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代償3

 眺めたところで、今、理解出来ることは限られていた。「うーん」と唸り声を上げ、鞘から刀身を抜いてみる。鋭い刃は鏡のように俺の姿を写し、太陽の光で煌めく。

「玉を嵌め込めたなら、敵をかすりさえすれば良い。敵は呪いと共に消滅するだろう」

 そんなにも強大な力が、この剣に秘められているなんて。と、ここで俺たちが魔法の特訓をする意義を見失ってしまうのだ。

「かすっただけで、敵も、呪いも消滅するんなら、羽根で戦う意味なんてなくない?」

「それもそうではないのだ」

 神は静かに瞬きをすると、鋭い視線を俺へ向ける。

「お前には覚悟してもらわなければならない」

 その声には、口を挟む事さえ許さぬ気迫があった。重く、低い。

「己の身を捧げる覚悟を」

 一言の衝撃に心臓が脈打ち、息が詰まる。
 身を捧げる――つまり、死ね、ということだろうか。
 理解した途端、身体が震え始める。声が、言葉が出てくれない。

「羽根を使う前に、お前の覚悟が決まるとも限らぬからな。あれは戦力として持っていた方が良い」

 こいつは何を言っているのだろう。

「良いか、相打ちを狙うのだ。叶わなければ自害する他にない」

 自分で自分の命を――考えただけでゾッとする。
 これまで四度も自分の命を無駄にしてきたのに。ミユと出逢った今となっては、自分の命が惜しくて堪らない。

「まあ、お前以外の......風の魔導師でも、火の魔導師でも構わないのだが」

 神は力なく首を振る。

「お前が適任だろう」

「そんな......」

「他に手段はない。それが我らが導き出した答えだ」

 こんな重荷をアレクやフレアに背負わせられる筈がない。死ねなんて言える筈がない。

「伝えられることはこれだけだ。帰路に着きなさい」

 神の声に答えるかのように、一陣の風が吹き抜ける。
 嫌だ。何も考えたくない。

「自力で帰れぬのなら、帰らせるのみ」

 神は翼をはためかせると、徐々に地上から離れていく。
 それと共に、俺の身体が光り始めた。転移させるつもりなのだろうか。
 どうにもならない感情を抱え、神の行く先をただただ見ていた。光は強まり、浮遊感が襲い来る。
 気付いた時には、モザイク模様の真ん中に佇んでいた。膝から崩れ落ち、剣を持ったまま両手を地面に突く。
 ミユの笑顔が脳裏に浮かぶ。怖い。嫌だ。悲しい。憎い。負の思いだけが頭を占拠し、感情の雫となって両目から溢れ落ちる。

“クラウ、帰ろう......?”

 訳も分からず、首を横に振る。

“じゃあ、勝手に力を使わせてもらうよ”

 どうにでもすれば良い。半ばヤケになり、瞼を固く閉じた。周りの空気が一瞬にして変わる。
 何で、俺がこんな目に。
 ミユに知らせられないのも納得だ。仲間を一人犠牲にしろなんて、神だとしても言える筈が無い。
 せめてもの情け、ということなのだろうか。

「うわあぁっ!」

 手に触れた剣を前方へと力任せに投げつけた。何かにぶつかり、激しい音を立てる。

「何で......!」

 今度はミユではなく、俺が死ななければならない。何故、どうして――神は、運命はこんなにも過酷なのだろう。
 俺の思いを知らぬように、鳥の囁き声が聞こえた。

「う......うぅ......」

 子供のように、声を上げて泣きじゃくる。
 これからのことなんて考えられない。ミユは今まで、こんな絶望の中にいたのだろうか。
 彼女の立場に立ってみて、初めて気づく。俺には、心配りが全く足りていなかった。

「ミユ......ごめん......」

 拳を血が滲むのではないかという程に握る。
 時間の経過を感じるなんて、完全に麻痺してしまっていた。

 * * *

 涙は枯れるということを知らないのだろうか。いくら経っても止まってはくれない。
 感情も死んでしまった頃、ドアをノックする音が三回鳴り響いた。

「おい、クラウ」

 ドアを隔てているせいでくぐもってはいるが、アレクの声だ。
 今は誰にも会いたくない。話したくない。

「おい、いるんだろ?」

 見えもしないのに、首を横に振ってみせる。

「飯だけでもって思ったんだけどよー、食う気になったら出てこいよ」

 たった一言『ありがとう』を言うだけなのに。声が出てくれない。
 虚しく足音は遠ざかっていく。
 ドアの前には、あの解呪の剣が転がっている。こんなもの、見たくない。
 乱暴に立ち上がり、剣と鞘を取り上げた。刃を鞘に収め、洋箪笥に立てかける。クローゼットから上着を一着取り出すと、目に映らないように剣に被せた――のは良いのだが、上着の重さで剣が倒れてしまった。
 もう良い。
 不貞腐れるようにその場にうずくまり、溜め息を吐く。
 俺はこれから、どう立ち回れば良いのだろう。分からない。
 ミユの呪いを解くためには、誰かの命が必要で、俺が適任だと言われて。俺が命を投げ出せば、ミユは救われる。救われたとして、ミユは幸せになってくれるだろうか。
 幸せにならない未来なんて、想像したくない。せめて、俺に想いを寄せてくれる前に、この世から消え去りたい。
 羽根の力を借りるまでもない。俺は、ミユを救うことしか考えられない。
 しかし、いざとなった時に、本当に俺は死を覚悟出来るのだろうか。思考の渦に囚われたまま、時間だけが過ぎていった。
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絶望の淵で1
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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代償3

