
始まりの疾風3
罪悪感を噛み締めながら、塔の入り口をくぐる。中はほの暗く、何も置かれてはいない。床を見ても、黄色のモザイク模様が広がっているだけだ。 そこへアレクが声を張る。「地の魔導師を連れてきた」“そうか。地の魔導師、そこの魔方陣の中へ”
空気を振動させる男性の声――姿はなくとも、とてつもない存在感だ。 床のモザイクが黄色く光りだし、魔方陣の形を作り上げていく。 ミユを不安にさせる訳にはいかない。「ミユ、行っておいで」「過去を覗けるチャンスだぞ」 ミユの背中を押したい衝動を抑え、何とか声をかける。 ミユも小さく頷いてくれた。「行ってくるね」 儚い微笑みを残し、一瞬にしてミユは魔方陣の向こう側へと行ってしまった。 残された三人で顔を見合わせ、表情を曇らせる。「オレは羽根を取ってくる。もしオレよりも先にミユが帰ってきたら、ミユを頼んだぞ」「そんなの分かってる」 乱暴に返すと、アレクはニッと笑った。「じゃーな」 アレクはこちらに背中を向けると、右手をひらひらと振る。まるで緊張感がない。 そのまま魔方陣の円を踏むと、瞬く間に光の奥へと消えていった。 ミユは大丈夫だろうか。今頃アレクとの――いや、ヴィクトとの記憶を見ているのだろうか。心配は尽きない。頭がパンクしそうだ。「ミユ......」 呟きながら、床に崩れ落ちた。「もう、だらしないんだから」 後方にいたフレアは俺の隣に来るとすとんと腰を下ろす。「こうなるのは分かってたでしょ?」「分かってたけどさ、なんて言うか......」「何?」「覚悟が足りなかった」 声と同じように、気持ちまでもが萎んでしまう。 フレアは大げさに溜め息を吐いた。「アレクもクラウも、ちゃんと先のことを考えて欲しいな」「考えたよ。これ以上、良い選択肢はなかった」「そう」 フレアはこちらを見ずに、遠くの方を眺める。 そうだ、悩んだ結果が今なのだ。唇を嚙み、目線を床に向けた。「でも、ミユにはそんな顔を見せたら駄目だからね。不安にさせちゃうだけだから」「うん、今だけにしとく」 フレアの吐息を吐く音だけが塔に響く。 そうして何も喋れなくなってしまった。フレアも何も喋ろうとはしない。 それなのに、大して気まずくはなかった。俺が心配や不安を膨らませ過ぎたせいかもしれない。アレクが帰ってきたことにも気づけなかった。「おい」 肩を叩かれ、顔を上げる。 呆れた様子のアレクの顔があった。「そんなに思い詰めなくても、ミユは無事に帰ってくるだろ」「そうかもしれないけどさ」 ミユの過去が酷いものだけに、どうしても心配になってしまう。「オレはカノンと何かあった訳じゃねぇ。何かあったのはリエルとアイリスだ。風の塔だけは心配要らねぇよ」 励ましのつもりかもしれないが、これでは先のことが更に心配になってしまう。それに、過去の自分を恨む原因にも。 溜め息を吐くと、アレクは自分の言った失敗に気づいたのか、「済まねぇ」とだけ口にした。「カノンは......何でアイリスを恨んでたんだろう......」 フレアはか細い声を絞り出す。 その問いに答えられる者は、この場にはいない。ミユだけだ。「ミユが思い出したら聞けば良い。そんなに思い詰めんな」「うん......」 アレクはフレアの肩を抱き、そっと慰める。「アレクは羽根を手に入れられたの?」「あぁ。ワープした先に浮かんでたな」「そっか」 いくら俺がぼんやりしていたとしても、それ程時間は経っていない筈だ。それに比べてミユは――。 どうしても気持ちがミユの方へと行ってしまう。