ホーム›吸血鬼ユウの御意のままに›第15話 狂いだす運命
目次前の話 →

第15話 狂いだす運命


 テラスに出てしばらく経った頃。
 夜風に当たっているうちに、ようやく張り詰めていた気が落ち着いてくる。
 私はゆっくりと深呼吸をおこなう。

「スゥ......ハァ......」

 それからお守りとして持ってきていた簪を懐から取り出し包んでいた布を解いた。
 星明かりを受け銀細工は淡く輝く。

(どうか無事にパーティーが終わりますように)

 私は簪を胸元で握りしめ星空を見上げた。

『私も昔よく星空に願ったわ。――どうか私に可愛いお姫様をくださいってね』

 昔、母様が私に教えてくれた呪まじない。
 母様はいつも願い事をする時、夜空を見上げていた。
 だから私は不安になると夜空を見上げ、この簪を握っている。
 これを握っていると、母様が側にいてくれるような気がするから。

「何をしているんだ?」

「......!」

 突然声を掛けられ振り向くと、ユウの顔が視界いっぱいに広がった。

「あ、すみません旦那様......お戻りになっていたのですね」

「ああ、さっきそこで、このパーティーに俺を呼び出......招待してくれた者達と出会ってな。......少しばかり話をしていたんだ」

「そうだったのですね」

 私はユウの話し方に違和感を覚えた。
 いつもの彼ならこんなふうに言葉を詰まらせることはない。

「それで......」

 ユウの視線が、私の背後を見据える。

「今、何を隠した?」

「何と言われても......大したものではありません」

 私は背中に隠していた簪を前へ差し出す。

「これはどうしたんだ?」

「私の......宝物です」

 簪を胸元で握る。
 その時だった。

「それは......まさか」

「え?」

 ユウは私から大きく距離を取る。

「何故君がそれを持っている!?」

「......何故と言われましても」

「今すぐそれから手を離せ!」

「......っ」

 有無を言わせぬ声音に、私は手を開いた。

 カチン

 簪が床に落ちる。
 ハッとした私は簪を拾おうと屈み込んだ。

「誰が拾っていいと言った?」

 その声に手が止まる。
 次の瞬間、ユウは簪を足で払った。
 簪は硬い音を立てテラスの柵へぶつかる。

「なんで......どうしてそんなことをするんですか......!?」

 私は勢いよくユウの方を振り向いた。
 だが迫力ある声とは裏腹に彼の瞳は小刻みに揺れ動いている。

「あれは私の......母様の形見です。......私にとって、大切なものなんです」

「......」

 私がそう言うと、ユウは黙り込んでしまった。
 そしてしばらくの沈黙の後、ユウは重い口を開いた。

「この際だから言っておく。......それを今後俺の前で決して見せるな」

「......何故ですか?」

「それは――」

 ユウが言葉を止める。
 まるで、何かを言いかけて飲み込むように。

「......君は知らなくていい」

「でも......」

「涼香」

 名前を呼ばれ、私は口から出かけた言葉を飲み込んだ。

「俺の言うことが理解できない様だな?」

 真紅の瞳に怒気が混じる。
 そして盟約を結んだあの日と同じ、突き放すような冷たい声色。
 私は何も答えられなかった。

「......」

「......勝手にしろ」

 しばらく黙っているとユウはそう言い捨てそのままテラスを去っていった。

「あ......」

 咄嗟にユウを呼び止めようとした。
 けれど、上手く言葉が出てこない。
 私は一人になったテラスで形見の簪を拾い上げる。

「......傷がついてしまったな」

 銀細工の表面には、擦れた跡が残っている。
 だが、丁寧に磨けばまた元のように輝くだろう。

 けれど――

(......あんなことをする人だとは、思わなかった)

 簪を握る手に、自然と力が入る。
 私は汚れを払うと、再び簪を懐へしまった。

(ユウは、簪の何が気に食わないんだ......?)

 その疑問だけが、頭から離れなかった。




「一体何処に行ってしまったんだ......」

 簪を拾い、会場へ戻った私はユウの姿を探した。
 しかし数多の参加者に阻まれ、なかなかユウの姿を見つけることができない。
 そのうえ慣れない靴で動き回っていたせいか、つま先と踵が先程から悲鳴を上げている。

「早く見つけないと」

 その時、目の前をおぼつかない足取りで歩く男と肩がぶつかった。

「すみません」

 だが彼はこちらの声が聞こえていないのか、俯き聞き取れない声でぶつぶつと何かを唱えている。

(もしかして酔っているのか?)

