ドバイの悲劇を撃ち砕け! 三本脚の女王(車輪の再誕)
第25話:ドバイの悲劇を撃ち砕け! 三本脚の女王(車輪の再誕)
二〇五一年、三月。中東ドバイ、メイダン・サーキット。
漆黒の砂漠の夜空に、アラブの大富豪たちが世界一を決めるレースに熱狂していた。
パドックに並び立つ、世界各国のダートモンスターたち。だが、十万人の観衆が息を呑み、どよめいたのは、日本の女王が現れた、まさにその瞬間だった。
「......オゥ、嘘でしょ!? 日本の女王、脚が......車輪になっているネ!!」
観覧席で見守るホワイトヴァルキリーのジョッキー、ミルコ・スミスが驚愕の声を上げる。
パドックのレッドカーペットの上に現れたのは、これまでの四肢ではなく、白銀のモノコックフレームに、砂漠用の特殊アリゲーター・ホイールを内蔵した「三輪スライダー型ユニット」を装着した異形のノースベガだった。
「――わかってるわよ。これが『からくり競馬』の最大のタブーだってことはね」
コックピットの中で、北斗 茜(ほくと・あかね)は不敵に笑った。
ホクトベガが散ったドバイの砂。四肢の関節を無慈悲にねじ切り、命を奪ったあの重い粘土質の馬場。それを克服するためなら、茜は悪魔に魂を売っても、レギュレーションのグレーゾーンを突いて見せる。
「泥も、砂も、二十世紀の因縁も、すべてを俺たちの『車輪』で塗り潰してやる! ......行くわよ、ノースベガッ!!」
『――世界最高峰のダート戦、ドバイワールドカップ。全機、電磁ゲートイン。......スタート!』
ガツン! とゲートが跳ね上がった。
ウラヌスⅡのハイセイコー型エンジンとは違う、超高速EVモーターのキィィィィン! という鼓膜を裂く高周波が夜空に響く。
「――ホイール・ブースト、点火!」
ノースベガの車輪が一斉に超高速回転を始め、砂漠の砂を文字通り切り裂いた!
圧倒的なロケットスタート。
四肢を跳ねさせて走る各国の機体たちが重い砂に足を取られる中、ノースベガだけは砂の粒子の表面を「滑空」し始めた。接地面積の広さを活かした無駄のないトラクション。砂塵を巻き上げず、最短ルートを矢のように駆け抜ける。
「速い......! 芝並みの超スピードで、ドバイのダートを制圧していく!」
一千メートル、二千メートル。
世界各国のダートモンスターたちが、ノースベガの「車輪の回転」になす術なく置き去りにされていく。
だが――運命の第四コーナー。かつてドバイの悲劇が起きた、呪われた舞台が迫る。
「――っ、何!? この感覚......!」
茜はコックピットの中で、全身の血の気が引くのを感じた。
同調コードを通じて流れ込む、機体の熱と軋み。車輪ユニット自体は砂を完璧に捉えていた。だが、それを支える『車軸(メイン・アクスル)』のフレームに、度重なる重ダートのキックバックの衝撃で致命的なクラック(亀裂)が走ったのだ。
『......嘘。第四コーナーで......フレーム破断!?』
広島からの遠隔通信で、凛(りん)の悲鳴が耳を刺す。
『茜! すぐに緊急停止して! これ以上走ったら、遠心力で機体が空中分解して、あんたまで死んじゃうわ!』
「――ふざけるな、凛!! 俺は、まだ終わっちゃいない!!」
茜は朦朧とする意識を、怒りとプライドで無理やり覚醒させた。
バキィィン!! という破砕音と共に右後輪の車軸がへし折れ、タイヤが一つ、砂漠の闇へと吹き飛んだ!
右側に大きく傾ぎ、激しく火花を散らしながら、ガタガタとバランスを崩すノースベガ。十万人の観衆が、悲劇の再来に息を呑んだ。
「......くそっ、曲がれ......ッ!!」
茜は、吹き飛んだ右側の遠心力を相殺するため、自らの身体をコックピット内で左側に激しく投げ出した。
ハングオンの体勢。機体ごと転倒するはずの物理法則を、茜というジョッキーの執念の重心移動が力ずくでねじ伏せる!
「――西!! お前のガラクタの意地、ここで使わせて貰うぜ!!」
茜が、シート脇の緊急パッチスイッチを叩いた。
日本を発つ時、守から託された廃材チップ製の『自動修復ナノ・グリス』!
『凛、自動修復プログラム、緊急流用!! ナノマシンを破断した車軸へ、全量一挙射出!!』
ごぅぅぅぅぅん!
ノースベガの内部で、白煙と共に強制癒着ナノマシンが起動した! へし折れた車軸を、銀色のナノマシンが無理やり繋ぎ止める。
効果は、わずか十秒間。十秒を過ぎれば、今度こそ機体はバラバラになる。
(十、九、八......!)
脳内で刻まれる、死のカウントダウン。
「――ホイール・オーバードライブ、点火ァァァ!!」
残された二つの車輪が、火花を散らしながら限界を超えた超高速回転を始めた!
ボロボロと装甲を煤けさせ、排気ダクトから火柱を上げながら、第四コーナーの闇をブチ抜いて最後の直線へと飛び出す!
逃げる世界の最新鋭機。
それを、ボロボロになりながら、火花を散らしながら、三輪だけで猛追するノースベガ!
「行け......行けぇ、ノースベガッ!! 今も、魂はここで燃え滾ってるんだ!!」
(三、二、一......!)
タイムリミット寸前。
茜の咆哮と共に、錆びついたガラクタの意地が、世界のダートモンスターの真横に火花を散らして並びかけた!
ゴール板。
泥だらけの三輪の車体と、世界の最新鋭機。
二つの異なる「誇り」が、一瞬の閃光となってゴール板を同時に駆け抜けた!