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05_商人ギルドの肝っ玉母ちゃん

 建物の分厚ぶあついオーク材の扉を開けると、そこは市場とは別の活気に満ちていた。

 貴金属を身につけた高慢こうまんそうな老人や、ハキハキと爽快に話す女性商人、大きな荷物を抱えた行商人らしき男性。多種多様な人種の商人たちがロビーの掲示板の前で談笑している。

 彼らはこちらを気に止めることもなく、それぞれの会話に花を咲かせていた。これくらい干渉がない方がかえってありがたいものだ。

「これが商人ギルド......! ここも熱量がすごい場所ですね。それに皆さん、お忙しそうです」

 ビョルンさんは何も言わず、中央のカウンターにいる大柄な女性の前に立った。女性は大きな胸とたくましい腕を持ち、通常の人間よりも一回り大きな体躯たいくをしているので、巨人族の血が混じった人なのかもしれない。見上げるだけで首が痛くなりそうだ。

「アニタ」

「おや、ビョルン。あんたが自分から来るなんて珍しいね。相変わらず湿気しけた焼き菓子みたいなツラじゃないの」

 アニタと呼ばれた女性は、ビョルンさんの顔を見るなり大きな声で豪快ごうかいに笑った。そんな彼女にビョルンさんは眉を寄せる。
 しかし、これまで見せていた不機嫌そうな表情ではなく、どこか困ったような顔をしており、嫌悪感は感じられなかった。 

「業務報告に来た。今日の売り上げは銀貨五枚と銅貨十五枚だ」

「へぇ? いつもよりは売れたじゃないか」

 女性はメガネを掛けると、羽根ペンで帳簿に数字を書き加えた。少しのぞき込んで、帳簿の内容を盗み見る。異世界でも文字を読めるのは好都合だ。

『ビョルン : 銀貨五枚、銅貨十五枚の売上。今月は銀貨二十枚の赤字』

 ビョルンさんの欄らんは真っ赤っか。つまり売上は赤字ということだ。私がじと目でビョルンさんを見ると、ふいっとあからさまに目を背けられた。

「で、そっちのお嬢ちゃんはどこで拾ってきたんだい。人攫ひとさらいでもしたわけじゃないだろうね?」

「とんでもない! ビョルンさんには助けていただいたんです」

 初めてこちらに話が振られたことに驚いてしまって、慌てて居住いすまいを正す。そして取引先にするように深々とお辞儀じぎをした。 

「初めまして、ルナと申します。ビョルンさんには、山で道に迷っていたところを助けていただきました」

「あらま、礼儀正しいこと。あたしはアニタ。よろしく、そしてようこそ、商業都市ルーンデールの商人ギルドへ。歓迎するよ、ルナ」

 アニタさんはニコニコと笑って、自己紹介をしてくれた。そして大きな手をカウンターから差し出して握手を促してくれたので、そっとその柔らかな手を握り返した。その誠実せいじつさは商人らしくてとても好ましい。

「あたしは、この商人ギルドを仕切ってるギルドマスターだ。何か困ったことがあればあたしに言いな」

「はい。ありがとうございます」

「それであんた、山で遭難そうなんしてたってのかい? そんなボロ雑巾ぞうきんみたいになっちまって、大変だったろ」

 アニタさんは立ち上がって近づいてくると、私の頭をガシガシと撫でた。まるで岩のように大きい手だけれど、その手はフカフカで焼きたてパンのように柔らかくて温かい。

「さぁ、おいで。うちのギルドを案内してあげよう」

「よろしいのですか?」

「もちろん。商人ギルドはいつでも仲間を歓迎かんげいしているのさ。ビョルンの友達なら尚更なおさら大歓迎!」

「友人ではない」

「まったく素直じゃないねぇ、あんたは!」

 

 それからアニタさんに連れられて、建物内の主要な部屋を案内してもらった。中央カウンターの奥の扉を開くと、そこは大きな食堂となっており、巨大な暖炉からは火にかけられたスープや肉の香りが漂っていた。