「これからのことはミユの試練が終わってからにしよーぜ」「試練、か」 誰が、何のために好き好んでこんなことを。思わずせせら笑うと、アレクは眉をひそめる。「何だ?」「意味はないよ」 こんなにも辛い過去なのに、忘れていた方が良かったなんて思えなかった。彼女を愛した記憶が消滅するなんて、想像したくもない。 考えごとをしていると、魔方陣が目が眩むほどの光を放ち始めたのだ。ミユが帰ってきたのだろう。口よりも身体が先に動いていた。地面を蹴り、魔方陣の光を突き破る。途端に光は弾け去った。「ミユ!」 中央にはミユの身体が横たわっていた。慌ててしゃがみ込み、その体を揺する。 反応はない。瞼は閉じられ、穏やかな表情だ。呼吸も落ち着いている。「眠ってる、のかな」「記憶を引き出された時のオマエもそんな感じだったぞ」 それならば、大事はない、ということだろうか。気が緩み、両手を地面についた。 魔方陣の先での出来事はあまり覚えていない。ミユも酷い扱いをされていないことを願うばかりだ。「帰ろう?」「そーだな」 フレアとアレクの声が聞こえた。 その後、数分間の沈黙が続く中、アレクの足音だけが塔に響く。恐らく、ミユが帰るための魔方陣を描いているのだろう。「出来たぞ」 足音が止まると、アレクが盛大に息を吐き出した。「ミユ、帰るよ」 返事が来ないことを分かっていながら、そっと微笑みかけてみる。壊れ物に触れるように、そっとその身体を抱いた。 温かい。ミユに初めて触れた感想がそれだった。涙が頬を伝う。
「先に行ってるからな。オマエもすぐ来いよ」 僅かに憂いを帯びた声が聞こえたと思うと、アレクとフレアの気配が掻き消えた。 顔を見られなくて良かった。頭を何度か軽く振り、気持ちを切り替える。涙を拭うこともせず、そのまま魔方陣へと足を踏み入れた。 始まりの疾風3
罪悪感を噛み締めながら、塔の入り口をくぐる。中はほの暗く、何も置かれてはいない。床を見ても、黄色のモザイク模様が広がっているだけだ。 そこへアレクが声を張る。「地の魔導師を連れてきた」“そうか。地の魔導師、そこの魔方陣の中へ”
空気を振動させる男性の声――姿はなくとも、とてつもない存在感だ。 床のモザイクが黄色く光りだし、魔方陣の形を作り上げていく。 ミユを不安にさせる訳にはいかない。「ミユ、行っておいで」「過去を覗けるチャンスだぞ」 ミユの背中を押したい衝動を抑え、何とか声をかける。 ミユも小さく頷いてくれた。「行ってくるね」 儚い微笑みを残し、一瞬にしてミユは魔方陣の向こう側へと行ってしまった。 残された三人で顔を見合わせ、表情を曇らせる。「オレは羽根を取ってくる。もしオレよりも先にミユが帰ってきたら、ミユを頼んだぞ」「そんなの分かってる」 乱暴に返すと、アレクはニッと笑った。「じゃーな」 アレクはこちらに背中を向けると、右手をひらひらと振る。まるで緊張感がない。 そのまま魔方陣の円を踏むと、瞬く間に光の奥へと消えていった。 ミユは大丈夫だろうか。今頃アレクとの――いや、ヴィクトとの記憶を見ているのだろうか。心配は尽きない。頭がパンクしそうだ。「ミユ......」 呟きながら、床に崩れ落ちた。「もう、だらしないんだから」 後方にいたフレアは俺の隣に来るとすとんと腰を下ろす。「こうなるのは分かってたでしょ?」「分かってたけどさ、なんて言うか......」「何?」「覚悟が足りなかった」 声と同じように、気持ちまでもが萎んでしまう。 フレアは大げさに溜め息を吐いた。「アレクもクラウも、ちゃんと先のことを考えて欲しいな」「考えたよ。