第21話 もう一つの側面から見えるもの
族長はロゼンに言った。
「キミの服を用意してある」
ロゼンは族長が着ているものを見つめる。
「あんたと同じものを着るのか?」
族長は首を縦に振った。
「子どもたちに、外の世界に興味を持たれては困るからね」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
「あんたは魔王ネクロヴァルと盟約を交わしたと言ったな。本当に実在するのか?」
「300年前の話だから、今はわからないよ」
ロゼンは怪訝な顔をした。
「わからない?」
族長は少し間を空けてから答えた。
「彼は何というか......人の形をしていなかった。それに、今も生きているのかわからない」
ロゼンは言い返した。
「魔王ネクロヴァルは生きている。浄光教は魔王ネクロヴァルの存在を隠していた」
族長は静かにその事実を受け入れた。
「なるほど。彼も不老不死だったのか」
「あんたは歴史の真実を知ったと言った。それは、俺と関係のある話か?」
族長は足を止め、振り向いた。
「不死と不老の魔法――いや、僕たちにとっては呪いだね。この二つの呪いを編み出したのは、魔王ネクロヴァルだ」
次の瞬間、ロゼンは族長の胸倉を掴んだ。
二人の額が血で滲んだが、すぐに傷が癒えた。
ロゼンは口の端を釣り上げた。
「不老不死になっても痛みはあるんだな」
そのまま族長を岩肌に押し当てた。
「居場所を教えろ!」
族長はロゼンから目を逸らそうとしなかった。
「ロゼン、彼に会っても、何も解決しないよ」
ロゼンは力を込めて問い詰める。
「なぜそう言い切れる!」
族長はロゼンに冷たい眼差しを向けた。
「キミは不死になった原因が、彼にあると考えている。だが、彼がどうやって、僕やキミを不死にしたと言うんだい? そんなことをする目的がわからないよ」
ロゼンは言い返すことができず、歯を噛み締めた。
族長はロゼンに言った。
「わかったら、その手を退けてくれないか」
「くそっ!」
ロゼンは族長から手を離した。
族長は喉元を押さえながら言った。
「それに、僕は魔法についてあまり理解していない。当時、彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかったよ」
一拍置いて、続けた。
「ヴェラの民も一枚岩じゃなくてね。一部の者はロゼンに強い反感を持っている。話し合った結果、ロゼンには試練を受けてもらいたい」
ロゼンは族長を睨みつけた。
族長は構わず続けた。
「断っても構わない。ただし、記憶を消すことになるがね。キミには選ぶ権利がある」
ロゼンは舌打ちをした。
「何をすればいい」
族長は頷いた。
「ヴェラの民は、試練の洞に入り、ヌシを殺して牙を持ち帰る。そうすることで、ヴェラの戦士として認められる」
ロゼンの目を見つめた。
「ただし、一点だけ注意してほしい。声が聞こえても、耳を貸してはいけない」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
「声って何だよ?」
「家族の声だよ。試練の洞に入ったヴェラの民は声に耳を傾けている間に、ヌシに殺されてしまう。最も、キミには意味がないので教えたまでだよ」
族長は足を止めた。
足元には、ロゼンに用意された服が置いてあった。
「これが、キミの服だよ」
ロゼンは服を持ち上げ、情けない表情をした。
「他にないのか?」
「ない。先ほども言ったが、外の世界に興味を持たれては困るからね」
ロゼンは息を吐いた。
族長は服の説明を始めた。
「黒い毛皮は、神の使いだけが身に着けることを許されている。ヴェラの民には、黒は死の象徴と説明している。それを着ることで、キミのことを一目で理解する」
口元を緩めて、説明を続けた。
「ヴェラの民は、男は腰蓑だけで生活している。だから、恥ずかしがる必要はない」
ロゼンは族長の頭に目をやった。
「この骨は、族長の証しだ。キミの分はないよ」
ロゼンは肩を竦めた。
「邪魔になるからいらない」
血で汚れた服を脱ぎ捨てた。
「肌着と靴も脱いでくれるかな」
ロゼンは黙って従った。
獣皮を粗く裁った腰蓑は、膝上の高さまであった。
黒い毛皮を肩に羽織る。
肌がチクチクする不快感があった。
「キミの服と靴は、皆が寝静まった頃、僕がこっそり回収しておくよ」
ロゼンは脱ぎ捨てた服に視線を向けた。
「手帳が入っている。それだけは無くさないでくれ」
族長は首を縦に振った。
「わかった。これからキミの持ち物と少女の遺品を保管している場所へ案内する」
族長の後にロゼンは続いた。
出口が近づき、風に乗って草木の臭いが漂ってきた。
外に出ると、崖下に集落があった。
ロゼンは見下ろした。
継ぎ接ぎにした獣布の天幕が建ち並んでいた。
褐色肌の子供たちが笑い声を上げながら走り回っている。
男どもは生け捕りにした獣を肩に担ぎ、女は果実や野草を運んでいた。
全員が活き活きとしている。
