あなたがぼくのすべて
――ぼくが中学の頃、受験勉強にことさらに熱が入っていたのは、両親のほうだった。
その熱量はすさまじく、スマホも、テレビも禁止された。
だからぼくにとっての希望は、祖父からもらったラジオだった。
毎日22時になると、イヤホンを両耳にはめて、ラジオを付ける。お馴染みの軽快な音楽のあとで聞こえてきたのは、ぼくにとってはすべての始まりになる人の声だった。
◇
ぼく――柊木南帆(ひいらぎなほ)は、母の言いつけで最寄りのデパートに無塩バターを買いに来ていた。
デパート内に併設された輸入雑貨店にしか置いていない。これだから田舎は嫌なのだと、都会育ちの母は未だに文句を言っている。
ぼくの居住地は県庁所在地ではないものの、県内では最も人口の多い街だ。近隣の市からも買い物客が多く訪れるそのデパートの中にはFMのラジオ局がある。
受験当時、ぼくが熱心に聞いていたラジオは、東京をキーステーションに、ローカルステーションにも放送されるものだった。だから、この放送局で流れているものではない。それなのに、ぼくはどうしても、もう一度でいいから、その人の声を聞きたかった。
――2年前、無事に志望校に合格したことを、ぼくは勇気を出してそのラジオのパーソナリティーに伝えたくて、メッセージを送った。そのメッセージを読み上げられた時、人間というものは、こんなにも人の声で、言葉で、胸を焦がすことができるのかというくらいに、息ができなかったのを覚えている。
そのときにラジオのパーソナリティーをしていたのは、「Klar(クラー)」という音楽ユニットのボーカルだった。
「Klar(クラー)」という語源通りに清涼で透き通った声を持った人で、滑舌がよく、すべての音がまるで光の粒のようにすうと耳に馴染むかのような、――。
ぼくの合格通知を涙声で喜んでくれた彼は、お祝いにと、このご時世にぼくが初めて自分で買ったCDに収録された曲を掛けてくれた。
彼にとっても思い入れの強い曲だと言っていたそれは、端正で粒ぞろいの音を奏でる、少し黄昏れたピアノの音で始まる。
ピアノの音と、彼と、彼の相方の声、みっつの楽器だけで作られたその曲は、とても美しい旋律を奏でるのに、どこか物悲しい歌詞だった。
そしてその曲が流れ終わったあと。ぼくは耳を疑った。