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第二十二話 あいつの顔をした、優しい幻

 ――ロゼンが族長と会った日に遡る。

 カイレンは牢がある洞窟の前で見張りをしていた。
 その時、洞窟内から怒鳴り声が聞こえた。

 族長から持ち場を離れないよう、強く命じられていたが、彼の身を案じて中に足を踏み入れる。
 遠目から牢の様子が見え、カイレンは自分の目を疑った。

 ロゼンは目を血走らせ、族長を一方的に殴りつけている。
 彼は無抵抗だった。

 何を言い争っているのか、カイレンには理解できなかった。

「――僕は失礼します」

 族長が牢から出てきて、カイレンは慌てて引き返す。

 族長が殴られている光景が、何度も脳裏に蘇った。
 そのたびに、ロゼンに対して強い憤りを覚えた。

「Kozuchal,nilen ze tiralen estal.
(恥ずかしいところを見られてしまったな)」

 カイレンは道を空け、片膝をついて顔を伏せた。

「Kozuchal,ze Juugial estal.nilen ze Kailen tiralen,ze Kailen nalteal ze Juugial limben.zenomal ze Juugial nalteal ze Juugial.
(族長、奴は害獣です。命じてくだされば、このカイレンが四肢を切り落としてご覧にいれます。そうすれば、害獣も自分の立場を理解します)」

 族長は穏やかな口調で言った。

「Kailen,zenomal ze Raven Maiten.
(カイレン、集落を見てみろ)」

 カイレンは立ち上がり、崖下を見渡す。

 族長はカイレンに尋ねた。

「Kailen,ze Raven Maiten estal vat ze Kailen?
(カイレンにとって、ヴェラの民はどういう存在だ?)」

 カイレンは口元を緩めた。

「nilen ze blooten,ze Raven Maiten estal familien.
(たとえ血の繋がりがなくても家族です)」

 族長は柔らかく微笑んだ。

「Yalen,ze Raven Maiten estal familien.ze nalteal ze tiralen estal ze familien nalteal.
(そうだ。ヴェラの民は家族だ。掟を作ったのも、すべては家族を守るためだ)」

 目を静かに伏せた。

「ze nalteal ze,ze Kailen familien muerto.
(その掟によって、彼の家族を殺してしまった)」

 カイレンは族長に言い返す。

「zenomal ze Kozuchal nilen ze tiralen estal.Kailen nalteal ze tiralen.
(それなら族長が殴られるのはおかしい。カイレンが命じました)」

 族長は首を横に振った。

「ze Kozuchal nalteal ze familien tiralen estal ze nalteal.zenomal ze Kailen nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(僕は家族を失うつらさを一番理解している。だからこそ、彼が抱えている苦痛を引き受けることしかできなかった)」

 右手のひらを見つめた。

「ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal.zenomal ze Kozuchal nalteal ze tiralen.ze tiralen estal ze nalteal.
(彼は不老不死になる道を選んだ。これからは僕が彼を支える。時間なら、いくらでもある)」

 族長はカイレンに命じた。

「Raven Nishel nalteal ze tiralen.ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(ヴェラの戦士を集めろ。彼の処遇を話し合う)」

「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」

 *

 ――ロゼンが試練の洞に入って三日が経過した。

 試練の洞の前では、族長と四人のヴェラの戦士が話し合っていた。
 最も体格の大きな男が頭を抱えながら口にした。

「ze Kailen tiralen ze,ze messengeral von gott nalteal ze Raven Maiten estal.
(俺が疑ったから、神の使いはヴェラの民を見捨てたのではないか)」