族長は口を開いた。
「これが、ヴェラの民の生活だよ」
ロゼンは横目で族長を見た。
「他に集落はないのか?」
「これですべてだよ」
ロゼンは姿勢を正した。
族長が歩き出し、後を続いた。
ロゼンは族長に話しかけた。
「300年前に集落を作ったにしては、規模が小さいな」
「掟で人口が溢れないようにしている。僕を除いて、ヴェラの民の平均寿命は30歳前後だよ」
「誰も文句を言わないのか」
「劣悪な環境だから病で亡くなることが多い。それに、ヴェラの民にとって、死は特別な意味を持つ」
ロゼンは目を細めた。
「特別な意味?」
「生き返った者は、神の使いとして生まれ変わると信じている。だから、ヴェラの民は死を恐れない」
ロゼンは鼻で笑った。
「都合のいい話だな」
「僕という不老不死がいるからね。最も、ヴェラの民は何も知らない」
ロゼンは顎にそっと手を当てた。
「これまで、不死になった者はいたのか?」
族長は首を横に振った。
「いや、キミが初めてだよ。だから、ヴェラの民は困惑している」
ロゼンは族長の背中に質問を投げかけた。
「一つ尋ねるが、悪魔を見たことはあるか?」
しばしの沈黙。
「悪魔......? それは、不死と関係があるのか」
ロゼンは頷いた。
「ああ。肉が朽ちて骨だけになった後、何かに取り憑かれたように暴れる。悪魔は切断しても粉砕してもすぐに回復する、と聞いた」
「記憶にない。もし悪魔を見ていれば忘れないだろうからね」
ロゼンは少し俯き、ぶつぶつと呟いた。
「ヴェラの民は悪魔化現象になったことがない。俺も族長も外の世界で生活していた。俺とマーニは双子だった。にも関わらず、俺だけが悪魔化現象に墜ちていた」
右腕を掻いた。
「この呪いは産まれた瞬間になるものではない。俺は、何か見落としているのか......?」
こういう時、あいつなら何かに気づいたかもしれない、とソルは内心でため息をついた。
「判断材料が足りないな」
崖を下り、族長はひと際大きな家の前で足を止めた。
出入口の前には、ヴェラの戦士の少女が立っていた。
ロゼンはその顔に見覚えがあった。
歯を噛み締め、拳を握り締めた。
少女は道を空け、片膝をつき、顔を伏せた。
「Kozuchal,nilen ental ze nalcen.
(族長、誰も中に入れておりません)」
「Yalen.zenomal ze tiralen naitcone,Kailen.
(これから、彼には試練に挑んでもらいます。カイレン、見張りを続けてください)」
「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」
族長は振り向き、ロゼンの表情を見て、眉尻を下げた。
「そう睨まないでください。彼女は掟に従いました」
それでも、ロゼンは睨みつけるのをやめなかった。
「......わかっている」
「入ってください」
ロゼンは垂れた布を払い退け、中に入った。
ふたりの荷物が置かれていた。
折り畳まれたマーニの旅装束に触れた。
「マーニ、ただいま」
返事は返ってこなかった。
族長は静かに息を吐いた。
「しばらく席を外します。剣と盾以外は、まだそのままにしてください」
それだけ言い残し、その場を後にした。
ロゼンはマーニの旅装束を強く抱きしめた。
目から涙を流し、声を押し殺して泣いた。
ひと頻り泣いた後、ソルは言った。
「マーニ、行ってくる」
剣を腰に下げ、外に出た。
族長はカイレンと会話していた。
ロゼンの気配に気づき、会話を中断した。
「案内してくれ」
「盾はよろしいんですか?」
ロゼンは息を吐いた。
「ああ。もう必要なくなった」
「案内します」
族長が歩き出し、ロゼンは後に続いた。
ヴェラの民は、族長の気配に気づき、慌てて道を空け、片膝をついて顔を伏せた。
ロゼンを一瞥し、動揺が広がった。
族長はロゼンに声をかけた。
「試練は、集落の外れにある試練の洞で行います。出入口は岩で塞いでいます」
淡々とした口調で続けた。
「見張りを二名立たせるので、ヌシを殺し、牙を回収したらすぐに引き返してください。そして、出口の前で声を上げてください。見張りには、それが合図と伝えてあります。彼らが岩を動かして出口を空けるので出てください」
ロゼンは族長に質問を投げかけた。
「閉じ込めているのに、ヌシは生きているのか?」
族長は笑いながら答えた。
「生命力が桁外れに強いんです。初めて洞に足を踏み入れた時、僕の足に噛み付いたのが原因です」
ロゼンは剣の位置を調整した。
「ヌシは不老不死なのか?」
しばしの沈黙。
「長命ですが、それはないと思います」
試練の洞の出入口は岩で塞がれていた。
地面には岩を引きずって動かした跡が残っていた。
見張り二人が片膝をつき、頭を垂れた。
族長は二人に命じた。
「Raven Nishel,zenomal ze tiralen naitcone.nilen ze roken ental ze nalcen.
