男性と外食をする場合は個室をおすすめします。2人きりになれるからではありません。
時間というのは本当にあっという間に経ってしまう。思っていた以上にマネキンを見ていたようで、店に着いたのは予約時間ギリギリになってしまった。遅刻ではないものの、少し申し訳なかった。
店員に案内されたのは個室の部屋。個室で女性と2人っきり、何も起きないはずもなく⋯⋯まぁ、何も起きないし、起こさせないが。
勘違いしているかもしれないが、正直個室でよかったと思っている。じゃないと、女性の視線がウザいし、木陰カフェの時みたいなことになる。
だから、個室がありがたかった。
本当に橘は気が利く。男心を分かりすぎていて、少し怖いくらい。
「何を食べますか?おすすめはステーキらしいですよ。ここは私も初めて来るので食べたことはありませんが」
僕の対面に座り、僕が見やすいようにメニュー表をこちら側に開く。そう、こういうところとかね。
「じゃあ、それにしようかな」
「わかりました」
そのまま、店員を呼び注文をする。橘も同じメニューを頼むみたいだ。
昼食だからか給食の時のことが頭の中に浮かび上がる。いつも囲まれて食事をしているからか広くて違和感がある。左じゃなくて、正面に座ってる橘とかね。
「どうかしましたか?」
少し顔に出ていたらしい。
「いや、朝食の時もだけど新鮮だなって。橘が左側じゃなくて正面に座っているから」
給食の指定席で橘はいつも左側を選ぶ。右側や正面に座るのは、2人でのお出かけとかでしか見られない。だいぶレア。
「⋯⋯なるほど、そうでした」
橘が席を立つ。
いつもの場所へ行くために。
「私の席はここでしたね」
距離が縮まる。肩があたるかあたらないかのギリギリ、給食の時よりも近い気がする。
「別にさっきのままでよかったよ?」
「いえ、ここがいいんです」
「そっか」
しばらくして頼んだ料理が運ばれてくる。すでにカットされていて一応ナイフが付いているが使う必要がなさそうだ。配慮があっていいね。
「いただきましょうか」
橘の声がして、僕達は食べ始める。隣に気をつけながら丁寧に。腕が当たりそうで、少し食べづらい。それなのに橘が動く気配は全くない。なんならうれしそうに食べている。
「おいしいですね」
「そうだね」
結局、橘は食事が終わるまで僕の隣から離れなかった。少し食べづらかったけれど、離れてくれなんて言えるはずがない。
橘がここまで嬉しそうにしているところを、僕は今まで見たことがあっただろうか。
「そろそろ出ましょうか」
その言葉とともに僕は財布を出す。僕は自分の分は出すタイプの男子だ。女性に出してもらう男子も多いらしいけど、借りを作りたくないから、僕は基本的に自分の分を払う。
「財布はしまってください。私がだしますから」
「大丈夫、自分の分は払うよ」
「いえ、私が払いたいんです。文化祭のことで色々頑張ってくれましたから、ちょっとしたお礼です」
お礼、ね。今、思い出させないでほしかった。せっかく、文化祭のこと忘れられていたのに。
「投票の時はありがとうございました。私が問い詰めても、女子側が示し合わせた芝居にしか見えなかったでしょうから」
そう感謝されると、悪い気はしない。
「ありがと。でもさ、感謝するとこそこ?もっとない?執事服着てくれてとか、シチュエーションボイス録ってくれてとか」
「それを感謝してもうれしいですか?」
「うれしくない」
「でしょう?」
橘はクスクスと笑う。ここまで言うなら、今回くらいはお願いしてもいいか。
「じゃあ、会計はお願いしようかな。トイレとかに行ってきたほうがいい?」
「ご自由にどうぞ。その間に会計は済ませておきます」
「言ったら意味ないじゃん」
「私が払うと言っている時点で意味はありませんよ」
今度は、僕も笑う。
食事を橘に奢ってもらい、僕達は店を出る。
それから先は、まぁ予定通りだ。午前中のようなハプニングはなく、ウィンドウショッピングをしたり、スイーツを食べたり色々した。
そう過ごしていると、空が茜色に輝く。予定していた場所も午後の分はすべて回った。デートはもう終わりだ。
「今日はどうでしたか?」
橘が聞いてくる。帰りのために呼んだタクシーはまだ来ない。
「楽しかったよ」
そこにウソはなかった。
「それはよかったです」
安心したように息を吐く。緊張していたようには感じなかったが、内心不安だったのだろう。始めの方とか特に。
「また、デートとかしましょうね」
「そうだね。少なくとも1回は」
約束もあるしね、と小声でつぶやく。これがあと1回、ちょっとカロリー高いな。
「あ、そのことなんですが、この後時間ありますよね」
「え?まぁ、あるけど」
今日の予定はもう帰るだけである。ちょっと嫌な予感がする。
「私、考えたのですが、春野くんに何日もデートのお願いするのは申し訳ないと思いまして」
「たかが、2日だよ。大丈夫」
被せるように言葉を言う。この続きは聞きたくない。
「そして思いつきました。1日で済ましてしまえばいいのだと」
まるで僕の言葉が聞こえていないかのようだ。
「お泊りデートです。私の家で、今から」
「⋯⋯」
え?
確かに、デートとしか決めてなかったけど、これはラインを超えている。
「さすがに⋯それは」
「デートですよ。ルールの範囲内です」
「レギュレーション違反じゃないかな」
「私のルールブックには書いてありませんね」
「最新版には書いてあるんだよ」
「その項目は緊急アプデで削除されました」
「じゃあ、それBANで」
「BANピック制は採用していません」
ダメだ、勝てない。ゲーム知識は僕の方があるはずなのに。
「タクシーがもうすぐ着くようですよ」
呼んでいたタクシーが、こちらへ近づいてくる。
時間もない。
僕は恥も外聞も捨て、その場で頭を下げた。90度は曲がっていたと思う。猫背は許して。
「ごめんなさい。それだけは許してください」
どうしてこうなったのか。さっきまで、あんなにいい空気になっていたのに気がついたらこれだ。今日は楽しかったね、で終わりでいいじゃん。
「......仕方ありませんね」
なお、お泊まりの代わりにデートを5回追加された。最初からそれが狙いのような気がする。
どうしてこうなった。
チクショウガ