ホーム›青の終わりに、君を知る。›2-2
目次前の話 →

2-2


 礼拝の余韻を残したまま、食堂ではあちらこちらで穏やかな会話が交わされていた。

 長机には、お茶とビスケットの入った籠が並べられている。教会に住む子どもたちが手作りしたものだった。

「二人とも、飽きてたでしょ」

 ジュリアがお茶を一口飲んでから、こちらを見る。

『聞いてたよ』

「外ばかり見てたじゃない」

『見ながら聞いてた』

「妙なところで頑固よね。まあ、いいけど。リール教は寛容な宗派だから」

 そう言いながら、ジュリアは少女へ視線を向ける。

「でも、気をつけたほうがいいときもあるわよ。たとえば、あそこに座ってるミーガ教の人たち」

 ジュリアが少し離れた席へ目を向けた。
 青年たちが食事を前に手を組み、静かに祈っていた。
 黒い衣装に身を包み、左上腕には赤い紐を巻いている。先ほど中庭で水を汲んでいた信徒たちだった。

「厳格な人が多いから、少しでも戒律に背いたら、即処罰って話よ」

 ジュリアは声を潜めるようにして言う。

「まあ、信徒以外は関係ない話だけどね」

 クリエは信徒たちに視線を移すと、ひとりの青年と目が合った。だが、直ぐにそらされ、青年は再び祈り始めた。

「でも、こんな小さい島だから。やっぱりちゃんと知っておかなきゃだめだと思うの。さっきの朗読でも言ってたでしょ」

 ジュリアは少女のほうへ目を戻した。

『そのために連れてきたの?』

「それもひとつね」

 ジュリアは少し考えるように、お茶の入ったカップへ視線を落とした。

「この島、多国籍だし。今のこの子に、そこら辺を理解できるとは思ってないけど」

 クリエは少女を見つめた。少女は籠の中のビスケットをじっと眺めている。
 ふと、礼拝堂で浮かんだ疑問を思い出した。

『この子、家では何か話す?』

 ジュリアの手が、カップを置く途中で止まった。

「......まだ、一度もないわ。簡単な返事くらいならすぐ出来そうなんだけどね」

 ジュリアは少女の様子を確かめるように見つめる。

「検査できる範囲では身体に問題はないし。話す必要がないと思ってるのか......それとも、別の理由があるのか」

 少女はビスケットを小さく齧っている。

「でも、こっちの言ってることは少しずつ分かってきてるから」

 ジュリアが少女の肩を軽く叩いた。
 
「ねえ、お魚のビスケット、とってくれる?」

少女は顔を上げた。それから、籠の中から魚の形をしたビスケットを取り、ジュリアへ差し出す。

「ね?」

 少女は今度はクリエへ目を向けた。そして、再び籠の中へ手を伸ばす。

 カタン、と乾いた音がした。
 赤みがかったお茶が、机の上へ広がっていく。

「大丈夫? やけどしてない?」

 ジュリアが慌てて少女の手を取り、ハンカチで拭った。少女の手には、魚の形のビスケットが握られていた。

「びっくりしたわね」

 少女は何も言わず、こぼれたお茶を見つめていた。そこへディキがやってきた。手には、水差しを持っていた。

「どうしたの?」

「ごめんなさい。お茶をこぼしちゃって」

ディキは少女の椅子を引いた。少女の白い服にも、染みが広がっていた。

「着替えた方がいいね。風邪を引いたら大変だ。子ども用の服があるから貸してあげるよ。ジュリアちゃんは着替えを手伝ってくれる?」

 ディキはそれからクリエへ視線を向け、食堂の奥を指差した。

「クリエちゃん、悪いけど、ここ、任せてもいいかな。あっちの棚の布巾、好きなように使って大丈夫だから」

 クリエは頷いた。

「ごめんね。行ってくるわね」

 ジュリアは少女の手を引き、ディキとともに食堂を出ていった。

 クリエがその背中を見送ると、脇から一人の青年がやってきた。

 ミーガ教の青年だった。
 青年は床へしゃがみ込み、こぼれたお茶を拭き始める。

 青年がいた机に目をやると、他の信徒たちは、黙々と食事を続けていた。

 クリエは手帳を取り出した。

『私がやりますので大丈夫です。食事に戻ってください』

 青年は手帳をじっと見つめ、そらからクリエの顔を見た。

「掃除は俺の仕事だから」

 そう短く言って、再び床を拭き出す。クリエが手帳に書きつけようとすると、青年が言葉を続けた。

