男性は最低2人の女性と結婚しなければならない。上限はありません。
学生証をかざして中に入る。
他の教室では、もう授業が始まっているというのに、そこは別世界のように静かで、本を読むページをめくる音だけが大きく響いていた。
ここは第三男子専用教室。
学校に10室ある女子禁制の男子生徒の憩いの場。
男子生徒が女性から離れられる安全な場として作られた、男子配属高校にはなくてはならない必須の場所になっている。
「あっ、君もサボり?」
本から顔を上げ、少女の姿をした男の子が言った。
「そっちこそ、まだ一限目だよ」
僕は言った。
「まだって、ボクが授業に参加している所見たことある?」
「ないね」
「でしょ」
目の前の彼はカラカラと笑った。
スラリと長い手足で、女性用の制服をわざわざ着ている。中性的というよりは女性的な見た目だからか、その姿はやけに似合っていた。
椅子を引き、彼の目の前に座る。
ここの椅子は他の教室と違って柔らかい。空調も職員室より効いている。もうすぐ夏だというのに、この教室はカケラもそれを感じさせなかった。
「だいたい、男は授業免除だからあんなつまんないの誰も行かないよ」
「それな。あーでも、斧田と御形は授業受けてるんだっけ」
「ボク達の代はその2人だけだね。他の学年にもチラホラいるようだけど」
「まじ?知らなかった」
「君らしいね。そういえば御形、最近彼女15人超えたんだって」
「えっ、ついこの間、10人超えたって話さなかったけ。もう15人?」
「そうそう。ボクらが彼女2人作るのに四苦八苦してるのに、世界は理不尽だよね」
心底面白そうに、嘘を吐く。
彼を知っている者なら誰でもわかる、そんな嘘を。
「お前、そんなこと思ってないだろ」
「バレた?まぁ、思ってたらこんな格好しないけど」
彼は自分が履いているスカートを触りながら、つぶやくように話し始めた。
「何度も言ってるけど、ボクが男だからって、寄ってくる女の子は嫌いなんだよ。男というレッテル抜きでボクを好きになってほしいんだよ」
「大変だね」
「君もでしょ。じゃなかったら今、彼女いないわけないじゃん」
「耳が痛い」
「ボクが言えたことじゃないけどさ、早く彼女見つけなよ。20歳になったら、強制的に結婚させられるからね」
「わかってる」
そう答えた。
けれど、頭の中では、まったく別の言葉が浮かんでいた。それをかき消すように言葉を紡ぐ。
「そっちこそ、早く彼女を探したら?僕よりモテるんだから、いくらでもいるでしょ」
「それ、禁句だから。わかってて言ってるでしょ。だいたいさ、女装しているボクよりモテないって何。いや、別に君の非モテをいじってるわけじゃないよ、平均よりはモテてると思うし。ボクが言いたいのは⋯⋯」
「はいはい、わかったから。僕が悪かったです」
「⋯⋯」
納得はしていない、そんな視線を僕に送ってくるがそれ以上僕に話しかけてはこなかった。
視線をテーブルに下げる。
図書館から借りてきたのだろうか、10冊程の本が重ねて置いてあった。
適当に上から3番目の本をとってタイトルを見る。
『転生したから逆ハーレムを作ります』
お前、こんなの読むのか。
そっと、視線を向ける。
「あっ、それ結構面白いよ。タイトルにまったくもって惹かれないけど、バイト先の人にしつこく勧められたから1巻だけ買ったんだよね」
当然こいつは、バイト先でも女装している。男は補助金だけで食べていけるし、バイト代も男の方がはるかに高い。それなのにこいつは女の子としてバイトしている。ただ、出会いのためだけに。
「バイト先の人?その人とはどういう関係?」
「あぁ、40代のおばさんだよ。客全然来ないからさ、いつも駄弁ってるんだよね。というか、この前バイト先おばさんしかいないって愚痴らなかったけ?」
「言ってたね。でもほら客って可能性も全然あるじゃん?」
「ないよ。客との会話ほぼゼロだよ」
「じゃあ、バイト先行こっか?男が一人いたら客も少しは増えるでしょ」
「やめてよ。君、バイト先ではボクの彼氏ってことになってんだから」
一瞬だけハテナが頭の中に浮かぶ。
でもそれは、少し前の会話を思い出すと同時に消えていった。
「え?いや、あーなんか言ってたね。確か、ナンパ野郎を振るのに僕とのツーショット見せたんだっけ」
「そうそう。男だからって誰だって振り向くわけないのにね。絶対、あいつ強制結婚相手に愛想つかされてるよ。中年で腹も出てたし」
当時のことを思い出したのか、顔をしかめている。よっぽど、その男にナンパされたことが嫌だったのだろう。
「でも、そう考えると御形ってすごいよね。彼女15人もいてギスギスしてないって」
「ねー。最低の2人でもギスギスすることはあるのにね。まぁでも、15人までいくと、結婚さえできればいいって子も混じってそうだけど」
「あいつ顔はいいからな、性格も女の子に対してはいいし」
「女の子だけで、腹黒オスライオンだからね御形」
「給食で目が合ったとき、ドヤ顔すんのだけはマジでやめてほしい。羨ましくないのに、苛つく」
「あ、そうなの?ボクは睨まれてばっかだからな」
「お前の方が女に囲まれてるからな」
「だからやめてって、あれ好きじゃないんだって」
「でも事実じゃん」
「事実だから、嫌なんだよ。それで言うなら、君だって囲まれてんじゃん。結構かわいい子とかもいたし」
「いやー、まぁ......、うん」
「なにさ、どもっちゃって」
「なんていうか、怖いんだよね。絶対に結婚してやるみたいな鬼気迫る感じが」
「あーわかるかも。やっぱり、彼女がいないとそういう人寄ってくるよね」
「だよね。よかった、わかってくれて」
「まぁね。御形だったら絶対理解できないよコレ」
「そうだね」
手に持っていた本を開く。
「結局、それ読むの?」
「うん、昼まで暇だし」
「そっか。それいい意味でタイトル詐欺だから期待していいよ」
それだけ言うと、彼は視線を元々読んでいた本に戻した。
「そうなんだ。楽しみ」
僕もまた本を読む。
静かに、ページをめくる音が部屋に響いた。