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焦燥のゆくえ

 この国には、死んだ者を蘇よみがえらせる神の力の通り道、神道しんどう―― がある。

 神道しんどうが太い土地では、多くの死者が蘇よみがえり、細い土地では、その奇跡はまばらにしか起こらない。

 一度死んだ魂は、神の国へと続く、魂の川に還かえる。
 神はその川から魂を掬すくい上げ、気まぐれに人の身体へ返す。
 そうして蘇よみがえった者は、けして完全な『その人』ではない。

 それでも人は、それを救いと呼ぶ。

 たとえ、魂の形が変わっていても。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 この街は、軍の駐屯地ちゅうとんちを抱える駐屯都市ちゅうとんとしだ。

 背の高い塀へいの門には軍旗ぐんきが掲げられ、サーベルを腰に下げた門番が立っていた。
 通りにも軍服姿の者は珍しくなく、他の街や村より、空気は少しだけ硬い。

 クロードは身元確認を済ませたあと、門番に一枚の身分証を見せた。

「すまん。これを届けに来た」

 門番はそれを受け取り、記された名前を見て顔をしかめた。

「......これを、どこで?」
「十日前、この街へ来る途中で死んでいるのを見つけた。一日待ったが、蘇生しなかった」
「そうか。遺体は?」
「埋めた」
「分かった。これは軍から教会へ死亡届を出したのち、家族の元へ送られる」
「そうか。頼む」

 クロードはもう一つ、ポケットからドッグタグを取り出した。
「これも、家族の元へ送ってもらえないか」

 門番はそれを見ると、わずかに目を伏せて首を振った。

「......すまんな。それは、家族じゃなく、別の相手に渡してやってくれ」
「あんた、知っているのか」
「新兵の頃の友人だった」

 門番は懐からマッチ箱を取り出して差し出した。

「この街で歌っている女だ。彼女に渡してやってほしい」
「......そうか」

 クロードはそれを受け取り、箱に書かれた店名に目を落とした。
「分かった」



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 クロードは街で安宿を取ると、その足でギルドへ向かった。

 木戸を押し開けると、中は大勢の人で賑にぎわっていた。

 壁の掲示板の前では、依頼書を見比べながら仕事を選ぶ者たちがいる。
 窓口では、獲物を持ち込んで換金している者がいた。
 別の列では、新たな依頼を申請する者が受付係と言葉を交わしている。

 冒険者だけではない。
商人、職人、技術者、学者━━さまざまな職の者たちがこの場所を行き交っていた。

 クロードも掲示板の前に立ち、いくつか貼られた紙に目を通していた。
そのうちの一枚に、ふと視線が止まる。

『この絵の瓶びんの捜索そうさく』

 そう書かれた紙には、瓶びんらしきものの絵が描かれていた。
だが、その形はどこか奇妙だった。

 背の高い三角屋根を載せた、塔のような形をしていた。
 その屋根と胴のあいだは妙にくびれていて、見たことのない輪郭りんかくをしている。

 香水瓶にも見えた。
 だが、簡単に描かれたその絵には、装飾らしいものは何ひとつない。

 クロードがしばらくその紙を眺めていると、ふいに横から肩へ手が置かれた。

「君、この依頼に興味があるのかい?」

 肩を叩いたのは、背中まである長い金髪の男だった。
 年の頃は、クロードと変わらないだろう。
ひどく痩せた身体には不釣り合いな、ぶかぶかの膝丈の衣をまとっている。前髪は右側だけが長く、目を隠していた。

