ホーム不条識な狼の理(下)♗83
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♗83

♗83
 ハンディキャップ。約15分、作戦会議。
 ハクスイと、キアラは一度シキから隠れて何かをしているようだった。勿論あたしとヒカミにも二人が何をしているのかは分からない。
 ただ、戻ってきた時のキアラは、さっきよりも呼吸が荒くて、血と薬品の匂いがした。なんだろう。歩の診療所のような匂いというのが一番近い表現かな。
 目測三メートルほど開けて、シキとキアラは向かい合って立った。お互いの武器はナイフ一本のみという完全にフェアな戦いだ。
「この石が地面に着いた瞬間が開始の合図ね。」
 ハクスイがそう言って石を宙に投げた。始まる。
 あたしは、なるべくゴキブリから気を逸らして瞬きすら後回しにするつもりで一緒に石が地面に着く瞬間を見守った。
 その石が地面に着いた瞬間。
 シキはもう既にキアラにナイフを振るっていた。
 まさかフライングかと思ったけど違う。純粋に速い。なんて反応能力だ。
 キアラは早速アウトかと思ったけど、キアラは咄嗟にしゃがんで躱す。頭上をシキの腕とナイフが通り過ぎる中、シキの腹部を狙ってキアラもナイフ突き出す。
 凄い。良いセンスだ。流石にこの二週間ハクスイが稽古についていただけある。キアラも凄いけど、この二週間でここまで育てたハクスイも凄い。
 キアラの突き出したナイフは当たらなかった。その代わり、避けて体制を崩したシキにキアラの体当たりが入って、キアラは見事にシキの背中を取った。
 有利。キアラがもう一度ナイフを突き出す。しかしシキが身を翻すのは同時の出来事だった。
 血飛沫が舞って、二人は距離を取る。
 どっちだ?今のヒットはどっちだ?
 シキは肩を抑えながら、笑っていた。当てたのはキアラだ。キアラが一歩リードした。それなのにシキはその状況下を楽しむように壊れたように笑い続ける。
「はあはははハッハハハハはははっはあはっは
 血だよ!ひっさしぶりだぁあ。ずっと自分で切ってもぜーんぶ蟲が塞ぐから全然自分の血が見られなかったんだよ。キアラ楽しいよ。私は楽しいよ。君と死ねるはあはあははははははは。」
 完全にヤバい奴だ。あんな奴がキアラの親友ってちょっとめちゃくちゃ過ぎるでしょ。
 まして愛していたなんて。
 なおも笑い続けながら、シキは、顔に巻いていた、黒い布を外した。
 あたしもトラウマになりつつあった、目を背けたいあの悍ましい黒い蟲の顔が露になった。
 醜いというか恐怖の対象というか。
 ああ。これが成れの果てなのかと。
 二週間前のロッカンバーテンズで絶望のあまり狂いそうに芋虫を這いずらせるキアラもこんな顔をしていた気がする。だからあの時怖かったんだ。

 殺してあげる方が救済なんだ。
 どちらにせよ。シキは死ぬ気だ。
 キアラには生き延びて共に塔を登るという目的があるけど。シキはどちらにせよ死しか選択が無い。ただそこにハクスイとキアラも巻き添えに出来るか出来ないかの選択だ。
 死なないと救済されない。これがこの呪いの果て。
【愛した人に殺されないと死ねない呪い】

 次の瞬間シキの振るったナイフは、キアラの腹部を擦り、キアラは座り込んだ。
「ねえ。キアラ。その目は今どこを見てるの?」
 座り込むキアラにシキはもう一度ナイフを降ろして。あたしの嗅覚では十分にキアラの血の匂いが感じ取れた。
「私見てくれない目なら、潰せば良いんだ。ねえキアラ。もう君は私のものだから。ははははは、勢いで潰しちゃったけど、今から、白水京香が目のまで死ぬのが楽しみだわ。精々声だけでも。」
 そのシキの言葉で、元々片目しか見えてない目を完全に失ってしまったのだと悟った。