 眺めたところで、今、理解出来ることは限られていた。「うーん」と唸り声を上げ、鞘から刀身を抜いてみる。鋭い刃は鏡のように俺の姿を写し、太陽の光で煌めく。

「玉を嵌め込めたなら、敵をかすりさえすれば良い。敵は呪いと共に消滅するだろう」

 そんなにも強大な力が、この剣に秘められているなんて。と、ここで俺たちが魔法の特訓をする意義を見失ってしまうのだ。

「かすっただけで、敵も、呪いも消滅するんなら、羽根で戦う意味なんてなくない?」

「それもそうではないのだ」

 神は静かに瞬きをすると、鋭い視線を俺へ向ける。

「お前には覚悟してもらわなければならない」

 その声には、口を挟む事さえ許さぬ気迫があった。重く、低い。

「己の身を捧げる覚悟を」

 一言の衝撃に心臓が脈打ち、息が詰まる。
 身を捧げる――つまり、死ね、ということだろうか。
 理解した途端、身体が震え始める。声が、言葉が出てくれない。

「羽根を使う前に、お前の覚悟が決まるとも限らぬからな。あれは戦力として持っていた方が良い」

 こいつは何を言っているのだろう。

「良いか、相打ちを狙うのだ。叶わなければ自害する他にない」

 自分で自分の命を――考えただけでゾッとする。
 これまで四度も自分の命を無駄にしてきたのに。ミユと出逢った今となっては、自分の命が惜しくて堪らない。

「まあ、お前以外の......風の魔導師でも、火の魔導師でも構わないのだが」

 神は力なく首を振る。

「お前が適任だろう」

「そんな......」

「他に手段はない。それが我らが導き出した答えだ」

 こんな重荷をアレクやフレアに背負わせられる筈がない。死ねなんて言える筈がない。

「伝えられることはこれだけだ。帰路に着きなさい」

 神の声に答えるかのように、一陣の風が吹き抜ける。
 嫌だ。何も考えたくない。

「自力で帰れぬのなら、帰らせるのみ」

 神は翼をはためかせると、徐々に地上から離れていく。
 それと共に、俺の身体が光り始めた。転移させるつもりなのだろうか。
 どうにもならない感情を抱え、神の行く先をただただ見ていた。光は強まり、浮遊感が襲い来る。
 気付いた時には、モザイク模様の真ん中に佇んでいた。膝から崩れ落ち、剣を持ったまま両手を地面に突く。
 ミユの笑顔が脳裏に浮かぶ。怖い。嫌だ。悲しい。憎い。負の思いだけが頭を占拠し、感情の雫となって両目から溢れ落ちる。

“クラウ、帰ろう......?”

 訳も分からず、首を横に振る。

“じゃあ、勝手に力を使わせてもらうよ”

 どうにでもすれば良い。半ばヤケになり、瞼を固く閉じた。周りの空気が一瞬にして変わる。
 何で、俺がこんな目に。
 ミユに知らせられないのも納得だ。仲間を一人犠牲にしろなんて、神だとしても言える筈が無い。
 せめてもの情け、ということなのだろうか。

「うわあぁっ!」

 手に触れた剣を前方へと力任せに投げつけた。何かにぶつかり、激しい音を立てる。

「何で......!」

 今度はミユではなく、俺が死ななければならない。何故、どうして――神は、運命はこんなにも過酷なのだろう。
 俺の思いを知らぬように、鳥の囁き声が聞こえた。

「う......うぅ......」

 子供のように、声を上げて泣きじゃくる。
 これからのことなんて考えられない。ミユは今まで、こんな絶望の中にいたのだろうか。
 彼女の立場に立ってみて、初めて気づく。俺には、心配りが全く足りていなかった。

「ミユ......ごめん......」

 拳を血が滲むのではないかという程に握る。
 時間の経過を感じるなんて、完全に麻痺してしまっていた。

 * * *

 涙は枯れるということを知らないのだろうか。いくら経っても止まってはくれない。
 感情も死んでしまった頃、ドアをノックする音が三回鳴り響いた。

「おい、クラウ」

 ドアを隔てているせいでくぐもってはいるが、アレクの声だ。
 今は誰にも会いたくない。話したくない。

「おい、いるんだろ?」

 見えもしないのに、首を横に振ってみせる。

「飯だけでもって思ったんだけどよー、食う気になったら出てこいよ」

 たった一言『ありがとう』を言うだけなのに。声が出てくれない。
 虚しく足音は遠ざかっていく。
 ドアの前には、あの解呪の剣が転がっている。こんなもの、見たくない。
 乱暴に立ち上がり、剣と鞘を取り上げた。刃を鞘に収め、洋箪笥に立てかける。クローゼットから上着を一着取り出すと、目に映らないように剣に被せた――のは良いのだが、上着の重さで剣が倒れてしまった。
 もう良い。
 不貞腐れるようにその場にうずくまり、溜め息を吐く。
 俺はこれから、どう立ち回れば良いのだろう。分からない。
 ミユの呪いを解くためには、誰かの命が必要で、俺が適任だと言われて。俺が命を投げ出せば、ミユは救われる。救われたとして、ミユは幸せになってくれるだろうか。
 幸せにならない未来なんて、想像したくない。せめて、俺に想いを寄せてくれる前に、この世から消え去りたい。
 羽根の力を借りるまでもない。俺は、ミユを救うことしか考えられない。
 しかし、いざとなった時に、本当に俺は死を覚悟出来るのだろうか。思考の渦に囚われたまま、時間だけが過ぎていった。
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次の話絶望の淵で1
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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