エピローグ 観測者
また、救えなかった。
ベッドに横たわり、顔に白い布が被せられている少女を見て、私は思う。
病死は初めてだ。
今までならば、交通事故などの不慮の事故が多く、1日中近くで動けるように待機することができていた。
しかし、病院という空間に、私は入ることができない。
今回は文字通り、見ていることしかできなかった。少女の死期は知っていたのに、何もできなかった事実が歯がゆい。
そして目覚めるときっと、また366日前の3月31日に戻っているのだろう。
私は、また少女を救うことができなかった。
これで何度目かもはや覚えてすらいない。それほど何度も同じようで違う時間を繰り返してきていた。
少女の死をどうすれば回避できるのか、その方法だけは何百年経ってもわからない。
考えられる様々な手を尽くした。交通事故や、上からものが落ちてきた、通り魔が襲いかかってきた、その都度私は小さな体を必死に動かし、けれど、いつも間に合わない。
まるで定められた運命であるかのように、少女の死を覆すという唯一の願いだけが叶わない。
この状況に気付いている者は他にいるのだろうかと私は考える。
少女の死を起点とするように、時間は切り取られて先には進まない。この年の翌日である4月2日になることはない。
私の願いが原因なのか、それとも実際に私と少女の死の運命――終着駅への切符が入れ替わってしまったことが原因なのか、それすら私には知るよしもない。
いつも少女の隣にいる少年が泣き崩れているのが見えた。私がその立場であったら、もっと積極的に少女を助ける手立てを考えて、実行することができただろう。
何も知らずに彼女のそばにいる少年に何度その体を受け渡せと呪ったことか。
私がこのまま眠らなければ4月2日は来るのではないか、何度もそう考えた。しかし、結果は変わらない。
時は不条理なほどに、まるで平等とでも言うかのように367日間を巻き戻る。
その度に、私は少女を救おうとして救えない時間を歩むことを繰り返してきた。今度こそはと何度思ったことか。
不慮の事故で入れ替わった切符のためか、少女の死因も死亡時刻もその周回により変わる。
ただ、4月1日に死ぬという事実だけが変わらずに存在している。
私の行動を嘲笑うかのように、何の成果も上げられず、何の手立ても立てられないまま、何度も繰り返す。
どこかで猫の鳴き声がした。私は自分の存在がすでに変わり果てた事を思い出す。
それでも願いは変わらない。
次こそは救えると信じて、私はまた瞳を閉じた。
そして、また目覚めると366日前の3月31日が始まる――。