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第06話:いつも通りの任務(上)

 昼食の食堂は、いつもより混んでいた。鶸は肉の煮込みの乗ったうどんを食べて、サラダの豆を全部青藍に押しつけた。

「お前ほんと食わないな」
「だってこれは豆だから」
「まるで理由になってないな」

 青藍が結局、豆を食べてやっている。
 鶸はそれを見て笑いながら、うどんをおかわりしようかときょろきょろしていた。
 深緋は肉は残してうどんだけを食べて終わりにした。青藍はそれに気づいたはずだが、何も言わなかった。

 午後は座学だった。
 教室の窓際の席で、鶸はノートを開いたまま、鉛筆の尻を噛んでいた。青藍は教科書を開いていた。深緋は黒板を見ていた。担当の煤竹すすたけが話す内容は、地誌の続きだった。以前青藍が借りていたものに近い範囲だった。鶸は一度顔を上げて、それからまたノートに落書きを始めた。
 座学が終わると、鶸はぐっと伸びをした。

「眠いー」
「寝るな」
「寝てないよ。寝そう、ってだけ」
「同じだろ」
「違うよー」

 鶸の声はゆっくりだ。

 廊下を歩く間も、鶸は半分眠そうにしていた。青藍が肩を貸すほどではない。歩く速度がいつもより気持ち遅かった。深緋はその後ろをのんびり歩いた。
 窓から斜めに、午後のとろとろした光が入っていた。鶸はその影を踏むようにして歩いて、途中で踏み外して、青藍に「ちゃんと歩け」と言われていた。
 部屋に入ると、鶸は真っ先にベッドに転がって、そのまま図鑑を引き寄せて開いた。

「ヒワ、靴」
「あー」
「脱げ」
「はあい」

 鶸は寝転がったまま器用に靴を脱いだ。片方は床に落ちて、もう片方はベッドの端に引っかかった。青藍が拾って揃えて置いた。いつの間にかテーブルで読めと言うのは諦めたらしい。
 青藍は自分の机に座って、本を開いた。地誌ではなくて、表紙が少し新しい本だった。

 深緋はポットのお湯を沸かして、マグカップを三つ出した。
 鶸は図鑑を眺めながら声をかける。

「ねえ、セイラン」
「ん」
「怖い?」
「なにがだ」
「じゃあ怖くない?」
「どういうことだ」
「えー」

 鶸は図鑑のページをめくった。獣の絵が、逆さまになって深緋の方から見えた。

「......そっかー」

 鶸はそれ以上は聞かなかった。図鑑に顔を近づけて、しばらく何かを見ていた。青藍は本のページを、しばらくめくっていなかった。指はメモ用の鉛筆を握ったまま動かない。
 深緋はティーバッグの上からまっすぐお湯を注ぐ。三つ目のマグカップに注ごうとして、ちらっと鶸を見る。
 鶸が、図鑑の上に頬を乗せた。

「ヒワ、寝るならちゃんと寝ろよ。あとそれは汚れる」
「寝てないー」
「目、瞑ってるじゃねえか」
「つぶってないー、半分だけだもん」
 
 鶸の声はしたものの、それきり鶸の声が止まった。
 図鑑のページが、鶸の頬の下で少し折れていた。青藍が立ち上がって、図鑑をそっと引き抜いた。鶸は短く何か言って、それきり、寝息になった。
 青藍は図鑑を閉じて机に置き、鶸の肩のあたりまで毛布を引き上げてやってから、椅子に戻った。本に視線を落としたが、すぐにはめくらなかった。

 三つ目のマグカップを、深緋はしまった。

「コキア」
「うん」
「飯、食えたか」
「食べたよ」
「ならいい」

 青藍は、本のページを今度はちゃんとめくり始めた。
 そっと青藍の机にお茶を置く。

 鶸の寝息が、規則正しく続いていた。机の上に、織部が前に持ってきた検査結果の紙の角が、ちらっと見えた。深緋はそれを見て、目を逸らした。お茶はちょっと苦かった。
 窓の外で、風が一度だけ鳴った。部屋の換気音が、静かに続いていた。

