文化祭の招待券は生徒一人につき3枚付与されます。なお、それをめぐったトラブルが毎年多発しています。
「スゥー⋯⋯」
スマホから目をそらす。
橘とデートをした夜のことだ。今すぐにでも、ふて寝したい気分だったが、スマホのバイブ音に邪魔された。
届いていたのは一通のメール。
デートを終えたばかりだったので、橘かな?そう思って開いたメールがこれである。
『コウくんお元気ですか?
私は元気じゃないです。だって、コウくんに会えていないから!!!
2カ月ですよ!2カ月!焦らしプレイをするのはいいですが2カ月も家に帰ってこないのは、さすがにさみしいです。毎日、枕を濡らしています😭😭
早くコウくんに会いたいな♥️
ところで、もうすぐ文化祭ですね!
招待券ほしいなぁ🥺
できれば郵便で送るんじゃなくて、家まで帰ってきて渡してほしいなぁ|・ω・)チラッ
私だけじゃなくて、ママやお義母さんも会いたいって言ってるよ。明日暇?👀
私、ふわっふわのパンケーキを作れるようになったんだぁ。コウくんのために作るから一緒に食べよ♪
そういえば、一人暮らし大変じゃない?家事とか全部しないといけないんだよ?いつでも、家に帰ってきてもいいんだよ。むしろ、帰ってきて♥️
そうそう、わかってるとは思うけど一人暮らしだからって他の女とイチャつくの禁止だからね。まぁ、寮には連れ込めないし、コウくんのことだからないとは思ってるけど心配で😢
あ、今「一人なら大丈夫」って思ったでしょ!ダメだからね!そりゃあ、私一人だけっていうのは法律上無理だけど⋯⋯最悪、私の友達とか紹介すればいいし?
だから、あの頭でっかちだけは絶対やめてね。コウくんが優しいから、勘違いして付きまとってる女なんだからね?騙されないで!
そのあたりのことも確認するから絶対家に帰ってきてね!
あなたのかわいい花嫁より♥️』
僕の従姉妹からである。
花嫁はおろか彼女ですら認めた記憶はない。だけど、家族の中ではそういう共通認識なのだ。
招待券が欲しいのか。それとも、それを口実に僕を家に帰らせたいのか。まぁ、どっちもか。
既読無視をしてもよかったが、後が怖い。
『👍』
とリアクションだけ返してスマホを閉じる。どうして僕にだけこんな不幸なことが起こるのか。
僕はふて寝した。
――――――――――――――――――――――
朝日がさし、僕は目が覚める。
時刻は9時を過ぎている。まぁ、休日の朝なんてこんなものだろう。
スマホを見ると通知が100を超えている。もちろん、送り主は従姉妹である。サイレントモードにしておいてよかった。
最後の方なんて、1分と空けずに新しいメールが届いている。あ、また増えた。
「はぁー」
朝から憂鬱である。返信しないわけにもいかないのでアプリを開く。これまでの100件には目を通さず文字を打つ。
『おはよう』
と一言。それだけで返信が洪水のように押し寄せる。
『おはよう!』
『よかった😭寝てただけなんだね』
『全然返信こないから心配で😢』
『いつ家に着くの?』
『なんなら、迎えに行こっか?』
『ああでも、パンケーキ作らないといけないから迎えには行けないか』
『あ、お義母さん迎え行けるって😁』
『30分後には着くみたい!』
僕が返事をする間もなく全てが決まってしまった。
起きて30分で準備は無理だって。シャワー浴びたい。
でも、行かないわけにはいかない。だって、この前無視したら寮の前に1日中居座られたからね。あの時は怖かった。
『1時間は待って』
『ダメ♥️今すぐ会いたい♥️』
ダメらしい。
少しくらいは僕の都合を考えてほしいところだが、まぁ無理か。そんなことになったら季節はずれの雪でも降るんじゃないかな。
文句を言ってもしょうがない。10分程度シャワーを浴びて、準備を始める。招待券どこ置いたっけな。
去年の文化祭は招待券も渡さず、無視したからなぁ。そのせいもあるかも。
「コスプレが恥ずかしくて見せたくなかった」と言って、僕のコスプレ写真を何枚か渡したら、許してもらえたんだけどな。そうか、ダメだったのか。
今年もそれをするつもりだったのに。
『光輝、着いたから出てきて』
母から連絡が来ていた。
いつの間にか30分経っていたらしい。今から行けば、夕方には寮に戻って来られるだろう。何があっても泊まりだけは避けたい。
部屋を出て、寮も出る。寮には家族でさえも女性が近づくのを禁止され、警備員が見張っている。
だから僕の方から向かうしかない。寮の近くには1台の車が止まっていて、そこに足を進める。
久しぶりに見た母は思ったより元気そうだった、きちんとメイクもしてある。30分前、急に迎えを頼まれた人の姿にはとても思えない。
事前にしていたのだろう。僕が家に来るからとか、そんな感じの理由で。
「光輝、会いたかったわ」
ギュッ。体が包まれる。
久しぶりの挨拶はハグから始まった。男を味わうような、僕の体温を奪ってしまうような、そんな熱烈なハグだ。
時計をみていたわけではないがハグは最低でも5分は続いただろう。人目を気にすることもなく、母は僕を離そうとしない。耳元には、荒い息遣いだけが残った。
「ふぅー」
ようやく満足したのか、僕は解放される。だけど、獲物を狙う、肉食獣のような視線が粘り強く、僕にまとわりついている。
「乗って。帰るわよ」
車に乗る。窓も完全に閉め切られた密室状態。運転席と後部座席で距離は離れているけれど関係ないように思えた。
「まったく、咲良を悲しませたらダメじゃない。あの子はあなたのお嫁さんなのよ」
咲良は従姉妹の名前だ。車に乗ったからか、母が話し始める。どうやら説教のようだ。
「いやでも、電話やメールとか連絡はとってたから」
「言い訳しない!光輝はあの子を大切にしないといけないの!」
反論に意味なんてない。なぜなら、こうなってしまうから。
「ごめんなさい」
謝るしかない。僕が謝ると、母はまた話し始める。
「まったく、あの子の何が不満なのよ。私に似て、可愛いじゃない」
「⋯⋯」
それからは、咲良の魅力についての力説だった。どこが可愛い、あれが魅力的、そんな今までに何度も聞いた話だ。
僕は適当に相槌を打ち、車は着実に家に向かっていく。
早く終わればいいな、それだけだった。