「ほら、面白い形をしているだろう?」

 まつ毛の長い切れ長の目が、近すぎる距離でクロードをのぞきこんだ。

「これはねぇ、隙間なく密閉されているんだ。ほら、ここが大きくくびれているだろう?」

 男は依頼書の輪郭線を、細く節のある指でゆっくりなぞる。

「ここで割るようにできているのさ。実に面白い」

 時折声を裏返らせながらも、その喋りは妙に流暢りゅうちょうで早い。
 ねっとりと耳にまとわりつく声に、クロードはかすかな嫌悪を覚えた。

「詳しいな」

 クロードの言葉に、男はにたりと口元を歪めた。

「そう。そうさ。詳しいだろう?」
 嬉しそうに目を細める。
「これは僕が作ったんだからねぇ」

 クロードはわずかに眉をひそめた。

「......これは何なんだ?」

 その問いに、男の目がぎょろりと見開かれた。

「興味がある?」

 男は嬉しそうに口元を歪め、さらにクロードの間近まで顔を寄せてきた。

「そうかい、そうかい。興味があるのかい。フヒヒ......」

 依頼書の絵を指先で軽くつつき、にたりと笑う。

「これはねぇ......」

 男は両手を大きく広げた。

「ドッカーン」

 そのまま、くるりと一回転して胸に手を当てる。
 まるで舞台役者のような仕草だった。

「貴族の御屋敷くらい、簡単に━━そう、実に簡単に吹き飛ばせる薬、なのさ。ヒヒヒヒヒ......」
「危ないな」

 それは薬のことか、目の前の男のことか。

「お前は誰だ?」
「僕? 僕はねぇ、この駐屯都市で薬師やくしをしている」

 男はにたりと笑う。

「名は、仲良くなったら教えてあげよう」

 薬師やくしと名乗ったその男は、依頼書をピッと取ると、クロードの胸に押しつけた。
そして、囁ささやくような低い声で続ける。

「探すといい。そう、必死に、懸命に、探したまえ。......ただし、瓶びんを割ってはいけないよ。ヒヒヒヒヒ」

 薬師やくしは、気味の悪い笑い声を残し衣を翻して雑踏ざっとうへ消えていった。

 クロードは密かに息を吐き、こわばっていた肩の力を抜いた。

 手の中の依頼書に目を落とす。
 個人依頼にしては報酬ほうしゅうがいい。
 それに、薬師やくしの言葉も引っかかっていた。

 わずかに迷ったのち、クロードはその依頼書を持って受付カウンターへ向かった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 翌朝、クロードは依頼の控えを頼りに、大通りに面した一軒の店を訪ねた。

 美しい色ガラスのはめ込まれた扉を開けると、女が「いらっしゃいませ」と迎えた。

「この依頼を受けた者だ」
「これ、父さんがギルドに出した依頼......ちょっと待ってて下さい」

 そう言うと、店の奥の扉を開け、大きな声で「父さーん」と呼んだ。
 しばらくして、清潔感のある服の、背の低い中年の男が、クロードの前へ出てくる。

「これはこれは。私の依頼を受けて下さったのですね」
「ああ。クロードという」
「立ち話も何ですから、どうぞ奥の応接間へ」

 商人らしい柔らかな笑みを浮かべた男に案内され、クロードは奥の間へ通された。
 応接間は上品な調度品で整えられ、座り心地の良さそうなソファーの間には一枚板で作られたローテーブルが置かれていた。

 クロードは依頼書をその上に置き、商人の顔を見た。

「この探し物は、商品か何かか?」
「......いえ、それは商品ではありません」
「では、何だ?」
「それが......なんと言いますか、なくなってしまったのです」
「......」

 商人は言いよどみ、落ち着かない様子で手を組んだり開いたりした。

「でも、それが一体何なのか、私にも分からないのです」
「分からない?」
「十日前、屋根の修理中に落ちましてね。目が覚めてから、それが頭にこびりついて離れないのです」

 クロードは落ち着きを失った商人を、観察するように見つめた。
 そこへ娘が香りの良い紅茶を運んでくる。

「どうぞ」
「ありがとう」

 十日前━━。
 それは、崖下がけしたの河原で兵士の死体を見つけた頃と重なる。

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、静かに目を落とした。

 娘が部屋を出ていってから、商人はクロードの持つドッグタグをじっと見つめていた。

 その視線に気づき、クロードはドッグタグを目の高さまで持ち上げる。

「こいつが気になるのか?」
「あの......それを少し見せてくれませんか?」
「ああ」

 クロードが手渡すと、商人は刻まれた名を親指で何度もなぞった。

「そいつ、知り合いか?」
「いえ、知りません。でも、覚えがあるような......」

 商人は眉を寄せ、何かを思い出そうとするように目を閉じた。

「......だめだ、分からない。でも、朝にはなくなっていた......」
「朝?」
「上からの指令で、薬師やくしから預かって、軍の研究施設まで届けるはずだったのです」
「............」

