文化祭の入場方法は2つしかありません。在校生から招待券をもらうことか学校から入場券を購入することです。
ついにこの日が来てしまったか。
台本を持つ手が震える。
先にやった御形の話では彼女達の熱量がすごすぎて収録が10時間を超えたらしい。怖い。
「震えまくってるけど、大丈夫?」
「ダイジョバナイ、今すぐ帰りたい」
まだ、給食も終わっていない。時間はまだある。けれど、心の準備が終わる気がしない。
「帰れたら苦労はしないよ。シチュボ頑張って。ボクは絶対にしたくないけど」
「太郎もボイスとる?そっちはダンスだけで暇だよね」
コイツは体育館でダンスを少し踊るだけらしい。ふざけている。
「暇じゃないよー。振付とか覚えるの大変だし」
笑顔で拒否し、名前で呼ぶなとつけ足す。嘘を言っている顔だ。さすがにわかる。
「えー、やろうよ」
「絶対、嫌」
本音がでたな。振付が、とかは建前か。まぁ、建前とか関係なくあいつは逃げれて、僕は罠に捕まったという話だ。
「はぁー」
収録のことを考えると、ため息の一つでもつきたくなる。どうせ、逃げる幸せも残っていない。
「そんなため息吐くなよ。君のボイス買ってあげるから元気だしな」
「ハァッ?!買うな買うな買うな!」
ため息のために吐いていた言葉が驚きに変わった。
「えっ、どうして?」
「⋯⋯黒歴史を買われてうれしいわけないだろ」
「ボクは楽しいよ?」
「お前はな」
まったく。コイツは何を言っているんだ。僕がボイスを買われて喜ぶわけがない。まぁ、わかって言ってそうではあるけど。
「チェ。まぁ、いいよ。君がいない時に買うから」
「それは⋯⋯やめてね」
「却下」
それをされたら、僕にはどうすることもできない。なんなら、あいつは橘や他の男子の連絡先を持ってるから、そこ経由で買えるんだよな。止められる気がしない。
「⋯⋯わかった。せめて僕がいる時にして」
「おっ、公認のOKもらえた」
「不本意だけどね」
そう返したら、彼は何か思いついたように手を叩いた。どうせ、ろくなことではない。
「あっ、そうだ。試聴させてよ。どうせ買うからさ」
「試聴?」
「台本持って、朗読でいいよ」
ほら見たことか。あと、『でいいよ』じゃなくてせめて『がいいよ』にしろ。妥協してる感を出すな。
「いいよじゃない。しないよ」
「じゃあ、今お金払うからさ。早期購入特典につけて」
「文化祭に早期購入特典とかない」
「そこは個人の裁量ってやつで」
「駄目」
「ダメかー」
責めるような目で彼を見つめると、観念したのか肩をすくめて口を開く。
「いやぁ、そんな分厚い台本。何書いてあるのかなぁって思って」
なんだ、そんなことか。
「読む?」
「遠慮しとく。見たら吐き気とかしてきそうだし」
「吐き気?もっとすごいよ」
舐めるなよ。この台本はもはや呪物に近い。女子の癖という癖が詰まっている。
「吐き気よりすごいって何!?」
「⋯⋯なんだろうね」
自分で言ったことなのに答えがない。いや、わかりたくないのかもしれない。
「そっか。じゃあ、その吐き気以上のポイントを教えてよ」
「聞いちゃう?いいの?」
「いいよ。どうせ、買って聞くから」
そうか。聞きたいのか。御形ほどではないけど、僕も愚痴を言いたかったのだ。
「一番は、10分以上好きって言い続ける所かな」
「なにそれ?」
「好きって言ってから次に言うまでの間隔、どれくらいの温度感で言うのか、耳元で言うのか少し離れて言うのかの動き、それらが懇切丁寧に40ページにかけて書かれてる」
「40!?」
「他にも◯◯◯◯や✕✕✕✕をやらされる」
「うわぁ」
「ちなみに、まだ甘々の一種類だけ」
「閉じろ、その台本。もう、聞きたくない」
