第二話 白桃とライチのパフェ
夏休みにはまだ日がある、シーズンオフの桃ノ木海水浴場。がらんとした駐車場に車を停めた。
車を降りて振り向くと、すぐそこに「SHIROMON CAFE」はある。見上げると、二階の窓辺のカウンター席の客の顔が丸見えだ。
昔は海水浴客向けの宿泊施設か何かだったのだろう。濃い灰色の瓦葺きに白いモルタル壁の、いかにも昭和の二階建ての長屋風の建物。一階の正面の壁はほとんどウィンドウとしてリノベーションされている。出入口のガラスの引き戸の傍らに設置されたロゴ入りのスタンド看板と幟がなかったら、きっとカフェには見えない。
白地に黒の筆文字で「SHIROMON CAFE」と描かれた新しい看板。
オープンしてまだ三ヵ月目。
店内に入るとすぐ左手に注文カウンターとレジがあり、三十代ぐらいの女性店主が「いらっしゃいませ。」と満面の笑みで彼とわたしを迎えてくれた。栗色にカラーリングした、ソフトウルフスタイルのショートカットが良く似合っている。生成りのエプロンも。笑うと三日月形になる目が好印象だった。
莉愛もわたしもアイスカフェラテと季節のパフェのセットを注文する。
――莉愛。パッと見で彼を「彼」と見抜ける人は少ないと思う。
淡いピンクにカラーリングしたストレートのロングヘア。つけまつ毛バサバサの大きなくりんとした目。桜色のルージュ。髪の色に合わせた、淡いピンクの透け感のあるリボンタイのブラウスに、黒いフレアのミニスカート。黒エナメルのバレエシューズ。スカートから伸びた形のいい細い脚には、すね毛一本ない。
わたし以上に女子力が高く、わたし以上に可愛らしい、身長百七十五センチの男性がわたしの隣にいる。
高身長の女性だって、今は珍しくない。
でも声や喉ぼとけはどうしても男性のものだから、どのみち女装男子であることはバレてしまう。しかしそれで忌避されたり嫌な顔をされたりしたことは、わたしといる時に限って言えば、ない。このカフェの女店主に至っては、最初の来店時に、莉愛がオーダーする声で男性だと分かった瞬間、
「まあー。失礼ですけど、素敵なお嬢さんだと思ってました! とても素敵! SNSでは女装男子って見かけるけど、リアルでは初めて! ああ、『素敵』しか出ない! 」
はしゃぐようにウキウキと、そう言ってくれたのだった。
オーダーを済ませたわたしと莉愛は、店の二階に上がる。
座敷にテーブル席があるが、わたしたちは座らない。
道路から顔が丸見えになるカウンター席は、端にOLらしい女性が一人、奥に年配の夫婦らしい男女がいた。ほぼ真ん中の二席に、わたしと莉愛は座る。
窓の向こうに砂色の浜辺と青い海、霞んだ水平線が見える。
たまに航行する白い小さな船は、漁船なのか何なのか分からない。
右手には背の高いヤシの木が数本植わり、小高い丘の上に観光ホテルの灰色がかったオレンジ色の建物があった。
わたしと莉愛は遠くの町から日帰りドライブで来た。
ここでパフェを食べる為に。
「いつ来てもいいよね、ここ」
「晴れてるから余計にね」
わたしの言葉に莉愛が低い声で答え、そして二人とも押し黙る。
やがて誰かが階段をトントン上がってきた。二人分のパフェとアイスカフェラテを運んできた女店主だ。
わたしと莉愛の前に、パフェの長いグラスと、アイスカフェラテのタンブラーが置かれる。更に女店主は、パフェの各層を説明したプリントを置いた。
一番上にくし形に切った白桃と、皮に切り目を入れて乳白色の果肉を見せたライチ。リーフ型に焼いて斜めに挿し込まれたプレッツェル。
その下には生クリーム。
その下には地元の牧場で絞られたミルクで作ったアイスクリーム。
その下には、紅茶のジュレ......
「キレイで可愛くて、美味しいって良いよね」
莉愛が呟いた。
「うん。すごく良い」
そう、莉愛もわたしもキレイで可愛いものが大好きだ。そこに更に付加価値があれば何も言うことはない。
わたしと莉愛が最初に会ったのは、高校の時だ。学校は違ったけれど、友だちの友だち繋がりでカラオケに行った時に知り合った。もう十年も前だ。
当時から女装男子だった。
深紅のタートルネックのセーターに、ベージュを基調にしたタータンチェックのボックススカートと言ういで立ちだった。タイツは深緑色で、黒のロングブーツを履いていた。
髪はボブヘアで、内巻きにしていた。
「実はこれウィッグ。本当の頭は丸坊主だよ。その方がウィッグかぶりやすいから」
そう言って莉愛は、ウィッグを取って青く刈り上げた頭を見せてくれたのだ。
そして女装は休日の時しかしないことも話してくれた。彼の友人たちもそれは知っていて、休日に会う時の彼の姿を楽しみにしていた。
わたしは最初、莉愛は性自認に関する悩みを抱えてる人なのかと思っていたけれども。
そうではなく、ただキレイで可愛いものが好きだから女装しているだけなのだった。莉愛と言う名前も、可愛いから名乗っているだけなのだ。
そしてわたしも、キレイで可愛い莉愛を友人として好きになった。女装を実行する勇気も含めて。
恋人関係になることはない。
わたしも莉愛も、恋愛には何の興味もない。
わたしも莉愛も、今まで恋人として付き合った相手は一人もいない。
恋することに感心がなくとも、構わないじゃないかと思う。かつてのわたしのように、何か深い理由があるのかと思う人もいるだろうけれど、理由なんか何もない。ただ誰とも、恋に落ちたいと思わなかっただけ。
――ちなみに、今の莉愛の髪は地毛だ。美容師だから、常にこのヘアスタイルでも問題はなかった。女装も今は、休日とか関係なく楽しんでいる。
そしてわたしも、莉愛と過ごす今この時を楽しんでいる。
そこには深い意味も、理由も、必要なかった。