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第09話:負荷試験(上)

 任務から戻って、二度の夜が過ぎた。

 戻ってきた日の夜は、三人ともほとんど何もせずに寝た。

 翌日も、鶸ひわは午前も午後も寝ていた。食事の時間に起こして食堂へ行き、帰ってくるとまたすぐ毛布へ潜ってしまう。青藍せいらんは提出する任務のレポートをまとめたあと、午後から本を開いていたが、あまり進んでいなかった。深緋こきあはベッドに腰かけて、窓の外をぼんやり眺めていた。

 何度も経験している遠征任務だった。

 それでも、何日もコンテナ車両で眠り、待機が続き、内戦の臭いを嗅ぎ続けていると疲れる。今回は戦闘の現場には出なかったが、施設ホームへ戻ってくれば、ほっと気が緩むし疲れもどっと出る。

 翌朝、鶸はようやく朝食の時間に起きてきた。

「眠いー」

 毛布を腰へ巻いたまま、ベッドの上で大きく伸びる。

「まだ眠いか」
「まだ眠いー」
「お前の場合、待機の方が疲れるんだな」

 青藍は呆れた様子で言いながら、読みかけていた本を閉じ、朝食に行く支度を始めた。
 深緋と鶸も、のろのろと支度をしているとドアがノックされ、織部おりべが部屋の扉を開けた。

「疲れは取れてきました? 明日、検査が入りますからね」
「検査ー?」

 鶸が起き上がった。声がもう不機嫌だった。

「いつもの任務後の簡易検査ですよ。負荷試験だけ。採血はありません」
「えー」
「魔法実行現場の後は、いつも受けてるでしょう?」
「やだー」
「鶸、嫌なのはわかってます」
「......全然かんたんじゃないし、今回は何もしてないのに」

 鶸は布団の中に潜って、それから顔だけ出した。織部は短く苦笑して「明日の朝、迎えに来ますね」と言って、扉を閉め出ていった。
 鶸はしばらく唸っていた。

「セイラン」
「ん」
「簡易ってさ」
「言ってたな」
「嘘だ、絶対」
「言いたいことはわかるが。でも仕方ないだろ」
「えー」

 鶸はブツクサ言いながら、靴下を引っ張り上げた。

  *

 翌朝、織部に連れられて、中央棟の医療フロアへ上がった。

 フロアは、いつもより少し人が多かった。任務帰りの数班分が、まとめて呼ばれているらしかった。受付で番号札を受け取って、待合室へ通された。

 待合室は静かだった。

 長椅子がいくつか並んでいて、本棚に古い本が並んでいた。壁の時計の秒針の音が、いつもより大きく聞こえる。

 南一班の三人は、奥の長椅子に並んで座った。

 東二班の三人は、もう先に来ていた。竜胆りんどうは本を読んでいた。紅唐べにとうは番号札を指で回していた。常盤ときわは壁にもたれて目を閉じていた。

 東十一班の三人は、入口寄りの長椅子にいた。一人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。もう一人が、その子の腕を軽く叩いていた。

 東十班は、まだ来ていなかった。

 鶸は長椅子に座って、すぐに足を投げ出した。

「ヒワ、行儀」
「もう疲れたー」
「まだなんもしてないだろ」
「待つのが疲れるー」

 竜胆が本から顔を上げた。

「南一も必要なの?」
「うん」
「うちもだけどさ」
「何もしなかったんだが、うちは」
「何もしただろ」

 竜胆は笑って続ける。

「簡易検査って言うなよなー、毎回。簡易だったことがないよな」

 竜胆はそう苦笑して、また本に戻った。常盤は目を閉じたまま動かなかった。

 しばらくして、東十班の二人が入ってきた。浅縹あさなだと晒柿されがきだった。任務直後より少し顔色は戻っていたが、だいぶ具合は良くなさそうだ。二人は壁際の長椅子に座って、あまり喋らなかった。もう一人はまだ起きてこれないのか、姿が見えない。

 受付の大人が、番号を呼んだ。

「四番どうぞ」

 東十一班の一人が立ち上がった。泣きそうにしていた子だった。

「......いやだ」
「順番ですからね」
「やだ」
「終わったら休んでいいですよ」
「やだから!」

 その子は唇を尖らせたまま、出口へ走っていった。残った二人の班員は、何も言わずにそれを見送った。

 鶸が小さく言った。

「気持ちはわかる」
「お前もだろ」
「うん」
「また逃げたりすんなよ?」

 鶸は長椅子の上で丸くなった。深緋は本棚の方を見ていた。古い表紙ばかりだった。誰も手に取らなさそうな本が並んでいた。

 脱走した張本人は、スタッフ二人に抱えられて検査室に連れていかれた。何年か前に鶸がよくやられてたな、と深緋は思い出していた。

  *

 順番が来た。

「七番、八番、九番、入って」

 南一班だった。三人で立ち上がった。鶸は最後まで立ち上がるのが遅かった。

「ヒワ、行くぞ」
「うん......」

 奥の検査室に通された。

 検査室は白い照明に照らされた機材が、整理されて並んでいた。ベッドが三つ、薄いカーテンで区切られていた。耳当て型の機器が、ベッドの脇の台に置かれている。カーテンの中に入るとスタッフが二人いた。白衣で、穏やかな表情だった。

「横になってくださいね」

 ベッドに横になった。カーテンの向こうから、スタッフから「鶸、横になって」と促される声がする。

 耳当て型の機器を装着された。ひやっとするのが気持ち悪い。

「では、始めますね」

 何も説明はなかった。みんな何度も受けている。

 負荷テストが始まった。
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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第09話:負荷試験(上)