「いいよ。いちいち書かなくて」

 布巾を動かしながら、青年は少し言いにくそうに続けた。

「......俺、あまり文字読めないから。紙が無駄になる」

 クリエは手帳をしまうと、ディキに言われた棚から布巾を持ち出し、机の上を拭いた。
 しばらく二人で黙々と片付けていると、青年が口を開いた。

「あの子。最近きた子?」

 クリエは頷いた。青年は少女が出ていったほうへ一瞬、目を向ける。

「少し、その......不自由な感じ?」

 クリエは少し考えて、首を傾けた。

「......もし」

 青年はそこで言葉を止めた。
 手にした布巾を見つめ、それからクリエへ視線を戻す。

「もし、この先もずっと身内として保護するつもりがあるなら、少し、将来のことを考えてあげたほうがいいよ」

 クリエは青年を見る。

「こんな状況だから、仕方のないことかもしれないけど......」

 青年は言葉を切った。

「それでも、やりたいことを選べるのが一番いいと思う」

 少しだけ、気まずそうに青年は付け加える。

「......キミに言うことじゃないのかもしれないけど」

 そう言うと、青年はクリエの手から布巾を取り上げると、青年は立ち上がった。

「布巾、洗濯する」

そのまま去っていこうとする青年の袖を、クリエは軽く引っ張った。

 青年が振り返る。 

 クリエは口を動かした。

『ありがとう』

 青年は少しだけ目を丸くした。

 それから、ふいと顔を逸らす。

「別に......仕事だから」

*

 しばらくして、ジュリアと少女が戻ってきた。少女は借りた服に着替えていた。生成りの質素な服だった。

 クリエたちはディキに礼を言って、教会を出た。
 外へ出ると、夕方の光が通りの赤い壁を長く照らしていた。

「......そう。そんなこと言われたの」

 ジュリアは手元に視線を落とした。
 その手には、白いワンピースが抱えられている。刺繍が施された襟元が、少しだけ茶色くなっていた。
 
「......確かに、考えなきゃね」

『それは、ジュリアが考えることなの?』

「......義務じゃないけど」

 ジュリアは少し黙った。手をつないで、隣を歩く少女へ目を向ける。

「でも、今のところ、この子を一番見てるのは私だから」

 少女は相変わらず辺りを見渡してはいたが、来た時よりも落ち着いていた。

「この島でやれることは、ゼロにはならないと思う。能力の良し悪しで疎外されることもないだろうし」

少しだけ言葉を止めて、ジュリアは続けた。

「それでも、やっぱり違いはあるわ」

「私がパパの娘だから、薬をこっそり使いやすかったりするみたいに」

前を見ながらそう話すジュリアは、少女をみているようで、どこか遠くをみていた。
クリエは言葉を返さず、ただ、きいていた。

 やがて、ジュリアが口を開く。

「ねえ、クリエ」

「来年、成人でしょ。どこに所属希望出すの? エドニールさんと同じ研究協会?」

 クリエは頷いた。
 それ以外の選択肢は、あまり考えたことがなかった。それが、自分にとっての最適解だと思っていたから。

 ジュリアは少女へ目を向けた。

「この子は、なにになれるのかしら」



シェア
前の話 →
2-1 なれるもの
最新話です
目次に戻る
青の終わりに、君を知る。作者:独楽
目次を見る

2-2


 礼拝の余韻を残したまま、食堂ではあちらこちらで穏やかな会話が交わされていた。

 長机には、お茶とビスケットの入った籠が並べられている。教会に住む子どもたちが手作りしたものだった。

「二人とも、飽きてたでしょ」

 ジュリアがお茶を一口飲んでから、こちらを見る。

『聞いてたよ』

「外ばかり見てたじゃない」

『見ながら聞いてた』

「妙なところで頑固よね。まあ、いいけど。リール教は寛容な宗派だから」

 そう言いながら、ジュリアは少女へ視線を向ける。

「でも、気をつけたほうがいいときもあるわよ。たとえば、あそこに座ってるミーガ教の人たち」

 ジュリアが少し離れた席へ目を向けた。
 青年たちが食事を前に手を組み、静かに祈っていた。
 黒い衣装に身を包み、左上腕には赤い紐を巻いている。先ほど中庭で水を汲んでいた信徒たちだった。

