怪物(ハイセイコー)の帰還! 有馬記念のサクラフブキ
第21話:怪物(ハイセイコー)の帰還! 有馬記念のサクラフブキ
十二月、中山サーキット。
一年の総決算、有馬記念(グランプリ)。冷たい冬の風が吹き抜けるターフを、十万人の熱気が包み込んでいた。
ジャパンカップの敗北。大破したウラヌス。
だが今、パドックの中央に立ち塞がっているのは、守が自らの手で廃材をかき集めて組み上げた、黒鉄の重戦車だ。
「......ハイセイコー型エンジンの重低音が、パドックの空気を震わせているわね。最新の電子モーターの中に混じると、まるで野獣の咆哮よ」
凛(りん)が、ウラヌスⅡの分厚い胸部装甲を叩き、不敵に笑う。
かつて地方から中央を恐怖に陥れた『ハイセイコーモデル』の心臓部。昭和の怪物と呼ばれた旧世代のエンジンパーツが、黒い鉄屑の中で今、不気味に脈動していた。
その周囲には、シュバルツ・ルドルフの岡部太陽、ブラックライスの米田太一、ジェットボーイの今井優太、大竹野姉妹。さらに、須崎姉妹のウエストリカー、スカーレットノヴァ、安藤亮平のフェザーダイク、御厨兄弟のサンマリノまでが顔を揃えていた。
まさに、一年の頂点を決めるオールスターの頂上決戦。
その錚々たる面々の中に、ひときわ鮮やかな「桜色」の機体があった。
機体名。
桜色の軽量複合装甲。頭部には、足元の芝の影や他機の牽制といった視界の下部を物理的に遮断する、漆黒のバイザー(シャドーロール)が装着されている。
「おっはよー! 君がウラヌスの守くんだね! よろしくー!」
コックピットのハッチから身を乗り出し、天真爛漫に手を振るのは、桜色の髪をツインテールにした少女、桜本(さくらもと)うららだ。およそ、ピリついたグランプリのパドックには似つかわしくない。
だが、守がウラヌスⅡのコックピットに滑り込み、同調コードを接続した瞬間。うららとの共有通信回線のノイズが、ピタリと止まった。
「――同期完了。......前方、ウラヌスⅡ。ターゲット、捕捉」
バイザーをカシャリと下ろした、うららの声から一切の感情が消えていた。
シャドーロールと視覚情報を完全に同期させた「超・集中(トランス)モード」。余計な景色を遮断されたうららには、他機の牽制も恐怖心も関係ない。前方の一点(標的)しか見えなくなった彼女の瞳は、獲物を狙う鷹そのものだった。
中山の2度の急坂を控えた、難所二千五百メートルの有馬記念。
冬の空気を切り裂くように、伝統のグランプリ・ファンファーレが鳴り響く。
『――一年の総決算、グランプリ有馬記念! 各機、一斉にスタート!』
ガツン! と電磁ゲートが開いた。
ウラヌスⅡの巨体が、ハイセイコーエンジンの爆轟と共に飛び出す。
「――っ、何だ、この初速は!?」
隣の枠から飛び出した岡部太陽が、驚愕の声を上げる。
ウラヌスⅡの足腰は、もはや初代のそれとは違った。芝を、泥を、力ずくでグリップし、地を這うように大地を蹴り上げる重戦車の加速だ。
だが、そのウラヌスⅡのさらに前方を、桜色の閃光が文字通り一瞬で置き去りにしていった。
「――ブライト・ソニック。邪魔な景色は、見ない」
うららの呟きと共に、ブライトホークの背部にあるジェットブーストが激しく点火した。
恐怖心を捨て、前方一点のみを見据えて加速する超スプリント。
「速い......! ジェットボーイの磁気浮揚とは違う、前方への推進力だけの純粋な暴力よ! 後続が巻き起こす気流の乱れ(スリップストリーム)すら、力技でブチ切っているわ!」
無線から凛の叫び。
うららとブライトホークは、中山特有の急カーブと1回目の急坂を、壁に激突する寸前の最短軌道でねじ伏せ、先頭へと躍り出る。
有馬記念、二周目の第三コーナー。
高低差2.2mの急坂と6度のコーナーが、各機のエネルギーを無慈悲に削り取る。
逃げるブライトホーク。追うジェットボーイ、ウエストリカー、テンジャック。
そして、最後方から不気味なステルスを漂わせるグリーンクロウとブラックライス。
その死闘の真ん中で、守はウラヌスⅡの無骨な鋼鉄のレバーを、力ずくで握りしめていた。
ジャパンカップ敗北の悔しさと、自らの手で組み上げた機体の温もり。今、ウラヌスⅡと守の精神は一つに溶け合っていた。
(同調率、百二パーセント......。行くぞ、ウラヌスⅡ! 俺たちの泥臭い走りを見せてやる!!)
ウラヌスⅡの胸部にあるハイセイコー型エンジンが、限界を超えた圧縮比で点火した。
ドゴォォォォンッ!!
もうもうたる黒煙が、中山の白い冬空へと吹き上がる。
それは綺麗な火花ではない。不格好で、煤けた、ガラクタの星の咆哮だ。
だが、ウラヌスⅡの超トルクが、中山の荒れた芝を文字通り粉砕し、前方への凄まじい推進力へと変換する!
火花を散らす桜色のブライトホーク、漆黒のシュバルツ・ルドルフ、そして快速機たちを、まとめて大地に縫い付けるような圧倒的パワー!
「――来たな、守くん! 私とブライトホークの『前』を、走らせないよ!」
バイザーの奥で、うららの瞳がギラリと獣のように光った。
残り四百メートル。中山名物、本日2度目の心臓破りの急坂!
ジェット噴射の桜色の超加速と、地べたを踏みしめるガラクタの怪物の黒鉄のパワーが、火花を散らして一線に並びかけた!