解せぬ。
「――は?マジで言ってんのか?バカ兄貴」
「兄に向かってバカとは、同族でも不敬だぞ。ルシアン」
厳かな社交の場に似つかわしくない喧騒の空気。
ヴァルディア帝国。
大陸の四割を領土とする、世界最大の国家。
その帝都で開かれた皇室主催の社交パーティー。
本来であれば優雅な社交の場。
その実態は、笑顔を貼り付けた腹の探り合い。
若き令息令嬢たちは、家名と将来を背負って優雅に踊る。
皇族は、それらを眺めながら帝国の安寧を示す。
そんな場所である。
少なくとも――
第一皇子が、自らの婚約者へ婚約破棄を告げる場所ではない。
「もう一度聞くぞ、無能早生まれ」
第三皇子。
ルシアン・フォン・ヴァルディアは、手にしていたグラスを給仕へ押しつけた。
「セシル嬢との婚約を破棄するだと?」
「ああ」
「今?」
「今だ」
「ここで?」
「そうだ」
ルシアンは周囲を見渡した。
帝国中枢を担う大貴族。
各国の大使。
軍上層部。
教会関係者。
よりにもよって、揃いも揃っている。
再び兄を見る。
「やっぱりバカだろ?」
「だから兄をバカと呼ぶな!」
「いや、だってバカ上様じゃん?」
ざわめきが止まった。
ルシアンは頭を掻く。
「はぁ......」
面倒事は嫌いだ。
政治も嫌い。
権力争いなど、もっと嫌い。
皇位?
欲しい奴が勝手に持っていけばいい。
適当に酒を飲み。
適当に遊び。
全力で隙間時間に、昼寝をする。
それで人生を終える予定だった。
――なのだが。
ルシアンの視線が、一人の令嬢へ向く。
セシル・グランフェルト。
「めっちゃタイプ」
しっかりと口に出す男、それがルシアン。
帝国宰相ローデリック・グランフェルト侯爵の長女。
そして。
つい数分前まで――
第一皇子アレクシス・フォン・ヴァルディアの婚約者だった女。
「............」
ルシアンは考えた。
婚約が破棄された。
つまり。
婚約者がいない。
「......あれ?」
簡単な話ではないか。
ルシアンは歩き出した。
「ルシアン?」
兄の声を無視する。
貴族たちが道を開ける。
その中央。
静かに立つセシルの前で足を止めた。
「セシル嬢」
「......はい、殿下」
「俺と結婚しない?」
「............」
帝国最高峰の社交場から――
完全に音が消えた。
セシルはルシアンの顔を見つめた。
柔らかく、優しい声を発する。
「お断りいたします」
即答。
「............」
ルシアンは瞬きをする。
もう一度。
「んーーー?」
おかしい。
第三皇子。
容姿も悪くない。
金もある。
家柄については、これ以上を探す方が難しい。
何より――
今、空いたばかりだ。
完璧なタイミングだったはず。
なのに。
断られた。
ルシアンは人生で初めてと言っていいほど真剣に考えた。
そして、一つの結論へ辿り着く。
――解せぬ。