見えない壁
お腹が空いた。
こんなとこで餓死はやだな。
そんなことを考えていると、細い穴から赤い球体を咥えたマリが飛び出してくる。
「おばばえむまいた!」
「うわっ!マリ!何言ってるか分からないよ。」
マリは咥えていた果実を口から取り出す。
「お待たせしました!アド様!お食事をお持ちしました!」
尻尾をぶんぶん振りながら、マリは果実を僕に差し出す。さっきまで口に咥えてたよね?
でも帰ってきてくれて、感じてた孤独感はいつの間にか消えた。
「...ありがとう。ところで、これ汚くない......?」
「アド様!お食事をお持ちしました!」
「ありがとう...」
袖を使って、赤い果実を磨く。
綺麗になったかな?
でも、お腹は空いている。
齧ってみる。なんだろう。すごく甘じょっぱい。
不味くはないけど、思ってたのと違う。
どこかで食べたことあるって感じがする。
お腹が空いてたらなんでも食べれるってやつかな。
咀嚼して飲み込む。
繰り返すと果実は無くなった。
「攻めた味だね。」
「そうでしょう。私がこの木の実を採取する前に食べたゲロゲロと鳴く生き物もクチャクチャとして、なかなかに攻めた食べ応えでした。」
「やっぱり汚いじゃないか!!」
マリは不思議そうに首を傾げる。
「大丈夫です。毒はありませんよ。...多分。」
♢♢♢
「ところで、コアを見せてください。」
マリから渡されたコアを取り出す。
さっきまでは透明だったのに、取り出したコアは青くなっている。
「あれ?なんか青くなってる。」
「先ほど外で魔獣を一匹退治しましたが、ここまでAPが溜まっているのは不可解ですね...」
「魔獣の肉って食えるの?」
「生で良ければ食べれますよ。それよりもアド様、このくらいAPが溜まっていれば、それなりのことは出来そうですよ。どうされますか?」
なにをしよう。
...今一番したいこと。
「とりあえず、柔らかい布団で寝たいかな。」
「それであれば、生活空間を整えましょう。充分お釣りがくるはずです。私の方で創造しましょうか?」
僕は全身すっぽり入る布団で寝たいのだ。
「マリは疲れてるでしょ!自分でやるよ!」
コアに触れる。
柔らかくて、ふかふかで、僕が全身入れるくらい大きな布団。...いや、この部屋の床に直接布団は置きたくないな、ベッドにしよう。あと掛け布団と枕も。
イメージが固まると、パッとベッドが現れる。
コアは少し薄くなったが、まだ青だと分かる。
結構な時間起きてる気がする。
ベッドに寝転んだ。
「...最高。」
いつの間にか目は閉じていた。
♢♢♢
「アド様!アド様!」
目を覚ました。
なんだかうるさい。
「良かった!毒で倒れたのかと思いましたよ。」
「おはようー...」
目をこすりながらマリを見る。
マリはなにか言ってるけど、改めて現状が夢じゃないんだなと感じる。
「アド様!次はなにをされたいですか?」
「...二度寝。」
僕は、朝日を浴びなきゃしっかり覚醒できないタイプなんだ。
コアに触れたままそう思った。
──すると、部屋の扉から地上まで、塞いでいた壁はどこかに消え、1本の道となる。
部屋に微かな朝日が差し込んできた。
柔らかな日差しが高い位置から差し込む。
好奇心を餌に起き上がる。
扉を越えると、傾斜のある道。
光に沿うように歩くと、隣を這うマリから声がかかる。
「アド様、道が作りたかったのです?」
「そういうわけじゃないけど、この部屋以外の景色は見たいとは思ってたよ。」
余計な事を考えたからとは言わない。
眠れたからだろうか。
自分の言葉も落ち着いてる気がする。
道を歩く。
少しずつ光が強くなる。
地上と地下の境目には何もないけど、右手を当ててみる。
「やっぱり出れないか。」
手のひらに硬い感触がある。
権能に意識を寄せてみる。
しばらくじっとしていると、権能との繋がりを感じる。少しコツがいるみたいだ。
「看破。」
《《見えない壁が見抜けた。》》
一点だけ、何もない空間なのに気になる箇所がある。
背伸びしたら届きそうな高さ。
足の指に力を入れて、左手を伸ばす。
やった。触れた。
パリンと音が聞こえると、僕は前のめりに倒れた。
目の前の草の匂いが鼻を通る。
「流石です。アド様。」
「ん?」
後ろからやってくるマリの方を見る。
「地上に出ることは、アド様にとってのチュートリアルだったのです。私はソロモン様から与えられた情報をお伝えすることができても、外に出るためのお手伝いはできません。今、アド様自身が考え、行動して、道を開く必要があったのです。」
周りを見渡すと一面に草原が広がっている。
「さて、次は何をしようか。」
思わず口から言葉がこぼれる。
「アド様、一度部屋に戻りませんか?コアから離れるのは少し不安です。」
部屋に戻って、ベッドの上を探す。
コアを見つけた。さっき見た空の色くらいにコアは薄くなっている。
「アド様、コアは本当に大切なものなので大事にしてくださいね。」
「これ持って、外歩くのは嫌だな。」
「心配ありません。」
マリは、僕の手に絡みつくとコアを飲み込む。
マリの首元の鱗が先ほどまで持っていたコアと同じように濃くなった。
「これで大丈夫です。」
「使う時はまた吐き出すの?」
「いいえ、私に触れればコアの操作はできますよ?」
「便利だね。」
「目覚めた頃のアド様は、私を怖がっていたようなので、頑張ってコアを吐き出しました。」
マリは腕に絡んだまま、僕の方に頭を乗せて言う。
「それじゃ、お出かけしましょうか。」
♢♢♢
再び、草原へ足を踏み入れる。
そういえば目が覚めてからの自分の姿は、下着のような薄い格好だった。少し肌寒い。
肩の上のマリの頭に手を置き、身に纏うものを想像する。
シャツに黒いズボン、足元は動きやすいスニーカーでいいかな。
肌寒さが消えると、マリの首元は少し薄くなった。
「アド様は順応の速さが尋常ではないですね。」
「そうかな?」
「そうですよ。」
広いだけの草原を奥に進んでみる。
しばらく歩くと、足元の草が少なくなってきた。
草の隙間から、僕の身長くらいの灰色の岩が顔を出している。
少し立ち止まろう。そう思った。
その後すぐに、質量のある風が僕の目の前を横切る。
冷や汗をかきながら、視線を移すと、真っ赤なイノシシが僕を見ていた。
「四つん這いの魔獣ですね。」
どうやら、これが魔獣らしい。
再び、魔獣は足を動かす。
聞きたいことはある。
でも、マリと話してる余裕がない。
近くの岩陰に急いで身を隠す。
ドスン...。
魔獣が岩に突撃した音だろう。
ドスン...。ドスン...。
何度も魔獣は岩に頭を叩きつけているようだ。
魔獣ってそんなに賢くないのかな。
こんな時にマリは僕の腕にきつく絡まって、尾をだらんと垂らしている。
「アド様、タイミングをみて、四つん這いの魔獣に私を振り抜いてみてくださいませんか?」
こんな時に何を言ってるんだ、こいつは。
でも、従うべきだと思う。
再び、ドスンと音がする。
その瞬間、顔を出し、腕を振るう。
魔獣には、当たらなかった。
でも
僕の腕を包み込むマリは剣になっていた。