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絶望の淵で1

 夜になっても気持ちが回復することはなかった。涙が枯れた代わりに、心が死を迎える。
 何も考えたくない。
 暗がりの中にいても気分は沈む一方なので、一応、部屋の明かりは点けた。夕食を運ぶために誰かが部屋に入ってきても嫌なので、ドアの鍵もかける。
 窓の外を見てみれば、雨が降り注いでいる。先程から聞こえていた音は、雨が原因だったらしい。
 雨粒の音にも気づかないなんて。
 どうかしていると思いながらも、納得してしまう自分がいる。
 頭を軽く振り、右手で叩いてみる。
 ぼんやりと過ごしていると、とうとうあの音と声が聞こえてきた。
 ドアをノックする音が三回、そして――。

「おい、クラウ。夕飯くらい食えよ。出てこれるか?」

 アレクだ。
 夕飯なんてどうでも良い。溜め息を吐くことすら面倒で、視線だけを落とす。
 無反応でいると、数分で気配と足音は遠のいていった。
 今日は疲れてしまったし、眠ってしまおうか。重い腰を上げようとした時、再びドアはノックされた。

「クラウ、大丈夫?」

 ミユの声だ。一番聞きたくて、聞きたくない声だった。どう反応して良いのか分からない。

「入っても良い?」

 反応を窺いながらも、ドアノブを回す音が響く。鍵をかけていて良かった。合わせる顔がない。

「今はそっとしてあげた方が良いと思う」

「そーだな......」

 どうやらミユは俺の気持ちを分かってくれたらしい。唇を噛み、心の中で「ごめん」と呟いてみる。
 こんなにも不甲斐なくてごめん。すぐに決断出来なくてごめん。
 また一粒、右目から涙が溢れ落ちる。

「また、様子見に来てやってくれねーか? フレアも一人にはしておけねぇし、頼む」

「分かった」

 ドアの向こうで繰り広げられるやり取りが耳に残る。

「いつからフレアと付き合ってるの?」

「あ? いや......」

「見てたら分かるよ」

 声は聞こえるのに、心に入っていかない。

「現世からだ。悲しむフレアを放っておけなくてな」

「そっか。それなのに、私の事まで心配してくれてありがとう」

 数秒間を置き、ミユはまた口を開く。

「私、部屋に戻るね。また何かあったら教えて」

「あぁ」

 正直に言うと、もうここへは来て欲しくなかった。
 その気持ちを伝えられる訳もなく、次々に二人の気配は消えていく。
 ようやく一人きりになれた。今度こそ眠ってしまおう。腰を上げ、重たい身体を引き摺ってベッドへと倒れ込む。
 溜め息を吐くと、轟音と共に雷が光った。僅かな恐怖心が沸き起こる。まだ怖いと思う心は残されているらしい。
 明かりを消すことすらも面倒臭く、静かに瞼を閉じた。もう、何もかも終わってしまえば良いのに。そんな考えを消すこともなく。

 * * *

 無情にも朝はやってきた。次の日も、その次の日も。そうして三日間、俺はただぼんやりと過ごしていた。生を無駄に過ごしていた。
 何もしなくても、腹は減ってしまう。アレクが置いてくれたであろう食事を廊下からさらい、淡々と胃へと流し込む。美味しいとか、好物だとか、そんな感情もどこかへ置いてきてしまっていた。
 そろそろ行動を起こさなくては。思うのに、頭がきちんと働いてくれない。
 いや、違う。この重荷を誰かと分け合いたかったのかもしれない。俺だけで抱えるには重過ぎる。
 タイミング良く、ドアがノックされた。アレクだと良いなと思ったが、物事は思い通りには運ばないものである。