「この大広間は、食堂にもなっているんだ。腹が減っては仕事はできぬって言うだろ?」

「お酒の席も、ビジネスの交渉をする場に適していると聞きますからね」

「そういうこと! 美味い酒があれば皆、舌も心も軽くなるからね。だけど、気を付けるんだよ。酒は飲んでも飲まれるな、だ」

「はい、肝に銘めいじておきます」

「あんたは聞き分けの良い、いい子だね」

 アニタさんは豪快ごうかいに笑いながら、また頭を撫でてくれた。その和やかさとは反対に、大食堂はもうすぐ夕食時だからか、料理人達が行ったり来たりしている。料理の数に対して人手が足りていないのは明らかで、これからの夕食時の戦場になることは容易く予想できた。

 その後は、鑑定室かんていしつや陳列室ちんれつしつ、会議室など活気に溢あふれた商人ギルドの各所を案内してもらった。

 そして最後は、最奥さいおうにあるアニタさんの執務室に通された。落ち着いた木製の執務机とふかふかなソファが置かれたその部屋は、可愛らしい色合いのクッションやランプに飾られていて、アニタさんの優しい人柄を表しているようだった。 

「それで? あんたはどうして、山の中で道に迷っていたんだい。何の目的もなくたださ迷っていたって訳じゃないんだろう?」

 アニタさんは私とビョルンさんをソファに座るように促うながしながら、そう問いかけた。 

「えぇと、情報収集のために森を調査していたんです。私は『異世界人召喚の儀』に関する古い文献や記録を調べていまして。商人ギルドには、その類の歴史的な文献ぶんけんや情報はございませんか?」

 『異世界人召喚』と聞いて、アニタさんはふむと考え込んだ。

「異世界人召喚の儀? 最近流行りだとは聞いてたけど、そんな情報ウチにあったかねぇ 」

 立ち上がったアニタさんは本棚の資料を眺める。だが
、その表情は晴れないまま、残念そうに眉を下げた。

「うちのギルドは流通を扱う場所で、魔術は専門じゃないんだ。すまないね」

「そうですか......情報提供、ありがとうございます」

「うちは専門外だけど、そういう魔術やら儀式やらに詳しい連中ってのもいるもんだ。街の丘の上にある教会に行ってごらん。あそこなら何かわかるかもしれないよ」

 なるほど、盲点もうてんだった。たしかに教会で召喚儀式が行われるというのがRPGの定石だ。行けば何かわかるかもしれない。消えかけた希望の灯火ともしびが瞬く間に息を吹き返して、光り始める。

「明日の朝イチに行けばいいよ。明日なら司祭もいるだろうし、きっとなにか見つかるはずだ。そうだろう、ビョルン?」

「既に俺は責任を果たした」

 ビョルンさんはピシャリと、さも当然というように断るので私も声が出た。 

「えっ?」

「なにか文句でも」

「でもビョルンさん、私は教会の場所も分かりませんし、安全確保の約束は......?」

「そのような約束をした覚えは無い。俺は商人ギルドまでの同行を許可しただけだ」

「う......それは、そうなんですけど。ご厚意こういで、あと少しの道中までサービスして頂けたり......」

「無償むしょうのサービスはしない」

「対価はもちろんお支払いします。労働でも販促活動でも何でもしますから!」

「必要ない」

「うぅ......」

 取り付く島しまもないとはこのことか。がっくりと肩を落としていると、アニタさんがドシドシと大きな足音を立てて近づいた。そして

――ドゴン!

 大きな手を、ビョルンさんの頭に叩きつけた。

「うわ、痛そう!」

「この石頭いしあたまには、これくらいがちょうどいいよ」

 鼻息を荒くして、手をパンパンと手を払うアニタさん。そしてビョルンさんはというと、さすがに巨人の如ごとき一撃を食らって立っていることは難しかったのか、アニタさんの前で蹲っていた。

「いいかい、ビョルン! あんたはこの子を『同行者』としてこの場所に連れてきたんだろ! 責任もって教会まで案内しな! こんなか弱い女の子を放り出すなんて、エルフの矜持プライドが泣くよ!」

「......アニタ、これは暴力だ」

「実力行使ってやつだ」

 ビョルンさんは頭を抑えながら、心底嫌そうな顔でこちらを見る。突き刺すようなライムグリーンに射竦いすくめられて、思わず身体が強ばる。

 今更ながら、ビョルンさんは自分とは違うエルフという種族であることに気付いた。彼が腰の剣を抜けば最後、私の首は胴体どうたいときれいさっぱりオサラバするだろう。

 しかしそれを見逃すアニタさんではなかった。アニタさんはビョルンさんの威嚇が可愛く思えるほど、迫力のある鬼の形相で、ビョルンさんを怒鳴りつけた。

「ビョルン!」

 こちらまで縮こまってしまうほどの勢いの怒号。近くに置いたグラスにヒビが入ったのを、私は見逃さなかった。当のビョルンさんはというと、先程の威嚇いかくが嘘のように、小さく縮こまって正座している。

