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04_これぞ異世界ファンタジー!

 翌日も朝から昼間まで歩き、昼間から夕方にかけて行商人としてのビジネス。今日は通りかかった冒険者風の人を捕まえて、体力回復ポーションをいくつかお買い上げいただいた。これで銀貨五枚分の売上になった。
 
 そして日の入りの少し前、ようやく人工物らしい建物や農場が見え始めた。

 更に歩を進めると、大きな城門を構えた要塞都市ようさいとしに辿り着いた。パンプスはもうヘナヘナのシナシナで、半ば足を引きずりながらビョルンさんの後を追いかけた。

「これが......この世界の街なんですね」

 私は大きな壁を見上げながら言った。

「落ち着きのない行動をするな。無駄むだな警戒を招く」

「わかりました」

 街をちゃんと見られないのは残念だけれど、仕方がない。マントのフードを深く被って、黙ってビョルンさんのあとをついていった。

「通行証を」

 いかつい鎧よろいを身にまとった門番が、私たちを見下ろして冷たく言い放つ。それだけで背中に緊張の汗が浮かんだが、ビョルンさんはただ黙って木札を門番に見せた。

「商人ギルドの者か」

「そうだ」

「後ろの女は同行者か?」

 ギクリ、と肩が跳ねる。ここで万が一ビョルンさんが『ただ後ろを着いてきているだけの人間』だなんて宣のたまったら、私は元の世界に戻るどころかこの城塞じょうさいの地下牢で一生を終えてしまうだろう。
 お願いだから、同行者だと言って!

「......そうだ」

 願いが通じたのか、それともあまりに私が悲痛な顔をしていたせいなのかは分からないが、ビョルンさんは低い声で肯定してくれた。門番は少し訝いぶかしげに首を傾けたが、私たちの後にも並んでいる旅人たちの列を見て諦めたように顎あごをしゃくった。

「問題を起こすなよ」

「ありがとうございます。お勤つとめ、ご苦労さまです」

「あぁ、民を守るのが我々兵士の仕事だ。あんたも夜道は気をつけな」

「はい、ご助言に感謝いたします」

 なるべく礼儀正しく頭を下げると、門番は気を良くしたのか、人なつこい笑顔を向けてくれた。やはりどの世界でも、労ねぎらいや感謝の言葉は相手の心を解してくれる最大の便利ツールであるらしい。

 跳ね橋を抜けると、そこに広がっていたのは圧倒的な熱量と喧騒けんそうに溢れた中央市場だった。しかしその市場をじっくり観察する前に、耳元で。

「ニャアン」

 猫が主人に媚こびるような、甘ったるい声を吹き込まれた。

「ひゃあ!?」

「こんにちは、とってもかわいいお姉さん。お姉さんは旅のお方?」

 市場に入った途端とたんに、するりと腕を掴まれた。ビックリして隣を見ると、艶あでやかな黒い毛並みと琥珀色こはくいろの瞳を持つ、占い師風の猫の獣人が妖艶ようえんに微笑んでいる。

「えぇと、えっと」

 こういう時、ミサンガなんかを巻かれてお金を請求されるのだろうと身構えた。観光地の常套手段じょうとうしゅだんだ。
 ふわり、ともふもふの毛が頬ほおに押し付けられる。

「はぅ......!」
 
 モフモフの手がフードの中に入り、もちもちの肉球が頬に触れる。いや、かわいい、肉球は反則。

 猫の女性は私の顔を覗のぞき込むように両手で触れ、琥珀色の瞳が真っ直ぐに射抜いた。

「不思議なお姉さん。お姉さんはどこから来たの? ......えぇ、わかるわ。とても、とーっても遠くから来たのね。大変な旅だったのでしょう?」

 何もかもを見透みすかしたような瞳に、背筋がすうっと冷えていく。ふかふかで温かいはずなのに、彼女と触れた部分から熱を奪われるような、そんな恐怖すら感じた。

「おい」

「グエッ」

 いきなり首根っこを掴まれて、持ち上げられる。踵かかとを踏み潰つぶしていたパンプスが脱げてしまった。

「貴様に構っている暇などない。立ち去れ」

 ビョルンさんの冷たい視線と言葉をものともせずに、彼女はクスクスと笑う。そして名残惜なごりおしそうに目を細めると、別れの挨拶をするようにザラリとした舌で私の頬を舐めた。 

「ルーンデールの街を楽しんで、かわいいお姉さん」

 彼女はそう告げると、まるでそこには最初から誰もいなかったかのように、雑踏ざっとうに消えていった。彼女の甘いお香の残り香がまとわりつくようで、大きくくしゃみをしてしまった。

「あ、あは......猫アレルギーでして」

「はあ」

 頬を舐められた動揺を咄嗟とっさに取り繕つくろった。そんな私の様子を心底呆れたように見ていたビョルンさんは、舌打ちをして私のマントから手を離す。当然重力に従って、ドシャッと地面に叩きつけられることになった。