 族長は試練の洞を見据えた。

「ze Kozuchal nalteal ze tiralen.
(僕が様子を見てくる)」

 カイレンが族長の前に回り込み、片膝をつく。

「Kozuchal,ze Kailen nalteal ze tiralen.
(族長、このカイレンに行かせてください)」

 族長は息を吐いた。

「Yalen.
(わかった)」

 カイレンは立ち上がり、自分の剣を見つめる。

「ze Nushial estal ze tiralen.ze Kailen nalteal ze tiralen.
(ヌシは手強い。剣を交換してくる)」

 カイレンは踵を返し、走った。
 族長の家の前で足を止め、誰も見ていないことを確認してから中に入る。

 ――僕は家族を失うつらさを一番理解しています。だからこそ、彼が抱えている苦痛を引き受けることしかできなかった。

 カイレンは族長の言葉を思い出し、自分の剣とマーニの剣を交換した。
 そして、急いで試練の洞へ引き返す。

 見張りが岩を押すと、隙間から冷気が漏れた。
 族長は眉をひそめた。

「Kailen,nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(カイレン、くれぐれも注意しろ)」

 カイレンは頷き、中に入った。

 洞内はひんやりとしていた。
 目を凝らし、匂いを嗅ぎ分け、耳を澄ましながら慎重に奥へ向かう。

 カイレンは足を止め、目の前のものを見上げた。

 ヌシが凍り付いている。
 その傍で、ロゼンとマーニが会話していた。

 カイレンはロゼンに近寄り、腰の剣を外して目の前にそっと置く。
 ロゼンはマーニの剣を見つめた。

 カイレンは片膝をつき、片言で話した。

「カイレン、イッタ。ゾクチョウ......イッテナイ。カイレン、ウゴカナイ」

 カイレンは顔を伏せた。

 マーニが甲高い笑い声を上げた。

「ソル、この女よ! 殺しましょう!」

 ロゼンはマーニの剣を握り締め、立ち上がった。
 息を吐き、マーニの目をまっすぐ見つめる。

「もういいんだ。お前が幻覚だってことも理解している」

 マーニは小首を傾げた。

「ソル......?」

 ロゼンは額の右側を人差し指で掻いた。

「マーニは悪魔化現象について知っていたが、不死のことは知らなかった。お前は、俺の心の弱さが生み出した幻覚だ」

 俯き、剣を握り直す。

「あいつはもういない。そんなことはわかっている。だけど、お前と話していると、つい懐かしい気持ちになってしまった」

 顔を上げ、微笑んだ。

「俺のわがままに付き合わせて悪かったな。次は、俺があいつのわがままに付き合う番だ。夢を追いかけるから、お前は連れていけない」

 幻覚は微笑みを浮かべ、その姿が次第に薄くなる。

「うん。ソルならできるよ」

 幻覚の気配が消えた。

 ロゼンはカイレンに目を向けた。

「あんたは、俺の言葉がわかるのか?」

「スコシ、ワカル」

「いつまでそうしているつもりだ。俺は戻るぞ」

 ロゼンは出口へ向かった。

 一人残されたカイレンは、ヌシを見つめる。

「ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal,nilen ze tiralen estal.......
(こんな力を隠し持っていたのに、使わなかったのか......)」

 カイレンはロゼンの後を追った。

 ロゼンが試練の洞から出てくると、族長とヴェラの戦士たちが笑った。

 しかし、ロゼンの手に握られた剣を一瞥し、すぐに笑みが消える。

 ロゼンは族長にヌシの牙を手渡して尋ねた。

「これでいいのか?」

 族長は息を吸い、牙を高らかに掲げて叫んだ。

「Naitcone,ze bravalen Raven Nishel estal nalteal.ze Raven Maiten nalteal ze Raven Nishel.ze nalen estal,Losen!
(今日、勇敢なヴェラの戦士が誕生した。ヴェラの民は、この者をヴェラの戦士と認める。その名は、ロゼン!)」

