ホーム不条識な狼の理(下)♗82
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♗82

♗82
 限りなく、着いたって言って良いと思う。
 もう塔の入り口の鉄ドアも目で確認できるレベルだ。でもやっぱりそう簡単にはゴール出来ない。そういうもんだ。
『埃と酸っぱい匂い。』
 嗅いだことのない異臭の元を辿ろうと、辺りを見渡した。しかし何もない。目視出来るものは何もないけど、あたしの勘と嗅覚が絶対なにかあるぞと警鐘を鳴らしている。
「埃と酸っぱいってなんだ?掃除してない倉庫みたいな感じか?」
『いや、近いっちゃ近いんだけど、なんだろう生き物の様な臭いが風上から。』
 風上を見るのと、ハクスイの抜刀はほぼ同時だった。速い。
 そして、何かを弾く金属音。
 やっぱね。ほら何かあったよ。
 その弾けた金属音影の二つが離れた時に、それが刀と槍の鍔迫り合いであったことを知る。
 その槍を持った影は、笑っているのだ。
「はははは。強いなあ。白水京香。さすがだよ。子供の頃から、ずっと全国大会優勝だったんだろ。」
「なかなかでしょ。刀と槍だと圧倒的に槍の方が有利なのに、相手が私じゃなかったら殺せたのに残念でした。」
 黒い影に向かってハクスイは刀を構える。
 黒い影、否。黒い人と形容すべきか。顔まで黒い布で覆った、黒い立ち姿のそいつはあたしも知っている嘗て一度しか会ってないのに恐怖慄いた。
「シキ......」
 キアラの呪いの魂胆。
「やあキアラ待っていたよ。苦しかったよずっとずっと。こんなに苦しいのに死ねなくてはははは。」
 こんなヤバイ奴がキアラの親友なのか。言葉と表情がまるで合ってない。いや、表情って表現は盛りすぎた。顔は黒い布で覆ってあるので、表情がちゃんと見えるわけではない。ただ、目と口だけは出ているので、そこの動きだけだと、ずっと笑っているのだ。
「こんな苦しみも全てお前のせいだ。白水京香。お前が、私とキアラの間に立つから邪魔なんだ。」
 しかし今度は露骨に怒りを表した低い声でハクスイに向かって言う。何だか、病気の人のように感情がろくに機能していない感じだ。
「それは随分なとばっちりだね。たまたま亜美さんが、芸能人としての私のキャラを気に入っていただけじゃない。誰だって好きな芸能人の一人や二人いるでしょ。」
 シキはまた動いた。槍を突き出す。
 刹那、ハクスイは一歩前へ出て、刀で、槍の切っ先を弾く。
「お前、何様のつもりだ?何、キアラのこと本名で呼んでいるんだ。」
「そんなに心外?名前は大事にすべきよ。キナミさん。」
 また槍が半弧を描き、ハクスイの腹を狙う。今度こそはまずいと思ったが、ここでハクスイは跳ぶ。あの長身からは信じられないほどの跳躍力で刃先を躱す。ものすごい戦闘センスだ。あたしやヒカミならちょっとチートで異形の体力で動けるけど、これが普通の人間技で繰り出すから凄い。
「いちいち勘に触るなぁお前。」
「そりゃどうも。口悪いのよね。」
「おい。キアラ。こんなに性格の悪い、ビッチ臭え女のどこが良いんだよ。」
 いや。ごめん。それはキアラじゃなくてもあたしでもヒカミでもフォロー出来ない。性格悪いし、ビッチだと思う、なんで一瞬で見抜かれているんだろう。
 でもそれはあたしだってシキに言ってやりたい。そんなに暴力的で、酸っぱい埃の匂いがするのにキアラの親友だなんて。
「なあクソビッチ。お前だけは絶対殺すって決めていたんだ。」
「上等ね。正当防衛で勢い余って殺しても謝らないよ。」
 また槍は振り下ろされる。