 ああ。キアラ駄目かよ。負けかよ。悔しいな。
 あたしは諦めていた。そしてハクスイも巻き添えでそうなってしまうなら。あたしとヒカミだけが記憶を持ち帰れる。そこまで想像してしまった。

 しかし、まだ終わってなかった。

「あっ......ゆ、だんしたなぁ。キアラ。まだそんな力があったんだぁ、」
 シキの声。発音が遅い。多分致命傷なのか?
「あっははは、死ぬよ死ぬ。一緒に死のう。一緒地獄に行こう。」
 地獄。
 そう誘う、シキの胸部には、両目とも見えない筈のキアラが付き出したナイフが刺さっていた。
 胸部。胸骨を超えて奥まで入っている。勝負あった。多分もう一分も持たないだろう。
 シキの断末魔は残酷だった。
「なんで、だよ。なんで君は蟲に守られるんだよ。時間が、ごっふ、じかんが、私はもう、」
 後生の力でキアラを殺そうとしても、シキの刃は全てキアラの芋虫が塞いでいたのだ。
 つい数秒前まで、キアラを守る事が無かった芋虫は突然キアラを守り出した。つまりそれは......
「目を潰しても、、、君は、、私を見て、、くれ......な、」
 シキの身体は完全に倒れた。
 【愛した人に殺されないと死ねない呪い】
 それなのに、シキにキアラは殺せなかった。キアラの身体は呪いの蟲が守った。
 キアラにシキは殺せたのに、シキにはキアラを殺せない。キアラが愛している人にしか殺せない。
 じゃあキアラを殺せる人は誰?
 キアラが愛しているのは誰?

「シキ......?」
 手探りで、キアラはシキの遺体を触る。
「ねえ、シキどうしたの?シキ。わたしを殺すんじゃないの?」
 もちろん返答はない。
【愛した人に殺してもらわないと死ねない呪い】