 カイレンが試練の洞から出てきて、獣のように雄叫びを上げた。
 族長とヴェラの戦士たちは目を見開く。

 すぐにヴェラの戦士たちも雄叫びを上げた。

 族長はロゼンに声をかけた。

「反対の者はいません。キミはヴェラの民に受け入れられました」

 ヴェラの戦士たちが再び雄叫びを上げた。

「宴まで時間があります。少し休息を取りましょう。キミも疲れたでしょう」

 族長がロゼンに耳打ちをした。

「僕が魔王ネクロヴァルと出会った日のことを話します」

 ロゼンは頷いた。

 族長は姿勢を正す。

「行きましょうか」

 族長の後にロゼンは続いた。

「キミがカイレンの剣を持っているのを見て、肝を冷やしました」

 ロゼンは剣に目を向けた。

「この剣はマーニのものだ。仇を討っても意味がないことくらいは理解している」

 ふっ、と族長は笑った。

「声に耳を傾けた者は、思い入れの強い人物の幻覚を見ます」

 ロゼンは頷いた。

「マーニの姿をしていた。あいつが知らない言葉を使っても、それに反応していた。だから、俺が欲しい言葉をくれた」

 再び剣に目を向ける。

「この剣を見た時、俺は足を止めていることに気づいた。ほんの少しのつもりだったが、つい甘えてしまった」

 剣を持ち直した。

「俺の心が弱かったせいで、あいつの口から言わせてしまった」

 族長は首を横に振った。

「僕はそうは思いません」

 ロゼンは族長の背中を見つめる。

「中で何があったのか知りませんが、キミはカイレンを殺さなかった」

 穏やかな口調で続けた。

「不老不死は肉体の成長が止まります。ですが、その内面は変化します。キミは正しい方向へ進みました。それは、誰もができることではありません」

「一つ聞いてもいいか」

「はい」

「『ヴェラ』には、どういう意味が込められているんだ」

 族長の声がわずかに揺れた。

「妻の名です。僕が不死になっても拒絶せず、生涯支えてくれた女性でした。僕は自分の名を忘れてしまいました。ですが、彼女の名だけは忘れたくありませんでした」

 族長が家に入り、ロゼンも後に続いた。
 二人は腰を下ろす。

「それでは、本題に入りましょう」

 族長は咳払いを一つ。

「彼と出会ったのは北部平原です。詳しい場所までは覚えていません。北部平原には侵入できないよう壁が築かれていますが、当時は壊れている箇所もあったのです。僕たち一家はそこから中へ入り、歩いていました。すると、突然目の前に廃墟が現れたのです」

「廃墟......?」

 族長は目を細めた。

「キミも聞いたことがありませんか。エレメンティアという国の名を」

 ロゼンは目を見開いた。

「滅んだんじゃないのか」

 族長は首を横に振った。

「ですが、彼は口にしました。エレメンティアの名を。そこには彼以外、誰もいませんでした。エレメンティアが滅んだというのは間違いないでしょう」

 族長は顔を近づけた。

「僕たち一家が彼と別れた日のことです。彼の道具で空を飛びました。僕は上空から別れを惜しむようにエレメンティアを見下ろしたのですが――」

 一拍置いて、続けた。

「そこには、何もありませんでした」

 族長は姿勢を正した。

「僕は用事があるので失礼します。キミが彼に会って何をするのか知りませんが、彼は悪人ではありません。それだけは保証します」

 立ち上がり、ロゼンに言った。

「宴の準備ができるまで、しばし時間がかかります。時間になったら起こしますので、眠ってください。目の下に隈ができていますよ」

 族長はその場を後にした。
 ロゼンは腰の剣を外し、大の字で寝転んだ。
 マーニの剣を握り締める。

 お前は復讐なんて望んでいないよな――ロゼンはマーニのことを考え、眠りについた。
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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―作者:虚空小白
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第二十二話 あいつの顔をした、優しい幻

 ――ロゼンが族長と会った日に遡る。

 カイレンは牢がある洞窟の前で見張りをしていた。
 その時、洞窟内から怒鳴り声が聞こえた。

 族長から持ち場を離れないよう、強く命じられていたが、彼の身を案じて中に足を踏み入れる。
 遠目から牢の様子が見え、カイレンは自分の目を疑った。

 ロゼンは目を血走らせ、族長を一方的に殴りつけている。
 彼は無抵抗だった。

 何を言い争っているのか、カイレンには理解できなかった。

「――僕は失礼します」

 族長が牢から出てきて、カイレンは慌てて引き返す。

 族長が殴られている光景が、何度も脳裏に蘇った。
 そのたびに、ロゼンに対して強い憤りを覚えた。

「Kozuchal,nilen ze tiralen estal.
(恥ずかしいところを見られてしまったな)」

 カイレンは道を空け、片膝をついて顔を伏せた。

「Kozuchal,ze Juugial estal.nilen ze Kailen tiralen,ze Kailen nalteal ze Juugial limben.zenomal ze Juugial nalteal ze Juugial.
(族長、奴は害獣です。命じてくだされば、このカイレンが四肢を切り落としてご覧にいれます。そうすれば、害獣も自分の立場を理解します)」

 族長は穏やかな口調で言った。

「Kailen,zenomal ze Raven Maiten.
(カイレン、集落を見てみろ)」

 カイレンは立ち上がり、崖下を見渡す。

 族長はカイレンに尋ねた。

「Kailen,ze Raven Maiten estal vat ze Kailen?
(カイレンにとって、ヴェラの民はどういう存在だ?)」

 カイレンは口元を緩めた。

「nilen ze blooten,ze Raven Maiten estal familien.
(たとえ血の繋がりがなくても家族です)」

 族長は柔らかく微笑んだ。

「Yalen,ze Raven Maiten estal familien.ze nalteal ze tiralen estal ze familien nalteal.
(そうだ。ヴェラの民は家族だ。掟を作ったのも、すべては家族を守るためだ)」

 目を静かに伏せた。

「ze nalteal ze,ze Kailen familien muerto.
(その掟によって、彼の家族を殺してしまった)」

 カイレンは族長に言い返す。

「zenomal ze Kozuchal nilen ze tiralen estal.Kailen nalteal ze tiralen.
(それなら族長が殴られるのはおかしい。カイレンが命じました)」