 その瞬間、ハクスイは一気にシキの懐まで辿りつこうと、間合いを詰めるが、シキもそれを読んで後ろへ下がる。
 どう考えても、槍と刀なら、間合いが遠い槍の方が有利。前にハクスイが言っていた。刀で槍に勝つには槍の三倍の修練が必要って。
 それをハクスイは、一瞬の隙を狙って、自分の間合いに持って行こうと詰める、詰める。
 端から見たらフェイントの出し合いに見えるのだろう。でも、なまじ知識をもらったあたしから見たら、この二人が、先制攻撃を仕掛けようとするたびに、間合いを詰めようとするから、攻撃を止めざる得ないというコマンドのルーティンだ。どっちかが、集中力が切れた瞬間に多分終わる。
 直後、ハクスイが、中に入った。射程範囲内。刀身は横から振り抜かれ、シキの胴体は真っ二つに、
 ......ならなかった。
 頭を掻いたような音。それが一番近い表現だと思う。頭を掻いたような音の摩擦音がカサカサカサと聞こえて、音の方を見ると黒い煙が蠢いているのだ。
 いや空耳、空目。
 ゴキブリが蠢いて、甲殻が擦れる音と、刀身を受けるシキの胴体から、無数のゴキブリが這い出て、刀身を防いでいるのだ。
 そうだ。一年前にあの森の中であたしの目の間で見せてくれた。シキの死ねない呪い。シキの身体を守るゴキブリたち。
 ハクスイは、その状況を見て引き。刀身を振るって。刀についたゴキブリを払った
『あぎゃあああああ。』
 その払ったゴキブリがあたしの方に飛んできたからそりゃ変な声も出るし、鳥肌立つよ。もう。そして今まで嗅いでたこの異臭がゴキブリによるものだと察して、鳥肌が背中まで登った。ひえ......


 そんな中ハクスイは納刀して両手あげて言った。
「降参。無理。相手の力を理解するのも実力のうちでしょ。じゃあ実力のある私はこの戦いを無理だと判断しました。はい。降参。無理。」
 予想外全員がハクスイを見る。こんなあっさりと負けを認めるとは。
 そんな両手を挙げるハクスイの首元に、シキは槍の刃先を突きつける。
「なら、お前がそんなに潔いなら、首もらうぞ。」
「おいちょっと待てよ。なんで、ハクスイが降参してそれで殺されることになってんだ?君の目的はキアラさんだろ。」
 ヒカミが言うと、シキはヒカミを横目で見て、腹から這い出た無数のゴキブリはヒカミの方へ、ゾゾゾゾゾゾッぞぞぞぞぞぞぞぞぞと向かっていく。よりによって、あたしも近くにいたので、あたしのヒカミの方に黒い絨毯のようなものが近づいてくる地獄絵図。これ全部ゴキブリなんだって。
『無理無理無理っだって無理無駄あああ!』
 あたしは近くの木に登って避難。ごめん本当に無理。これは無理。
「鳥肌が止まらないぜ!!物理法則無視して、湧いてくるなあはああはははあ!!」
 ヒカミですら謎のハイを迎えている。それでも物理法則無視して湧いてくるとか、蟲だけに無視とかああ駄目あたしも完全にバグってる。いやバグるって黒い絨毯のゴキブリって。
「待って。シキ。巻き込まないで。あなたの敵はわたしでしょ。」
 ここでやっとキアラが口を開いた。
『キアラお願い!本当にあたしは無理。戦力外。他のところで何でもするから、何とかして。』
 あたしはキアラに必死に懇願した。だって無理だもん。どう考えても全員協力総力戦、最期の戦いって場面なのに、相手がゴキブリが無数に湧いてくる人間って、無理だ。本当に無理だ。
「ああ。確かに私が最も愛おしくて最も殺したいのは君だよ。あの狼とチビは見逃しやっていい。ただ。イヴを唆すこの蛇だけは殺す。」
 その当の本人のシキは、自分から出てくるゴキブリは気にもかけず、というかこれが日常であると言わんばかりに普通に喋るのだ。
