♗51
♗51
非常に申し訳ない状況だが。
頭の悪いあたしは、この三人の会話ペースについていけず、頭の良いヒカミに、あたしにでもわかるように解説してもらう。という状況であった。
「だから!この世界。おれたちが今いる、こっちの3.5次元。魂の実験設備。この世界の崩壊を望むのが二場派。存続を望むのが佐竹派。
二場にとってこっちの世界が繁栄して幸せな世代交代があっても意味がないんだ。魂に負荷を与えてデータを取るという目的から外れるから。ここをゴール出来るくらいの優秀な魂が出て来る事の方が二場に取っては都合が良い。
願い事の特典でゴールした奴がこの世界の魂の開放を望んだら、この世界は崩壊する。
逆に、佐竹派この世界を繁栄させて維持させたい。こっちの世界こそが元の世界で出来なかった実験や趣味の合成に興じられるからな。だから存続だけじゃなくて、誰もゴールさせない調整もする。」
本当にそうなら、ゴールした人が3.5次元世界を崩壊させない願い事を言えば良いんじゃないの?と思うが......
「この世界を一人でクリア出来る奴がいると思う?」
考えてみれば、最初のミノタウロスの必勝法といい、仲間が欠ける仕様なのだ。ヒカミが戻ってきたのは多分、【条理】が赦したからだ。本当だったらヒカミは脱落している筈なのだ。
「実際クリアするのは一人だと思う。複数人でゴールするにはかなり難しい仕掛けがあると思う。その考えいくと、何人も犠牲にしてゴールしたチームの代表が、先立った仲間を見捨てて元の世界に戻ると思うか?」
『じゃあ、戻りたくない人は戻らなくて良いとか、そんな都合の良い願いは駄目なのかな?』
「屁理屈はいくらでも言えると思う。ただ、ここをゴールして願い事を言う権利を持った奴が現われた瞬間に、この世界は崩壊のシナリオを孕む。だから佐竹はゴールさせないように動く。」
本当にそうだろうか......?わからない。二場の事も、佐竹の事も今のあたしには分からないけど......でも、今3.5次元の世界を良くしようと思っている人達はそれを危惧して生活している。
「佐竹本人は、上手くゴールに導けるように調整していると言い張るだろう。元々難易度の高いシステムだ。佐竹の全ての仕事内容を考えてみれば、佐竹こそが一番屁理屈を言える立場だ。」
言われてみれば、佐竹の【異形】を創り出す行為に至っては仕事でもあり、趣味でもありとは言っていた......確かに納得は出来るんだ。出来る。佐竹はこの世界お存続させて繁栄させたい。二場はこの世界を崩壊?なのか分からない新たな高みを目指す為にゴールさせたい。簡単にではなく、物凄い試練の上だけど。
ただ、気になるのは、
本当にこの世界は二人だけで回っているのか?
まだ隠している登場人物がいますよ!とかそういう話だけじゃなくて、そんな壮大な事をたった二人の意思決定で良いのかって......?
勿論、賛同者や取り巻きはいるんだろうけど、なんか納得がいかない。ただ、他に思い当たる人がいる訳じゃないし......どの国も国王は一人、大統領も総理大臣も一人だ。そう考えたら世界のトップなんてほんの数人の意思で決まっているのかもしれない......
「それでいくと、私も佐竹派につくね。」
ハクスイは、寝ている赤ん坊の、頬を指で突きながら言う。
「だって、崩壊したらせっかくこっちの世界で生まれてきたこの子の魂はどうなるの?歩と貴志さんの子供であるこの子は消えちゃう事になるんでしょ。それっておかしく無い?」
「僕ら夫婦が佐竹派につく理由もそれです。やはり家族を残したまま、自分たちだけで元の世界に戻るのは何か違う気がして。EOAのメンバーも僕らと同じようにこちらで結婚して家族が出来た者もいます。なので、僕ら夫婦はどんな事があっても、この世界を守ると決めたのです。それが佐竹派と二場派の論争によるこの世界の外側からの意見でなく。
ノア教とムハ教の二大勢力のこの世界の内側からの意見からも。」
「反逆か?実質三権じゃねえの?それ。」
今のヒカミの返しの意味が全くわからない。
どうやら、あたしも顔に『分からない』ってちゃんと書いていたみたいで、ヒカミが補足説明をくれた。
「んと。二場佐竹の話はこれで一旦終わりな。とりあえず、ハクスイもそう言うし、おれ達暫定佐竹派で。
で、今貴志さんが話をしているのが、ノア教とムハ教の揉め事からも、守りたいって言っているの。おけ?」
『うん。』
でも。それが何?
