ホーム›ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る›第04話:南六班の三人目(下)
目次前の話 →

第04話:南六班の三人目(下)

 南棟からゾロゾロと昼食へ向かうときに、前方に南六班がいた。

 桔梗の隣に杏あんずがいて、何か喋っていた。杏は腕を大きく動かしながら、桔梗の肩のあたりをぽんぽん叩いていた。小さい桔梗は叩かれるたびによろけていて、明らかに勢いがオーバーだった。
 退紅あらぞめは少し後ろから、くるりとこちら振り返った。

「あ、南一だ〜!」
 杏が手を振った。桔梗が隣でびっくりして縮こまった。
「アンズ、声うるさい......」
「え、別にいいじゃ〜ん」

 桔梗は二人のやり取りを、驚いた顔で見ていた。それから、遠慮がちに微笑んだ。ゆっくり花が開くような笑みだった。
 青藍が南一班から少し外れて、杏のところまで歩いて行った。深緋と鶸はその場で顔を見合わせた。

「アンズ」
「ん?」

 青藍は少しだけ屈んで、杏の耳のあたりに顔を寄せた。

「あー......キキョウをよろしくな」
「まかせて!」

 杏の声は、でかかった。青藍が耳元でこっそり言った意味がなくなっていた。
 退紅が軽くこめかみを抑えている青藍を横目で見ながら、ゆっくり言った。

「アンズ、もうキキョウ大好きだもんねえ......」
「は!? べつにふつう!」
「普通じゃないよお......」
「うるさいって、アラゾメ」
「キキョウは、まだ全然定まってなくてかわいい」
「優秀ぅ〜!ヨシヨシ」

 青藍は苦笑しながら戻ってきた。桔梗が青藍の背中を見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、結局は何も言わなかった。
 南一班は、そのまま南六班の後ろに移動した。食堂へ入る曲がり角で、鶸が小さく言った。

「アンズもキキョウも、たのしそうだったねー」
「思ったより馴染めてそうだな」
「アンズは、やっぱりうるさかった」
「な」

 鶸はようやくいつものちょっと笑った顔に戻っている。
 深緋は何も言わなかった。

 食堂の列の方から、また杏の声が聞こえた。「アラゾメうるさい!」と言っていた。そのあとに、退紅の「ええー......」という気の抜けた声が続いた。桔梗の声は、聞こえなかった。杏は騒ぎすぎて、付き添いの灰桜に何か叱られているようだった。

  *

 昼食の帰りの付き添いは、織部だった。
 鶸はそのまま先に行った。青藍も、深緋に短く目配せをして、鶸の後を追った。深緋だけが、織部の方へ少し近づいた。織部は気づいて、足を止めた。

「コキア、どうしました」
「......」

 深緋は廊下の窓の方を一度見た。それからまた織部に向き直った。

「......ムラサキは?」

 織部は、すぐには答えなかった。
 答える前に、一度短く息を吸った。それから、いつもと同じ穏やかな声で、「配置転換になりましたよ」と言った。

「......そんな感じじゃなかったのに」
「ええ、そうですね」

 織部は廊下の窓の方を見た。深緋もつられて見た。窓の外には、低い植え込みと、その向こうに視界を遮るように植樹があった。向こうは、見えなかった。

「紫むらさきが悪いわけではありませんから」

 織部はそう言ってから、もう一度深緋の方を見た。

「ねえ、深緋?」
「うん、もういい」

 織部は少しじっと深緋を見つめて、また歩き出した。深緋は廊下でしばらく俯いていた。部屋に戻りたくない気持ちと、一人でいたくない気持ちのちょうど真ん中に立っていた。

 遠くで、杏の声がした。曲がり角の手前の方まで、声が届いていた。何を言っているのかはわからなかった。

 ようやく部屋に戻ると、鶸は床に図鑑を広げていた。青藍は自分の机で本を読んでいる。

「コキア、おそかったね」
「うん」

 鶸はそれ以上聞かず、また図鑑へ顔を落とした。

「ねー、セイラン、これ、顔へんじゃない?」
「どれ」
「これ」
「別に普通だろ」
「普通じゃないよ。目が三つある」
「そういう魔獣かなんかだろ」

 深緋は自分の椅子に座った。机の上に置いていた色鉛筆を一本ずつ揃えながら、二人の声を聞いていた。

  *

 夕方、織部がもう一度部屋に来た。
 今度は紙の束ではなく、小さな封筒を三つ持っていた。封筒には、それぞれの名前が書かれている。

「みんな、定期検診の結果ですよ」
「あ、はい」と青藍が答えた。

 深緋は机から顔を上げた。鶸は床に座ったまま、片手だけ伸ばして自分の封筒を受け取った。

「ヒワ、行儀悪いだろ」
「はあいごめんなさあい」
「謝ればいいってもんじゃない」

 鶸は反論せず、封筒をひらひら振っていた。

「いつもの通り、要面談がついていたら声をかけますね」

 鶸に苦笑を向けた織部はそう言って、青藍を少し見た。青藍がそれに気づいた。

「あ、はい」

 織部は青藍に少しだけ頷いて、扉を閉めて出ていった。鶸は自分の封筒の端っこを指でいじっていて、織部の視線には気づかなかった。
 青藍が封筒を手にしたまま、テーブルの方へ行った。