「いたた......もうちょっと優しく扱ってくださいよ」

「行くぞ」

 ビョルンさんは何事も無かったかのようにマントを翻ひるがえして、スタスタと歩いていってしまう。転がったパンプスを履き直して、市場に入っていく彼の背中を追いかけた。 


 
 硬い石畳の上には、音や匂いの情報がこれでもかというくらいに溢れていた。

 キャラバンの音楽や魚屋の呼び声、鍛冶屋が鉄を打つ音やご婦人がたの談笑の声など様々な音。そして肉屋の肉が焼ける匂い、ポーション屋のハーブや石鹸屋の香料の香り。

 そして最も目を引くのは店員たちの多種多様な民族だ。キャラバンの獣人、鍛冶屋のドワーフ、魚屋のハーフリング、薬屋のエルフ。
 『これぞ異世界ファンタジーです』という風貌ふうぼうの人々がこの中央市場には溢れていた。
 
「すごい、これがこの世界の街......! これが多様性!」

 しかしビョルンさんは顔をしかめ、フードをさらに深く被り直して、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「この無秩序むちつじょな群れは、どうにも好かん」

「活発な経済活動は、商人にとって喜ばしいことですよ」

「騒々そうぞうしいだけだ」

 フードの下の彼の尖った耳を思い出す。そういえば、よくあるRPGでのエルフは、人間よりも多種多様かつ広範囲の音を拾うのではなかったっけ。
 もしそうなら、きっと今の状況はビョルンさんにとってかなり苦痛なのかもしれない。

「では、早く抜けてしまいましょうか。最短ルートはどちらですか?」

「貴様に言われずとも、最短ルートを通っている。気遣きづかいは不要だ」

「相手の体調を考慮こうりょする、人として当然のことですよ」

「......下らん」

 こちらの気遣きづかいの言葉に、ビョルンさんはひとつ舌打ちをして、人気ひとけのない裏路地に足を進めた。彼の表情は分からなかったけれど、その歩みがさらにゆっくりになったことから気分を損ねたわけではないことは理解できた。

 もしかしてビョルンさんは、感謝や気遣きづかいの言葉に慣れていないのでは。という仮説を立てたが、そんなまさかと否定する。
 彼とは出会ってからまだ出会って間もないけれど、暖かくて優しい人だと分かった。それならきっと、誰だって彼の優しさを知っているはずだ。

「おい、置いていくぞ」

「あ、はい! すぐいきます!」

 ほら。今だって、こうして待ってくれるのだから。 
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幸運草の行商人〜異世界にとばされた社蓄OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です〜作者:しらたき茶々麻呂
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 翌日も朝から昼間まで歩き、昼間から夕方にかけて行商人としてのビジネス。今日は通りかかった冒険者風の人を捕まえて、体力回復ポーションをいくつかお買い上げいただいた。これで銀貨五枚分の売上になった。
 
 そして日の入りの少し前、ようやく人工物らしい建物や農場が見え始めた。

 更に歩を進めると、大きな城門を構えた要塞都市ようさいとしに辿り着いた。パンプスはもうヘナヘナのシナシナで、半ば足を引きずりながらビョルンさんの後を追いかけた。

「これが......この世界の街なんですね」

 私は大きな壁を見上げながら言った。

「落ち着きのない行動をするな。無駄むだな警戒を招く」

「わかりました」

 街をちゃんと見られないのは残念だけれど、仕方がない。マントのフードを深く被って、黙ってビョルンさんのあとをついていった。

「通行証を」

 いかつい鎧よろいを身にまとった門番が、私たちを見下ろして冷たく言い放つ。それだけで背中に緊張の汗が浮かんだが、ビョルンさんはただ黙って木札を門番に見せた。

「商人ギルドの者か」

「そうだ」

「後ろの女は同行者か?」

 ギクリ、と肩が跳ねる。ここで万が一ビョルンさんが『ただ後ろを着いてきているだけの人間』だなんて宣のたまったら、私は元の世界に戻るどころかこの城塞じょうさいの地下牢で一生を終えてしまうだろう。
 お願いだから、同行者だと言って!

「......そうだ」

 願いが通じたのか、それともあまりに私が悲痛な顔をしていたせいなのかは分からないが、ビョルンさんは低い声で肯定してくれた。門番は少し訝いぶかしげに首を傾けたが、私たちの後にも並んでいる旅人たちの列を見て諦めたように顎あごをしゃくった。

「問題を起こすなよ」

「ありがとうございます。お勤つとめ、ご苦労さまです」

「あぁ、民を守るのが我々兵士の仕事だ。あんたも夜道は気をつけな」

「はい、ご助言に感謝いたします」

 なるべく礼儀正しく頭を下げると、門番は気を良くしたのか、人なつこい笑顔を向けてくれた。やはりどの世界でも、労ねぎらいや感謝の言葉は相手の心を解してくれる最大の便利ツールであるらしい。

