第14話 捻れた想い
私はリディアに別れを告げると、再びユウを探して会場内を歩き始めた。
「どこにいるんだ? もしや、また女性たちに囲まれてしまっているのでは?」
そんなことを考えながら周囲を見渡す。
すると、会場中央の喫食テーブルの近くに、ユウの姿が見えた。
「旦那様!」
「涼香、無事だったか!?」
私が駆け寄ると、ユウもこちらへ歩み寄り、私の腕を掴んだ。
「なんとかご令嬢たちを撒いたと思ったら、いつの間にか君を見失ってしまっていた......。あの時の約束を破ってしまい、申し訳ない」
そう言って、ユウは頭を下げた。
(あの時の言葉、覚えていてくれたのか)
二週間も前のことなのに。
覚えていてくれたことが嬉しい。
けれど、人前で頭を下げさせていることが落ち着かず、私は慌てて口を開いた。
「顔を上げてください。こんな所で頭を下げられては、私がまるで旦那様を尻に敷いているみたいではありませんか」
そう言うと、ユウは顔を上げふっと笑った。
「俺は君になら、尻に敷かれたって構わない」
その言葉に、周囲から黄色い声が上がる。
「......何を仰っているのですか」
急に甘くなったユウの雰囲気に耐えられず、私は近くの喫食テーブルへ逃げるように向かった。
「どれも、とても美味しそうですね」
目についた料理を取り皿に盛り、フォークで口へ運ぶ。
「美味しい......」
旅の途中で食べてきた各国の料理も、庶民的で美味しかった。
だが、ここの料理はもはや別格だ。
(やはり富を持つ者は、口にするものまで違うんだな)
「そんなに欲張らなくても、帰ってからたくさん食べればいいだろう?」
食事に夢中になっていると、ユウが目の前へやってきた。
「何を仰っているのですか? パーティーに行ける機会なんて殆どないのですから、折角なら私もこんな風に作れるように、沢山食べて味を覚えて帰らなければ、料理番としての名が廃ります」
私は料理を見つめながら答える。
するとユウは少し寂しそうな顔をした。
「俺は、涼香の作る料理の方が好きだけどな」
「......」
その瞬間、私の頭は真っ白になった。
料理を食べ進めていた手も止まる。
そんな私を見て、ユウは小さく笑った。
「だが勤勉なのは良いことだ。それなら俺に伝手がある。今回この会場の料理を指導しているのが、俺の古くからの知人らしくてな。よければ、そいつから料理の作り方を聞いてきてやろう」
ユウは穏やかな笑みを浮かべて提案してくる。
けれど私は首を横に振った。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、その必要はございません。これは私個人の考えですから、旦那様のお手をわざわざ煩わせるようなことではありません」
するとユウは、少し呆れたように私を見つめた。
「どうやら君は、まだ俺の考えを理解していないようだな」
「はい......?」
どういう意味かと聞き返そうとした時だった。
ユウは、肩まで伸びた私の横髪をそっと手に取った。
「俺は、ただの使用人にドレスや宝飾品を買い与えたり、パーティーに連れてきたりなどしない」
その声は何処か威圧的なのに穏やかだった。
「......ここまで言えば分かるだろう?」
ユウは私の髪を指先で弄びながら、静かに告げる。
「他人がどう思おうと、君は紛れもなく俺の大切なパートナーなんだ」
そして、ユウは手に取っていた私の髪に口づけた。
「......っ」
頬に熱が集まる。
嬉しい。
その言葉が、胸の奥へ静かに落ちていく。
けれど同時に、ほんの僅かな戸惑いもあった。
――パートナー
それは、私がユウの隣にいることを望んでくれているという意味なのだろうか。
それとも、私がユウのものだと周囲に示しているのだろうか。
過去の私と今の私が重なる。
だからこそ、愛されることと誰かのものになることが同じなのか、私にはまだ分からなかった。
「さて、この話は一旦ここまでにしよう。なんせ今はパーティーの最中だからな」
ユウはいつもの調子に戻ると、私の手から皿とカトラリーを取りテーブルへ置いた。
そして、私の目の前へ右手を差し出す。
「もうすぐダンスが始まる。よければ、俺と踊ってはくれないか?」