 族長は首を横に振った。

「ze Kozuchal nalteal ze familien tiralen estal ze nalteal.zenomal ze Kailen nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(僕は家族を失うつらさを一番理解している。だからこそ、彼が抱えている苦痛を引き受けることしかできなかった)」

 右手のひらを見つめた。

「ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal.zenomal ze Kozuchal nalteal ze tiralen.ze tiralen estal ze nalteal.
(彼は不老不死になる道を選んだ。これからは僕が彼を支える。時間なら、いくらでもある)」

 族長はカイレンに命じた。

「Raven Nishel nalteal ze tiralen.ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(ヴェラの戦士を集めろ。彼の処遇を話し合う)」

「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」

 *

 ――ロゼンが試練の洞に入って三日が経過した。

 試練の洞の前では、族長と四人のヴェラの戦士が話し合っていた。
 最も体格の大きな男が頭を抱えながら口にした。

「ze Kailen tiralen ze,ze messengeral von gott nalteal ze Raven Maiten estal.
(俺が疑ったから、神の使いはヴェラの民を見捨てたのではないか)」

 族長は試練の洞を見据えた。

「ze Kozuchal nalteal ze tiralen.
(僕が様子を見てくる)」

 カイレンが族長の前に回り込み、片膝をつく。

「Kozuchal,ze Kailen nalteal ze tiralen.
(族長、このカイレンに行かせてください)」

 族長は息を吐いた。

「Yalen.
(わかった)」

 カイレンは立ち上がり、自分の剣を見つめる。

「ze Nushial estal ze tiralen.ze Kailen nalteal ze tiralen.
(ヌシは手強い。剣を交換してくる)」

 カイレンは踵を返し、走った。
 族長の家の前で足を止め、誰も見ていないことを確認してから中に入る。

 ――僕は家族を失うつらさを一番理解しています。だからこそ、彼が抱えている苦痛を引き受けることしかできなかった。

 カイレンは族長の言葉を思い出し、自分の剣とマーニの剣を交換した。
 そして、急いで試練の洞へ引き返す。

 見張りが岩を押すと、隙間から冷気が漏れた。
 族長は眉をひそめた。

「Kailen,nalteal ze tiralen estal ze nalteal.
(カイレン、くれぐれも注意しろ)」

 カイレンは頷き、中に入った。

 洞内はひんやりとしていた。
 目を凝らし、匂いを嗅ぎ分け、耳を澄ましながら慎重に奥へ向かう。

 カイレンは足を止め、目の前のものを見上げた。

 ヌシが凍り付いている。
 その傍で、ロゼンとマーニが会話していた。

 カイレンはロゼンに近寄り、腰の剣を外して目の前にそっと置く。
 ロゼンはマーニの剣を見つめた。

 カイレンは片膝をつき、片言で話した。

「カイレン、イッタ。ゾクチョウ......イッテナイ。カイレン、ウゴカナイ」

 カイレンは顔を伏せた。

 マーニが甲高い笑い声を上げた。

「ソル、この女よ! 殺しましょう!」

 ロゼンはマーニの剣を握り締め、立ち上がった。
 息を吐き、マーニの目をまっすぐ見つめる。

「もういいんだ。お前が幻覚だってことも理解している」

 マーニは小首を傾げた。

「ソル......?」

 ロゼンは額の右側を人差し指で掻いた。

「マーニは悪魔化現象について知っていたが、不死のことは知らなかった。お前は、俺の心の弱さが生み出した幻覚だ」

 俯き、剣を握り直す。

「あいつはもういない。そんなことはわかっている。だけど、お前と話していると、つい懐かしい気持ちになってしまった」

 顔を上げ、微笑んだ。

「俺のわがままに付き合わせて悪かったな。次は、俺があいつのわがままに付き合う番だ。夢を追いかけるから、お前は連れていけない」

 幻覚は微笑みを浮かべ、その姿が次第に薄くなる。

「うん。ソルならできるよ」

 幻覚の気配が消えた。

 ロゼンはカイレンに目を向けた。

「あんたは、俺の言葉がわかるのか?」

「スコシ、ワカル」

「いつまでそうしているつもりだ。俺は戻るぞ」

 ロゼンは出口へ向かった。

 一人残されたカイレンは、ヌシを見つめる。

「ze nalteal ze tiralen estal ze nalteal,nilen ze tiralen estal.......
(こんな力を隠し持っていたのに、使わなかったのか......)」