 これ、絶対過去に何かやらかしたヤツだろうな、と哀れみを込めた目でビョルンさんを見た。

「今月分の大赤字は見逃してあげる。だからあんたは明日、ルナを教会に連れていくんだ。いいね?」

「......」

「い・い・ね?」

「......了解した」

 こうしてビョルンさんはアニタさんに敗れ、私を教会まで連れていくことになったのである。アニタさんは商人らしく律儀な方で、ビョルンさんに念書まで書かせていた。

 念書ねんしょが完成する頃には、日はとっぷり沈んで夜になった。これからどうしようか、なんて考えているとアニタさんは私の名前を呼んだ。 

「それともう一つ。ルナ、おいで」

 棚から取り出したのは、布の塊。よく見るとそれは女性用の服らしく、アニタさんはその服とブーツを手渡してくれた。

「これはあんたにプレゼント。その格好じゃ何かと目を引いちまうだろうし、何より足が限界だろう?」

「え? あ......痛っ!」

 そういえば目まぐるしく変わる景色で忘れかけていたけれど、私はスーツのまま一日歩きっぱなしだったのだ。踵かかとが潰つぶれたパンプスには血が滲んでいて、アニタさんに言われて初めて踵かかとや足裏の痛みを自覚した。

 思わず呻くと、アニタさんはまた優しく頭を撫でてくれた。

「まったく、ビョルンも気が利かないね。女の子の足をこうも血塗ちまみれにしちまうなんて、男の風上にも置けないよ」

「そこまで面倒を見る義理はない」

「いつも言ってんだろ。商人の基本は義理人情ぎりにんじょう。損得勘定そんとくかんじょうばっかりしてると、結局損するのは自分なんだよ」

 アニタさんはその大きな手で足の傷口に手を添えて、何かを呟つぶやく。ぽうっと緑色の淡い光が灯ったと思えば、足の傷口が塞がっていた。私のRPG脳が騒ぐ。

「もしかして、これが回復魔法ですか?」

「そうだよ。ビョルンほど上手じゃないけれどね」

 アニタさんは何かを言いたげだったけれど、すぐに笑顔に戻って、パン! と手を叩いた。

「さ、治療も終わった事だし、着替えたら大広間においで。晩御飯にしようかね!」

 ぐう、と腹の音がなるけれどここは一旦我慢がまん。アニタさんに頭を下げて、手伝いを申し出る。きっと人手が足りていなかったから、皿洗いくらいの雑用ならば手伝わせてもらえるはずだ。 

「アニタさん。治療と、装備品のお礼としてなにか手伝わせてください」

「本当かい? 実は手が足りてなくてね、助かるよ」

「皿洗いでもサーブでも、なんでもお任せ下さい!」

「あっはは! 元気のいい子は好きだよ。ビョルンに愛想尽かしたらウチにおいで。あんたみたいに、明るくて働き者な子はいつでも大歓迎さ」

「ありがとうございます」

 予想以上に喜んでもらえたことに嬉しさを感じながら、今度はビョルンさんに頭を下げた。

「ビョルンさんも、今日は本当にありがとうございました。今晩はゆっくり休んでください」

「......ふん」

 ビョルンさんはまた不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさと部屋を出ていった。しかしドアを閉める音は驚くほど静かだった。

 アニタさんはビョルンさんの背中を目線で追いかけながら、大きく息を吐いた。

「やれやれ。あいつは素直じゃないけど、悪い男じゃないんだ。仲良くしてやってね、ルナ」

 彼女の目は、まるで母親が手のかかる息子を見つめるように優しかった。きっとビョルンさんにとってアニタさんは信用できる人なのだから、ほんの少し甘えてしまうのかもしれない。

 なら私もアニタさんを信じたいし、彼女の優しさや信用に応えたい。そんな気持ちを込めて、元気いっぱいにアニタさんに笑いかけた。

「はい、こちらこそです!」
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幸運草の行商人〜異世界にとばされた社蓄OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です〜作者:しらたき茶々麻呂
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05_商人ギルドの肝っ玉母ちゃん