普段とは違うユウの立ち振る舞いに、心臓が激しく脈打つ。
「......勿論です」
踊れと命令されたわけではない。
ただ、私自身がそうしたいと思った。
それだけだった。
「この日のために練習してきましたから」
そして気が付けば、私は自然とユウの手を取っていた。
***
会場中央には、これからダンスを踊る男女のペアが続々と集まっている。
「はじめの曲はワルツのようだ」
「それなら私も練習しました。......ですが、人前で踊るのは初めてなので、上手く踊れるかは分かりません」
そう伝えると、ユウは私の手を取った。
「心配するな。君が足を踏んだところで、俺が困るわけじゃない」
「ですが、こんな所で旦那様に恥をかかせるわけにはいきません」
「俺のことは心配しなくていい。君は君の歩幅で踊ればいい」
「......はい」
私はユウの手を取り身体を構える。
そして曲が流れ始めた。
(よし、出だしは好調だ)
ユウは私の歩幅に合わせてくれている。
そのお影で、私は足を踏まないように、リズムを崩さないようにすることだけに集中できた。
「そんなに緊張するな」
「ですが......」
ユウは私の手を優しく握り直す。
「大丈夫だ」
その声を聞いた瞬間、また心臓が高鳴った。
(おかしい......今日の私は、一体どうしてしまったのだろう)
ダンスはきちんと踊れているはずなのに、曲が全く頭に入ってこない。
それどころか、無意識のうちにユウの視線や動きを目で追ってしまっている。
(もしかして、ユウに何か変な魔法でもかけられてしまったのだろうか......?)
そんなことを考えているうちに、一曲目が終わった。
「ダンスをご一緒できて、とても有意義なひと時でした」
「こちらこそ、君と踊る日が来るなんて夢にも思わなかった。とてもいい時間を過ごせたよ」
そうして私たちは会場脇へ移動した。
――だが、その瞬間。
「ユウ様! 先程のダンス、とても素敵でしたわ!」
「よければ私とも踊ってくださいませ!」
「抜けがけはずるいですわ! それなら是非私とも!」
再び、たくさんの女性吸血鬼たちがユウを取り囲んだ。
ユウは必死に彼女たちを宥めている。
私はユウの側にいたはずだった。
だが、人の波に揉まれるうちに気がつけば再び蚊帳の外へ押し出されていた。
(またか......)
先ほども人に揉まれたせいだろう。
次第に身体が重くなり頭までふらついてきた。
私はひとまず近くにあった椅子へ腰を下ろし休むことにした。
(やはり、モテる男の周りは熱量が半端じゃないな)
遠くからでも分かるほど、ユウの周囲には人だかりができている。
そしてユウは、令嬢たちに愛想の良い笑みを浮かべていた。
(ユウは......あんな風にも笑えるのか)
社交の場なのだから仕方のないことだ。
頭ではそう分かっている。
それなのに、胸の奥がちくりと痛んだ。
(いけない)
私は小さく息を吐いた。
(私は、旦那様のパートナーとしてここへ来たんだ)
こんなことで浮かれてはいけない。
ましてや、ユウが他の女性に向ける笑顔を気にするなど――
(......私は、一体何を考えているんだ)
しばらく休んで人酔いが落ち着いたところで、私は再びユウのもとへ向かおうと立ち上がった。
その時だった。
「あら」
突然、背後から声をかけられた。
「貴方は先程の氷の女王様ではないですか?」
「......どちら様でしょうか?」
振り向くと、そこには燃えるような赤髪の女性吸血鬼が立っていた。
人形のように整った顔に紅い瞳。
そしてその瞳が不気味なほど真っ直ぐにこちらを見つめている。
(......この人、只者じゃない)
「これは失礼いたしました」
女性はにこりと笑った。
「アタシはデザイア・ハーツ・クライと申します。覚えてくださると嬉しいわ。氷の女王様」
「よろしくお願いいたします、クライ家令嬢。私は涼香と申します」
「いやだわ、そんなに畏まらなくてもいいのよ」
デザイアはくすくすと笑う。
「だってアタシ、貴方とお友達になりたいんだもの」
そう言うなり、デザイアは一気に間合いを詰めてきた。
私は彼女の気迫に押されてしまう。
「アタシのことはデザイア。呼び辛いなら、渾名で呼んでくれたって構わないわ」
先ほどまで纏っていた不気味な気配が、いつの間にか消えている。