 その言葉に、クロードは先ほどの奇妙な男を思い出し、わずかに眉を上げた。

「でも、朝にはなくなっていた。探さなければ......」
 商人は虚ろな目でどこか遠くを見つめ、もう一度「探さなければ......」と呟いた。

 クロードが紅茶のカップを持ち上げると、受け皿が小さくカチリと鳴る。
 その音に、商人ははっとしたようにクロードを見た。

「......あれ? どこまで話しましたっけ?」
「依頼は分かった。探してみよう」
「そうですか。助かります」
「ただ、探すのはこの街に滞在する間だけだ。見つからなかった場合は、それまでだ」
「いえ、それでも十分です。前金はそのままお納め下さい」

 商人はにこやかに答えた。



 話を終え、クロードが店を出ようとした時、商人の娘に呼び止められた。

「あの、すみません」

「なんだ?」
「あの、父のことで......お聞きしたいことが......」

 娘はちらちらと奥の間を気にしている。
 そのそぶりに、クロードはわずかに目を細めた。

「場所を変えよう」

 二人は店を出て、近くの公園へ向かった。
 木陰にあるベンチに座ると、娘もためらいがちにクロードの隣へ腰を下ろした。

「俺に何を聞きたい?」
「......父は......十日前、店の屋根の修理の途中で足を踏み外しました。打ちどころが悪く、亡くなってしまったんです。けれど、幸い教会で蘇生が叶って......戻ってきてくれました」

 娘は道行く人々を見つめ、いったん口を閉ざした。

「でも、それからなんです。あの変な形の瓶びんがない、ないって。毎朝家中を探し回るようになったんです」
「毎朝......?」
「ええ。まだ日が昇らない時間に」

 娘はうつむき、膝の上で手を握りしめた。

「あまりにも慌てた様子で......でも、一旦落ち着くと、以前と変わらない父に戻るんです」

 クロードは娘を一瞥してから、視線を通りへ向けた。

「あんた......蘇生者が、蘇生の後に、性格や行動が変わった、とか聞いたことはあるか?」
「いえ......いや、そういえばそんな噂うわさを聞いたことがあります」

「魂は、本来、神代国かみよのくにに流れる魂の川へ還る。この国では、死ねば魂はそこへ戻る」

 娘は黙ってクロードの言葉に耳を傾けていた。

「神がその魂を帰す道を、神道しんどうという」
「ええ、教会の教えですね」
「しかし、魂を帰す時、他の魂が混じることがある」
「......えっ?」
「魂の川は流れているからな」

 そこでクロードは口を閉ざし、娘へ視線を向けた。
 膝の上で固く組まれた白い手が、かすかに震えている。

「まさか......父の魂は、他の誰かのものだと......?」
「いや、そうじゃない。ほとんどは本人の魂だろう」

 娘はおそるおそるクロードを見上げた。

「ただ、そこに別の魂が混じっている」
「......父は......蘇生してから、自分のことを『私』って言うようになったんです。以前は『儂わし』って言ってたのに......」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、そこに刻まれた名を静かに指でなぞった。

「父は......もう、元には戻らないのでしょうか」
「......ああ」

 娘は立ち上がり、クロードの前で深く頭を下げた。
「お願いです。父の探し物を見つけて下さい。父がそれで少しでも落ち着けるなら......」

 クロードはフラップキャップのつばを下げ、目元を隠した。
「可能な限り」

 それから娘と別れ、街の南側へ向かった。
 そのあたりは、裕福でも貧民でもない、普通の市井の人々が暮らす地域だった。
 向かい合った建物のあいだにはロープが渡され、洗濯物を干している家も多い。