「今、何が起きてるのか説明してください。わたしには何も見えません。」
 キアラは本当に目が見えてないようで、何もない方を向かって叫んでいた。
「貴方の勝ちよ。あなたの最後の突きは、確実にキナミさんの胸を貫いた。」
 それを察してか、ハクスイがキアラの目の前に立つ。
「キナミさんは負けを認めて、最後にあなたを殺そうと、ちゃんと約束通り、あなたの急所を狙って、攻撃した。でも、その最後の一振りは、あなたの身体の幼虫が全てあなたを守った。」
 答えは分かりきっていたのかもしれない。
「あなたが愛している人にじゃないと、あなたは殺せない。あなたが愛したのは誰?」
 ぼたりぼたりと、キアラの身体からは黄緑色の芋虫が生まれ続ける。
 キアラを抱きしめるハクスイの姿がらしくなかった。
 この人。こんな風に誰かを慈愛で包む人か?性格悪くてさ。誰とでも寝て愛なんて分からないとか言う人だったのにさ。
「今、わたしのお腹の傷、どうなっていますか?」
「出血は止まってる。ちゃんと蟲が動いてる。あなたを死なせないように。身体は痛い?」
「ええ。死にたいくらいに、痛いです。
 シキには悪い事したな。シキはこんなに痛くて苦しいのに、死ねなくて、ずっと耐えていたなんて。
 どうにもこうにも、発狂しそうなくらいに全身が痛いです。」
 そういえば、あたしが言ったんだよね。
 悲劇の戯曲みたいって。
「ごめんなさい。京香さん。愛してごめんなさい。」
「私の方こそ、ごめんなさい。せっかく亜美さんは頑張っていたのに、私がややこしくしちゃったせいで。だから、私にも責任はあるから。」
 誰かを愛するという純粋な気持ちはこんなにも残酷な結末を迎えるのか。
「京香さん。殺してください。出来るだけ早く。」
「大丈夫。あなたの準備が出来たらいつでも。なるべく苦しまないように。」
「最後のお願い聞いてください。そうしたら、すぐに殺してください。」
 距離もあって、もともと声を張って会話をしていない。あたしが聞けたのはここまで。ここまででも、聞き落とした部分があると思う。キアラの声がかなり小さくて。
 聞き耳立てるのも不粋かもしれない。多分最期の時間だから。
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不条識な狼の理(下)作者:駿河鵬命
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 ハンディキャップ。約15分、作戦会議。
 ハクスイと、キアラは一度シキから隠れて何かをしているようだった。勿論あたしとヒカミにも二人が何をしているのかは分からない。
 ただ、戻ってきた時のキアラは、さっきよりも呼吸が荒くて、血と薬品の匂いがした。なんだろう。歩の診療所のような匂いというのが一番近い表現かな。
 目測三メートルほど開けて、シキとキアラは向かい合って立った。お互いの武器はナイフ一本のみという完全にフェアな戦いだ。
「この石が地面に着いた瞬間が開始の合図ね。」
 ハクスイがそう言って石を宙に投げた。始まる。
 あたしは、なるべくゴキブリから気を逸らして瞬きすら後回しにするつもりで一緒に石が地面に着く瞬間を見守った。
 その石が地面に着いた瞬間。
 シキはもう既にキアラにナイフを振るっていた。
 まさかフライングかと思ったけど違う。純粋に速い。なんて反応能力だ。
 キアラは早速アウトかと思ったけど、キアラは咄嗟にしゃがんで躱す。頭上をシキの腕とナイフが通り過ぎる中、シキの腹部を狙ってキアラもナイフ突き出す。
 凄い。良いセンスだ。流石にこの二週間ハクスイが稽古についていただけある。キアラも凄いけど、この二週間でここまで育てたハクスイも凄い。
 キアラの突き出したナイフは当たらなかった。その代わり、避けて体制を崩したシキにキアラの体当たりが入って、キアラは見事にシキの背中を取った。
 有利。キアラがもう一度ナイフを突き出す。しかしシキが身を翻すのは同時の出来事だった。
 血飛沫が舞って、二人は距離を取る。
 どっちだ?今のヒットはどっちだ?
 シキは肩を抑えながら、笑っていた。当てたのはキアラだ。キアラが一歩リードした。それなのにシキはその状況下を楽しむように壊れたように笑い続ける。
「はあはははハッハハハハはははっはあはっは
 血だよ!ひっさしぶりだぁあ。ずっと自分で切ってもぜーんぶ蟲が塞ぐから全然自分の血が見られなかったんだよ。キアラ楽しいよ。私は楽しいよ。君と死ねるはあはあははははははは。」
 完全にヤバい奴だ。あんな奴がキアラの親友ってちょっとめちゃくちゃ過ぎるでしょ。
 まして愛していたなんて。
 なおも笑い続けながら、シキは、顔に巻いていた、黒い布を外した。
 あたしもトラウマになりつつあった、目を背けたいあの悍ましい黒い蟲の顔が露になった。
 醜いというか恐怖の対象というか。
 ああ。これが成れの果てなのかと。
 二週間前のロッカンバーテンズで絶望のあまり狂いそうに芋虫を這いずらせるキアラもこんな顔をしていた気がする。だからあの時怖かったんだ。

 殺してあげる方が救済なんだ。
 どちらにせよ。シキは死ぬ気だ。
 キアラには生き延びて共に塔を登るという目的があるけど。シキはどちらにせよ死しか選択が無い。ただそこにハクスイとキアラも巻き添えに出来るか出来ないかの選択だ。
 死なないと救済されない。これがこの呪いの果て。
【愛した人に殺されないと死ねない呪い】

 次の瞬間シキの振るったナイフは、キアラの腹部を擦り、キアラは座り込んだ。
「ねえ。キアラ。その目は今どこを見てるの?」
 座り込むキアラにシキはもう一度ナイフを降ろして。あたしの嗅覚では十分にキアラの血の匂いが感じ取れた。
「私見てくれない目なら、潰せば良いんだ。ねえキアラ。もう君は私のものだから。ははははは、勢いで潰しちゃったけど、今から、白水京香が目のまで死ぬのが楽しみだわ。精々声だけでも。」
 そのシキの言葉で、元々片目しか見えてない目を完全に失ってしまったのだと悟った。