 建物の分厚ぶあついオーク材の扉を開けると、そこは市場とは別の活気に満ちていた。

 貴金属を身につけた高慢こうまんそうな老人や、ハキハキと爽快に話す女性商人、大きな荷物を抱えた行商人らしき男性。多種多様な人種の商人たちがロビーの掲示板の前で談笑している。

 彼らはこちらを気に止めることもなく、それぞれの会話に花を咲かせていた。これくらい干渉がない方がかえってありがたいものだ。

「これが商人ギルド......! ここも熱量がすごい場所ですね。それに皆さん、お忙しそうです」

 ビョルンさんは何も言わず、中央のカウンターにいる大柄な女性の前に立った。女性は大きな胸とたくましい腕を持ち、通常の人間よりも一回り大きな体躯たいくをしているので、巨人族の血が混じった人なのかもしれない。見上げるだけで首が痛くなりそうだ。

「アニタ」

「おや、ビョルン。あんたが自分から来るなんて珍しいね。相変わらず湿気しけた焼き菓子みたいなツラじゃないの」

 アニタと呼ばれた女性は、ビョルンさんの顔を見るなり大きな声で豪快ごうかいに笑った。そんな彼女にビョルンさんは眉を寄せる。
 しかし、これまで見せていた不機嫌そうな表情ではなく、どこか困ったような顔をしており、嫌悪感は感じられなかった。 

「業務報告に来た。今日の売り上げは銀貨五枚と銅貨十五枚だ」

「へぇ? いつもよりは売れたじゃないか」

 女性はメガネを掛けると、羽根ペンで帳簿に数字を書き加えた。少しのぞき込んで、帳簿の内容を盗み見る。異世界でも文字を読めるのは好都合だ。

『ビョルン : 銀貨五枚、銅貨十五枚の売上。今月は銀貨二十枚の赤字』

 ビョルンさんの欄らんは真っ赤っか。つまり売上は赤字ということだ。私がじと目でビョルンさんを見ると、ふいっとあからさまに目を背けられた。

「で、そっちのお嬢ちゃんはどこで拾ってきたんだい。人攫ひとさらいでもしたわけじゃないだろうね?」

「とんでもない! ビョルンさんには助けていただいたんです」

 初めてこちらに話が振られたことに驚いてしまって、慌てて居住いすまいを正す。そして取引先にするように深々とお辞儀じぎをした。 

「初めまして、ルナと申します。ビョルンさんには、山で道に迷っていたところを助けていただきました」

「あらま、礼儀正しいこと。あたしはアニタ。よろしく、そしてようこそ、商業都市ルーンデールの商人ギルドへ。歓迎するよ、ルナ」

 アニタさんはニコニコと笑って、自己紹介をしてくれた。そして大きな手をカウンターから差し出して握手を促してくれたので、そっとその柔らかな手を握り返した。その誠実せいじつさは商人らしくてとても好ましい。

「あたしは、この商人ギルドを仕切ってるギルドマスターだ。何か困ったことがあればあたしに言いな」

「はい。ありがとうございます」

「それであんた、山で遭難そうなんしてたってのかい? そんなボロ雑巾ぞうきんみたいになっちまって、大変だったろ」

 アニタさんは立ち上がって近づいてくると、私の頭をガシガシと撫でた。まるで岩のように大きい手だけれど、その手はフカフカで焼きたてパンのように柔らかくて温かい。

「さぁ、おいで。うちのギルドを案内してあげよう」

「よろしいのですか?」

「もちろん。商人ギルドはいつでも仲間を歓迎かんげいしているのさ。ビョルンの友達なら尚更なおさら大歓迎!」

「友人ではない」

「まったく素直じゃないねぇ、あんたは!」

 

 それからアニタさんに連れられて、建物内の主要な部屋を案内してもらった。中央カウンターの奥の扉を開くと、そこは大きな食堂となっており、巨大な暖炉からは火にかけられたスープや肉の香りが漂っていた。

