七
ワイバーンを斬り伏せたミカエルシュナは、近付いてくる気配に顔を上げた。
この状況で接近してくるのは、よほどの馬鹿でない限り、戦える者だ。
──よかった。少なくとも、戦う術が無くなったわけじゃないのね。
辺境にて育ったミカエルシュナにとって、戦うための技術は守るために必要なものだった。
弱き民を守るため、育んでくれた大地を守るため、剣も魔法もそのためにあるのだと、父ゴロワントに教わってきた。
近付いてくるのは、守る側の人間だろうと、そう考えたのである。
しばらくして現れたのは、武装した三人の男だった。その中で、先頭に立つ男に視線が惹き付けられる。
片手に身の丈ほどの大剣を持ち、黒い服の上から白銀の鎧、深紅の外套をまとった、貴公子然とした男だった。黄金を紡いだかのような艶やかな金髪に、非常に整った甘い顔立ち。だが遠目からでも解るほど背は高く、鍛え抜かれた身体をしていることが予想できる。
そんな彼と、ふと目が合った。サファイアのように輝く、美しい蒼い瞳だった。
「戦える者とお見受けします!」
ミカエルシュナはとっさに声を張り上げた。
「どうか手を貸していただきたい!」
「⋯⋯承知した!」
一瞬の間を置いて、美丈夫が反応した。次いで、近付いてきたワイバーンを斬り飛ばす。ひと太刀で、ワイバーンの身体は真っ二つになった。
──強い。
思わず感心してしまうほど、その一撃は重かった。ミカエルシュナは驚きながらも、魔法でまとめてワイバーンを吹き飛ばす。
残るふたり──おそらくは騎士だろうふたりは、美丈夫の支援を始めた。その動きには無駄が無く、このふたりも相当な使い手であることが見て取れる。
それでも、ミカエルシュナと美丈夫には敵わない。
集まってきたワイバーンを屠りながら、ミカエルシュナは美丈夫を観察した。
美丈夫は大剣を軽々と振るっており、鎧も含めた相当の重量をものともしない。いっそはりぼてを装備しているのではと疑いたくなるぐらいだ。
だが動くたびにがしゃがしゃと鎧を鳴らす音が聞こえ、大剣が振るわれるたびに轟音と共にワイバーンが吹き飛ぶ。そんな様子を見て、重量が無いとは言い難い。
ミカエルシュナの魔法による広域攻撃もあって、気付けばワイバーンの群れはほとんど駆逐されていた。残ったワイバーンも、ミカエルシュナと美丈夫の攻撃に恐れをなして飛び去っていく。
辺りに残ったのは、毒霧の残滓と、瓦礫の山だった。
ミカエルシュナは周囲に敵影が無いことを確認し、息をついた。だがすぐさま、ワイバーンの群れが飛んできた方向を睨む。
「残りは⋯⋯」
「後は我が騎士達が片付ける」
ミカエルシュナの呟きを、美丈夫が拾い上げた。振り返ると、だらりと大剣を下げた彼が、こちらを見つめている。
その眼差しは、全く油断していなかった。
「まずは、戦ってくれたことに礼を言う。貴女のような腕の立つ者がこの場にいたことは、我らにとって幸運だろう。さぞ名のある魔術師とお見受けするが」
「⋯⋯そんなことはありません。ただの無位無官の者ですわ」
「無位無官⋯⋯?」
美丈夫は首を傾げたものの、それ以上追及することはしなかった。
「名乗るのが遅れたな。俺──いや、余は、ローディウム帝国皇帝、ユリウス・カルンシュタインだ」
「ローディウム⋯⋯カルンシュタイン⋯⋯」
どちらも聞き覚えの無いものだ。そもそも帝国と呼ばれる国は、ミカエルシュナの生きた時代には竜人の国である龍帝国ぐらいしかなかった。
──そういえば、かつての国はどれほど残っているのかしら。
アヴァロン王国は無くなったというが、その他の国など現在の情勢が気になった。だが、今はまだそこまでの余裕は無い。
それより、目の前の美丈夫──ユリウスに集中しなければならないだろう。
ミカエルシュナは胸の前で手をクロスさせ、軽く膝を折った。アヴァロン王国の正式な礼だ。千年後の現在に通じるかは解らないが、ミカエルシュナはこれ以外の正式な礼を知らなかった。
「ローディウム皇帝陛下にご挨拶申し上げます。わたくしはミカエルシュナ・ルフェ。とある事情で世情に疎く、陛下のことを存じ上げませんでした。失礼な態度を取ってしまい、申しわけございません」
「いや、よい。戦場では、一瞬の隙が命取りだ。ましてや、戦える者が戦わないのは怠慢である。どちらにせよ、肩を並べることになっただろう」
頭を下げるミカエルシュナに、ユリウスは首を振った。
「だが、貴女が何者かは訊きたいところだな」
「そう、ですね」
ミカエルシュナはどこまで説明したものか、と迷った。
何しろ、ミカエルシュナ自身も現在の自分を掴みきれていないのだ。フローディア女神によって千年封印されていた程度の把握しかできていない。
答えあぐねているミカエルシュナを見てどう思ったのだろうか。ユリウスはしばしミカエルシュナを見つめた後、背を向けた。
「ひとまず、付いてくるといい。腰を落ち着けて話す方がよさそうだからな」
「お心遣い、痛み入ります」
ミカエルシュナはほっとした後、自分の姿を思い出した。
ミカエルシュナの容姿は、非常に目立つ。加えて、彼女の戦装束は下手なドレスより華やかだ。こんな自分が現れれば、初対面の人間は面食らうのではないか。
だがそんなことを考えている間に、ユリウスは剣を収めると手を差し出した。
きょとんとして手とユリウスを見比べていると、ユリウスの方も戸惑ったようだった。
「⋯⋯エスコートは、経験が無いかな?」
「エスコート⋯⋯?」
ミカエルシュナはぱちぱちと瞬きした。
言葉の意味は解る。だがそれと、手を差し出されることが繋がらない。
──手を取れってこと? 初対面の相手に、剣士が?
ミカエルシュナの戸惑いを正しく受け取ったのだろう、ユリウスはその手を引っ込めた。
「すまない、貴女を普通のご令嬢のように扱ってしまった、許せ」
「はあ⋯⋯」
ミカエルシュナは曖昧に笑った。
ミカエルシュナは、元は貴族令嬢である。貴人が貴人に付き添うことに、違和感は無い。だが今の彼女は、本人の言う通り無位無官の者だ。皇帝と名乗る男の手を取るわけにはいかない。
──ああそうか。わたくし、今は貴族ですらないのだわ。
ふと、今更な気付きを得て、笑ってしまいそうになる。
またひとつ、自分を構成する要素が無くなってしまったことに、どうしようもない虚しさを覚えた。