 跳ね橋を抜けると、そこに広がっていたのは圧倒的な熱量と喧騒けんそうに溢れた中央市場だった。しかしその市場をじっくり観察する前に、耳元で。

「ニャアン」

 猫が主人に媚こびるような、甘ったるい声を吹き込まれた。

「ひゃあ!?」

「こんにちは、とってもかわいいお姉さん。お姉さんは旅のお方?」

 市場に入った途端とたんに、するりと腕を掴まれた。ビックリして隣を見ると、艶あでやかな黒い毛並みと琥珀色こはくいろの瞳を持つ、占い師風の猫の獣人が妖艶ようえんに微笑んでいる。

「えぇと、えっと」

 こういう時、ミサンガなんかを巻かれてお金を請求されるのだろうと身構えた。観光地の常套手段じょうとうしゅだんだ。
 ふわり、ともふもふの毛が頬ほおに押し付けられる。

「はぅ......!」
 
 モフモフの手がフードの中に入り、もちもちの肉球が頬に触れる。いや、かわいい、肉球は反則。

 猫の女性は私の顔を覗のぞき込むように両手で触れ、琥珀色の瞳が真っ直ぐに射抜いた。

「不思議なお姉さん。お姉さんはどこから来たの? ......えぇ、わかるわ。とても、とーっても遠くから来たのね。大変な旅だったのでしょう?」

 何もかもを見透みすかしたような瞳に、背筋がすうっと冷えていく。ふかふかで温かいはずなのに、彼女と触れた部分から熱を奪われるような、そんな恐怖すら感じた。

「おい」

「グエッ」

 いきなり首根っこを掴まれて、持ち上げられる。踵かかとを踏み潰つぶしていたパンプスが脱げてしまった。

「貴様に構っている暇などない。立ち去れ」

 ビョルンさんの冷たい視線と言葉をものともせずに、彼女はクスクスと笑う。そして名残惜なごりおしそうに目を細めると、別れの挨拶をするようにザラリとした舌で私の頬を舐めた。 

「ルーンデールの街を楽しんで、かわいいお姉さん」

 彼女はそう告げると、まるでそこには最初から誰もいなかったかのように、雑踏ざっとうに消えていった。彼女の甘いお香の残り香がまとわりつくようで、大きくくしゃみをしてしまった。

「あ、あは......猫アレルギーでして」

「はあ」

 頬を舐められた動揺を咄嗟とっさに取り繕つくろった。そんな私の様子を心底呆れたように見ていたビョルンさんは、舌打ちをして私のマントから手を離す。当然重力に従って、ドシャッと地面に叩きつけられることになった。

「いたた......もうちょっと優しく扱ってくださいよ」

「行くぞ」

 ビョルンさんは何事も無かったかのようにマントを翻ひるがえして、スタスタと歩いていってしまう。転がったパンプスを履き直して、市場に入っていく彼の背中を追いかけた。 


 
 硬い石畳の上には、音や匂いの情報がこれでもかというくらいに溢れていた。

 キャラバンの音楽や魚屋の呼び声、鍛冶屋が鉄を打つ音やご婦人がたの談笑の声など様々な音。そして肉屋の肉が焼ける匂い、ポーション屋のハーブや石鹸屋の香料の香り。

 そして最も目を引くのは店員たちの多種多様な民族だ。キャラバンの獣人、鍛冶屋のドワーフ、魚屋のハーフリング、薬屋のエルフ。
 『これぞ異世界ファンタジーです』という風貌ふうぼうの人々がこの中央市場には溢れていた。
 
「すごい、これがこの世界の街......! これが多様性!」

 しかしビョルンさんは顔をしかめ、フードをさらに深く被り直して、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「この無秩序むちつじょな群れは、どうにも好かん」

「活発な経済活動は、商人にとって喜ばしいことですよ」

「騒々そうぞうしいだけだ」

 フードの下の彼の尖った耳を思い出す。そういえば、よくあるRPGでのエルフは、人間よりも多種多様かつ広範囲の音を拾うのではなかったっけ。
 もしそうなら、きっと今の状況はビョルンさんにとってかなり苦痛なのかもしれない。

「では、早く抜けてしまいましょうか。最短ルートはどちらですか?」

「貴様に言われずとも、最短ルートを通っている。気遣きづかいは不要だ」

「相手の体調を考慮こうりょする、人として当然のことですよ」

「......下らん」

 こちらの気遣きづかいの言葉に、ビョルンさんはひとつ舌打ちをして、人気ひとけのない裏路地に足を進めた。彼の表情は分からなかったけれど、その歩みがさらにゆっくりになったことから気分を損ねたわけではないことは理解できた。

 もしかしてビョルンさんは、感謝や気遣きづかいの言葉に慣れていないのでは。という仮説を立てたが、そんなまさかと否定する。
 彼とは出会ってからまだ出会って間もないけれど、暖かくて優しい人だと分かった。それならきっと、誰だって彼の優しさを知っているはずだ。

「おい、置いていくぞ」

「あ、はい! すぐいきます!」

 ほら。今だって、こうして待ってくれるのだから。 
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