「......分かりました。では、これからはイアと呼ばせてください」
「あら、嬉しいわ!」
そう返すとイアの表情がぱっと明るくなった。
「ではアタシも、スズって呼んでもいいかしら?」
「勿論です」
「じゃあ早速、親睦を深めるためお話をしましょう」
そして私はイアと話をすることになった。
どうやら彼女は、私が旅の途中で訪れた異国の話を気に入ったらしい。
「それで、次はどこの国を旅したのですか?」
「......いえ、今は諸事情あってこの国に留まっています。なので、今はもう旅をしていません」
そう答えると、イアは残念そうに肩を落とした。
「そうだったのですね......。少し残念です」
そう溢すイアの声は僅かだが先ほどのような元気が失われている気がした。
「......スズはまた旅をしたいと思っているのですか?」
「まぁ......それが許されるのなら」
「そう......でしたか」
私がそう返すとイアはキレの悪い相槌を打った。
すると向こうから人混みを抜けてユウがこちらへと向かってくる。
「すまない、少々油断してしまった」
「いえ、謝るのはこちらの方です。今回は私の判断ミスで、旦那様に余計な手間をかけさせてしまいました」
私が謝ると、ユウは小さく首を横に振った。
「気にするな」
そして、私の隣に立つイアへ視線を移す。
「それより、そちらのご令嬢はどうしたんだ?」
「イアのことですか?」
「......イア?」
ユウの眉が、ほんの僅かに動いた。
イアはそんなユウの反応を見逃さなかった。
「お初にお目にかかります。私、デザイア・ハーツ・クライと申します」
その名を聞いた瞬間。
ユウの表情が、一瞬僅かに強張った。
だが、それもすぐにいつも通りの社交的な笑みに戻る。
「......ユウだ」
それだけを名乗る。
「あら」
イアは扇子で口元を隠した。
「フルネームは名乗ってくださらないのですね」
「ええ、少々事情がありまして」
「そう......」
イアの目が細くなる。
けれど、それ以上は何も聞かなかった。
代わりに、イアは私の方へ顔を寄せる。
「スズは、ミステリアスなお方がタイプなのですか?」
「いえ......そういうわけでは......」
私が口籠ると、イアは楽しそうに笑った。
「まあ、そういうところも可愛いのね」
「......?」
「よければ今度、スズをアタシのお茶会にご招待いたしますわ」
イアはユウへ視線を戻す。
「その時、じっくりお二人のことを聞かせてくださいませ」
そう言って、楽しそうに笑った。
(これは......下手をすると、血の盟約で私が消されてしまいかねないのでは?)
私は思わずユウを見上げた。
だが、ユウは何も言わない。
ただ、イアの背中を静かに見つめている。
「では、アタシはこれにて失礼いたしますわ」
そう言って、イアは人混みの向こうへ去っていった。
そしてイアの姿が見えなくなってから、ユウが口を開く。
「君はやはり、厄介事に引き寄せられるタイプらしいな」
ユウにまでそう言われ、私は頭を抱えた。
「......そういう体質なのかもしれません」
先程のトラブルへの仲裁の件を思い出す。
「では行こう。まだパーティーは始まったばかりだ」
そう言って、ユウが手を差し出す。
「二曲目も、また俺と踊ってほしい」
「勿論です。だって、旦那様からのお誘いを断る理由なんてありませんから」
私はその手を取った。
二曲目が始まる。
今度は先ほどよりも身体が軽かった。
まるで、初めてペアを組んだとは思えないほど自然に、お互いの息が合っていく。
――けれど
会場の隅。
一人の女が扇子で口元を隠しながら、静かにこちらを見つめていた。
紅く鋭い瞳。
その視線は、獲物を狙うかのように涼香だけを追っている。
「......スズ」
女は小さく呟いた。
「嗚呼......貴方はなんて可憐で優美なのかしら」
青白いほどの陶器のような肌。
冬空を映しているかのような青い瞳。
女の視線が、ゆっくりと私の首筋へ落ちていく。
そして――
扇子の陰で、そっと舌先が覗いた。
「......なんだか、とっても――」
紅い瞳が細められる。
「――美味しそう」
to be continued......