 カイレンはロゼンの後を追った。

 ロゼンが試練の洞から出てくると、族長とヴェラの戦士たちが笑った。

 しかし、ロゼンの手に握られた剣を一瞥し、すぐに笑みが消える。

 ロゼンは族長にヌシの牙を手渡して尋ねた。

「これでいいのか?」

 族長は息を吸い、牙を高らかに掲げて叫んだ。

「Naitcone,ze bravalen Raven Nishel estal nalteal.ze Raven Maiten nalteal ze Raven Nishel.ze nalen estal,Losen!
(今日、勇敢なヴェラの戦士が誕生した。ヴェラの民は、この者をヴェラの戦士と認める。その名は、ロゼン!)」

 カイレンが試練の洞から出てきて、獣のように雄叫びを上げた。
 族長とヴェラの戦士たちは目を見開く。

 すぐにヴェラの戦士たちも雄叫びを上げた。

 族長はロゼンに声をかけた。

「反対の者はいません。キミはヴェラの民に受け入れられました」

 ヴェラの戦士たちが再び雄叫びを上げた。

「宴まで時間があります。少し休息を取りましょう。キミも疲れたでしょう」

 族長がロゼンに耳打ちをした。

「僕が魔王ネクロヴァルと出会った日のことを話します」

 ロゼンは頷いた。

 族長は姿勢を正す。

「行きましょうか」

 族長の後にロゼンは続いた。

「キミがカイレンの剣を持っているのを見て、肝を冷やしました」

 ロゼンは剣に目を向けた。

「この剣はマーニのものだ。仇を討っても意味がないことくらいは理解している」

 ふっ、と族長は笑った。

「声に耳を傾けた者は、思い入れの強い人物の幻覚を見ます」

 ロゼンは頷いた。

「マーニの姿をしていた。あいつが知らない言葉を使っても、それに反応していた。だから、俺が欲しい言葉をくれた」

 再び剣に目を向ける。

「この剣を見た時、俺は足を止めていることに気づいた。ほんの少しのつもりだったが、つい甘えてしまった」

 剣を持ち直した。

「俺の心が弱かったせいで、あいつの口から言わせてしまった」

 族長は首を横に振った。

「僕はそうは思いません」

 ロゼンは族長の背中を見つめる。

「中で何があったのか知りませんが、キミはカイレンを殺さなかった」

 穏やかな口調で続けた。

「不老不死は肉体の成長が止まります。ですが、その内面は変化します。キミは正しい方向へ進みました。それは、誰もができることではありません」

「一つ聞いてもいいか」

「はい」

「『ヴェラ』には、どういう意味が込められているんだ」

 族長の声がわずかに揺れた。

「妻の名です。僕が不死になっても拒絶せず、生涯支えてくれた女性でした。僕は自分の名を忘れてしまいました。ですが、彼女の名だけは忘れたくありませんでした」

 族長が家に入り、ロゼンも後に続いた。
 二人は腰を下ろす。

「それでは、本題に入りましょう」

 族長は咳払いを一つ。

「彼と出会ったのは北部平原です。詳しい場所までは覚えていません。北部平原には侵入できないよう壁が築かれていますが、当時は壊れている箇所もあったのです。僕たち一家はそこから中へ入り、歩いていました。すると、突然目の前に廃墟が現れたのです」

「廃墟......?」

 族長は目を細めた。

「キミも聞いたことがありませんか。エレメンティアという国の名を」

 ロゼンは目を見開いた。

「滅んだんじゃないのか」

 族長は首を横に振った。

「ですが、彼は口にしました。エレメンティアの名を。そこには彼以外、誰もいませんでした。エレメンティアが滅んだというのは間違いないでしょう」

 族長は顔を近づけた。

「僕たち一家が彼と別れた日のことです。彼の道具で空を飛びました。僕は上空から別れを惜しむようにエレメンティアを見下ろしたのですが――」

 一拍置いて、続けた。

「そこには、何もありませんでした」

 族長は姿勢を正した。

「僕は用事があるので失礼します。キミが彼に会って何をするのか知りませんが、彼は悪人ではありません。それだけは保証します」

 立ち上がり、ロゼンに言った。

「宴の準備ができるまで、しばし時間がかかります。時間になったら起こしますので、眠ってください。目の下に隈ができていますよ」

 族長はその場を後にした。
 ロゼンは腰の剣を外し、大の字で寝転んだ。
 マーニの剣を握り締める。

 お前は復讐なんて望んでいないよな――ロゼンはマーニのことを考え、眠りについた。
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