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礼拝の余韻を残したまま、食堂ではあちらこちらで穏やかな会話が交わされていた。
長机には、お茶とビスケットの入った籠が並べられている。教会に住む子どもたちが手作りしたものだった。
「二人とも、飽きてたでしょ」
ジュリアがお茶を一口飲んでから、こちらを見る。
『聞いてたよ』
「外ばかり見てたじゃない」
『見ながら聞いてた』
「妙なところで頑固よね。まあ、いいけど。リール教は寛容な宗派だから」
そう言いながら、ジュリアは少女へ視線を向ける。
「でも、気をつけたほうがいいときもあるわよ。たとえば、あそこに座ってるミーガ教の人たち」
ジュリアが少し離れた席へ目を向けた。
青年たちが食事を前に手を組み、静かに祈っていた。
黒い衣装に身を包み、左上腕には赤い紐を巻いている。先ほど中庭で水を汲んでいた信徒たちだった。
「厳格な人が多いから、少しでも戒律に背いたら、即処罰って話よ」
ジュリアは声を潜めるようにして言う。
「まあ、信徒以外は関係ない話だけどね」
クリエは信徒たちに視線を移すと、ひとりの青年と目が合った。だが、直ぐにそらされ、青年は再び祈り始めた。
「でも、こんな小さい島だから。やっぱりちゃんと知っておかなきゃだめだと思うの。さっきの朗読でも言ってたでしょ」
ジュリアは少女のほうへ目を戻した。
『そのために連れてきたの?』
「それもひとつね」
ジュリアは少し考えるように、お茶の入ったカップへ視線を落とした。
「この島、多国籍だし。今のこの子に、そこら辺を理解できるとは思ってないけど」
クリエは少女を見つめた。少女は籠の中のビスケットをじっと眺めている。
ふと、礼拝堂で浮かんだ疑問を思い出した。
『この子、家では何か話す?』
ジュリアの手が、カップを置く途中で止まった。
「......まだ、一度もないわ。簡単な返事くらいならすぐ出来そうなんだけどね」
ジュリアは少女の様子を確かめるように見つめる。
「検査できる範囲では身体に問題はないし。話す必要がないと思ってるのか......それとも、別の理由があるのか」
少女はビスケットを小さく齧っている。
「でも、こっちの言ってることは少しずつ分かってきてるから」
ジュリアが少女の肩を軽く叩いた。
「ねえ、お魚のビスケット、とってくれる?」
少女は顔を上げた。それから、籠の中から魚の形をしたビスケットを取り、ジュリアへ差し出す。
「ね?」
少女は今度はクリエへ目を向けた。そして、再び籠の中へ手を伸ばす。
カタン、と乾いた音がした。
赤みがかったお茶が、机の上へ広がっていく。
「大丈夫? やけどしてない?」
ジュリアが慌てて少女の手を取り、ハンカチで拭った。少女の手には、魚の形のビスケットが握られていた。
「びっくりしたわね」
少女は何も言わず、こぼれたお茶を見つめていた。そこへディキがやってきた。手には、水差しを持っていた。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。お茶をこぼしちゃって」
ディキは少女の椅子を引いた。少女の白い服にも、染みが広がっていた。
「着替えた方がいいね。風邪を引いたら大変だ。子ども用の服があるから貸してあげるよ。ジュリアちゃんは着替えを手伝ってくれる?」
ディキはそれからクリエへ視線を向け、食堂の奥を指差した。
「クリエちゃん、悪いけど、ここ、任せてもいいかな。あっちの棚の布巾、好きなように使って大丈夫だから」
クリエは頷いた。
「ごめんね。行ってくるわね」
ジュリアは少女の手を引き、ディキとともに食堂を出ていった。
クリエがその背中を見送ると、脇から一人の青年がやってきた。
ミーガ教の青年だった。
青年は床へしゃがみ込み、こぼれたお茶を拭き始める。
青年がいた机に目をやると、他の信徒たちは、黙々と食事を続けていた。
クリエは手帳を取り出した。
『私がやりますので大丈夫です。食事に戻ってください』
青年は手帳をじっと見つめ、そらからクリエの顔を見た。
「掃除は俺の仕事だから」
そう短く言って、再び床を拭き出す。クリエが手帳に書きつけようとすると、青年が言葉を続けた。
「いいよ。いちいち書かなくて」
布巾を動かしながら、青年は少し言いにくそうに続けた。
「......俺、あまり文字読めないから。紙が無駄になる」
クリエは手帳をしまうと、ディキに言われた棚から布巾を持ち出し、机の上を拭いた。
しばらく二人で黙々と片付けていると、青年が口を開いた。
「あの子。最近きた子?」
クリエは頷いた。青年は少女が出ていったほうへ一瞬、目を向ける。
「少し、その......不自由な感じ?」
クリエは少し考えて、首を傾けた。
「......もし」
青年はそこで言葉を止めた。
手にした布巾を見つめ、それからクリエへ視線を戻す。
「もし、この先もずっと身内として保護するつもりがあるなら、少し、将来のことを考えてあげたほうがいいよ」
クリエは青年を見る。
「こんな状況だから、仕方のないことかもしれないけど......」
青年は言葉を切った。
「それでも、やりたいことを選べるのが一番いいと思う」
少しだけ、気まずそうに青年は付け加える。
「......キミに言うことじゃないのかもしれないけど」
そう言うと、青年はクリエの手から布巾を取り上げると、青年は立ち上がった。
「布巾、洗濯する」
そのまま去っていこうとする青年の袖を、クリエは軽く引っ張った。
青年が振り返る。
クリエは口を動かした。
『ありがとう』
青年は少しだけ目を丸くした。
それから、ふいと顔を逸らす。
「別に......仕事だから」
*
しばらくして、ジュリアと少女が戻ってきた。少女は借りた服に着替えていた。生成りの質素な服だった。
クリエたちはディキに礼を言って、教会を出た。
外へ出ると、夕方の光が通りの赤い壁を長く照らしていた。
「......そう。そんなこと言われたの」
ジュリアは手元に視線を落とした。
その手には、白いワンピースが抱えられている。刺繍が施された襟元が、少しだけ茶色くなっていた。
「......確かに、考えなきゃね」
『それは、ジュリアが考えることなの?』
「......義務じゃないけど」
ジュリアは少し黙った。手をつないで、隣を歩く少女へ目を向ける。
「でも、今のところ、この子を一番見てるのは私だから」
少女は相変わらず辺りを見渡してはいたが、来た時よりも落ち着いていた。
「この島でやれることは、ゼロにはならないと思う。能力の良し悪しで疎外されることもないだろうし」
少しだけ言葉を止めて、ジュリアは続けた。
「それでも、やっぱり違いはあるわ」
「私がパパの娘だから、薬をこっそり使いやすかったりするみたいに」
前を見ながらそう話すジュリアは、少女をみているようで、どこか遠くをみていた。
クリエは言葉を返さず、ただ、きいていた。
やがて、ジュリアが口を開く。
「ねえ、クリエ」
「来年、成人でしょ。どこに所属希望出すの? エドニールさんと同じ研究協会?」
クリエは頷いた。
それ以外の選択肢は、あまり考えたことがなかった。それが、自分にとっての最適解だと思っていたから。
ジュリアは少女へ目を向けた。
「この子は、なにになれるのかしら」