「EOAと先程言っていた、中立派と呼称される一派は、実質三権力目にあたる。貴志さん。合っていますよね?」
「お察しの通りです。妻からも聞いていましが、さすがヒカミさんは察しが早い。」
えーっと。
「まず、三権の重要性から説明しようか。
A国B国C国の三国しかない世界で、どの国もが、同じ国力で世界統一を望んでいるとする。
しかし、三国あるもんだから、もし、A国がB国に攻め込んだら、B国はもちろんA国に抵抗する。
A国とB国はお互いに兵力を削ぎあい。疲弊したタイミングでC国が攻め込んでくる。
となると優勝はC国だ。つまり三権で支えられている以上、一番最後に仕掛けたやつが、大きな犠牲の上で、一番になれるってシステムだ。」
『うん。』
「これが四権力だったら、二対二で手を組んでって構図にもなりうるが、基本的には三権というのはA国とB国が組んで、C国を潰したところで、最終的に待っているのはA国とB国の潰し合いだからな。」
『なんで?三国で仲良く出来ないの?』
「うーん。君はやはりその辺平和主義というか。旧大和国崩壊のキッカケぐらい学校の授業でやったろ。
世界的な金融危機で、大きなカネは基本的に争いを起こさないと生まれないから。早く戦争起こしたかったんだ。各国、史上最大の緊迫状態にあった。
どこが先に核兵器ぶっ放すかって瀬戸際で、旧大和国による平和作戦で、表向きは円の崩壊として、円の経済圏を世界に寄付したわけだよ。それが旧大和国と円の崩壊。更栄の大改革だ。」
『うん。それで世界的に経済を持ち直したってテストに出た。』
「なら。おれがさっき説明した、A国とB国とC国の話。最東大陸と、西の大陸。あとは北の半島と北大陸の連合国に置き換えたら、まあ仲良く出来ない事ぐらいわかるだろ。」
あっ。そういう事か。
「それで今こちらの世界ではノア教、ムハ教、EOAプラス中立派でこの三国関係に陥っているってわけ。」
なんでこの人は少ない情報で、ここまで理解できるのだろう。
まあ、〔南懐〕〔那坐〕そして、〔EOA〕まで一緒に動いて、各地の情勢とかをあたしには理解できない視点で見ていたからだろうけど。
「ジョーカーはノア教ね。」
意外にも、ここでの発言はハクスイだった。
「ヒカミは一年間寝ていたし、サクもムハ教自治から最近こっちに来たから知らないだろうけど。
ここ一年〔那坐〕で風俗嬢やっていた私からしてみれば、最近のノア教の動きは怪しさしかないね。」
「シラミズさん。僕らもある程度情報は掴んでいますが、そのシラミズさんの職業でしか知り得ない情報とかありませんか?」
「だいぶ、頭の沸いたカルト教。最近になってから、お揃いの刺青の人が増えたのよ。服を脱がないと見えない位置に。見える位置なら自己誇示とかで説明つくけど、見えない位置にみんなでお揃いってのが気持ち悪いのよ。カップルみたいで。」
「カップルじゃなくても、少なくとも、君の穴兄弟なのは事実だな。」
と今の下ネタボケはヒカミのツッコミ。
「そ。ファミリィなのよね。」
しかし、返しのハクスイは割と、真面目な顔だ。
え?同じ女性を共有しているって下ネタじゃないの?話していることはいつものボケみたいなのに、すごくシリアスだ。
話についてこれないあたしに貴志さんは気づいてフォローを入れてくれた。
「僕らのような半グレヤンキーの身分だとたまにやるんですよ。兄貴分や親分の名前彫ったりとか。忠誠心を自分でも失わないように。家族のように覚悟を決めるというやつです。しくったら一家心中ぐらいの覚悟があるっていえば伝わりますかね?」
