ミコト
翌朝。アラームの音で目が覚める。だが、アラームを止めようにも、金縛りにあったように身体が動かない......そうだ、身体、貸してるんだった。
〈おい、起きろよ〉
「......ううん」
〈起きろ、幽霊!〉
一生に一度も使わないだろう言葉を口にしてしまった。そういえば、こいつ名前あるのか?
俺の手が勝手に動き、アラームを止める。なんだか不気味な光景だ。と、母さんの怒鳴り声が響く。
「涼介、いい加減起きな!」
「はーい」
「......今日はやけに返事が早いわね、いつももっと寝ぼけてるじゃん」
「だってさ、お兄ちゃん」
〈お前の方が起きるの遅かっただろうが〉
「返事の問題だよ。さてと、産まれたらやってみたかった事一つ目!」
何か嫌な予感がする。
「母さん、おはよう」
「どうしたの?挨拶なんて珍しい」
「その、母さんに言いたいことがあって」
「何よ?」
「生きててくれてありがと! 行ってきます!」
そう言うと、呆然とする母を残して俺は朝食も摂らずに家を出た。
〈なんなんだよ、突然!? 母さんビックリしてたろ!〉
「お兄ちゃん知らないからそんな事言えるのよ。私が死んで、お母さん思い切り体調崩したのよ? それくらい私にも愛情かけてくれてたの。私が死んだのは妊娠初期だったのに、お兄ちゃんが産まれた時お兄ちゃんだけでなく私にも名前付けてくれたんだから。性別も分からなかっただろうにね。ホントは愛してるくらい言いたかったけど、さすがにね......」
〈そっか。何ていうか、その......良かったな。確かに、産まれたらまずしたい事かもな。ところで......〉
「ミコト」
〈え?〉
「私の名前。呼び方、困ってたんでしょ? 命って書いて、ミコト」
〈ミコトか......〉
母さんの愛情が詰まった名前には違いない。だが、同時に未練とか後悔も感じられて、何だか切なくなった。
「きっと、呼んでくれるのはお兄ちゃんだけだから、大切に呼んでよね。私の宝物なんだから」
〈分かったよ、ミコト〉
自転車は風を切って坂道を下っていく。高校は、まだ見えない。兄妹二人きりの時間が、少し続きそうだ。