 その街角に、少し大きめの建物があった。

「医院長はいるか」

 クロードは扉を開け、ベッドが並ぶ室内へ足を踏み入れた。

 奥の扉を開けると、消毒液の匂いが鼻をついた。
 診察台の向こうには古びた衝立ついたてがあり、その向こうから「おう、クロードか」と声がした。

 衝立ついたての向こうにいたのは、禿はげた頭に白衣をまとい、腹だけは立派に突き出た小柄な老人だった。

「医院長、いたのか」
「久しぶりじゃな。この街にいつ来た?」
「昨日」
「そうか。元気にしとるようじゃの」

 医院長はそう言って、酒の入ったグラスを軽く傾けた。

「あんたも相変わらず酒びたりなんだな」

 クロードが椅子に座ると、医院長は勧めるようにグラスを差し出した。
 だが、クロードは小さく首を振って辞退する。

「あんた、こういった瓶びんを知らないか?」

 クロードは依頼書の絵を差し出した。
 医院長はそれを見て、「アンプルじゃな」と面白くなさそうに言った。

 脇の棚の鍵を開け、ひとつの小瓶を取り出してクロードに見せる。

「薬入れじゃ」
「薬......」
「こいつを作れるのは、この街に一人しかおらん」
「薬師やくし......か?」
「知っとるのか」

 クロードはわずかに眉をひそめた。

「あいつは頭がイカれておる。ただし、腕はいい」
「あんたと一緒だな」
「ばかもん。ワシをあいつと一緒にするな」
 手に持ったグラスの酒をくいっとあおった。

 医院長はクロードの持つ依頼書に目を落としたまま言った。

「その依頼者、十日前に蘇生しとるぞ」
「ああ。それで、魂が少し混じっているみたいだ」
「......ふん」

 医院長は鼻を鳴らした。

「神の恵みか、神の呪いか。不憫ふびんじゃの」
「神の気まぐれだ」

 クロードがそう言うと、医院長は苦いものでも飲み下すように、またグラスを傾けた。

「アンプルに入っている薬は危ない物が多い」
「薬師やくしは爆発すると言っていた」

 医院長は「ふん」と鼻を鳴らす。

「奴なら作りかねんな」
「あと......依頼者の魂に混じった者が言っていた。軍の研究施設に運んでいたと」

 そこで初めて、医院長の手が止まった。

「会話できたのか」
「こいつを見せてから、口調が変わった」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、医院長に見せた。

「俺が発見した死体は、まだ温かかった。それが十日前の早朝だ」
「死んだ頃も同じ、か。あり得ん話ではないな」

 クロードはドッグタグに刻まれた名前を、静かに指でなぞった。

「十中八九、この兵士で間違いないだろう」

「話せるくらいに魂が混じってるとすりゃ、依頼人の人格が変わっちまうぞ」
「ああ。目を閉じさせてやらなきゃならない」

 クロードはドッグタグをポケットに戻し、立ち上がった。

「行くのか」
「ああ」

 フラップキャップをまぶかにかぶったクロードを、医院長が「おい」と呼び止めた。

「お前のここ......神道痕しんどうこんはどうなっとる?」
 親指を立てて、自分の胸をトンとつつく。

 クロードはしばらく無言で医院長を睨にらんでいたが、「変わりない」とだけ言って、診察室を後にした。

 医院の扉を開けると、そこに一人の人物が立っていた。
 ギルドで声をかけてきた、あの男。
 薬師やくしだった。

「お前......」
「おやおや、君は先ほどの、瓶びんの捜索人」

 薬師の言葉に、クロードはわずかに眉を上げた。

「クロードだ」
「クロードくん......ああ、君がクロードくんか。以前、医院長の話で聞き及んでいるよ」

 薬師やくしが三日月のように唇をつり上げた。
 顔に張りついたその笑みは、見る者を不安にさせるような圧迫感を帯びている。

「あのアンプルには何が入っていた?」
「言っただろう? 危ない......そう、危ない薬だと」
「そんな物を、なぜ軍が?」
「泡沫ほうまつの神。君も知ってるだろう?」

 薬師やくしはそこで言葉を切った。

「生まれたばかりの神、幼き神、残酷ざんこくな神――泡沫ほうまつの神。蘇生を持つ我々人間が、最も恐れる厄災さ」

 薬師やくしはさっと距離を縮め、覗のぞき込むようにクロードの灰色の目を見た。

「あの神には善悪も何もない。赤子が玩具で遊ぶように、人の魂を器へ戻す」

 さらに顔を寄せ、囁く。

「その器が、どんなに壊れていても......ね」

 クロードの頬を冷たい汗が流れた。
「不完全蘇生体......か」

「そう、そうだよ君。泡沫ほうまつの神は、どれだけ壊れた器でも蘇生させる」
「............」
「肉片、骨の一片であっても蘇生する。それを止められる方法はただ一つ。ヒヒヒ......蘇生する器を焼き払い、灰にしてしまうことだ。泡沫ほうまつの神に与えないためにね」