 任務から戻って、二度の夜が過ぎた。

 戻ってきた日の夜は、三人ともほとんど何もせずに寝た。

 翌日も、鶸ひわは午前も午後も寝ていた。食事の時間に起こして食堂へ行き、帰ってくるとまたすぐ毛布へ潜ってしまう。青藍せいらんは提出する任務のレポートをまとめたあと、午後から本を開いていたが、あまり進んでいなかった。深緋こきあはベッドに腰かけて、窓の外をぼんやり眺めていた。

 何度も経験している遠征任務だった。

 それでも、何日もコンテナ車両で眠り、待機が続き、内戦の臭いを嗅ぎ続けていると疲れる。今回は戦闘の現場には出なかったが、施設ホームへ戻ってくれば、ほっと気が緩むし疲れもどっと出る。

 翌朝、鶸はようやく朝食の時間に起きてきた。

「眠いー」

 毛布を腰へ巻いたまま、ベッドの上で大きく伸びる。

「まだ眠いか」
「まだ眠いー」
「お前の場合、待機の方が疲れるんだな」

 青藍は呆れた様子で言いながら、読みかけていた本を閉じ、朝食に行く支度を始めた。
 深緋と鶸も、のろのろと支度をしているとドアがノックされ、織部おりべが部屋の扉を開けた。

「疲れは取れてきました? 明日、検査が入りますからね」
「検査ー?」

 鶸が起き上がった。声がもう不機嫌だった。

「いつもの任務後の簡易検査ですよ。負荷試験だけ。採血はありません」
「えー」
「魔法実行現場の後は、いつも受けてるでしょう?」
「やだー」
「鶸、嫌なのはわかってます」
「......全然かんたんじゃないし、今回は何もしてないのに」

 鶸は布団の中に潜って、それから顔だけ出した。織部は短く苦笑して「明日の朝、迎えに来ますね」と言って、扉を閉め出ていった。
 鶸はしばらく唸っていた。

「セイラン」
「ん」
「簡易ってさ」
「言ってたな」
「嘘だ、絶対」
「言いたいことはわかるが。でも仕方ないだろ」
「えー」

 鶸はブツクサ言いながら、靴下を引っ張り上げた。

  *

 翌朝、織部に連れられて、中央棟の医療フロアへ上がった。

 フロアは、いつもより少し人が多かった。任務帰りの数班分が、まとめて呼ばれているらしかった。受付で番号札を受け取って、待合室へ通された。

 待合室は静かだった。

 長椅子がいくつか並んでいて、本棚に古い本が並んでいた。壁の時計の秒針の音が、いつもより大きく聞こえる。

 南一班の三人は、奥の長椅子に並んで座った。

 東二班の三人は、もう先に来ていた。竜胆りんどうは本を読んでいた。紅唐べにとうは番号札を指で回していた。常盤ときわは壁にもたれて目を閉じていた。

 東十一班の三人は、入口寄りの長椅子にいた。一人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。もう一人が、その子の腕を軽く叩いていた。

 東十班は、まだ来ていなかった。

 鶸は長椅子に座って、すぐに足を投げ出した。

「ヒワ、行儀」
「もう疲れたー」
「まだなんもしてないだろ」
「待つのが疲れるー」

 竜胆が本から顔を上げた。

「南一も必要なの?」
「うん」
「うちもだけどさ」
「何もしなかったんだが、うちは」
「何もしただろ」

 竜胆は笑って続ける。

「簡易検査って言うなよなー、毎回。簡易だったことがないよな」

 竜胆はそう苦笑して、また本に戻った。常盤は目を閉じたまま動かなかった。

 しばらくして、東十班の二人が入ってきた。浅縹あさなだと晒柿されがきだった。任務直後より少し顔色は戻っていたが、だいぶ具合は良くなさそうだ。二人は壁際の長椅子に座って、あまり喋らなかった。もう一人はまだ起きてこれないのか、姿が見えない。

 受付の大人が、番号を呼んだ。

「四番どうぞ」

 東十一班の一人が立ち上がった。泣きそうにしていた子だった。

「......いやだ」
「順番ですからね」
「やだ」
「終わったら休んでいいですよ」
「やだから!」

 その子は唇を尖らせたまま、出口へ走っていった。残った二人の班員は、何も言わずにそれを見送った。

 鶸が小さく言った。

「気持ちはわかる」
「お前もだろ」
「うん」
「また逃げたりすんなよ?」

 鶸は長椅子の上で丸くなった。深緋は本棚の方を見ていた。古い表紙ばかりだった。誰も手に取らなさそうな本が並んでいた。

 脱走した張本人は、スタッフ二人に抱えられて検査室に連れていかれた。何年か前に鶸がよくやられてたな、と深緋は思い出していた。

  *

 順番が来た。

「七番、八番、九番、入って」

 南一班だった。三人で立ち上がった。鶸は最後まで立ち上がるのが遅かった。

「ヒワ、行くぞ」
「うん......」

 奥の検査室に通された。

 検査室は白い照明に照らされた機材が、整理されて並んでいた。ベッドが三つ、薄いカーテンで区切られていた。耳当て型の機器が、ベッドの脇の台に置かれている。カーテンの中に入るとスタッフが二人いた。白衣で、穏やかな表情だった。

「横になってくださいね」

 ベッドに横になった。カーテンの向こうから、スタッフから「鶸、横になって」と促される声がする。

 耳当て型の機器を装着された。ひやっとするのが気持ち悪い。

「では、始めますね」

 何も説明はなかった。みんな何度も受けている。

 負荷テストが始まった。
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