これ以上、良い選択肢はなかった」「そう」 フレアはこちらを見ずに、遠くの方を眺める。 そうだ、悩んだ結果が今なのだ。唇を嚙み、目線を床に向けた。「でも、ミユにはそんな顔を見せたら駄目だからね。不安にさせちゃうだけだから」「うん、今だけにしとく」 フレアの吐息を吐く音だけが塔に響く。 そうして何も喋れなくなってしまった。フレアも何も喋ろうとはしない。 それなのに、大して気まずくはなかった。俺が心配や不安を膨らませ過ぎたせいかもしれない。アレクが帰ってきたことにも気づけなかった。「おい」 肩を叩かれ、顔を上げる。 呆れた様子のアレクの顔があった。「そんなに思い詰めなくても、ミユは無事に帰ってくるだろ」「そうかもしれないけどさ」 ミユの過去が酷いものだけに、どうしても心配になってしまう。「オレはカノンと何かあった訳じゃねぇ。何かあったのはリエルとアイリスだ。風の塔だけは心配要らねぇよ」 励ましのつもりかもしれないが、これでは先のことが更に心配になってしまう。それに、過去の自分を恨む原因にも。 溜め息を吐くと、アレクは自分の言った失敗に気づいたのか、「済まねぇ」とだけ口にした。「カノンは......何でアイリスを恨んでたんだろう......」 フレアはか細い声を絞り出す。 その問いに答えられる者は、この場にはいない。ミユだけだ。「ミユが思い出したら聞けば良い。そんなに思い詰めんな」「うん......」 アレクはフレアの肩を抱き、そっと慰める。「アレクは羽根を手に入れられたの?」「あぁ。ワープした先に浮かんでたな」「そっか」 いくら俺がぼんやりしていたとしても、それ程時間は経っていない筈だ。それに比べてミユは――。 どうしても気持ちがミユの方へと行ってしまう。「これからのことはミユの試練が終わってからにしよーぜ」「試練、か」 誰が、何のために好き好んでこんなことを。思わずせせら笑うと、アレクは眉をひそめる。「何だ?」「意味はないよ」 こんなにも辛い過去なのに、忘れていた方が良かったなんて思えなかった。彼女を愛した記憶が消滅するなんて、想像したくもない。 考えごとをしていると、魔方陣が目が眩むほどの光を放ち始めたのだ。ミユが帰ってきたのだろう。口よりも身体が先に動いていた。地面を蹴り、魔方陣の光を突き破る。途端に光は弾け去った。「ミユ!」 中央にはミユの身体が横たわっていた。慌ててしゃがみ込み、その体を揺する。 反応はない。瞼は閉じられ、穏やかな表情だ。呼吸も落ち着いている。「眠ってる、のかな」「記憶を引き出された時のオマエもそんな感じだったぞ」 それならば、大事はない、ということだろうか。気が緩み、両手を地面についた。 魔方陣の先での出来事はあまり覚えていない。ミユも酷い扱いをされていないことを願うばかりだ。「帰ろう?」「そーだな」 フレアとアレクの声が聞こえた。 その後、数分間の沈黙が続く中、アレクの足音だけが塔に響く。恐らく、ミユが帰るための魔方陣を描いているのだろう。「出来たぞ」 足音が止まると、アレクが盛大に息を吐き出した。「ミユ、帰るよ」 返事が来ないことを分かっていながら、そっと微笑みかけてみる。壊れ物に触れるように、そっとその身体を抱いた。 温かい。ミユに初めて触れた感想がそれだった。涙が頬を伝う。
「先に行ってるからな。オマエもすぐ来いよ」 僅かに憂いを帯びた声が聞こえたと思うと、アレクとフレアの気配が掻き消えた。 顔を見られなくて良かった。頭を何度か軽く振り、気持ちを切り替える。涙を拭うこともせず、そのまま魔方陣へと足を踏み入れた。 次の話始まりの疾風4›