「それも駄目。京香さんは関係ない。これはわたしとあなたの問題。」
「駄目だ。殺す。」
 ハクスイの首元にぐっと刃先を押し当てるので、ハクスイは首ごと仰け反って、首に刺さらないようにしている。
 因みにあたしとヒカミは完全に外野として見られています。隙をついて助太刀に入ろうとも、(あたしは無理なのでヒカミが隙をついてって話ね。)あの状況じゃ、シキの方が圧倒的に有利だし、なによりあたしとヒカミはこの黒絨毯に導線を阻害されてるので、隙をみて瞬時に助けるとかは絶望的だ。ここはやっぱりキアラとの交渉でケリをつけるしかない。
 そして、静かに語り出したのはハクスイの方だった。
「提案。とりあえず、それだとフェアじゃないのよ。」
 ハクスイはなおも冷静に淡々と語る。
「その呪い。お互い愛し合って殺しあわないと終わらないんでしょ。
 だったら、せーの、ザシュってお互いに心臓刺すのが最もスマートだと思うんだけど、キナミさんはそれだと納得しない。私を殺してからじゃないと終われない。かといって亜美さん側は私を殺すのは不毛だと提言。
 だったら、こうしましょう。キナミさんと亜美さんで勝負して、勝った方の都合に合わせる。
 もちろんどう見ても、亜美さんの方が素人だから致命傷で止めるなんて、出来ないでしょう。亜美さんが勝つ時はきっと貴方と亜美さん。同時に死ぬ時。
 でも、それだけ戦い慣れている、貴方なら致命傷で止めることぐらいできるでしょ。
 亜美さんを致命傷まで追い詰める事が出来たら、私は貴方達の前で腹でも切るわ。あとは二人仲良く死んでちょうだい。これでどう?」
 なるほど、死を直前にした時、シキが有利だったら、シキの願いを叶えて、ハクスイも死ぬ。キアラが有利だったら、キアラの願いを叶えて、ハクスイは死なないで済む。
「どう?こうでもして、キナミさんが条件を飲んでくれないと、多分。亜美さんはあなたのこと愛せなくなるよ。
 だって、【愛した人に殺してもらわないと死ねない呪い】なんでしょ。そこで、亜美さんがあなたの事を嫌いになっちゃったら、あなたに亜美さんは殺せなくなっちゃう。」
 ああそうか。確かにそうだ。
 そもそもこの呪い。アダムがイヴと両想いになりたいが為に生まれた呪いだ。
 長い年月をかけて、お互いが最後の生き残りになっても、死ねない。自分と相手しかいない。自分と相手とその二人だけの世界なら、二人で愛し合うしか選択肢がない。共に死ぬしか選択肢がない。そういう呪いだ。
 確かにハクスイの言う通りだ。
 お互いしか向き合えないから、お互いを好きになるしかないって呪いなのに、敢えて嫌われる行為を取るのであれば、別に呪い抜きにしても愛される筈がない。
「それで亜美さん。あなた二刀流でもないのに、常に二本ナイフを持っていたよね。
 それでお互い戦いましょう。槍だとフェアじゃないね。ただですら、亜美さんには圧倒的に不利な状況なのに。」
「乗った。」
 シキの返事は早かった
「その代わり白水京香。私が何処かにダメージを受けていて、動けない状況であってもちゃんと私の目の前で死ねよ。」
「それは約束する。なんならちゃんと上も脱いで、切腹らしくちゃんと十字に斬る程度のサービスはするね。」
 さらっと言うけど、少しも冗談の気が無い。本気だ。どう見ても本気だ。
「ヒカミとサクも異論ないね。」
「異論も何も、それしか方法が無いってやつだろ。取り敢えず、このゴキブリだけはなんとかなんねぇの。」
 相変わらず、あたしたちは完全に外野扱いで、寧ろさっきよりゴキブリの層が厚くなったというか増えた感じがする。うわ鳥肌の第二波がきた。うああああ。