「見るか」
「えー」
「あとでだと面倒だろ」
「まあ、見るけど」

 鶸は床に置いていた図鑑を閉じて、封筒を持ったままテーブルに来た。深緋も椅子を引いて座った。
 三人で封筒を開けた。
 鶸は紙を出すなり、すぐに青藍の方へ寄せた。

「セイラン、これどこ見ればいいんだっけ?」
「何回やってるんだ、わかってるだろ」
「うんーめんどくさい」
「見てないだろ」と青藍は呆れた。

 青藍が鶸の紙を受け取って、ざっと目を通した。

「相変わらずだな」
「なにが?」
「やたら上がってるところと、やけに下がってるところがある。ばらばら」
「え、だめ?」
「総合の適性値はいい」
「じゃあいいじゃん」
「雑だな」

 青藍の言葉に鶸は少し得意そうな顔をして、今度は深緋の紙を覗き込んだ。

「コキアは?」
「いつも通り」

 深緋は紙をテーブルの真ん中に出した。
 青藍も横から見た。

「安定してるな」
「うん」
「コキアは毎回、全っ然変わらないねー」
「分化傾向もど真ん中だな」

 深緋は特に表情も変えずに、自分の紙を手元に戻した。下の方に小さな注釈があったが、いつもと同じだった。要面談の印もない。
 青藍は、自分の紙を二枚目までめくった。
 それから、少し止まった。

「セイラン? なんかあった」
「いや」
「変な顔してる」

 青藍は紙をもう一度見て、それから困ったように笑った。

「適性の数値が、ちょっと下がってきてるだけだから」
「え?」

 鶸が立ち上がった。椅子がギーッと嫌な音で鳴る。

「下がってるの?」
「ちょっとな」
「要面談?」
「ついてない」
「でも下がってる」
「まあな」

 鶸は青藍の手元の紙を取り上げて覗き込んだ。読めるのか読めないのかわからない顔で、しばらく数字を見ていた。
 深緋は、自分の紙を持ったまま、動けなくなった。
 鶸が、青藍を見上げた。

「......え? ずっと下がってきてるじゃん」

(了)
シェア
前の話 →
第04話:南六班の三人目(上)
最新話です
目次に戻る
ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る›第04話:南六班の三人目(下)
← 前の話目次

第04話:南六班の三人目(下)

 南棟からゾロゾロと昼食へ向かうときに、前方に南六班がいた。

 桔梗の隣に杏あんずがいて、何か喋っていた。杏は腕を大きく動かしながら、桔梗の肩のあたりをぽんぽん叩いていた。小さい桔梗は叩かれるたびによろけていて、明らかに勢いがオーバーだった。
 退紅あらぞめは少し後ろから、くるりとこちら振り返った。

「あ、南一だ〜!」
 杏が手を振った。桔梗が隣でびっくりして縮こまった。
「アンズ、声うるさい......」
「え、別にいいじゃ〜ん」

 桔梗は二人のやり取りを、驚いた顔で見ていた。それから、遠慮がちに微笑んだ。ゆっくり花が開くような笑みだった。
 青藍が南一班から少し外れて、杏のところまで歩いて行った。深緋と鶸はその場で顔を見合わせた。

「アンズ」
「ん?」

 青藍は少しだけ屈んで、杏の耳のあたりに顔を寄せた。

「あー......キキョウをよろしくな」
「まかせて!」

 杏の声は、でかかった。青藍が耳元でこっそり言った意味がなくなっていた。
 退紅が軽くこめかみを抑えている青藍を横目で見ながら、ゆっくり言った。

「アンズ、もうキキョウ大好きだもんねえ......」
「は!? べつにふつう!」
「普通じゃないよお......」
「うるさいって、アラゾメ」
「キキョウは、まだ全然定まってなくてかわいい」
「優秀ぅ〜!ヨシヨシ」

 青藍は苦笑しながら戻ってきた。桔梗が青藍の背中を見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、結局は何も言わなかった。
 南一班は、そのまま南六班の後ろに移動した。食堂へ入る曲がり角で、鶸が小さく言った。

「アンズもキキョウも、たのしそうだったねー」
「思ったより馴染めてそうだな」
「アンズは、やっぱりうるさかった」
「な」

 鶸はようやくいつものちょっと笑った顔に戻っている。
 深緋は何も言わなかった。

 食堂の列の方から、また杏の声が聞こえた。「アラゾメうるさい!」と言っていた。そのあとに、退紅の「ええー......」という気の抜けた声が続いた。桔梗の声は、聞こえなかった。杏は騒ぎすぎて、付き添いの灰桜に何か叱られているようだった。

