクセン人家系の出身だから、古い言葉の発音をしたな?『古い』と。」
ボリスが頷く。
「ロニーはここ、ロズベリーアポンフロルの出身だ。平均的な南部人の発音だよ。『古い』とな?」
ロニーも頷く。
「フィル?お前、フロルマス近くの漁村の出身だろ?何だ?『古い』だと?そいつは最近の王都風の発音だ。」
「いやぁ。僕に相応しいからね。」
フィルはジェフリーのように情報を集めはしないが王都から来た商人からやたら王都の流行や流行り言葉を聞き出している。
「まぁ、いいさ。な?この国の南部から中部地域の『古い』の発音は『古い』、『古い』、『古い』のどれかだ。」
ジェフリーの話についていけず、皆、ポカンとしている。
「だけどな。あいつらはこう言ったのさ。古き清泉亭とね。」
「『古い』か?」
ロニーが発音しにくそうに聞く。
「そう。間違いない。『古い』と言ったんだ。俺はすぐに古き清泉亭と訂正してやったが、無反応だった。恐らく、全く無意識で自然と言っちまったんだな。」
「『古い』って、どこの訛りなの?」
ジェフリーはアリスを見下ろし、一呼吸おいて言った。
「北部丘陵。俺の故郷さ。」
「あれ?あの人達、西から来たって言ってなかった?」
「そうさ。君からそう聞いていたよ。だから、おかしいと思ったのさ。それからだよ。何かおかしいと思い始めたのは。」
「おかしい?訛りだけでか?」
ダグが訳がわからないと言うように口を挟んだ。
「訛りはきっかけさ。」
ジェフリーは答えると続けた。
「あの時、八人組の内、四人が北門に帰ってきた。まだ朝だった。町の外で夜を過ごしたに違いない。なぁ?お前ら?思い当たることはないか?」
急に話を振られて衛兵達が考え込む。
「あの前の夜のことだ......」
「あっ!そうか!」
ロニーが気づいた。
「計算上そうなるな......峠道の謎の通行者だな?」
「そうさ。あの謎の通行者がそのまま何食わぬ顔でロズベリーに来れば、あの日の朝にあたるのさ。」
「ガス爺さんも四人と言っていたもんな。」
「峠道を通ることがどうだと言うの?普通じゃない?」
「ふふ。ジェロームも同じことを言ってたな。」
「いやよ!ジェフリー、あなた、中隊長が大嫌いなんでしょ?だったら私も嫌い!一緒にしないで!」
ジェフリーが微笑みながら答える。
「冗談さ。じゃあ、聞くが。もし敵が北から攻めて来たらどうなる?」
「それは......」
アリスに戦争はわからない。
「そりゃ、北門で食い止めるだろ。そして、アヴォンマスからの救援を待つ。援軍が来れば、南門から引き入れて、合流し、打って出る。これが既定の作戦だろ?」
ロニーの言う作戦は衛兵隊では徹底されている。
「そうだな。じゃ、攻め手としたらどうしたい?」
「そりゃ、さっさと南門に回って援軍を返り討ちして、後は包囲戦だな。」
「その通りさ。その時に使えるのがあの峠道だ。あそこは戦略上、重要な道だから監視の為に巡回路に組み込まれたんだ。」
「で、奴等が深夜に密かに探索したと?」
「俺はそう思った。あの峠道は初めてではなかなかわかりにくい。しかも、夜ならな。奴等の下見だったんじゃないかと思ったんだ。」
「他には?」
「通用門だ。」
「何だと?」
「奴等の一人が西の通用門の方から出て来たのを見かけた。」
「あ!蕪を買いに行った時ね!」
「そうさ。」
見上げるアリスにジェフリーが顔を向ける。
「あなたが干し肉欲しいって言った日ね!」
「ハハッ!そうだな。」
「今となっては干し肉も買っといて良かったわ!」
「あぁ。」
二人の様子を見てダグの顔にイライラが浮かぶ。
「しかし、通用門とは穏やかじゃないな。」
ロニーが話を戻す。
「俺はあの男がニッパー家の誰かと話しているところを見たわけじゃない。しかし......」
「しかし?」
「いや、兎に角、ただの他所者が西の通用門に用があるとは思えない。」
ジェフリーはニッパー一家を見た時に感じた違和感を思い出したが、それは口にしなかった。
あまりに漫然としたもので、ジェフリー自身、さほど気にならなかったからである。
「それにメイソン家だ。」
「メイソン家だと?」
ダグが反応した。
ダグもメイソン家と聞き、少し不審に思ったらしい。
「あぁ、八人組の二人がメイソンの館から出てきた。」