「私が死んだら、そいつらも生きてはいられない。一般客はそこからしか見られない。こっちは関係者席だ。」
「はいはい。外野は黙っていますよ。キアラさん。月並みの言葉しか言えねえけど、頑張れ。後悔すんなよ。
 おれが参戦するとか抗いたいが、こんなゴキブリの壁作るやつに太刀打ちは出来ない。ハクスイですらあっさり諦めるなら、おれも諦めた。」
 悔しいけどな。
 あたしにしか聞こえないくらいの小さな声でヒカミはそう呟いていた。
「サクは?」
 ハクスイが一度見渡してあたしを探してから聞いてくれた。ごめんまさか木に上ってまでしてゴキブリから逃げていたなんで知らなかったよね。
『樫山も降参です。もう全部合わせます。』
 ゴキブリが怖いのもあるけど、ヒカミの言葉を借りるとゴキブリで壁作る奴に普通に戦っても勝ち目無いって事です。
「亜美さんは?」
「分かんないですよ。これが多分最善案なのは理解出来しているつもりですが、それで京香さんは良いんですか?京香さんは関係ないじゃないですか?」
「まあそうかもしれないけど、黙っていても私殺されるだけだからね。
 こんなおっかない蟲の人逃げた所で地獄の底まで追いかけて来そうだし。かといって、私の攻撃は全部無効化されるの。無理じゃない。
 あなたの刃じゃないとあの人は貫けない。あなたじゃないと救えない。」

 あなたじゃないと救えない。

 怖い言葉で。重い言葉だ。
 死は救済なのか。
 本当の意味での人殺しの言葉はこんな時に堪らなく強い力を持つ。
「それにちょっと付き合うだけ。死んだそれまで。ただ、やるからには本気出して。」
 まるで、仲間であるはずのキアラに対しても脅しているかのような気迫であった。
「わかりました。ただ、ハンデください。わたしにもチャンスをください。」
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不条識な狼の理(下)作者:駿河鵬命
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 限りなく、着いたって言って良いと思う。
 もう塔の入り口の鉄ドアも目で確認できるレベルだ。でもやっぱりそう簡単にはゴール出来ない。そういうもんだ。
『埃と酸っぱい匂い。』
 嗅いだことのない異臭の元を辿ろうと、辺りを見渡した。しかし何もない。目視出来るものは何もないけど、あたしの勘と嗅覚が絶対なにかあるぞと警鐘を鳴らしている。
「埃と酸っぱいってなんだ?掃除してない倉庫みたいな感じか?」
『いや、近いっちゃ近いんだけど、なんだろう生き物の様な臭いが風上から。』
 風上を見るのと、ハクスイの抜刀はほぼ同時だった。速い。
 そして、何かを弾く金属音。
 やっぱね。ほら何かあったよ。
 その弾けた金属音影の二つが離れた時に、それが刀と槍の鍔迫り合いであったことを知る。
 その槍を持った影は、笑っているのだ。
「はははは。強いなあ。白水京香。さすがだよ。子供の頃から、ずっと全国大会優勝だったんだろ。」
「なかなかでしょ。刀と槍だと圧倒的に槍の方が有利なのに、相手が私じゃなかったら殺せたのに残念でした。」
 黒い影に向かってハクスイは刀を構える。
 黒い影、否。黒い人と形容すべきか。顔まで黒い布で覆った、黒い立ち姿のそいつはあたしも知っている嘗て一度しか会ってないのに恐怖慄いた。
「シキ......」
 キアラの呪いの魂胆。
「やあキアラ待っていたよ。苦しかったよずっとずっと。こんなに苦しいのに死ねなくてはははは。」
