閑話:マンツーマンの秘密特訓
エキシビションを観戦した後、チームでバーベキューの時間を共有した。
ボリュームたっぷりの脂っこい胃もたれよりも、指摘された課題点が気になってしまい演習フィールドへ足を運ぶ。
既に夜の帳は下り、静寂に包まれていた。
夜空に愛機の飛行音だけを響かせていく。
「必ずものにして見せる」
今日はイカロスのバックスの動きを観て、あまりの力量の差に絶望もした。だが、「目に見えるものを全て撃ち落とせ」と道標を示され、私の道はひらけた。
あのバックスの動き。
私に真似することは出来ないが、射撃の腕だけならば負けるつもりはない。
射出された自動設定のダミーバルーンを撃ち落としていく。
実戦相当のG負荷をかけるべくスラスターを吹かし、三半規管と胃をシェイクさせつつ、全て撃ち落とした。
しかし、この程度ではトップリーグの猛者に敵うはずもない。
課題の多さに焦るところへ突然、ビームが割り込んで視界を覆う。
『自主練は結構だが、一人で自家発電してても無駄だぜ! ワンナイトのパートナーは要るだろ?』
ソルティ機が星空に輝きを紛れさせ、挨拶代わりにミサイルを撒いてきた。
「最初から激しいですね」
『俺くらい軽く相手できなきゃな! プロ相手だとすぐに持たなくなるぞ?』
無数のミサイルが乱舞する中、丁寧にビームランチャーで処理していく。
すると、ソルティ機が急にミサイルの前へ割り込み、連続被弾状態に陥った。
衝撃が層を成し、無数の轟音が叩きつけられてシート越しの振動が強くなる。
「ソルティさん、何をしているんです!? 気でも触れましたか?」
『おいおい、味方の俺に当てないように処理できなきゃ使えねーだろーが?』
苦虫を奥歯で噛みしめ、喉奥に流し込む。
単に撃ち落とすだけならばできるが、敵味方が入り乱れる中でフレンドリーファイアをしないことは難しい。
全弾ミサイルを体で受けきって黒煙塗れになったソルティ機は、フルブーストを使って煙を吹き飛ばし、フィールド外周ギリギリを旋回し始めた。
『好きなタイミングで撃ってるだけじゃ二流止まりだ! 俺に一切当てることなく全ての攻撃を撃ち落とせ!』
「ええ、分かっています」
グレネードやマイクロミサイルをばら撒いては、それを被弾しに向かうソルティ機に当たらないよう、援護射撃を繰り返す。
ソルティのやる言動にはいつも驚きを禁じ得ないが、実弾に突っ込んでいくクレイジーさには苦笑いが出てしまう。
「ここまで射線を妨害する味方はいませんよ」
『あぁん? ここにいるだろうが!』
ソルティが過去の戦争時代を語っていたことを思い出す。
セブンスカイズと違い、味方への誤射はそのまま命を奪う行為。生死の緊張感の中で高い狙撃成功率を誇ったソルティは、大戦時の最強狙撃手である。
だからこそ師として仰ぎ、全ての射撃技術を盗むべく厳しい指導を受けてきた。
味方を救うための射撃をしろと何度も叱られ、出来たつもりになっていたが、まだ足りない部分が多くあると実感させられる。
ソルティ機が背中にミサイルを引き連れてこちらへ迫る。
『オラオラァ! クロワ! こんなときどうすんだ!? 俺を超えてみせろ!』
ソルティ機が微細なツイスト飛行で高度を小刻みに変え、ミサイルには射線が通らないし、目視の確認すらも遮られる。
早く撃ち落とさなければという焦りが、手汗となって操縦桿を掴む力を蝕む。
『お前は見えるものしか相手できねーんだから、割り切れ!』
それを最後に、私は赤サークルへ撃墜されてしまった。
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共同ガレージに戻り、墜落の点検を行う。
作業の手を進めながらも先ほどの不甲斐なさがいつまでもリフレインする。
トップリーグのバックスは敵からの見え方を支配できるというのに、自分には出来ないことが歯痒い。友軍が邪魔にすら感じる。
敵は友軍を邪魔に思ったことはないのだろうか。
そう考えていると背後に珈琲の香りが漂った。
