直系血族又は三親等内の傍系血族との結婚はできません。結婚するには最低でもいとこである必要があります。
「おかえり!」
母が鍵を開け、扉を開いたその直後だった。僕が家に入るより先に中から1人が飛び出してきた。
従姉妹の咲良である。
僕が言葉を発するより先に抱き着かれる。男を味わうような以下略(2回目)。
咲良がハグに満足するのにも、また5分はかかった。叔母と姪で三親等は離れているはずなのに、こういうところは似ている。
あと、見た目もか。僕にはそんな似ているようには見えないんだけどね。
「ふぅー」
咲良は一息つく。ただ、母と違って僕を離すことはなく、右腕に絡みつく。こういうところは違う。同じでよかったのに。
「きてきて、パンケーキもう出来上がってるんだぁ」
「そうなんだ。楽しみ」
心にもない言葉を吐く。何が入っているのか少し怖い。
咲良に連れられて、家に入る。元々、ここは僕と母、葵叔母さんと咲良の4人で住んでいた。
父はいない。僕達は人工妊娠組で、父なんて会ったことないし、写真ですら見たことがない。ランダムに抽選された精子を使って僕達は生まれた。
靴を脱ぎ、リビングに向かう。咲良がくっついているから、少し動きづらい。引き離そうとすると母が怒るから、それもできない。
「じゃじゃーん、みてみて。よくできてるでしょ?」
テーブルに置かれた4つのパンケーキ。まだ、できたばかりなのか温かそうだった。パッと見た限り変なものは入ってなさそうだ。まだ油断できないけど。
「うん、よくできてる。おいしそう」
咲良は照れたように笑う。
「じゃあ、早く食べよ?」
「待ちなさい。光輝は帰ったばっかりでしょう。手洗いくらいさせなさい」
「ああ、そっか!コウくん、行こう」
母に止められ、咲良は少し落ち着く。絡みついた腕は解放され、今度は手を握られ、引っ張られる。
チラリと洗面所の扉を見る。前と変わらない外から開けられる仕様。
それだけ確認して、手を洗う。この時ばかりは咲良は僕から離れた。けれど、僕が洗面所から出ると、また嬉しそうにくっつく。
僕のパーソナルスペースなんてものはこの家にはない。常時、誰かしらくっついてくる。
「光輝くん、久しぶりね」
リビングに戻ると葵叔母さんが食事の用意をしていた。嬉しさと嫉妬が混じったようなそんな顔をしながら。
「うん。久しぶり」
僕が返事をしたと同時に、自分の娘から奪い取るように僕に抱き着く。こればっかりだ。
「ちょっとママ、コウくんは私のなんだからね」
今度は味わう時間もなく、制止の声がかかる。それでも、葵叔母さんは離れようとしない。
「いいじゃない、少しくらいは。咲良は光輝くんの一番で、結婚もできるのだから。このくらい我慢しなさい」
「離れて!」
ちょっとした親子喧嘩未満の言い争い。男のいる家庭では、まぁよくあることだ。取っ組み合いになっていないだけまだマシ。もう慣れた。
「はぁー」
今日は珍しく、叔母さんが早くに折れた。僕から離れる。
チュッ
ほっぺにキスを残して。
「ママ!」
見えないはずなのに、見えてきそうなほど、負のオーラが出ている。
「うるさい。そんな大きな声出さないで」
「うぅぅ」
解放されたばかりの僕を叔母さんから離すように抱き着き、そのままほっぺにキスをする。
叔母さんの痕跡を消すためか、執拗に何度も何度も。
「えへへ。これでキレイになったね」
口紅はしていない。内出血するほど強くもなかった。ただ、唾液でベチョベチョ。
今すぐ、顔を洗いたかったが、これを彼女はキレイと言う。
今度は叔母さんから負のオーラが吹き出る。だけど、咲良のように手は出してこない。嫉妬のこもった目で、見つめるだけ。それが、怖かった。
咲良は叔母さんに見せつけるように、腕を絡め、席に移動する。顔は洗えそうにない。
「コウくん、飲み物は何にする?リンゴとオレンジがあるけど、どっちがいい?」
「コーヒーはある?」
「え?コーヒー?あんなの苦くてマズイだけじゃん。ジュースの方が甘くておいしいよ?」
「⋯⋯じゃあ、オレンジジュースをもらおうかな」
コーヒーなんておいしくない、咲良は善意100%でそう言っているようであった。
橘なら用意するのに。そう思ってしまった。
しばらくして、母と叔母も席に座り、食事が始まる。朝食もまだだからか、おなかは空いている。けれど、不思議なくらい食欲はなかった。
パンケーキの見た目は美味しそうではあった。ハチミツは市販品、何かを混ぜることなどできないし、目の前ですべてのパンケーキにかけていたから大丈夫なはずだ。
「はい!コウくん、あーん♪」
そう言って咲良は自分のパンケーキを切り、僕の口元に運ぶ。食べるしかない。
味はよくわからなかった。ただ、甘ったるかった。ブラックのコーヒーでこの甘さを流し込みたかったけど、手元にはオレンジジュースしかない。
オレンジジュースを飲む。さっぱりしているはずなのに、余計に甘さが増した気がした。
「どう?おいしい?」
「うん。甘くておいしい。ありがとう」
「よかったぁ。じゃあ、コウくんあーんして」
目を閉じて、口を大きく空けて動きを止める。僕からのあーん待ちのようだ。やれと言われたらやるしかない。
視線を咲良から正面に戻す。前を向くと自然に、対面に座る母と叔母が視界に入ってしまう。
母は嬉しいような羨ましいようなそんな表情で、叔母は視線で人を殺せるようなそんな険しい表情で僕達を見ていた。
やりにくいな、そう思いながらパンケーキを大きめに切る。
「はい。あーん」
「あ~ん」
咲良の口が僕のフォークを飲み込む。すぐには口から抜けなかった。味わうようにゆっくりと舐め回す感覚がフォークから僕に伝わってくる。
「ん~~おいしい、おいしいよ!」
フォークが、口から離れる。いや、まだフォークが糸を引いて繋がっている。使っていなかった僕のフォークが唾液で汚れてしまった。
自分の意思とは関係なく、勝手に手が震えてしまう。大丈夫、僕以外はこのことを気づいていない。
使いたくないフォークを使いながら食事は進んでいく。咲良は終始、嬉しそうだった。
寮に早く戻りたいな。家に帰ったはずなのに、ずっとそのことばかり考えていた。