「厳格な人が多いから、少しでも戒律に背いたら、即処罰って話よ」

 ジュリアは声を潜めるようにして言う。

「まあ、信徒以外は関係ない話だけどね」

 クリエは信徒たちに視線を移すと、ひとりの青年と目が合った。だが、直ぐにそらされ、青年は再び祈り始めた。

「でも、こんな小さい島だから。やっぱりちゃんと知っておかなきゃだめだと思うの。さっきの朗読でも言ってたでしょ」

 ジュリアは少女のほうへ目を戻した。

『そのために連れてきたの?』

「それもひとつね」

 ジュリアは少し考えるように、お茶の入ったカップへ視線を落とした。

「この島、多国籍だし。今のこの子に、そこら辺を理解できるとは思ってないけど」

 クリエは少女を見つめた。少女は籠の中のビスケットをじっと眺めている。
 ふと、礼拝堂で浮かんだ疑問を思い出した。

『この子、家では何か話す?』

 ジュリアの手が、カップを置く途中で止まった。

「......まだ、一度もないわ。簡単な返事くらいならすぐ出来そうなんだけどね」

 ジュリアは少女の様子を確かめるように見つめる。

「検査できる範囲では身体に問題はないし。話す必要がないと思ってるのか......それとも、別の理由があるのか」

 少女はビスケットを小さく齧っている。

「でも、こっちの言ってることは少しずつ分かってきてるから」

 ジュリアが少女の肩を軽く叩いた。
 
「ねえ、お魚のビスケット、とってくれる?」

少女は顔を上げた。それから、籠の中から魚の形をしたビスケットを取り、ジュリアへ差し出す。

「ね?」

 少女は今度はクリエへ目を向けた。そして、再び籠の中へ手を伸ばす。

 カタン、と乾いた音がした。
 赤みがかったお茶が、机の上へ広がっていく。

「大丈夫? やけどしてない?」

 ジュリアが慌てて少女の手を取り、ハンカチで拭った。少女の手には、魚の形のビスケットが握られていた。

「びっくりしたわね」

 少女は何も言わず、こぼれたお茶を見つめていた。そこへディキがやってきた。手には、水差しを持っていた。

「どうしたの?」

「ごめんなさい。お茶をこぼしちゃって」

ディキは少女の椅子を引いた。少女の白い服にも、染みが広がっていた。

「着替えた方がいいね。風邪を引いたら大変だ。子ども用の服があるから貸してあげるよ。ジュリアちゃんは着替えを手伝ってくれる?」

 ディキはそれからクリエへ視線を向け、食堂の奥を指差した。

「クリエちゃん、悪いけど、ここ、任せてもいいかな。あっちの棚の布巾、好きなように使って大丈夫だから」

 クリエは頷いた。

「ごめんね。行ってくるわね」

 ジュリアは少女の手を引き、ディキとともに食堂を出ていった。

 クリエがその背中を見送ると、脇から一人の青年がやってきた。

 ミーガ教の青年だった。
 青年は床へしゃがみ込み、こぼれたお茶を拭き始める。

 青年がいた机に目をやると、他の信徒たちは、黙々と食事を続けていた。

 クリエは手帳を取り出した。

『私がやりますので大丈夫です。食事に戻ってください』

 青年は手帳をじっと見つめ、そらからクリエの顔を見た。

「掃除は俺の仕事だから」

 そう短く言って、再び床を拭き出す。クリエが手帳に書きつけようとすると、青年が言葉を続けた。