 こんなヤバイ奴がキアラの親友なのか。言葉と表情がまるで合ってない。いや、表情って表現は盛りすぎた。顔は黒い布で覆ってあるので、表情がちゃんと見えるわけではない。ただ、目と口だけは出ているので、そこの動きだけだと、ずっと笑っているのだ。
「こんな苦しみも全てお前のせいだ。白水京香。お前が、私とキアラの間に立つから邪魔なんだ。」
 しかし今度は露骨に怒りを表した低い声でハクスイに向かって言う。何だか、病気の人のように感情がろくに機能していない感じだ。
「それは随分なとばっちりだね。たまたま亜美さんが、芸能人としての私のキャラを気に入っていただけじゃない。誰だって好きな芸能人の一人や二人いるでしょ。」
 シキはまた動いた。槍を突き出す。
 刹那、ハクスイは一歩前へ出て、刀で、槍の切っ先を弾く。
「お前、何様のつもりだ?何、キアラのこと本名で呼んでいるんだ。」
「そんなに心外?名前は大事にすべきよ。キナミさん。」
 また槍が半弧を描き、ハクスイの腹を狙う。今度こそはまずいと思ったが、ここでハクスイは跳ぶ。あの長身からは信じられないほどの跳躍力で刃先を躱す。ものすごい戦闘センスだ。あたしやヒカミならちょっとチートで異形の体力で動けるけど、これが普通の人間技で繰り出すから凄い。
「いちいち勘に触るなぁお前。」
「そりゃどうも。口悪いのよね。」
「おい。キアラ。こんなに性格の悪い、ビッチ臭え女のどこが良いんだよ。」
 いや。ごめん。それはキアラじゃなくてもあたしでもヒカミでもフォロー出来ない。性格悪いし、ビッチだと思う、なんで一瞬で見抜かれているんだろう。
 でもそれはあたしだってシキに言ってやりたい。そんなに暴力的で、酸っぱい埃の匂いがするのにキアラの親友だなんて。
「なあクソビッチ。お前だけは絶対殺すって決めていたんだ。」
「上等ね。正当防衛で勢い余って殺しても謝らないよ。」
 また槍は振り下ろされる。
 その瞬間、ハクスイは一気にシキの懐まで辿りつこうと、間合いを詰めるが、シキもそれを読んで後ろへ下がる。
 どう考えても、槍と刀なら、間合いが遠い槍の方が有利。前にハクスイが言っていた。刀で槍に勝つには槍の三倍の修練が必要って。
 それをハクスイは、一瞬の隙を狙って、自分の間合いに持って行こうと詰める、詰める。
 端から見たらフェイントの出し合いに見えるのだろう。でも、なまじ知識をもらったあたしから見たら、この二人が、先制攻撃を仕掛けようとするたびに、間合いを詰めようとするから、攻撃を止めざる得ないというコマンドのルーティンだ。どっちかが、集中力が切れた瞬間に多分終わる。
 直後、ハクスイが、中に入った。射程範囲内。刀身は横から振り抜かれ、シキの胴体は真っ二つに、
 ......ならなかった。
 頭を掻いたような音。それが一番近い表現だと思う。頭を掻いたような音の摩擦音がカサカサカサと聞こえて、音の方を見ると黒い煙が蠢いているのだ。
 いや空耳、空目。
 ゴキブリが蠢いて、甲殻が擦れる音と、刀身を受けるシキの胴体から、無数のゴキブリが這い出て、刀身を防いでいるのだ。
 そうだ。一年前にあの森の中であたしの目の間で見せてくれた。シキの死ねない呪い。シキの身体を守るゴキブリたち。
 ハクスイは、その状況を見て引き。刀身を振るって。刀についたゴキブリを払った
『あぎゃあああああ。』
 その払ったゴキブリがあたしの方に飛んできたからそりゃ変な声も出るし、鳥肌立つよ。もう。そして今まで嗅いでたこの異臭がゴキブリによるものだと察して、鳥肌が背中まで登った。ひえ......