「思い出したわ。商談が上手くいったって。私、だから最初の一杯はお祝いに店の奢りにするからって言ったっけ。」
娘の商売熱心さに、ダグが軽く微笑んだ。
「メイソン家だったら変か?あそこはこの町一番の商家だ。他所から来てロズベリーアポンフロルで商品を取り扱って欲しいなら商談しに行くだろう?」
「ダグ。あんたも反応したじゃないか?メイソン家がどんな商家か知っているんだろう?確かにロズベリーアポンフロルで一番大きい商家だが、あそこの主な事業は人足請負だ。」
ダグが頷く。
「つまり、わざわざ遠方から来てロズベリーアポンフロルで大々的に商品を取り扱って欲しいと商談するなら、相手はメイソン家じゃないだろう?」
「わからないだろう?そんなこと?メイソン家だって商品もそれなりに扱っているんだからな。」
「それはそうさ。あくまで俺の疑念なだけだからな。それに奴等は他の商家と接触してたかもしれないしな。」
「ふむ。それでそれだけか?」
いつの間にかダグが話に入り込んでいる。
ジェフリーの上手いところだ。
『変人』として有名だが、その話はおかしくてもどこか説得力があり、他人を惹きつける。
「そうだな。あとは部屋代だ。」
「部屋代だと?」
「あぁ。奴等は使っていない部屋の分まで代金を払って貸切にしてしまったんだろう?」
「でも、それは......」
「でも、それは三人以上の宿泊客を断らないといけないのは申し訳ないからと言われたんだろ?」
ジェフリーがアリスの言葉を引き継いで言った。
「うん。」
アリスが頷く。
実際に金を受け取ったダグも頷いている。
「奴等が本当に商人ならそんなことで金を使うか?ホリスを見てみろ?あいつ通行料を誤魔化す為に手代を御者に化けさせてたんだぜ?奴から見ればほんの小銭だろうに......商人てのはそんな連中だと思うんだ。」
「それは人によるんじゃないか?」
「まぁな。ただ、奴等が人に話を盗み聞きされない環境を手に入れたことは事実さ。」
ダグが頷く。
「それで、彼らは本当に北部人なの?」
アリスがそっと、ジェフリーの腕に手を置いた。
ダグの顔に渋面が戻る。
「そうだな。そこに話を戻そう。訛りだけじゃ断定はできない。ただ、『古い』の訛りは北に行くほど強い。同じ、北部丘陵でも、俺の故郷の辺りはまだ『古い』と少し訛りが弱いんだ。もっと北、デーリア王国、マクリス王国から来たんじゃないかと思うんだ。」
「ふむ......なるほど。どちらもいつ攻めて来てもおかしくない国だな。」
北部は国境を紛争が頻発しており、ロニーのように考える者が多い。
「それであの商人達は北に帰って行ったのか?」
「いや、律儀にウェストメーレ街道を西に行ったよ。」
ダグに答えたジェフリーの口元が少し意地悪気にほころぶ。
「奴等が町を出て行った時、たまたま俺達が門番だった。俺はアリスから奴等が西から来たと聞いた話をしてから教えてやったよ。西へ行くウェストメーレ街道は悪い情報は聞かない。安全に旅ができそうだって。」
「そう言えば、やたらあいつらに絡んでたな?」
「探りを入れたかったんだ。奴等、本当に迷惑そうだった。そして、奴等は追分にさしかかった時、こちらの様子を伺ってたよ。」
「お前、それであいつらに手を振ってたのか?」
「あぁ。笑顔でな。目が合ったよ。そして、奴等は西へ行った。」
「俺達にあいつらを見張るよう言ったのもそれでか?」
あの時、門の上にいたのはボリスとフィルだった。
「彼ら、幾度か振り返りながら西へ行ったね。もし、僕達が見てなかったらどうしていたんだろう?」
「さあな。」
「もし、北に帰るつもりだったなら、さぞかし迷惑だっただろうね?ジェフリー?」
皆が軽く笑った。
「全くだ。あの後、交代したランディにも注意をしておくよう頼んでおいた。尤も彼らは顔を知っている訳ではないからな。」
「あら?ランディならあなた達より先に来て、中にいるわよ?」
「そうか。話を聞き行くか?おっと。俺は出禁だったな。」
皆が爆笑した。
渋面のダグが言う。
「おい。まさかそれだけか?訛り、峠道、西の通用門、メイソン家、二階の貸切と、それだけでアリスにあんな仕入れをさせたのか?」
(いや、もう一つある。あの刺青......)