 ああ。キアラ駄目かよ。負けかよ。悔しいな。
 あたしは諦めていた。そしてハクスイも巻き添えでそうなってしまうなら。あたしとヒカミだけが記憶を持ち帰れる。そこまで想像してしまった。

 しかし、まだ終わってなかった。

「あっ......ゆ、だんしたなぁ。キアラ。まだそんな力があったんだぁ、」
 シキの声。発音が遅い。多分致命傷なのか?
「あっははは、死ぬよ死ぬ。一緒に死のう。一緒地獄に行こう。」
 地獄。
 そう誘う、シキの胸部には、両目とも見えない筈のキアラが付き出したナイフが刺さっていた。
 胸部。胸骨を超えて奥まで入っている。勝負あった。多分もう一分も持たないだろう。
 シキの断末魔は残酷だった。
「なんで、だよ。なんで君は蟲に守られるんだよ。時間が、ごっふ、じかんが、私はもう、」
 後生の力でキアラを殺そうとしても、シキの刃は全てキアラの芋虫が塞いでいたのだ。
 つい数秒前まで、キアラを守る事が無かった芋虫は突然キアラを守り出した。つまりそれは......
「目を潰しても、、、君は、、私を見て、、くれ......な、」
 シキの身体は完全に倒れた。
 【愛した人に殺されないと死ねない呪い】
 それなのに、シキにキアラは殺せなかった。キアラの身体は呪いの蟲が守った。
 キアラにシキは殺せたのに、シキにはキアラを殺せない。キアラが愛している人にしか殺せない。
 じゃあキアラを殺せる人は誰?
 キアラが愛しているのは誰?

「シキ......?」
 手探りで、キアラはシキの遺体を触る。
「ねえ、シキどうしたの?シキ。わたしを殺すんじゃないの?」
 もちろん返答はない。
【愛した人に殺してもらわないと死ねない呪い】

「今、何が起きてるのか説明してください。わたしには何も見えません。」
 キアラは本当に目が見えてないようで、何もない方を向かって叫んでいた。
「貴方の勝ちよ。あなたの最後の突きは、確実にキナミさんの胸を貫いた。」
 それを察してか、ハクスイがキアラの目の前に立つ。
「キナミさんは負けを認めて、最後にあなたを殺そうと、ちゃんと約束通り、あなたの急所を狙って、攻撃した。でも、その最後の一振りは、あなたの身体の幼虫が全てあなたを守った。」
 答えは分かりきっていたのかもしれない。
「あなたが愛している人にじゃないと、あなたは殺せない。あなたが愛したのは誰?」
 ぼたりぼたりと、キアラの身体からは黄緑色の芋虫が生まれ続ける。
 キアラを抱きしめるハクスイの姿がらしくなかった。
 この人。こんな風に誰かを慈愛で包む人か?性格悪くてさ。誰とでも寝て愛なんて分からないとか言う人だったのにさ。
「今、わたしのお腹の傷、どうなっていますか?」
「出血は止まってる。ちゃんと蟲が動いてる。あなたを死なせないように。身体は痛い?」
「ええ。死にたいくらいに、痛いです。
 シキには悪い事したな。シキはこんなに痛くて苦しいのに、死ねなくて、ずっと耐えていたなんて。
 どうにもこうにも、発狂しそうなくらいに全身が痛いです。」
 そういえば、あたしが言ったんだよね。
 悲劇の戯曲みたいって。
「ごめんなさい。京香さん。愛してごめんなさい。」
「私の方こそ、ごめんなさい。せっかく亜美さんは頑張っていたのに、私がややこしくしちゃったせいで。だから、私にも責任はあるから。」
 誰かを愛するという純粋な気持ちはこんなにも残酷な結末を迎えるのか。
「京香さん。殺してください。出来るだけ早く。」
「大丈夫。あなたの準備が出来たらいつでも。なるべく苦しまないように。」
「最後のお願い聞いてください。そうしたら、すぐに殺してください。」
 距離もあって、もともと声を張って会話をしていない。あたしが聞けたのはここまで。ここまででも、聞き落とした部分があると思う。キアラの声がかなり小さくて。
 聞き耳立てるのも不粋かもしれない。多分最期の時間だから。
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