 そんな中ハクスイは納刀して両手あげて言った。
「降参。無理。相手の力を理解するのも実力のうちでしょ。じゃあ実力のある私はこの戦いを無理だと判断しました。はい。降参。無理。」
 予想外全員がハクスイを見る。こんなあっさりと負けを認めるとは。
 そんな両手を挙げるハクスイの首元に、シキは槍の刃先を突きつける。
「なら、お前がそんなに潔いなら、首もらうぞ。」
「おいちょっと待てよ。なんで、ハクスイが降参してそれで殺されることになってんだ?君の目的はキアラさんだろ。」
 ヒカミが言うと、シキはヒカミを横目で見て、腹から這い出た無数のゴキブリはヒカミの方へ、ゾゾゾゾゾゾッぞぞぞぞぞぞぞぞぞと向かっていく。よりによって、あたしも近くにいたので、あたしのヒカミの方に黒い絨毯のようなものが近づいてくる地獄絵図。これ全部ゴキブリなんだって。
『無理無理無理っだって無理無駄あああ!』
 あたしは近くの木に登って避難。ごめん本当に無理。これは無理。
「鳥肌が止まらないぜ!!物理法則無視して、湧いてくるなあはああはははあ!!」
 ヒカミですら謎のハイを迎えている。それでも物理法則無視して湧いてくるとか、蟲だけに無視とかああ駄目あたしも完全にバグってる。いやバグるって黒い絨毯のゴキブリって。
「待って。シキ。巻き込まないで。あなたの敵はわたしでしょ。」
 ここでやっとキアラが口を開いた。
『キアラお願い!本当にあたしは無理。戦力外。他のところで何でもするから、何とかして。』
 あたしはキアラに必死に懇願した。だって無理だもん。どう考えても全員協力総力戦、最期の戦いって場面なのに、相手がゴキブリが無数に湧いてくる人間って、無理だ。本当に無理だ。
「ああ。確かに私が最も愛おしくて最も殺したいのは君だよ。あの狼とチビは見逃しやっていい。ただ。イヴを唆すこの蛇だけは殺す。」
 その当の本人のシキは、自分から出てくるゴキブリは気にもかけず、というかこれが日常であると言わんばかりに普通に喋るのだ。
「それも駄目。京香さんは関係ない。これはわたしとあなたの問題。」
「駄目だ。殺す。」
 ハクスイの首元にぐっと刃先を押し当てるので、ハクスイは首ごと仰け反って、首に刺さらないようにしている。
 因みにあたしとヒカミは完全に外野として見られています。隙をついて助太刀に入ろうとも、(あたしは無理なのでヒカミが隙をついてって話ね。)あの状況じゃ、シキの方が圧倒的に有利だし、なによりあたしとヒカミはこの黒絨毯に導線を阻害されてるので、隙をみて瞬時に助けるとかは絶望的だ。ここはやっぱりキアラとの交渉でケリをつけるしかない。
 そして、静かに語り出したのはハクスイの方だった。
「提案。とりあえず、それだとフェアじゃないのよ。」
 ハクスイはなおも冷静に淡々と語る。
「その呪い。お互い愛し合って殺しあわないと終わらないんでしょ。
 だったら、せーの、ザシュってお互いに心臓刺すのが最もスマートだと思うんだけど、キナミさんはそれだと納得しない。私を殺してからじゃないと終われない。かといって亜美さん側は私を殺すのは不毛だと提言。
 だったら、こうしましょう。キナミさんと亜美さんで勝負して、勝った方の都合に合わせる。
 もちろんどう見ても、亜美さんの方が素人だから致命傷で止めるなんて、出来ないでしょう。亜美さんが勝つ時はきっと貴方と亜美さん。同時に死ぬ時。
 でも、それだけ戦い慣れている、貴方なら致命傷で止めることぐらいできるでしょ。
 亜美さんを致命傷まで追い詰める事が出来たら、私は貴方達の前で腹でも切るわ。あとは二人仲良く死んでちょうだい。これでどう?」
 なるほど、死を直前にした時、シキが有利だったら、シキの願いを叶えて、ハクスイも死ぬ。キアラが有利だったら、キアラの願いを叶えて、ハクスイは死なないで済む。