 男は再び歩き出すが足取りは危うく、ふらつくたびに他の参加者とぶつかりそうになっている。
 私はそんな彼を放って置けず声をかけた。

「あの、大丈夫ですか......?」

 声が聞こえていないのか反応がない。
 私は反応のない彼の肩を揺する。
 刹那、男がこちらを振り返った。

「え――」

 私は言葉を失った。
 その男の目は赤く充血し、口元からは襟元を濡らすほどの唾液と赤い何かが口から滴り落ちていた。

「ヴヴヴヴ」

 異常に気がついた時には遅かった。
 私は腕をもの凄い力で掴まれた。

「っ......!」

 骨が軋み、やがて強烈な痛みが腕を襲う。

(なんて力だ......!)

 男が大きく口を開く。
 そこから覗く牙は照明に照らされてらてらと鈍く光る。

(このままだと......やられる!)

 これがいわゆる防衛本能なのだろう。
 私は空いている左手で彼の鳩尾を思い切り突いていた。

「グアッ」

 怯んだ男は身を屈め腕の力を緩めた。
 その隙に私は男の腕を捻り上げる。

「何だ?」

「まさか揉め事?」

 騒ぎを聞きつけたのか、周囲に人だかりができ始める。

「離れてください! この場は危険です!」

 しかし集まってくる参加者たちは皆お互いの顔を見合わせるばかりで動こうとはしてくれない。

「お願いします!」

「ヴヴヴヴ!」

 その間にも男は私の手をもの凄い力で押し返そうと暴れ続けている。

(駄目だ......さっき強く掴まれたせいで、上手く力が入らない......)

 このままではいづれ周囲を巻き込んでしまう。

「致し方ない......」

 私は痛む自らの身体に鞭打ち、全体重をかけ男を組み敷いた。

「グアアアアッ!」

 男は苦しいのか大きく暴れ始めた。
 それも油断をすれば私もタダでは済まない威力で。

「なんの騒ぎだ!」

 そうしていると会場の警備が騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた。

「すみません!手を貸してください」

 その後、私は暴れる男を警備に引き渡しその背中を見送った。

「なんだったんだあれは......」

 私は息を整えながら、掴まれていた腕を見る。

「うわ......」

 手袋を外すとその下にはくっきりと痣が残り、ところどころ青黒くなっている。

「これは当分引かないだろうな......」

 だが、今は腕のことを気にしている場合ではない。
 私は手袋を付け直し、再びユウを探し始める。

(それよりユウは何処だ......?)

 私は再び周囲を見渡した。
 しかし肝心のユウの姿は一向に見当たらない。

「そんなに簪が気に入らなかったのか、それとも......」

 一瞬頭に嫌な考えがよぎり、思い切り首を振った。

(いや、今はユウを探す方が先だ!)

 そして私はまだ会場で唯一探していない中庭の方へと向かった。




「ここにもいないか......」

 言い得ぬ不安がひっくり返した砂時計の様に募ってゆく。
 その時、中庭の隅で何かを話す二人の声が耳に入ってきた。

「これで言われていたことは全てやりました。......ですから、どうか私の家族にだけは手を出さないでください......!」

「あら、まだ全て終わっていませんわよ?」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あともう一仕事、貴方にやって頂かなくては」

「そんな......」

 あまりにも怪しいやりとりに私は恐る恐る柱の影から様子を伺う。

「心配ならさなくても......あとは、この頭でっかちを運ぶだけですもの」

 私は物陰から、恐る恐る声のする方を覗いた。

「だからスズには貴方から上手く言っておいてちょうだい」

 その言葉を聞いた瞬間、背筋に嫌な予感が走った。

(スズ......?)