「根詰めてないで休憩しろや。なんでそんなに気負ってんのか当ててやろうか?」
振り向くと珈琲の入ったステンレスカップを二つ持ったソルティがいる。
ソルティはその一つを顔の高さに翳した後、メカニックデスクへ置いた。
整備で体についた油汚れをタオルで拭き、デスクに置かれたステンレスカップを手に取り、揺れる珈琲の湯気を見つめる。
「私に足りないものがあるのでしょうか?」
「そりゃ沢山あんだろ? でも、ま、今は余計な力が乗ってる感じだな」
「それは何でしょうか?」
ソルティの目に私がどう映っているのかは気になる。歴戦の猛者から見た客観的評価は、喉から手が出るほど欲しかった。
ソルティは珈琲で唇を湿らせる。
「ハーベストを意識し過ぎだ。お前にはお前の良さがある」
図星を刺され、動揺が体の中で波紋となって広がっていく。
チームに入ってまだ半年足らずの新人。
紹介されたとき、衝撃を受けたことを鮮明に覚えている。
あのナックが「是非、チームに加えたい逸材だ」と、C級リーグに出たことも無い新人を連れてきた日は忘れることが出来ない。
ベテラン組が全員驚いていたことで異例なことだと察した。
前の新人が使えないからと辞めさせたのはナックだ。
ナックの選考基準が厳しすぎるため、チームは慢性的な人員不足。
メンバーの怪我一つでリーグ戦を不戦敗になることも続いていた。
そのナックが手放しで褒めるのだ。妬かない方が難しい。
「......私はハーベストさんに一度も一騎打ちで勝ったことがありません。悔しいのです。ナックさんに認められる彼女が羨ましい」
「ありゃバケモンだ。俺ですらイーブンにできねーんだからな。勝ち越してんのはナックとウェハーだけだろ」
ハーベストはモービルギアに乗り始めてまだ一年だと聞く。
正直あり得ない。自分の中の常識が全て破壊されていくような衝撃を、現在進行形で味わっているのだ。
眼鏡を直そうとして、指が震える。
怖い。
彼女に追い抜かれることもそうだが、ナックに見放されてしまうことが怖い。
ナックに憧れてセブンスカイズの選手になった。
私だけではなく、ほとんどの選手がそうだろう。
伝説であり、多くの人を救った英雄。
彼の気に留まることばかりを考えてしまう。
ソルティがメカニックデスクへと腰をかけ、足を組んでこちらを睨む。
「クロワ、ナックが評価してくれてねぇと思ってたりやしねぇか?」
核心を突く言葉に心臓が跳ねる。
ソルティの翡翠色の瞳は、逃げることも誤魔化すことも許さない色に見えた。
「ナックが言っただろ? お前に射撃をやれと」
真っ直ぐ目を見据えて頷くと、ソルティは相好を崩す。
「それ以上言う必要が無かっただけだ。射撃はお前に全て任せてんだよ。すげぇことだぜ? ナックがアドバイス不要と認めたのはお前だけだ! 胸を張れ!」
射撃を褒められ、無我夢中で腕を磨き続けた日々。
少しでも彼の役に立っているのだろうか。
眼鏡を直した後、ソルティへ頭を下げた。
「ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「おぅよ! 予選までに仕上げるぞ!」
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予選を勝ち抜き、本戦トーナメント直前のブリーフィング。
ナックから話の水を向けられた。
「クロワはルーラーへの対策案があるんだな?」
「当然、候補案はあります。ですが、遮蔽物の確保が難しいのです」
ソルティと特訓を重ねてきた。
特訓の中での気付き。どうしたら敵が撃ちづらいと感じるのか。
友軍が射線上にいるときが最も撃ちにくい。
その答えを得て、どうすれば敵だけを交通渋滞に出来るか、空の遮蔽物をどうやって築くのかを研究してきた。
私が自信を持って答えると、満足げに頷くナック。
「背中はクロワに任せる。では、本題の死蝶への対策を検討するぞ」
彼の信頼に答えたい。私の全てを賭けてでも。
議論が白熱する中、テーブル下に拳を隠しつつ小さく、だけど強く握りしめた。