「いいよ。いちいち書かなくて」

 布巾を動かしながら、青年は少し言いにくそうに続けた。

「......俺、あまり文字読めないから。紙が無駄になる」

 クリエは手帳をしまうと、ディキに言われた棚から布巾を持ち出し、机の上を拭いた。
 しばらく二人で黙々と片付けていると、青年が口を開いた。

「あの子。最近きた子?」

 クリエは頷いた。青年は少女が出ていったほうへ一瞬、目を向ける。

「少し、その......不自由な感じ?」

 クリエは少し考えて、首を傾けた。

「......もし」

 青年はそこで言葉を止めた。
 手にした布巾を見つめ、それからクリエへ視線を戻す。

「もし、この先もずっと身内として保護するつもりがあるなら、少し、将来のことを考えてあげたほうがいいよ」

 クリエは青年を見る。

「こんな状況だから、仕方のないことかもしれないけど......」

 青年は言葉を切った。

「それでも、やりたいことを選べるのが一番いいと思う」

 少しだけ、気まずそうに青年は付け加える。

「......キミに言うことじゃないのかもしれないけど」

 そう言うと、青年はクリエの手から布巾を取り上げると、青年は立ち上がった。

「布巾、洗濯する」

そのまま去っていこうとする青年の袖を、クリエは軽く引っ張った。

 青年が振り返る。 

 クリエは口を動かした。

『ありがとう』

 青年は少しだけ目を丸くした。

 それから、ふいと顔を逸らす。

「別に......仕事だから」

*

 しばらくして、ジュリアと少女が戻ってきた。少女は借りた服に着替えていた。生成りの質素な服だった。

 クリエたちはディキに礼を言って、教会を出た。
 外へ出ると、夕方の光が通りの赤い壁を長く照らしていた。

「......そう。そんなこと言われたの」

 ジュリアは手元に視線を落とした。
 その手には、白いワンピースが抱えられている。刺繍が施された襟元が、少しだけ茶色くなっていた。
 
「......確かに、考えなきゃね」

『それは、ジュリアが考えることなの?』

「......義務じゃないけど」

 ジュリアは少し黙った。手をつないで、隣を歩く少女へ目を向ける。

「でも、今のところ、この子を一番見てるのは私だから」

 少女は相変わらず辺りを見渡してはいたが、来た時よりも落ち着いていた。

「この島でやれることは、ゼロにはならないと思う。能力の良し悪しで疎外されることもないだろうし」

少しだけ言葉を止めて、ジュリアは続けた。

「それでも、やっぱり違いはあるわ」

「私がパパの娘だから、薬をこっそり使いやすかったりするみたいに」

前を見ながらそう話すジュリアは、少女をみているようで、どこか遠くをみていた。
クリエは言葉を返さず、ただ、きいていた。

 やがて、ジュリアが口を開く。

「ねえ、クリエ」

「来年、成人でしょ。どこに所属希望出すの? エドニールさんと同じ研究協会?」

 クリエは頷いた。
 それ以外の選択肢は、あまり考えたことがなかった。それが、自分にとっての最適解だと思っていたから。

 ジュリアは少女へ目を向けた。

「この子は、なにになれるのかしら」



シェア
最新話です
目次に戻る
青の終わりに、君を知る。作者:独楽
目次