 私は、もう一度その場を見た。

「......え?」

 私はその場を覗き見たことを酷く後悔した。
 浮かない表情を浮かべたリディア。
 それを恍惚の眼差しで見つめるイア。
 そしてその二人の足元には、イアに足蹴にされ力なく地面に倒れるユウの姿があった。

「旦那様......!」

 その姿を見た瞬間、私は考えるより先にユウの方へ駆け出していた。





to be continued......
シェア
前の話 →
第14話 捻れた想い
最新話です
目次に戻る
吸血鬼ユウの御意のままに作者:有機鈴凛(トマチン)
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›吸血鬼ユウの御意のままに›第15話 狂いだす運命
← 前の話目次

第15話 狂いだす運命


 テラスに出てしばらく経った頃。
 夜風に当たっているうちに、ようやく張り詰めていた気が落ち着いてくる。
 私はゆっくりと深呼吸をおこなう。

「スゥ......ハァ......」

 それからお守りとして持ってきていた簪を懐から取り出し包んでいた布を解いた。
 星明かりを受け銀細工は淡く輝く。

(どうか無事にパーティーが終わりますように)

 私は簪を胸元で握りしめ星空を見上げた。

『私も昔よく星空に願ったわ。――どうか私に可愛いお姫様をくださいってね』

 昔、母様が私に教えてくれた呪まじない。
 母様はいつも願い事をする時、夜空を見上げていた。
 だから私は不安になると夜空を見上げ、この簪を握っている。
 これを握っていると、母様が側にいてくれるような気がするから。

「何をしているんだ?」

「......!」

 突然声を掛けられ振り向くと、ユウの顔が視界いっぱいに広がった。

「あ、すみません旦那様......お戻りになっていたのですね」

「ああ、さっきそこで、このパーティーに俺を呼び出......招待してくれた者達と出会ってな。......少しばかり話をしていたんだ」

「そうだったのですね」

 私はユウの話し方に違和感を覚えた。
 いつもの彼ならこんなふうに言葉を詰まらせることはない。

「それで......」

 ユウの視線が、私の背後を見据える。

「今、何を隠した?」

「何と言われても......大したものではありません」

 私は背中に隠していた簪を前へ差し出す。

「これはどうしたんだ?」

「私の......宝物です」

 簪を胸元で握る。
 その時だった。

「それは......まさか」

「え?」

 ユウは私から大きく距離を取る。

「何故君がそれを持っている!?」

「......何故と言われましても」

「今すぐそれから手を離せ!」

「......っ」

 有無を言わせぬ声音に、私は手を開いた。

 カチン

 簪が床に落ちる。
 ハッとした私は簪を拾おうと屈み込んだ。

「誰が拾っていいと言った?」

 その声に手が止まる。
 次の瞬間、ユウは簪を足で払った。
 簪は硬い音を立てテラスの柵へぶつかる。

「なんで......どうしてそんなことをするんですか......!?」

 私は勢いよくユウの方を振り向いた。
 だが迫力ある声とは裏腹に彼の瞳は小刻みに揺れ動いている。

「あれは私の......母様の形見です。......私にとって、大切なものなんです」

「......」

 私がそう言うと、ユウは黙り込んでしまった。
 そしてしばらくの沈黙の後、ユウは重い口を開いた。

「この際だから言っておく。......それを今後俺の前で決して見せるな」

「......何故ですか?」

「それは――」

 ユウが言葉を止める。
 まるで、何かを言いかけて飲み込むように。

「......君は知らなくていい」

「でも......」

「涼香」

 名前を呼ばれ、私は口から出かけた言葉を飲み込んだ。

「俺の言うことが理解できない様だな?」

 真紅の瞳に怒気が混じる。
 そして盟約を結んだあの日と同じ、突き放すような冷たい声色。
 私は何も答えられなかった。

「......」

「......勝手にしろ」

 しばらく黙っているとユウはそう言い捨てそのままテラスを去っていった。

「あ......」

 咄嗟にユウを呼び止めようとした。
 けれど、上手く言葉が出てこない。
 私は一人になったテラスで形見の簪を拾い上げる。

「......傷がついてしまったな」

 銀細工の表面には、擦れた跡が残っている。
 だが、丁寧に磨けばまた元のように輝くだろう。

 けれど――

(......あんなことをする人だとは、思わなかった)

 簪を握る手に、自然と力が入る。
 私は汚れを払うと、再び簪を懐へしまった。

(ユウは、簪の何が気に食わないんだ......?)

 その疑問だけが、頭から離れなかった。




「一体何処に行ってしまったんだ......」

 簪を拾い、会場へ戻った私はユウの姿を探した。
 しかし数多の参加者に阻まれ、なかなかユウの姿を見つけることができない。
 そのうえ慣れない靴で動き回っていたせいか、つま先と踵が先程から悲鳴を上げている。

「早く見つけないと」

 その時、目の前をおぼつかない足取りで歩く男と肩がぶつかった。

「すみません」

 だが彼はこちらの声が聞こえていないのか、俯き聞き取れない声でぶつぶつと何かを唱えている。

(もしかして酔っているのか?)

