第十四話 肖像画の謎
「ふう......もう大丈夫よ」
額の汗をぬぐい、治療を終えるイザベラ。
リーベの部屋に詰めかけた俺、ヒルダ、シャーロットはそれぞれ安堵の息を漏らす。
「こんなにお見舞いが来るなんて、照れるなあ......」
リーベは目元だけ出るように布団にもぐり、顔色の悪さを隠した。
そんな彼女の様子を見ていきり立っているのはヒルダだ。
「アイツら、やり口が対人戦に特化してた! リーベを狙った暗殺部隊だ!」
「裏で糸を引いているものがいるのは確実でしょう。これは私の失態です」
申し訳なさそうに目を伏せるシャーロット。
俺はその発言の真意を問う。
「シャーロットの責任ってことはないだろ。悪いのは『紅の一党』とかいう連中だ」
「違うんです。全てはこの物件を無理筋を言って購入したことが始まりなんです」
「どういうことだ?」
確かにリーベ曰く、この屋敷は死者の痕跡が残っている「ワケあり物件だ」。
実際に隠し切れなかった血痕も見た。
「この屋敷に関する書類を一通り調べました......前の持ち主はある日突然失踪したことになっています。それも一家ごとです」
「......殺されたのか」
「おそらく。そして奇妙な点が一つ。私がこの屋敷を購入するまでずっと借り続けていた人物がいたんです」
小さく息を吸ってから、シャーロットが新たな事実を口にする。
「アズールです。彼は事件後から私が購入するに至るまで、屋敷を借り続けていたのです」
「......それは本当か」
背後から低い声で唸るようにヴェルデが問いかけた。
ヴェルデは全身に包帯を巻かれており、常人では動けないほどの怪我を負っていたが、寝かせていた客間から自力でやってきたようだ。
その頑強さに俺は驚きを隠し切れない。
「事実です。そして死霊術師を狙った襲撃......この屋敷にはまだ隠された秘密があります」
「......そうか」
それだけ返してヴェルデはその場に座り込んだ。
シャーロットの言葉を自身の中で整理しているようだ。
「おかしいと思ってたんだ。アズールは優秀だが、いきなりギルドの評議員になれる器じゃねえ」
長年押さえつけてきた本音を吐き出すヴェルデ。
筋肉に覆われた巨躯が今は少し小さく見える。
まだ付き合いは短いが、身内のしたことも自身のこととして考える責任感の強い人柄に見えた。
「そしてこの屋敷の前の持ち主は、魔物の素材利権に関してギルド評議会と争っていた商人だったようです」
「ここの住人を消す見返りにアズールは評議員になれたと、そう言いたいのかシャーロット」
パズルのピースが繋がっていく感覚。
「直接手を下したのか、『紅の一党』のような輩を使ったのかはわかりませんが......可能性としてはあり得るでしょう」
「......ふざけるな!」
突然怒りをあらわにしたのはヒルダだった。
「『蒼翠の剣』はあたしたち戦士や剣士の憧れだ! その蒼剣アズールが人殺しで出世して、口封じにあたしの仲間を殺そうとしたってのか!?」
「ヒルダ......すまない。近くにいた俺が止められていれば......」
ヴェルデがゆっくりと立ち上がって頭を下げた。
だがヴェルデが言いかけた言葉をさえぎってヒルダが吠えた。
俺とシャーロットは止めに入ろうとするが、頭に血が上ったヒルダは制止を振り切る。
「ヴェルデさん、アンタは悪くない。でもそんな奴に憧れてた自分が許せねえ! あたしの仲間を傷つけるような奴なんかを!」
「ヒルダ......」
リーベは布団から顔を出し、怒り狂うヒルダを見つめた。
かつて険悪な仲だった死霊術師と戦士は、仲間として心で通じ合っているようだった。
「肖像画についてはいつ確認する? 敵が先手を打ってきた以上のんびりとはしていられないぞ」
「リーベの容体次第です。無理をさせるわけにもいきませんから」