(これよりヴェラの戦士の試練を行う。中から合図があるまで、決して岩を動かすな)」
「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」
見張り二人が立ち上がり、横から岩を押すと、少しずつ動き出した。
隙間から異臭が漂ってくる。
動物の排泄物と死骸の腐敗臭だった。
ロゼンは顔を歪めた。
込み上げる吐き気を抑え込み、すぐに口呼吸に変えて中に入った。
背後で岩が動き、洞内は光を失った。
剣を抜き、耳だけを頼りに暗闇の中を突き進んだ。
奥へ進むと、怪しげな光を放つ赤い眼が左右にゆらゆらと動いていた。
ロゼンは詠唱を始めた。
「氷結よ、空間すべてを凍てつかせ、支配せよ」
洞内にどこからともなく冷風が吹いた。
やがて、それは霙となり、洞内で吹き荒れた。
ロゼンは目を細めて敵の正体を視認した。
巨大な蛇だった。
のたうち回る蛇は凍り付き、最後に鳴き声を上げた。
「こいつがヌシか」
ロゼンはヌシに近づき、剣で抉るように牙の根元を突き刺し、抜け落ちた牙を回収した。
踵を返し、引き返そうとして――
足を止めた。
目の前に、赤い髪の少女が立っていた。
ロゼンに青い瞳を向けた。
「ソル......だよね?」
ロゼンは顔を伏せた。
「どうして、何も言ってくれないの?」
ロゼンは剣を強く握り締めた。
そして、剣を振り上げた。
「――あいつの顔で、あいつの声で、俺に話しかけるな!」
だが、剣を振り下ろすことができなかった。
少女は怒るでもなく、怯えるでもなく、ただ柔らかく微笑んだ。
「ソル、私ね。ひとりでずっと寂しかったの」
ロゼンの手から剣が滑り落ちる。
少女の目を見つめ、声を振り絞った。
「マーニ、ごめん。ずっと悩んでいたのを、俺は気づいてやれなかった」
マーニは腰の後ろで手を組んだ。
「本当だよ。私の気持ちも知らないで、どうせ魔女の日だから機嫌が悪いとか考えていたんでしょう」
ロゼンは笑って誤魔化した。
「マーニは、ここで何をしているんだ?」
マーニは頬を膨らませた。
「それは私が知りたいよ。気づけば、ここにいたんだよ。ここには誰もいないし、出口も見当たらないんだよ」
ロゼンは少し俯いた。
「俺はマーニが死んで埋葬されたと聞いた」
顔を上げ、マーニを見つめた。
「マーニも不死だったんだな」
マーニは右の頬に手を当てた。
「道理で餓死しないわけだね」
ロゼンは笑って言った。
「だが、ここの料理は不味い。俺は無理やり食べさせられて吐いたからな」
ふふっ、とマーニは笑った。
「それで、別人のように外見が変わったんだね」
ロゼンは首を横に振った。
「これは、不老の魔法でこうなった。今の俺は不老不死なんだ」
マーニはロゼンの元に近寄った。
「不老の魔法......?」
ロゼンは頷いた。
「ああ。死なないのに、死ぬほどきつかったんだぜ」
マーニが腰を下ろし、地面をポンポンと叩いた。
ロゼンはマーニの隣に腰を下ろした。
それから、ふたりは話に花を咲かせた――