  *

 昼食の帰りの付き添いは、織部だった。
 鶸はそのまま先に行った。青藍も、深緋に短く目配せをして、鶸の後を追った。深緋だけが、織部の方へ少し近づいた。織部は気づいて、足を止めた。

「コキア、どうしました」
「......」

 深緋は廊下の窓の方を一度見た。それからまた織部に向き直った。

「......ムラサキは?」

 織部は、すぐには答えなかった。
 答える前に、一度短く息を吸った。それから、いつもと同じ穏やかな声で、「配置転換になりましたよ」と言った。

「......そんな感じじゃなかったのに」
「ええ、そうですね」

 織部は廊下の窓の方を見た。深緋もつられて見た。窓の外には、低い植え込みと、その向こうに視界を遮るように植樹があった。向こうは、見えなかった。

「紫むらさきが悪いわけではありませんから」

 織部はそう言ってから、もう一度深緋の方を見た。

「ねえ、深緋?」
「うん、もういい」

 織部は少しじっと深緋を見つめて、また歩き出した。深緋は廊下でしばらく俯いていた。部屋に戻りたくない気持ちと、一人でいたくない気持ちのちょうど真ん中に立っていた。

 遠くで、杏の声がした。曲がり角の手前の方まで、声が届いていた。何を言っているのかはわからなかった。

 ようやく部屋に戻ると、鶸は床に図鑑を広げていた。青藍は自分の机で本を読んでいる。

「コキア、おそかったね」
「うん」

 鶸はそれ以上聞かず、また図鑑へ顔を落とした。

「ねー、セイラン、これ、顔へんじゃない?」
「どれ」
「これ」
「別に普通だろ」
「普通じゃないよ。目が三つある」
「そういう魔獣かなんかだろ」

 深緋は自分の椅子に座った。机の上に置いていた色鉛筆を一本ずつ揃えながら、二人の声を聞いていた。

  *

 夕方、織部がもう一度部屋に来た。
 今度は紙の束ではなく、小さな封筒を三つ持っていた。封筒には、それぞれの名前が書かれている。

「みんな、定期検診の結果ですよ」
「あ、はい」と青藍が答えた。

 深緋は机から顔を上げた。鶸は床に座ったまま、片手だけ伸ばして自分の封筒を受け取った。

「ヒワ、行儀悪いだろ」
「はあいごめんなさあい」
「謝ればいいってもんじゃない」

 鶸は反論せず、封筒をひらひら振っていた。

「いつもの通り、要面談がついていたら声をかけますね」

 鶸に苦笑を向けた織部はそう言って、青藍を少し見た。青藍がそれに気づいた。

「あ、はい」

 織部は青藍に少しだけ頷いて、扉を閉めて出ていった。鶸は自分の封筒の端っこを指でいじっていて、織部の視線には気づかなかった。
 青藍が封筒を手にしたまま、テーブルの方へ行った。

「見るか」
「えー」
「あとでだと面倒だろ」
「まあ、見るけど」

 鶸は床に置いていた図鑑を閉じて、封筒を持ったままテーブルに来た。深緋も椅子を引いて座った。
 三人で封筒を開けた。
 鶸は紙を出すなり、すぐに青藍の方へ寄せた。

「セイラン、これどこ見ればいいんだっけ?」
「何回やってるんだ、わかってるだろ」
「うんーめんどくさい」
「見てないだろ」と青藍は呆れた。

 青藍が鶸の紙を受け取って、ざっと目を通した。

「相変わらずだな」
「なにが?」
「やたら上がってるところと、やけに下がってるところがある。ばらばら」
「え、だめ?」
「総合の適性値はいい」
「じゃあいいじゃん」
「雑だな」

 青藍の言葉に鶸は少し得意そうな顔をして、今度は深緋の紙を覗き込んだ。

「コキアは?」
「いつも通り」

 深緋は紙をテーブルの真ん中に出した。
 青藍も横から見た。

「安定してるな」
「うん」
「コキアは毎回、全っ然変わらないねー」
「分化傾向もど真ん中だな」

 深緋は特に表情も変えずに、自分の紙を手元に戻した。下の方に小さな注釈があったが、いつもと同じだった。要面談の印もない。
 青藍は、自分の紙を二枚目までめくった。
 それから、少し止まった。

「セイラン? なんかあった」
「いや」
「変な顔してる」

 青藍は紙をもう一度見て、それから困ったように笑った。

「適性の数値が、ちょっと下がってきてるだけだから」
「え?」

 鶸が立ち上がった。椅子がギーッと嫌な音で鳴る。

「下がってるの?」
「ちょっとな」
「要面談?」
「ついてない」
「でも下がってる」
「まあな」

 鶸は青藍の手元の紙を取り上げて覗き込んだ。読めるのか読めないのかわからない顔で、しばらく数字を見ていた。
 深緋は、自分の紙を持ったまま、動けなくなった。
 鶸が、青藍を見上げた。

「......え? ずっと下がってきてるじゃん」

(了)
シェア
← 前の話
第04話:南六班の三人目(上)
最新話です
目次に戻る
ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません