第12話 氷の女王
「本日は長命吸血鬼、アダン・モルトーネ・ホリホック主催のパーティーにお集まり頂きありがとうございます。今宵は様々な催しをご用意しておりますので、どうぞこの特別な夜をお楽しみください。それでは乾杯!」
主催者の音頭に合わせ、会場中からグラスの触れ合う音が響いた。
それを合図に堰を切ったように人が動き始める。
そして私は、あっという間にユウと引き離された。
「ごきげんよう、ユウ様!」
「今夜はぜひ私とお話を!」
ユウの周囲に、目を輝かせた女性たちが集まっていく。
まるで獲物を見つけた狩人のような視線に、私は思わず一歩後ずさった。
その時、誰かの肩が私にぶつかる。
「あ......」
その弾みで人の波に押され、気づいたときにはユウの姿が見えなくなっていた。
(ユウは......?)
人混みの向こうを見渡す。
けれど、ユウの姿はどこにもない。
仕方なく人の少ない場所へ移動しながら彼を探すことにした。
その時だった。
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴が会場の奥から響いた。
足が止まる。
(......今の声)
ユウを探さなければならない。
ここへ来たのは、彼の隣にいるためだ。
けれど――
あの声を聞いて、見過ごすこともできなかった。
私は声のした方へ向かう。
すると、騒ぎの中心には二人の若い女性吸血鬼がいた。
一人は煌びやかなドレスを身にまとい、周囲を取り巻く者たちも多い。
だがもう一方は華やかなドレスを着ているはずなのに、非対称に飾り気のない頭はずっと下を向いていた。
「下級吸血鬼の分際で、何故私たちの輪に入ろうだなんて」
煌びやかな令嬢が、冷たい目で俯く令嬢を見下ろしている。
「貴方、少しは身の程を弁えたらいかがかしら?」
「そ、そんなつもりでは......」
「もしかして、あの方に気に入られたかったのではなくて?」
煌びやかな令嬢が顎をしゃくる。
その先には、高位の吸血鬼たちが集っていた。
「高位の方々とお近づきになりたいのなら、せめて自分の評価くらい恥じないものにしてからにしなさいな」
「......っ」
「血すらまともに口に出来ない小娘が出れる幕ではなくってよ」
控えめな令嬢の肩は震えていた。
「......申し訳、ありません」
「謝れば済むと思って?」
すると煌びやかな令嬢は手にしていたグラスを傾けた。
赤い液体が、少女のドレスへ向かって飛ぶ。
(マズい!)
私は反射的に手を伸ばした。
(間に合え......!)
空中で液体が凍りつく。
やがて赤い雫は無数の氷片へと変わる。
そしてカランと乾いた音が響いた。
「......氷の魔法?」
誰かが呟いた。
ざわめいていた会場が、一瞬だけ静まり返る。
私は自分の手を見つめた。
(よかった......間に合ったみたいだ)
魔獣討伐時に使って以来、この力は使っていない。
雪女としての力。
氷宮家の姫として求められた力。
けれど、今は違う。
誰かを傷つけるためではない。
目の前の誰かを守るために使った。
「人様のパーティーで騒ぎを起こすとは何事ですか」
私は人混みを掻き分け騒ぎの中心に割って入る。
「せっかくのパーティーです。言い争うより互いに親睦を深めたほうが有意義ではありませんか」
「貴方......誰に向かって口を利いているの?」
先程の煌びやかな令嬢がこちらを睨みつけてくる。
「誰であろうと、他の家のパーティーで騒ぎを起こすことが許されるとでも?」
私は周囲を見渡した。
先ほどまで談笑していた者たちが、こちらに冷めた視線を送っている。
「もうこんなくだらないことは止めにしましょう。他のご来賓の方々も見ています」
「......っ」
令嬢は周囲を見渡す。
だが誰一人、彼女に味方する様子はない。
「覚えていなさい」
吐き捨てるように言うと、煌びやかな令嬢はその場を離れていった。
私は小さく息を吐く。
「大丈夫ですか?」
私は先程庇った控えめな令嬢に声を掛ける。
「は、はい......お陰様で無事です」
しかし彼女は俯いたままだった。
私は会場脇まで令嬢と共に移動し、近くにあった椅子に座らせる。
そして近くのテーブルから水を貰い、彼女に手渡した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます......」
少女は両手でグラスを受け取った。
しばらく黙っていたが、やがて令嬢はぽつりと呟いた。
「......羨ましいですわ」
「え?」
「貴方は、あんな風に堂々と立ち向かえるんですもの」
彼女は自分の手を見つめる。
「私、昔から気が弱くて。何をされても言い返せないから、ずっと舐められてばかりでした」
彼女は苦笑いを浮かべる。
「そのせいで、血を飲むことすら怖くなってしまって......」
胸元を押さえる。
「それを周囲に知られて以来、誰にも相手にされなくなって......」
すると彼女は再び俯いてしまった。
「こんな窮屈な思いをするくらいなら、いっそ吸血鬼なんてやめてしまいたい......!」
その言葉に、胸の奥がわずかに痛んだ。
血筋、家柄、生まれもったもの。
それだけで他人を値踏みする人たちを私はよく知っている。
「......怖いなら、無理に飲む必要はないのでは?」
「え?」
「私は、そんなことで人を決めつけたくありません」
彼女の目が見開らかれる。
「少なくとも私はそう思います」
「......そんなこと、初めて言われました」
彼女は瞳を伏せる。
やがて、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「......ありがとうございます。少し気持ちが軽くなりました」
「それは良かった」
私は席を立った。
「では、私はそろそろ失礼します」
「もう行かれるのですか?」
「ええ、実は連れとはぐれてしまったので、探しに行かなければならないのです」
そして彼女に頭を下げ、その場を去ろうと背を向ける。
「あの......!」
私はドレスの裾を掴まれた。
「お名前を教えていただけませんか?」
「名前?」
「いつか、きちんとお礼をしたいのです」
その言葉を聞いた瞬間、妙な既視感を覚えた。
以前にも、似たようなことがあった気がする。
けれど、よく思い出せない。
「......涼香です」
「涼香様......」
すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私はリディア・グリーディル・バートリと申します。助けていただき、本当にありがとうございました」
「リディアさんですね」
「はい」
するとリディアは私の手を取った。
直後、リディアは手の甲にそっと唇を落とした。
「......っ?」
私は驚いた。
(......これは、挨拶なのだろうか?)
この国に来てからこうして人に触れられることが増えた。
少なくとも、失礼には当たらないのだろう。
「こちらこそ」
そう考えた私は、礼を返すつもりでリディアの手を取った。
そして同じように手の甲へ唇を寄せる。
「......え?」
リディアの顔が一瞬で真っ赤になった。
「え、あの......」
「どうしました?」
「そ、それは......」
リディアは口をぱくぱくさせた後、力が抜けたようにその場へ座り込んだ。
「リディアさん......!?」
「だ、大丈夫です......」
「顔が真っ赤ですが......」
「ちょっと......びっくりしただけですわ......」
そう言いながら、リディアは顔を両手で覆った。
私は首を傾げる。
(......やっぱり、吸血鬼の挨拶は少し変わっているな)
「では、私はこれで失礼しますね」
そして私はユウを探すべくその場を離れた。
「......知らずに返したんですの......?」
背後から小さな声が聞こえ振り返る。
けれどリディアはまだ顔を覆っていた。
「......とんでもない人たらし......いえ、とんだ吸血鬼たらしですわ......」
私はその意味を知らないまま、ユウを探すために人混みの中へ戻っていった。
――その頃。
私の姿を、人混みの向こうから見つめる者がいた。
その視線にこの時の私は気付くことが出来なかった。
to be continued......