「どう?こうでもして、キナミさんが条件を飲んでくれないと、多分。亜美さんはあなたのこと愛せなくなるよ。
 だって、【愛した人に殺してもらわないと死ねない呪い】なんでしょ。そこで、亜美さんがあなたの事を嫌いになっちゃったら、あなたに亜美さんは殺せなくなっちゃう。」
 ああそうか。確かにそうだ。
 そもそもこの呪い。アダムがイヴと両想いになりたいが為に生まれた呪いだ。
 長い年月をかけて、お互いが最後の生き残りになっても、死ねない。自分と相手しかいない。自分と相手とその二人だけの世界なら、二人で愛し合うしか選択肢がない。共に死ぬしか選択肢がない。そういう呪いだ。
 確かにハクスイの言う通りだ。
 お互いしか向き合えないから、お互いを好きになるしかないって呪いなのに、敢えて嫌われる行為を取るのであれば、別に呪い抜きにしても愛される筈がない。
「それで亜美さん。あなた二刀流でもないのに、常に二本ナイフを持っていたよね。
 それでお互い戦いましょう。槍だとフェアじゃないね。ただですら、亜美さんには圧倒的に不利な状況なのに。」
「乗った。」
 シキの返事は早かった
「その代わり白水京香。私が何処かにダメージを受けていて、動けない状況であってもちゃんと私の目の前で死ねよ。」
「それは約束する。なんならちゃんと上も脱いで、切腹らしくちゃんと十字に斬る程度のサービスはするね。」
 さらっと言うけど、少しも冗談の気が無い。本気だ。どう見ても本気だ。
「ヒカミとサクも異論ないね。」
「異論も何も、それしか方法が無いってやつだろ。取り敢えず、このゴキブリだけはなんとかなんねぇの。」
 相変わらず、あたしたちは完全に外野扱いで、寧ろさっきよりゴキブリの層が厚くなったというか増えた感じがする。うわ鳥肌の第二波がきた。うああああ。
「私が死んだら、そいつらも生きてはいられない。一般客はそこからしか見られない。こっちは関係者席だ。」
「はいはい。外野は黙っていますよ。キアラさん。月並みの言葉しか言えねえけど、頑張れ。後悔すんなよ。
 おれが参戦するとか抗いたいが、こんなゴキブリの壁作るやつに太刀打ちは出来ない。ハクスイですらあっさり諦めるなら、おれも諦めた。」
 悔しいけどな。
 あたしにしか聞こえないくらいの小さな声でヒカミはそう呟いていた。
「サクは?」
 ハクスイが一度見渡してあたしを探してから聞いてくれた。ごめんまさか木に上ってまでしてゴキブリから逃げていたなんで知らなかったよね。
『樫山も降参です。もう全部合わせます。』
 ゴキブリが怖いのもあるけど、ヒカミの言葉を借りるとゴキブリで壁作る奴に普通に戦っても勝ち目無いって事です。
「亜美さんは?」
「分かんないですよ。これが多分最善案なのは理解出来しているつもりですが、それで京香さんは良いんですか?京香さんは関係ないじゃないですか?」
「まあそうかもしれないけど、黙っていても私殺されるだけだからね。
 こんなおっかない蟲の人逃げた所で地獄の底まで追いかけて来そうだし。かといって、私の攻撃は全部無効化されるの。無理じゃない。
 あなたの刃じゃないとあの人は貫けない。あなたじゃないと救えない。」

 あなたじゃないと救えない。

 怖い言葉で。重い言葉だ。
 死は救済なのか。
 本当の意味での人殺しの言葉はこんな時に堪らなく強い力を持つ。
「それにちょっと付き合うだけ。死んだそれまで。ただ、やるからには本気出して。」
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「わかりました。ただ、ハンデください。わたしにもチャンスをください。」
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