「クラウ、ご飯食べれてる?」

 鈴の音に似た、コロコロと転がるような可愛らしい声――ミユだ。心配してくれているのが声色だけで分かる。

「......ミユ、アレクを呼んできて欲しい」

 何とか声を絞り出す事が出来た。数秒間が空く。
 
「私じゃ駄目?」

「ごめん」

「ちょっと待っててね」

「うん」

 ミユの気配は確実に遠ざかっていく。
 アレクにあの話をするということは、俺も受け入れなくてはならないのだろう。拒絶したところで、現実は何も変わらない。そう、何も。
 首を横に振り、椅子へ座った。手が汗ばみ、喉がひりつく。
 アレクは数分も経たずに部屋へとやってきた。未だに鍵のかかったドアを三回震わせる。

「来たぞ。入っても良いか?」

 返事をする代わりに、瞼を閉じて魔法を使う。鍵の開く音がすると、すぐにドアは開かれた。廊下の涼しい空気が部屋へと流れ込む。

「......何があった?」

 いつにも増して、慎重で、力のこもった声だ。

「とりあえず、椅子に座って」

「あ、あぁ......」

 意外にも、俺の心臓は平静を保っている。
 指示通りにアレクは俺の対角に座ると、吐息を吐いた。

「こんなに落ち込むくらいだ。ミユの呪いは解けねぇって言われただけじゃねーだろ?」

「......うん」

 瞼を閉じ、話し出すタイミングを窺う。

「ミユの呪いは解けるよ。ただし......」

「何だ?」

「俺が死ねば、ね」

「......はっ?」

 アレクは理解したくないのか、嘲笑してみせる。

「意味分かんねーよ。何でオマエが」

「あっちに剣がない? 解呪の剣っていうんだってさ」

 洋箪笥の横に転がる解呪の剣を視線で追う。アレクも恐らく発見しただろう。

「何でそんな物騒なもんがここにあるんだよ」

 声が僅かに震えている。

「神様に貰った」

「やっぱ意味分かんねーよ。一から説明しろ」

 小さくはあるが、脅しに近い声色だ。
 ようやく剣から目を逸らす事が出来、瞼を閉じた。細い息を吐き、自身の心を落ち着かせる。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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絶望の淵で1

 夜になっても気持ちが回復することはなかった。涙が枯れた代わりに、心が死を迎える。
 何も考えたくない。
 暗がりの中にいても気分は沈む一方なので、一応、部屋の明かりは点けた。夕食を運ぶために誰かが部屋に入ってきても嫌なので、ドアの鍵もかける。
 窓の外を見てみれば、雨が降り注いでいる。先程から聞こえていた音は、雨が原因だったらしい。
 雨粒の音にも気づかないなんて。
 どうかしていると思いながらも、納得してしまう自分がいる。
 頭を軽く振り、右手で叩いてみる。
 ぼんやりと過ごしていると、とうとうあの音と声が聞こえてきた。
 ドアをノックする音が三回、そして――。

「おい、クラウ。夕飯くらい食えよ。出てこれるか?」

 アレクだ。
 夕飯なんてどうでも良い。溜め息を吐くことすら面倒で、視線だけを落とす。
 無反応でいると、数分で気配と足音は遠のいていった。
 今日は疲れてしまったし、眠ってしまおうか。重い腰を上げようとした時、再びドアはノックされた。

「クラウ、大丈夫?」

 ミユの声だ。一番聞きたくて、聞きたくない声だった。どう反応して良いのか分からない。

「入っても良い?」

 反応を窺いながらも、ドアノブを回す音が響く。鍵をかけていて良かった。合わせる顔がない。

「今はそっとしてあげた方が良いと思う」

「そーだな......」

 どうやらミユは俺の気持ちを分かってくれたらしい。唇を噛み、心の中で「ごめん」と呟いてみる。
 こんなにも不甲斐なくてごめん。すぐに決断出来なくてごめん。
 また一粒、右目から涙が溢れ落ちる。