え、嫌。まだ、他の理不尽を語っていない。
「束縛と目覚ましもあるんだけどさ。そっちもそっちで――」
「無視すんな」
言葉とともに台本が奪われる。そのまま、僕のかわりに収録に行ってくれ。
「⋯⋯」
撮る時に目に入ったのだろう。何ページにもわたって余白もない文字の塊を。
彼はパラパラとページをめくる。内容を見るというよりは何かを探しているようであった。たぶん、余白か希望。なにこの二択。
「⋯⋯今度何か奢るね」
可哀想なもの見る目をしている。もっと同情しろ。無理難題要求するから。
「同情するならボイスくれ」
「そこまで、同情してない」
「してよ」
「求めすぎ、奢るのやめるよ?」
「冗談、冗談。⋯⋯チッ」
「今、舌打ちしたよね!?」
「気のせいじゃない?」
「気のせいにしたら許されると思うなよ」
ちょっとくらいいいじゃん。よし、3000円以上奢らせる。そう決めた。
「そういえば、個室で美味しそうな焼肉屋見つけたんだけど、行かない?」
「そんな高そうなもの奢らせるな。しても、単品一つだけね」
「ケチ」
「店選びが悪い」
「じゃあ、選んでよ」
「⋯⋯木陰とか」
「チェンジで」
あんなことがあって木陰カフェはない。まだ、そんな空いていないのに行ったら、ナンパされたがっているようじゃないか。
「あっ、もう給食の時間だ。行かなきゃ」
彼は誤魔化した。
「逃げるな」
「ちゃんと探しておくから。ね」
「しょうがないな」
そうして僕達は男子専用教室を出る。
――そして、給食が終わり数時間後。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
おわった。やっと終わった。5時間はかかった。
恥ずかしすぎて、途中から羞恥心感じなくなったよね。もうお婿に行けない。婿制度なんてとっくにないけど。
足取りが軽い。今なら空も飛べそう。
人生で一番長い5時間だった。
「春野くん、お疲れ様です」
「本当にね。君がいなかったら、もっと早く終わったからね」
橘に水を差される。頭からかぶったから、もう飛べないね。残念。
「私がしなかったら、誰が春野くんのシチュエーションボイスを監修するのですか?」
「誰かしらしたんじゃない?」
「するとは思いますよ。私ほどの出来栄えにはならないでしょうが」
そのこだわりの性で何度やり直されたことか。思い出したくもない。
「ところで春野くん。文化祭の準備、大変でしたよね」
「そうだね。酷すぎるくらいにね」
「そういう頑張った人にはご褒美が必要だと思いませんか?」
「思わない」
どうせろくでもないことがご褒美なのだろう。タダより怖いものはない。特に女子からもらう物にはね。
「デートです。約束しましたよね」
⋯⋯なるほどね。忘れてくれても良かったのに。
「君にとってのご褒美だね。僕ではなく」
「春野くんにとってもご褒美になると思いますよ?」
「その言い方だと認めたね」
「事実ですので」
悪びれもせず、淡々と。断ることは⋯⋯できない。買収条件で、確認もされたし、それで反故にするのはさすがにかっこ悪すぎる。
「はぁ、わかったよ。あとで連絡ちょうだい」
「はい。わかりました」
橘はすぐにスマホを取り出し、何かをいじる。
「今、送りました」
その言葉から少し遅れて僕のスマホが鳴る。
「早くない?」
「準備は大切ですので」
スマホを立ち上げ、橘の連絡を見る。
「なっが」
思わず声が出てしまう。長すぎて、レシートみたいになっている。え、コレ、一日で?
「そういうことですので。お願いしますね、春野くん?」
ここで『はい』って答える以外の言葉を僕は持っていなかった。
ボイスが終わってコレである。今日という日を呪いたくなった。