  *

 翌日の昼前、織部おりべが部屋に来た。
 深緋が机に向かっていて、青藍は机に向かって本を開いていた。鶸はベッドで寝転んだまま図鑑をめくっていた。

「合同任務が入りましたよ」

 織部は紙を一枚、机に置いた。

「東十班が出ます。皆さんは後方待機班です。期間はいつも通り。明朝から訓練です。明後日の朝出発なので、時間通りに車両に集合してくださいね」
「はい」

 青藍が紙を受け取って、目を通した。鶸が起き上がってきた。

「ボクらの出番ある?」
「ないかもしれません。あるかもしれないですが、待機班ですからね」
「えー」
「えー、じゃないだろ」

 青藍が短く言った。鶸は唇を尖らせたがそれ以上は言わなかった。
 
「え、オリベー、ぼくまだ図鑑途中までしか見てない!」
「任務の期間ぶんの延長手続きしておきますね。青藍のもします?」
「そんなのあるの?」
「お願いします」
「鶸、図鑑は持っていけませんからね」
 
 鶸の「えっ!」という声を、くすくす笑いでいなして、織部は「荷物を準備しておいてくださいね」と言って、扉を閉めて出ていった。
 青藍が紙を机の端に置いた。鶸が青藍の後ろから覗き込む。

「後方三班?」
「広めに取ってるよな。東十、ナンバーが上がったばかりだろ」
「うん」

 深緋は紙の上の班名を目で追った。東棟第十班、東棟第二班、東棟第十一班、南棟第一班。順に書かれていた。遠征が長引きそうだなと思った。
 鶸がさらに紙を覗き込んだ。

「東二いるー」
「後方部隊という名の補欠だな」
「東十だけ実戦かー」

 鶸は紙の上の「東十」の文字を指でなぞった。爪の先で軽くこすった。

「ヒワ、汚すなよ」
「汚してないー」

 青藍が紙を引き上げた。鶸はちょっと不服そうにしたが、それきりだった。

 午後、装備の確認をした。任務に出ない側でも、出る準備はしておく。
 鶸は自分の鞄から中身を全部出して、床に並べた。それから、また同じ順番で詰めなおした。

「ヒワ、それ毎回意味あるのか」
「あるー」
「中身一緒だろ」
「並べると安心するー」
「その割にいつも忘れ物してるよな」

 青藍はもう自分の鞄を、手早く片付けていた。深緋は自分の鞄に水筒のボトルと着替えを入れた。
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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第06話:いつも通りの任務(上)

 昼食の食堂は、いつもより混んでいた。鶸は肉の煮込みの乗ったうどんを食べて、サラダの豆を全部青藍に押しつけた。

「お前ほんと食わないな」
「だってこれは豆だから」
「まるで理由になってないな」

 青藍が結局、豆を食べてやっている。
 鶸はそれを見て笑いながら、うどんをおかわりしようかときょろきょろしていた。
 深緋は肉は残してうどんだけを食べて終わりにした。青藍はそれに気づいたはずだが、何も言わなかった。

 午後は座学だった。
 教室の窓際の席で、鶸はノートを開いたまま、鉛筆の尻を噛んでいた。青藍は教科書を開いていた。深緋は黒板を見ていた。担当の煤竹すすたけが話す内容は、地誌の続きだった。以前青藍が借りていたものに近い範囲だった。鶸は一度顔を上げて、それからまたノートに落書きを始めた。
 座学が終わると、鶸はぐっと伸びをした。

「眠いー」
「寝るな」
「寝てないよ。寝そう、ってだけ」
「同じだろ」
「違うよー」

 鶸の声はゆっくりだ。

 廊下を歩く間も、鶸は半分眠そうにしていた。青藍が肩を貸すほどではない。歩く速度がいつもより気持ち遅かった。深緋はその後ろをのんびり歩いた。
 窓から斜めに、午後のとろとろした光が入っていた。鶸はその影を踏むようにして歩いて、途中で踏み外して、青藍に「ちゃんと歩け」と言われていた。
 部屋に入ると、鶸は真っ先にベッドに転がって、そのまま図鑑を引き寄せて開いた。

「ヒワ、靴」
「あー」
「脱げ」
「はあい」

 鶸は寝転がったまま器用に靴を脱いだ。片方は床に落ちて、もう片方はベッドの端に引っかかった。青藍が拾って揃えて置いた。いつの間にかテーブルで読めと言うのは諦めたらしい。
 青藍は自分の机に座って、本を開いた。地誌ではなくて、表紙が少し新しい本だった。