「この大広間は、食堂にもなっているんだ。腹が減っては仕事はできぬって言うだろ?」

「お酒の席も、ビジネスの交渉をする場に適していると聞きますからね」

「そういうこと! 美味い酒があれば皆、舌も心も軽くなるからね。だけど、気を付けるんだよ。酒は飲んでも飲まれるな、だ」

「はい、肝に銘めいじておきます」

「あんたは聞き分けの良い、いい子だね」

 アニタさんは豪快ごうかいに笑いながら、また頭を撫でてくれた。その和やかさとは反対に、大食堂はもうすぐ夕食時だからか、料理人達が行ったり来たりしている。料理の数に対して人手が足りていないのは明らかで、これからの夕食時の戦場になることは容易く予想できた。

 その後は、鑑定室かんていしつや陳列室ちんれつしつ、会議室など活気に溢あふれた商人ギルドの各所を案内してもらった。

 そして最後は、最奥さいおうにあるアニタさんの執務室に通された。落ち着いた木製の執務机とふかふかなソファが置かれたその部屋は、可愛らしい色合いのクッションやランプに飾られていて、アニタさんの優しい人柄を表しているようだった。 

「それで? あんたはどうして、山の中で道に迷っていたんだい。何の目的もなくたださ迷っていたって訳じゃないんだろう?」

 アニタさんは私とビョルンさんをソファに座るように促うながしながら、そう問いかけた。 

「えぇと、情報収集のために森を調査していたんです。私は『異世界人召喚の儀』に関する古い文献や記録を調べていまして。商人ギルドには、その類の歴史的な文献ぶんけんや情報はございませんか?」

 『異世界人召喚』と聞いて、アニタさんはふむと考え込んだ。

「異世界人召喚の儀? 最近流行りだとは聞いてたけど、そんな情報ウチにあったかねぇ 」

 立ち上がったアニタさんは本棚の資料を眺める。だが
、その表情は晴れないまま、残念そうに眉を下げた。

「うちのギルドは流通を扱う場所で、魔術は専門じゃないんだ。すまないね」

「そうですか......情報提供、ありがとうございます」

「うちは専門外だけど、そういう魔術やら儀式やらに詳しい連中ってのもいるもんだ。街の丘の上にある教会に行ってごらん。あそこなら何かわかるかもしれないよ」

 なるほど、盲点もうてんだった。たしかに教会で召喚儀式が行われるというのがRPGの定石だ。行けば何かわかるかもしれない。消えかけた希望の灯火ともしびが瞬く間に息を吹き返して、光り始める。

「明日の朝イチに行けばいいよ。明日なら司祭もいるだろうし、きっとなにか見つかるはずだ。そうだろう、ビョルン?」

「既に俺は責任を果たした」

 ビョルンさんはピシャリと、さも当然というように断るので私も声が出た。 

「えっ?」

「なにか文句でも」

「でもビョルンさん、私は教会の場所も分かりませんし、安全確保の約束は......?」

「そのような約束をした覚えは無い。俺は商人ギルドまでの同行を許可しただけだ」

「う......それは、そうなんですけど。ご厚意こういで、あと少しの道中までサービスして頂けたり......」

「無償むしょうのサービスはしない」

「対価はもちろんお支払いします。労働でも販促活動でも何でもしますから!」

「必要ない」

「うぅ......」

 取り付く島しまもないとはこのことか。がっくりと肩を落としていると、アニタさんがドシドシと大きな足音を立てて近づいた。そして

――ドゴン!

 大きな手を、ビョルンさんの頭に叩きつけた。

「うわ、痛そう!」

「この石頭いしあたまには、これくらいがちょうどいいよ」

 鼻息を荒くして、手をパンパンと手を払うアニタさん。そしてビョルンさんはというと、さすがに巨人の如ごとき一撃を食らって立っていることは難しかったのか、アニタさんの前で蹲っていた。

「いいかい、ビョルン! あんたはこの子を『同行者』としてこの場所に連れてきたんだろ! 責任もって教会まで案内しな! こんなか弱い女の子を放り出すなんて、エルフの矜持プライドが泣くよ!」

「......アニタ、これは暴力だ」

「実力行使ってやつだ」

 ビョルンさんは頭を抑えながら、心底嫌そうな顔でこちらを見る。突き刺すようなライムグリーンに射竦いすくめられて、思わず身体が強ばる。

 今更ながら、ビョルンさんは自分とは違うエルフという種族であることに気付いた。彼が腰の剣を抜けば最後、私の首は胴体どうたいときれいさっぱりオサラバするだろう。

 しかしそれを見逃すアニタさんではなかった。アニタさんはビョルンさんの威嚇が可愛く思えるほど、迫力のある鬼の形相で、ビョルンさんを怒鳴りつけた。

「ビョルン!」

 こちらまで縮こまってしまうほどの勢いの怒号。近くに置いたグラスにヒビが入ったのを、私は見逃さなかった。当のビョルンさんはというと、先程の威嚇いかくが嘘のように、小さく縮こまって正座している。