ジェフリーの脳裏にはあの怪しい男の上腕部に見えた中心部だけが暗紫色の灰黄色をした花の刺青が浮かんだ。
(流石に刺青では取るに足らない理由だな......)
「待って!お父さん。他にもあるの。」
「アリス?」
「おかしいのよ。市場じゃ怪しげな余所者の商人がやたらロズベリーの食料を買って外に持ち出そうとしてたの。一人や二人じゃなかったわ。パッドの野菜なんか、余所者に五割り増しで買われようとしてたのよ!私が二倍で買って、阻止したけどね!」
「何だと?ただでさえ高いパッドのとこの野菜を二倍だと......」
得意気なアリスに対し、ダグは頭を抱えた。
「食べ物が外に出るか......そう言えば昨日の朝番も外に食料を売りに出す奴が随分、門を通っていたな。」
「それだけじゃない。ロニー、武器やその材料もな......」
「ねぇ、お父さん聞いて。ジェフリーは本読んでるの。『攻城論(城市を陥落させる』......ええっと......」
「『攻城論(城市を陥落させる手段とその準備)』だよ。君が言おうとしていることは正しい。あの本にもあったよ。攻める前に間者送り込んで進軍路の調査、侵入口の確保。商人による武器や食料の買い上げ。」
「そうでしょ?」
アリスは得意気だ。
「ね?お父さん。きっと誰かがロズベリーアポンフロルを狙っているのよ!」
「それだけじゃな......そもそも戦争が起きるかはわからないじゃないか。国境の紛争なら兎も角、ここは国境から遠いんだ。本格的な戦争にならない限り狙われることはないだろう。」
「戦争は起きようとしているんだよ。ダグ。」
「ジェフリー、それは本当か?何を根拠に。」
ジェフリーはホリスから聞いた話をした。
アヴォンマスからの艦隊の出港、スピラン王国との戦争の兆し。
そして、北部、北東部での軍需拡大と軍隊の移動、そしてアヴォンマスの衛兵の徴収。
「その内、俺達も徴収がかかるだろう。町の兵力が減れば益々、この町は攻め易くなる。」
腕を組んで話を聞いていたダグが口を開いた。
「わかった。俺は明日、ギルド会館に行ってくる。」
「ちょっと待ってよ!お父さん!ジェフリーは......」
「勘違いするなアリス。情報収集だ。ギルド会館にはいろんな奴がいるからな色々話が聞けるだろう。」
もっと大きな町であれば職種別にギルド会館があるが、ロズベリーアポンフロルのような小さな町では一つギルド会館を様々な職種のギルドがシェアして使っている。
必然的に色々な町人と出会える場所になっている。
「ありがとう!お父さん!皆、おかわりのエールを持ってくるわね?」
「いや、アリス。もういい。皆、入ってくれ。うちの敷地内とは言えお前等が店の外で飲んで騒げば店の品格にかかわる。そのかわり、アリス。今日はこいつらへの奢りはなしにしろよ!」