「僕、いけるよ。ハルトの言う通り僕が生きてるって知れたら何をしてくるかわからないし」
俺の考えはリーベと同じだった。だからシャーロットを急かした。
リーベには悪いが、少し無理をしてもらう必要がある。
例の「紅の一党」が屋敷に火を放つような強硬手段に訴えれば証拠がなくなる。
「イザベラ、リーベを動かしてもいいな?」
「......え? そうね、毒は消したから本人の体調次第。肩でも貸してあげたらどうかしら」
夜通しの治療で疲れ果てたイザベラは騒ぎの中寝ていた様子。
俺の中でイザベラを労わる気持ちと呆れる気持ちが混ざりあう。
それを聞いたリーベはベッドから起き上がり、懐の巾着から骨片を少量撒いた。
すると大腿骨を繋ぎ合わせ、加工したような松葉杖の形となってリーベを支える。
何でもありかと内心ツッコむ。
松葉杖を突きながらリーベは二階の肖像画のもとへ向かう。
イザベラはしばらく休むようで、俺とシャーロット、ヒルダ、ヴェルデが後に続く。
「ヴェルデ......さん。怪我はいいんですか?」
「ヴェルデでいい。治療なんかより大事なものがある......だろ?」
俺はヴェルデの言葉に頷いた。
そして一行は顔を黒塗りにされた肖像画の並ぶ廊下にたどり着く。
「みんなにも声が聞こえるようにするね」
リーベは小さく呪文を唱える。すると肖像画の一枚、一番新しいものから声が聞こえ始めた。
「アズール......アズールぅ......」
「アズールにやられたのか?」
「アズール! アズール! アズール!」
俺の問いかけに肖像画へ憑依した霊は興奮し始めるが、要領を得ない。
ヴェルデの表情が硬くなる。
「これに見覚えは」
シャーロットは「紅の一党」の紋章──矢とナイフの交差したそれを肖像画に近付ける。
「う、う、う......」
「う?」
消え入るような声で繰り返す肖像画に対し、俺は耳を近づける。
「裏切者おおおおお!」
突然の大声に俺は尻もちを突いた。
「『紅の一党』についてご存じなのですね?」
「アズール、アズール......金、金、引き抜き......奴ら、俺、裏切った!」
紋章を突きつけたことで話がようやく見えてきた。
昨晩の「紅の一党」は肖像画の男の私兵であり、アズールに寝返り主を討ったということらしい。
「しかし評議員とはいえ末席。アズールに『紅の一党』を維持するコストを支払えるものなのでしょうか?」
シャーロットの疑問。確かに当然のものに思える。
肖像画の男を裏切った日から昨日までどれほどの期間があったかわからないが、後ろ暗い仕事がそう頻繁にあるわけでもないだろう。
「俺にはわかるぜ。五年前だったか、冒険者ギルドにまとめて腕利きパーティが加わったことがあった。特別変わった様子はなかったが、そういうことか......!」
「俺たちにもわかるように説明してくれ」
「『紅の一党』はいくつかのパーティに分かれて冒険者ギルドで働いてるってことだ。お前らがとっちめた『黒牙』もその頃の加入のはずだ」
ゴストリンの冒険者ギルドに「紅の一党」がいる......?
シャーロットの顔色も曇る。
それは評議員であるアズールのもと、人殺しも厭わない集団がいるということ。
状況は悪くなったと思えた。
だが、俺たちのすべきことは「紅の一党」との全面対決ではない。
むしろ敵がいくつかのパーティに分かれているのは好都合だ。
「証拠を集めてアズールを訴えよう」
「でもヴェルデさんが直談判してダメだっただろ!? 忘れたのかよ!」
語気の荒いヒルダを、俺は次の行動を提示することで黙らせる。
「そうじゃない。『紅の一党』のパーティをいくつかシメて正式な証拠を作る」
反対するヒルダに対し、シャーロットは頷いた。
五年前にまとめて参加したアズールの息のかかったパーティを叩く。
それが俺たちの次の一手だ。