 これ、絶対過去に何かやらかしたヤツだろうな、と哀れみを込めた目でビョルンさんを見た。

「今月分の大赤字は見逃してあげる。だからあんたは明日、ルナを教会に連れていくんだ。いいね?」

「......」

「い・い・ね?」

「......了解した」

 こうしてビョルンさんはアニタさんに敗れ、私を教会まで連れていくことになったのである。アニタさんは商人らしく律儀な方で、ビョルンさんに念書まで書かせていた。

 念書ねんしょが完成する頃には、日はとっぷり沈んで夜になった。これからどうしようか、なんて考えているとアニタさんは私の名前を呼んだ。 

「それともう一つ。ルナ、おいで」

 棚から取り出したのは、布の塊。よく見るとそれは女性用の服らしく、アニタさんはその服とブーツを手渡してくれた。

「これはあんたにプレゼント。その格好じゃ何かと目を引いちまうだろうし、何より足が限界だろう?」

「え? あ......痛っ!」

 そういえば目まぐるしく変わる景色で忘れかけていたけれど、私はスーツのまま一日歩きっぱなしだったのだ。踵かかとが潰つぶれたパンプスには血が滲んでいて、アニタさんに言われて初めて踵かかとや足裏の痛みを自覚した。

 思わず呻くと、アニタさんはまた優しく頭を撫でてくれた。

「まったく、ビョルンも気が利かないね。女の子の足をこうも血塗ちまみれにしちまうなんて、男の風上にも置けないよ」

「そこまで面倒を見る義理はない」

「いつも言ってんだろ。商人の基本は義理人情ぎりにんじょう。損得勘定そんとくかんじょうばっかりしてると、結局損するのは自分なんだよ」

 アニタさんはその大きな手で足の傷口に手を添えて、何かを呟つぶやく。ぽうっと緑色の淡い光が灯ったと思えば、足の傷口が塞がっていた。私のRPG脳が騒ぐ。

「もしかして、これが回復魔法ですか?」

「そうだよ。ビョルンほど上手じゃないけれどね」

 アニタさんは何かを言いたげだったけれど、すぐに笑顔に戻って、パン! と手を叩いた。

「さ、治療も終わった事だし、着替えたら大広間においで。晩御飯にしようかね!」

 ぐう、と腹の音がなるけれどここは一旦我慢がまん。アニタさんに頭を下げて、手伝いを申し出る。きっと人手が足りていなかったから、皿洗いくらいの雑用ならば手伝わせてもらえるはずだ。 

「アニタさん。治療と、装備品のお礼としてなにか手伝わせてください」

「本当かい? 実は手が足りてなくてね、助かるよ」

「皿洗いでもサーブでも、なんでもお任せ下さい!」

「あっはは! 元気のいい子は好きだよ。ビョルンに愛想尽かしたらウチにおいで。あんたみたいに、明るくて働き者な子はいつでも大歓迎さ」

「ありがとうございます」

 予想以上に喜んでもらえたことに嬉しさを感じながら、今度はビョルンさんに頭を下げた。

「ビョルンさんも、今日は本当にありがとうございました。今晩はゆっくり休んでください」

「......ふん」

 ビョルンさんはまた不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさと部屋を出ていった。しかしドアを閉める音は驚くほど静かだった。

 アニタさんはビョルンさんの背中を目線で追いかけながら、大きく息を吐いた。

「やれやれ。あいつは素直じゃないけど、悪い男じゃないんだ。仲良くしてやってね、ルナ」

 彼女の目は、まるで母親が手のかかる息子を見つめるように優しかった。きっとビョルンさんにとってアニタさんは信用できる人なのだから、ほんの少し甘えてしまうのかもしれない。

 なら私もアニタさんを信じたいし、彼女の優しさや信用に応えたい。そんな気持ちを込めて、元気いっぱいにアニタさんに笑いかけた。

「はい、こちらこそです!」
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