 男は再び歩き出すが足取りは危うく、ふらつくたびに他の参加者とぶつかりそうになっている。
 私はそんな彼を放って置けず声をかけた。

「あの、大丈夫ですか......?」

 声が聞こえていないのか反応がない。
 私は反応のない彼の肩を揺する。
 刹那、男がこちらを振り返った。

「え――」

 私は言葉を失った。
 その男の目は赤く充血し、口元からは襟元を濡らすほどの唾液と赤い何かが口から滴り落ちていた。

「ヴヴヴヴ」

 異常に気がついた時には遅かった。
 私は腕をもの凄い力で掴まれた。

「っ......!」

 骨が軋み、やがて強烈な痛みが腕を襲う。

(なんて力だ......!)

 男が大きく口を開く。
 そこから覗く牙は照明に照らされてらてらと鈍く光る。

(このままだと......やられる!)

 これがいわゆる防衛本能なのだろう。
 私は空いている左手で彼の鳩尾を思い切り突いていた。

「グアッ」

 怯んだ男は身を屈め腕の力を緩めた。
 その隙に私は男の腕を捻り上げる。

「何だ?」

「まさか揉め事?」

 騒ぎを聞きつけたのか、周囲に人だかりができ始める。

「離れてください! この場は危険です!」

 しかし集まってくる参加者たちは皆お互いの顔を見合わせるばかりで動こうとはしてくれない。

「お願いします!」

「ヴヴヴヴ!」

 その間にも男は私の手をもの凄い力で押し返そうと暴れ続けている。

(駄目だ......さっき強く掴まれたせいで、上手く力が入らない......)

 このままではいづれ周囲を巻き込んでしまう。

「致し方ない......」

 私は痛む自らの身体に鞭打ち、全体重をかけ男を組み敷いた。

「グアアアアッ!」

 男は苦しいのか大きく暴れ始めた。
 それも油断をすれば私もタダでは済まない威力で。

「なんの騒ぎだ!」

 そうしていると会場の警備が騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた。

「すみません!手を貸してください」

 その後、私は暴れる男を警備に引き渡しその背中を見送った。

「なんだったんだあれは......」

 私は息を整えながら、掴まれていた腕を見る。

「うわ......」

 手袋を外すとその下にはくっきりと痣が残り、ところどころ青黒くなっている。

「これは当分引かないだろうな......」

 だが、今は腕のことを気にしている場合ではない。
 私は手袋を付け直し、再びユウを探し始める。

(それよりユウは何処だ......?)

 私は再び周囲を見渡した。
 しかし肝心のユウの姿は一向に見当たらない。

「そんなに簪が気に入らなかったのか、それとも......」

 一瞬頭に嫌な考えがよぎり、思い切り首を振った。

(いや、今はユウを探す方が先だ!)

 そして私はまだ会場で唯一探していない中庭の方へと向かった。




「ここにもいないか......」

 言い得ぬ不安がひっくり返した砂時計の様に募ってゆく。
 その時、中庭の隅で何かを話す二人の声が耳に入ってきた。

「これで言われていたことは全てやりました。......ですから、どうか私の家族にだけは手を出さないでください......!」

「あら、まだ全て終わっていませんわよ?」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あともう一仕事、貴方にやって頂かなくては」

「そんな......」

 あまりにも怪しいやりとりに私は恐る恐る柱の影から様子を伺う。

「心配ならさなくても......あとは、この頭でっかちを運ぶだけですもの」

 私は物陰から、恐る恐る声のする方を覗いた。

「だからスズには貴方から上手く言っておいてちょうだい」

 その言葉を聞いた瞬間、背筋に嫌な予感が走った。

(スズ......?)

 私は、もう一度その場を見た。

「......え?」

 私はその場を覗き見たことを酷く後悔した。
 浮かない表情を浮かべたリディア。
 それを恍惚の眼差しで見つめるイア。
 そしてその二人の足元には、イアに足蹴にされ力なく地面に倒れるユウの姿があった。

「旦那様......!」

 その姿を見た瞬間、私は考えるより先にユウの方へ駆け出していた。





to be continued......
シェア
← 前の話
第14話 捻れた想い
最新話です
目次に戻る
吸血鬼ユウの御意のままに作者:有機鈴凛(トマチン)
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません