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抵抗1

 その朝はけたたましく始まった。

「おい、クラウ! 起きろ!」

 ノックもせずにアレクが部屋へと雪崩込んできた。表情は険しく、酷く慌てている。

「こっち来てくれ!」

 何かが起きたことは分かった。それが良くないことであるとも。
 嗜んでいた紅茶を零しながらテーブルに戻し、腰を浮かせた。

「何があったの?」

「ミユが......! 何でも良い、さっさと来てくれ!」

 一気に血の気が引いていく。アレクが部屋を出るよりも早く、弾かれたように駆け出していた。
 まさか、影の奇襲を受けたのだろうか。無事でいてくれ。じゃないと、俺がどうにかなってしまいそうだ。
 ミユの部屋のドアを激しく引いた。手から離れたそれは壁にぶち当たり、壊れそうな音が鳴ったが、今はどうでも良い。とにかく、ミユだ。
 付き添っていたフレアをすれ違いざまに押し退ける。周囲に散らばるガラス片もお構いなしに、床に横たわるミユの身体を抱き上げた。
 温かい。しっかりと体温はある。
 思い切り揺らした筈なのに、瞼は固く閉ざされ、表情の変化すらない。

「ミユ!」

 いくら呼んでも応答もない。

「いつからこの状態?」

「分からないの......。朝、呼びに来たらもう倒れてて......」

 嘘だ。こんな別れ方は絶対に嫌だ。呪いを必ず解くと、四人で生き延びると誓ったばかりなのに。

「ミユ!」

 何度叫んだか分からない。ようやくミユは小さな呻き声を上げ、指を動かした。徐々に瞼も開けていく。
 すぐに目は見開かれ、頬が薔薇色に染まった。

「何があった?」

 影に襲われたのなら、もう時間は残されていない。
 問い質すと、ミユは俺の胸に飛び込んできた。

「怖い夢を......見たみたい」

「夢?」

「うん。あれが現実なら、私は......」

 やはり、原因は影だ。
 怖いものでも思い出したのだろう。ミユは俺の服をぎゅっと握り締める。それを見ていた筈なのに、アレクは乱暴に口を開く。

「夢じゃねぇだろ。周り見てみろ」

 これ以上、ミユの恐怖を煽りたくはない。震える背中に腕を回す。
 止めてくれという願いも込めて、アレクを鋭い目で見上げた。
 フレアは辛そうに視線を落とし、スカートを握り締める。

「魔法の特訓なんてしてる時間ある?」

「今回はただの脅しだ。じゃなかったら、ホントにアイツはミユを殺してただろ。誰も見てねー絶好の機会だったからな」

 つまりは、ミユを――俺たちを葬り去る準備はまだ整っていない、ということだろうか。
 それならば、まだ魔法の特訓をし、呪いを解く方法を探る時間は残されていると思って良い。

「私、やだ」

 ミユは一人、俺の腕の中で呟く。そして、強い光を放ち始めたのだ。
 これはワープの光だろう。
 止める間もなく、ミユの姿は掻き消えた。

「......どこに行った!?」

 困惑する俺たちをよそに、くぐもった轟音が聞こえた。小さく大地が揺れる。
 窓の外を見てみれば、数十メートル先に土煙を確認出来た。そこから巨大な蔦が捻れながら立ち上り、天を貫く。
 絶対にミユの魔法だ。こんな無茶な魔法の使い方をしてしまっては、体力が一気に削られる。命すら危うくなる。
 考えるよりも早く、ミユの元へと転移していた。姿を確認すると、脇目も振らずに彼女へ体当たりをする。

「ミユ、止めるんだ!」

 一緒に草原へと身体を投げ出した。ミユの身体を受け止めるように、何とか手を伸ばす。

「大丈夫だから。今度こそ、俺が何とかするから」

 ミユの頭の下敷きになっていない右手で、彼女の頭を優しく撫でる。
 大丈夫だから。何があっても、ミユだけは必ず守り抜くから。四人で生き残る意志とは矛盾した感情にも気づかずに、静かに涙を流しながら突き抜けるような天を仰いだ。
 後から駆け付けたアレクとフレアも、辛そうに顔をしかめるばかりだった。
 三人で何とかミユを宥め、アレクが出してくれた魔法陣を使ってミユの部屋へと戻る。
 フレアがガラス片を魔法で修復した結果、グラスだったことが分かった。手にしていたそれを落としでもしたのだろう。
 ミユをテーブルに着かせ、俺も対角へ座る。アレクが気を利かせたのか、二人分のココアを用意してくれた。甘い香りが部屋の中に充満する。
 早々に二人は退散し、ミユと二人きりになった。

「落ち着いた?」

 微笑みかけると、キョトンとした顔が返ってきた。何も考えられない。そんな表情だ。
 それなのに。

「その怪我、どうしたの?」

 あまり触れられたくない事実に触れられてしまった。

「えっ? うーん......」

 どう説明すれば良いのだろう。俺の発言が原因だとは伝えにくい。

「いや......」

 言葉を詰まらせる俺に、ミユは小首を傾げる。思わず顔を逸らしてしまった。
 言わない訳にもいかないらしい。

「昨日、アレクに殴られた」

「えっ?」

 端的に、結果だけを伝える。
 みるみるうちに、ミユの顔は苦しそうに歪んでいった。

「痛そう......」

 呟くと、そっと右手を伸ばしてくる。その拍子に、ミユの胸元で何かが揺れたのだ。目を凝らしてみれば、繊細なシルバーのネックレスの先に、小さなリング――。

「そのリング......」

「えっ? あっ......」

 間違いない。カノンの結婚指輪だ。ミユは赤面し、リングを隠すように両手で包み込む。
 ようやく俺を受け入れてくれたのだ。嬉しくて、嬉しくて堪らない。それなのに、心の奥底から込み上げてくる、このやり切れなさは一体何なのだろう。胸が熱く、痛くなる。と同時に、両目から感情の涙が零れ落ちた。
 
「クラウ?」

 何故、想いが通じたのが今なのだろう。あまりにも無常過ぎはしないだろうか、神様――。
 とうとう両手で顔を覆ってしまった。
 足音が近づいてきて、柔らかくて温かな何かが俺の背中を撫でる。ミユの想いを感じると、泣き声を抑えることすら難しくなってしまった。
 もし、呪いを解く方法が見つからなかったら、俺は君を置いて逝かなくてはならない。俺と同じ思いを君にさせなくてはならなくなる。本当にごめん。
 こんなことは考えてはいけないのに、嫌な考えが頭にこびりついて離れなかった。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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抵抗1

 その朝はけたたましく始まった。

「おい、クラウ! 起きろ!」

 ノックもせずにアレクが部屋へと雪崩込んできた。表情は険しく、酷く慌てている。

「こっち来てくれ!」

 何かが起きたことは分かった。それが良くないことであるとも。
 嗜んでいた紅茶を零しながらテーブルに戻し、腰を浮かせた。

「何があったの?」

「ミユが......! 何でも良い、さっさと来てくれ!」

 一気に血の気が引いていく。アレクが部屋を出るよりも早く、弾かれたように駆け出していた。
 まさか、影の奇襲を受けたのだろうか。無事でいてくれ。じゃないと、俺がどうにかなってしまいそうだ。
 ミユの部屋のドアを激しく引いた。手から離れたそれは壁にぶち当たり、壊れそうな音が鳴ったが、今はどうでも良い。とにかく、ミユだ。
 付き添っていたフレアをすれ違いざまに押し退ける。周囲に散らばるガラス片もお構いなしに、床に横たわるミユの身体を抱き上げた。
 温かい。しっかりと体温はある。
 思い切り揺らした筈なのに、瞼は固く閉ざされ、表情の変化すらない。

「ミユ!」

 いくら呼んでも応答もない。

「いつからこの状態?」

「分からないの......。朝、呼びに来たらもう倒れてて......」

 嘘だ。こんな別れ方は絶対に嫌だ。呪いを必ず解くと、四人で生き延びると誓ったばかりなのに。

「ミユ!」

 何度叫んだか分からない。ようやくミユは小さな呻き声を上げ、指を動かした。徐々に瞼も開けていく。
 すぐに目は見開かれ、頬が薔薇色に染まった。

「何があった?」

 影に襲われたのなら、もう時間は残されていない。
 問い質すと、ミユは俺の胸に飛び込んできた。

「怖い夢を......見たみたい」

「夢?」

「うん。あれが現実なら、私は......」

 やはり、原因は影だ。
 怖いものでも思い出したのだろう。ミユは俺の服をぎゅっと握り締める。それを見ていた筈なのに、アレクは乱暴に口を開く。

「夢じゃねぇだろ。周り見てみろ」

 これ以上、ミユの恐怖を煽りたくはない。震える背中に腕を回す。
 止めてくれという願いも込めて、アレクを鋭い目で見上げた。
 フレアは辛そうに視線を落とし、スカートを握り締める。

「魔法の特訓なんてしてる時間ある?」

「今回はただの脅しだ。じゃなかったら、ホントにアイツはミユを殺してただろ。誰も見てねー絶好の機会だったからな」

 つまりは、ミユを――俺たちを葬り去る準備はまだ整っていない、ということだろうか。
 それならば、まだ魔法の特訓をし、呪いを解く方法を探る時間は残されていると思って良い。

「私、やだ」

 ミユは一人、俺の腕の中で呟く。そして、強い光を放ち始めたのだ。
 これはワープの光だろう。
 止める間もなく、ミユの姿は掻き消えた。

「......どこに行った!?」

 困惑する俺たちをよそに、くぐもった轟音が聞こえた。小さく大地が揺れる。
 窓の外を見てみれば、数十メートル先に土煙を確認出来た。そこから巨大な蔦が捻れながら立ち上り、天を貫く。
 絶対にミユの魔法だ。こんな無茶な魔法の使い方をしてしまっては、体力が一気に削られる。命すら危うくなる。
 考えるよりも早く、ミユの元へと転移していた。姿を確認すると、脇目も振らずに彼女へ体当たりをする。

「ミユ、止めるんだ!」

 一緒に草原へと身体を投げ出した。ミユの身体を受け止めるように、何とか手を伸ばす。

「大丈夫だから。今度こそ、俺が何とかするから」

 ミユの頭の下敷きになっていない右手で、彼女の頭を優しく撫でる。
 大丈夫だから。何があっても、ミユだけは必ず守り抜くから。四人で生き残る意志とは矛盾した感情にも気づかずに、静かに涙を流しながら突き抜けるような天を仰いだ。
 後から駆け付けたアレクとフレアも、辛そうに顔をしかめるばかりだった。
 三人で何とかミユを宥め、アレクが出してくれた魔法陣を使ってミユの部屋へと戻る。
 フレアがガラス片を魔法で修復した結果、グラスだったことが分かった。手にしていたそれを落としでもしたのだろう。
 ミユをテーブルに着かせ、俺も対角へ座る。アレクが気を利かせたのか、二人分のココアを用意してくれた。甘い香りが部屋の中に充満する。
 早々に二人は退散し、ミユと二人きりになった。

「落ち着いた?」

 微笑みかけると、キョトンとした顔が返ってきた。何も考えられない。そんな表情だ。
 それなのに。

「その怪我、どうしたの?」

 あまり触れられたくない事実に触れられてしまった。

「えっ? うーん......」

 どう説明すれば良いのだろう。俺の発言が原因だとは伝えにくい。

「いや......」

 言葉を詰まらせる俺に、ミユは小首を傾げる。思わず顔を逸らしてしまった。
 言わない訳にもいかないらしい。

「昨日、アレクに殴られた」

「えっ?」

 端的に、結果だけを伝える。
 みるみるうちに、ミユの顔は苦しそうに歪んでいった。

「痛そう......」

 呟くと、そっと右手を伸ばしてくる。その拍子に、ミユの胸元で何かが揺れたのだ。目を凝らしてみれば、繊細なシルバーのネックレスの先に、小さなリング――。

「そのリング......」

「えっ? あっ......」

 間違いない。カノンの結婚指輪だ。ミユは赤面し、リングを隠すように両手で包み込む。
 ようやく俺を受け入れてくれたのだ。嬉しくて、嬉しくて堪らない。それなのに、心の奥底から込み上げてくる、このやり切れなさは一体何なのだろう。胸が熱く、痛くなる。と同時に、両目から感情の涙が零れ落ちた。
 
「クラウ?」

 何故、想いが通じたのが今なのだろう。あまりにも無常過ぎはしないだろうか、神様――。
 とうとう両手で顔を覆ってしまった。
 足音が近づいてきて、柔らかくて温かな何かが俺の背中を撫でる。ミユの想いを感じると、泣き声を抑えることすら難しくなってしまった。
 もし、呪いを解く方法が見つからなかったら、俺は君を置いて逝かなくてはならない。俺と同じ思いを君にさせなくてはならなくなる。本当にごめん。
 こんなことは考えてはいけないのに、嫌な考えが頭にこびりついて離れなかった。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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