「また、様子見に来てやってくれねーか? フレアも一人にはしておけねぇし、頼む」

「分かった」

 ドアの向こうで繰り広げられるやり取りが耳に残る。

「いつからフレアと付き合ってるの?」

「あ? いや......」

「見てたら分かるよ」

 声は聞こえるのに、心に入っていかない。

「現世からだ。悲しむフレアを放っておけなくてな」

「そっか。それなのに、私の事まで心配してくれてありがとう」

 数秒間を置き、ミユはまた口を開く。

「私、部屋に戻るね。また何かあったら教えて」

「あぁ」

 正直に言うと、もうここへは来て欲しくなかった。
 その気持ちを伝えられる訳もなく、次々に二人の気配は消えていく。
 ようやく一人きりになれた。今度こそ眠ってしまおう。腰を上げ、重たい身体を引き摺ってベッドへと倒れ込む。
 溜め息を吐くと、轟音と共に雷が光った。僅かな恐怖心が沸き起こる。まだ怖いと思う心は残されているらしい。
 明かりを消すことすらも面倒臭く、静かに瞼を閉じた。もう、何もかも終わってしまえば良いのに。そんな考えを消すこともなく。

 * * *

 無情にも朝はやってきた。次の日も、その次の日も。そうして三日間、俺はただぼんやりと過ごしていた。生を無駄に過ごしていた。
 何もしなくても、腹は減ってしまう。アレクが置いてくれたであろう食事を廊下からさらい、淡々と胃へと流し込む。美味しいとか、好物だとか、そんな感情もどこかへ置いてきてしまっていた。
 そろそろ行動を起こさなくては。思うのに、頭がきちんと働いてくれない。
 いや、違う。この重荷を誰かと分け合いたかったのかもしれない。俺だけで抱えるには重過ぎる。
 タイミング良く、ドアがノックされた。アレクだと良いなと思ったが、物事は思い通りには運ばないものである。

「クラウ、ご飯食べれてる?」

 鈴の音に似た、コロコロと転がるような可愛らしい声――ミユだ。心配してくれているのが声色だけで分かる。

「......ミユ、アレクを呼んできて欲しい」

 何とか声を絞り出す事が出来た。数秒間が空く。
 
「私じゃ駄目?」

「ごめん」

「ちょっと待っててね」

「うん」

 ミユの気配は確実に遠ざかっていく。
 アレクにあの話をするということは、俺も受け入れなくてはならないのだろう。拒絶したところで、現実は何も変わらない。そう、何も。
 首を横に振り、椅子へ座った。手が汗ばみ、喉がひりつく。
 アレクは数分も経たずに部屋へとやってきた。未だに鍵のかかったドアを三回震わせる。

「来たぞ。入っても良いか?」

 返事をする代わりに、瞼を閉じて魔法を使う。鍵の開く音がすると、すぐにドアは開かれた。廊下の涼しい空気が部屋へと流れ込む。

「......何があった?」

 いつにも増して、慎重で、力のこもった声だ。

「とりあえず、椅子に座って」

「あ、あぁ......」

 意外にも、俺の心臓は平静を保っている。
 指示通りにアレクは俺の対角に座ると、吐息を吐いた。

「こんなに落ち込むくらいだ。ミユの呪いは解けねぇって言われただけじゃねーだろ?」

「......うん」

 瞼を閉じ、話し出すタイミングを窺う。

「ミユの呪いは解けるよ。ただし......」

「何だ?」

「俺が死ねば、ね」

「......はっ?」

 アレクは理解したくないのか、嘲笑してみせる。

「意味分かんねーよ。何でオマエが」

「あっちに剣がない? 解呪の剣っていうんだってさ」

 洋箪笥の横に転がる解呪の剣を視線で追う。アレクも恐らく発見しただろう。

「何でそんな物騒なもんがここにあるんだよ」

 声が僅かに震えている。

「神様に貰った」

「やっぱ意味分かんねーよ。一から説明しろ」

 小さくはあるが、脅しに近い声色だ。
 ようやく剣から目を逸らす事が出来、瞼を閉じた。細い息を吐き、自身の心を落ち着かせる。
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