実況
〈真夏の日差しに照らされて、今里少し苦しそうだ、キンキンに冷えたビールに手を伸ばしたいところだが哀しいかな彼は未成年、花の高校生であります。スポーツドリンクに口を......つけない。これは痩せ我慢と言うものであります、昨今の熱中症対策に真っ向から異を唱えんとするかのような挑発的な態度、これはよくありません〉
「別に痩せ我慢じゃねえし......」
〈あーっと、今里ついに口を開きました、手元の時計によりますと、実に一時間振りの発言であります、痩せ我慢ではないと言うように聞こえましたが、これは私への反論とも取れる内容です〉
いや、他に取りようが無いだろ、と俺は今度は心の中で毒づいた。信じられないことに、こんなやり取りが今朝からずっと続いている。
実況、なんだろうな、この声。よりによって頭の中に直接響いてくるのだ。思い当たるきっかけは何もない、頭を打ったりもしていない。誰かに相談しようにも、おかしいと思われたくなくて......いや、違うな。おかしいとハッキリ自覚させられるのが怖くて出来ない。いつまで続くのかすら分からない、まさに地獄だ。
〈手元の温度計によりますと、本日は31℃を記録しております、この状況で水分を取らないのを痩せ我慢と言わずして何と言う、今里これは苦しい言い訳だ!〉
俺が1時間無言だった理由はこれだ。何か喋ると物凄い勢いで反応が返ってくる。何よりこちらの声が向こうに筒抜けなのが怖い。逃げ場は無いのだろう。だから、間違っても手元に時計や温度計あんのかよ!とか、ツッコんではいけない。じっと耐えるしかない。
〈さあ、野球部の練習も大詰めであります。今里本日はまだ良いところがありません。最後はバシッと締めたいところ!〉
一年の球拾いに良いところも何もあるかよ、どうやって締めるんだよ! と、また心の中で毒づく。思えば今日は散々だった。よりによって期末テストがあったのだ。この実況が答えやヒントを提供してくれる筈もなく、かと言って試験中大人しくもしてくれなかった。もっとも、実況が無くてもどうせ成績はろくでもないのだが。
〈今里、肩で息をしております。手元の資料によりますと、今里が野球部に入部したのはモテたいから。モテるために野球部に入る、時代錯誤も甚だしい、かつ安直な発想です。特にマネージャーの野中先輩に惚れ込んでの入部とのこと。別の資料によりますと、野中先輩には彼氏がいることが入部初日に発覚した模様、これは痛い、選手生命にかかわらないと良いのですが〉
これだよ。この実況、なぜか絶対に俺しか知らない情報を知っている。そして、物凄く陰険だ。やられてみないと分からないだろうが、延々と実況され続けるというのは相当堪える。