 深緋はポットのお湯を沸かして、マグカップを三つ出した。
 鶸は図鑑を眺めながら声をかける。

「ねえ、セイラン」
「ん」
「怖い?」
「なにがだ」
「じゃあ怖くない?」
「どういうことだ」
「えー」

 鶸は図鑑のページをめくった。獣の絵が、逆さまになって深緋の方から見えた。

「......そっかー」

 鶸はそれ以上は聞かなかった。図鑑に顔を近づけて、しばらく何かを見ていた。青藍は本のページを、しばらくめくっていなかった。指はメモ用の鉛筆を握ったまま動かない。
 深緋はティーバッグの上からまっすぐお湯を注ぐ。三つ目のマグカップに注ごうとして、ちらっと鶸を見る。
 鶸が、図鑑の上に頬を乗せた。

「ヒワ、寝るならちゃんと寝ろよ。あとそれは汚れる」
「寝てないー」
「目、瞑ってるじゃねえか」
「つぶってないー、半分だけだもん」
 
 鶸の声はしたものの、それきり鶸の声が止まった。
 図鑑のページが、鶸の頬の下で少し折れていた。青藍が立ち上がって、図鑑をそっと引き抜いた。鶸は短く何か言って、それきり、寝息になった。
 青藍は図鑑を閉じて机に置き、鶸の肩のあたりまで毛布を引き上げてやってから、椅子に戻った。本に視線を落としたが、すぐにはめくらなかった。

 三つ目のマグカップを、深緋はしまった。

「コキア」
「うん」
「飯、食えたか」
「食べたよ」
「ならいい」

 青藍は、本のページを今度はちゃんとめくり始めた。
 そっと青藍の机にお茶を置く。

 鶸の寝息が、規則正しく続いていた。机の上に、織部が前に持ってきた検査結果の紙の角が、ちらっと見えた。深緋はそれを見て、目を逸らした。お茶はちょっと苦かった。
 窓の外で、風が一度だけ鳴った。部屋の換気音が、静かに続いていた。

  *

 翌日の昼前、織部おりべが部屋に来た。
 深緋が机に向かっていて、青藍は机に向かって本を開いていた。鶸はベッドで寝転んだまま図鑑をめくっていた。

「合同任務が入りましたよ」

 織部は紙を一枚、机に置いた。

「東十班が出ます。皆さんは後方待機班です。期間はいつも通り。明朝から訓練です。明後日の朝出発なので、時間通りに車両に集合してくださいね」
「はい」

 青藍が紙を受け取って、目を通した。鶸が起き上がってきた。

「ボクらの出番ある?」
「ないかもしれません。あるかもしれないですが、待機班ですからね」
「えー」
「えー、じゃないだろ」

 青藍が短く言った。鶸は唇を尖らせたがそれ以上は言わなかった。
 
「え、オリベー、ぼくまだ図鑑途中までしか見てない!」
「任務の期間ぶんの延長手続きしておきますね。青藍のもします?」
「そんなのあるの?」
「お願いします」
「鶸、図鑑は持っていけませんからね」
 
 鶸の「えっ!」という声を、くすくす笑いでいなして、織部は「荷物を準備しておいてくださいね」と言って、扉を閉めて出ていった。
 青藍が紙を机の端に置いた。鶸が青藍の後ろから覗き込む。

「後方三班?」
「広めに取ってるよな。東十、ナンバーが上がったばかりだろ」
「うん」

 深緋は紙の上の班名を目で追った。東棟第十班、東棟第二班、東棟第十一班、南棟第一班。順に書かれていた。遠征が長引きそうだなと思った。
 鶸がさらに紙を覗き込んだ。

「東二いるー」
「後方部隊という名の補欠だな」
「東十だけ実戦かー」

 鶸は紙の上の「東十」の文字を指でなぞった。爪の先で軽くこすった。

「ヒワ、汚すなよ」
「汚してないー」

 青藍が紙を引き上げた。鶸はちょっと不服そうにしたが、それきりだった。

 午後、装備の確認をした。任務に出ない側でも、出る準備はしておく。
 鶸は自分の鞄から中身を全部出して、床に並べた。それから、また同じ順番で詰めなおした。

「ヒワ、それ毎回意味あるのか」
「あるー」
「中身一緒だろ」
「並べると安心するー」
「その割にいつも忘れ物してるよな」

 青藍はもう自分の鞄を、手早く片付けていた。深緋は自分の鞄に水筒のボトルと着替えを入れた。
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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