うわ。それって自分の先輩の名前を自分の身体に彫るって事だよね。嫌だな。あたしだって腹に刺青入れているけど、これは仕方なくだし。
普通に、あたしがヒカミやハクスイの名前彫っていたら周りの人ドン退くじゃん。そんなのって。
『絶対に忠誠を誓う家族みたいな集まりってこと?』
「まあ、ニュアンス的には、ほら。余程酷い事があっても親のことはなかなか裏切れないでしょう。」
確かに。あのスーパー貧民である樫山家の両親は、食べ物を用意できず、幼い頃のあたしは何度も両親を恨んだが、両親を裏切って、どこかに家出したいかと聞かれればそういうことはない。
『つまり、ハクスイが相手したお客さんのノア教の人たちはお揃いの刺青を入れて、物凄い忠誠心で動いているって事?』
「そうだ。正解。ただ歩や貴志さんたちみたいな義侠心ならまだ、話せる相手なんだが、如何せん宗教が絡んでくると、おれの経験談。だいたい話が通用しない奴しかいねえ。」
あたしはハクスイに聞いたつもりだったのに今の返答はヒカミだった。
「そうなの。私も営業中に何度営業かけられた事か。間も無く裁きの雨が降るから、ノア教の信者じゃないと救われないって。本気で世界を包む大雨が降り続けるって信じているのよ。彼ら。」
今度こそハクスイが答えてくれたけど、そもそもあたしはノア教の雨が降るだの話のクダリを全くもって知らない。
『ねえ本当に毎回、話の腰を折ってごめん。あたしアホだからさ。そもそもノア教の雨の話って、何で雨が降るって恐れているの?』
あたしが、そう言うと、三人が驚いた様子であたしを見る。やっぱり一般教養なのか......
「まあ、ノア教自体。聖書のノアの箱舟がモデルになっていると思う。その前提でまずはノアの箱船の解説をしようか。
ノアっていう正しく神様を信仰する一家がいて、そいつにはある日神様の声が聞こえた。
間も無く、大雨で人類を一度リセットする予定だから、でかい箱船を作って、そこに家族と、動物と鳥と雌雄つがいで乗り込んで、雨を乗り越えろと。
そして、箱船を作り終わり、ノア一家は箱船に乗りこむと、大雨が降り始めた。
その雨は水で地球を包み込むまで振り続け、ノアの箱船に乗船していた者以外は滅びてしまった。
そして、今生きているおれたちはみんな、ノアを先祖にしていると。終わり。ちゃんちゃん。」
なにそれ。
『スーパーお伽話じゃん。』
「そう。その通りよ。でも私が接客したあのカルト軍団たちは等しくそれを信じているの。こんな雨の降らない土地で。」
ふと。今のハクスイの雨の降らない土地で。という発言で、この場の四人で一気に不穏な空気が流れた。
雨の降らない土地。
ハクスイはそう言った。事実だろう。小規模とはいえ砂漠が出来るぐらいだし。何より、ハクスイは一年あの街に住んで体感している。雨が降らない事を。
しかし。聞こえるのだ。
降り始めたばかりの雨音が。
「降ってるわね。雨。」
さすがにハクスイも驚きを隠せないと言った感じだ。
窓から見える景色は暗く、サーと小さな音で雨は本降りへ姿を変える。
「彼らのカルト信仰儀式で雨が降る降らないは置いといて。」
徐に貴志さんは言った。
「もし、この雨が科学的な力で、奴らが降らしたものだとしたら?」
「馬鹿言ってんなよ。戦争おっ始める気かよ。」
明らかに嫌そうにヒカミは言う。
「今から。EOAが掴んだノア計画の話をします。」
貴志さんはまた、飲みづらそうに、カップの珈琲を飲んでから、一連の計画の話を話し始めた。