 薬師ほうまつは張りついた笑顔のまま、さっとクロードから離れ、丁寧に一礼した。

「あのアンプルには、空気に触れると広範囲を高温で焼き払う薬剤が封じられ、術式が組まれている」

 顔を上げると、わざとらしく眉を寄せる。

「見つけたまえ。......そう、必死に、懸命けんめいに。ただし、アンプルを割ってはいけないよ......フヒヒ」

 薬師はくるりと回り、足取り軽く雑踏ざっとうの方へ去っていった。

 それを見送って、クロードは住宅街の空を見上げた。
 陽はすでに真上に昇っていた。

 ふと腹を押さえる。
 そういえば、まだ何も食べていない。

 クロードは商店街のほうへ歩き出した。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 街の食堂に入ると、席のほとんどは軍服姿の男たちで埋まっていた。
 長テーブルの奥に一席だけ空きがあり、クロードはそこへ座る。

 給仕の男が水の入ったコップをコトンと置き、「いらっしゃい」と声をかけてきた。
 クロードは店のおすすめを頼み、水を飲んだ。

 ほどなく、周囲の話し声が耳に入ってくる。

「東の泡沫ほうまつの神は消えたらしい」
「そいつは良かった」

 安堵するような声だったが、長くは続かない。

「で、次はどこだ」
「分からん。泡沫ほうまつの神は、いつどこで湧わくか読めんからな」
「個体の神と違って、土地も選ばんしな」

 誰かがパンをちぎりながら、小さく舌打ちした。

「ありゃ神じゃねぇ。厄災だよ。厄災」
「前線の不完全蘇生体を焼き払ったら、しばらく休暇だな」

 兵士たちは皿の上の料理をつつきながら、そんな話を当たり前のように交わしていた。

 クロードはパン粥がゆをスプーンですくい、無言で口に入れた。



 神は数え切れないほどいる。
 多くの神は人間に無関心で、誕生や蘇生に関わる神はそう多くない。
 そして成熟した神は、生きることが不可能なほど損壊そんかいした器に魂を戻すことはない。

 しかし、生まれて間もない神は違う。
 幼いがゆえに、あたりかまわず魂を器へ戻してしまう。
 それが肉片であっても、骨の一片であっても、そこに命は灯る。

 蘇生したものは、もはや原形を留めない。
痛みと苦しみにのたうち回り、やがて群れ、波となって生者を襲おそう。

 そして、生まれたての神の多くは、人間界に災いだけを残し、泡のように弾けて消えていく。

 それを人々は厄災と呼んだ。

 不完全に蘇生された者たちは神に問う。

『なぜ......』

 痛みや苦しみに肉をよじらせ、生者に問う。

『なぜ......』

 やがてそれは人の形も心も失い、哀しみの波となって生者へ押し寄せる。
 それを食い止め、死者の世界へ送るために、兵士たちは焼き払う。

 かつての仲間も、友人も、家族も。



 食事を終えると、クロードは再びギルドへ向かった。

 あの兵士が死んでいた辺りに、何か手がかりがあるはずだった。

 掲示板に貼られた依頼書を一通り見て回る。
 山中に関するものがいくつかあった。
 薬草や鉱物の採集、獣の討伐とうばつ━━その中に、盗賊討伐とうぞくとうばつの依頼も混じっている。

 大きな街に近い街道には、追い剥はぎや盗賊が出ることがある。
 野宿している旅人や、荷を運ぶ者を狙う輩やからも少なくない。

 軍の荷を運んでいたあの兵士も、こいつらに襲われたのではないか。
 奪われた荷を取り戻そうとして探し回り、その末に崖から足を踏み外した━━そんな筋書きが、クロードの中で静かに形を結んだ。

 一枚の依頼書がクロードの目にとまった。

『盗賊のアジトの特定』

 それは、個人や店から持ち込まれた依頼書とは書式が違っていた。
ギルド自身が出した依頼だ。

 それだけ、この街の周辺で盗賊被害が続いているのだろう。

「......これなら、やれそうだな」

 クロードはその依頼書を取り、受付へ向かった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 街で数日分の野宿の支度を整えると、クロードは一旦安宿を引き払った。
 背負った革のリュックは、いつもより重い。

 街を出る前に、もう一度医院へ向かう。
 医院長は入口の脇に椅子を出し、酒を飲んでいた。

「もう街を出るのか」
「いや、盗賊のアジトを探しに行く」

 医院長は「ふん......」と、少し思案するような顔をした。
「ちょっと待ってろ」

 そう言って建物の中へ入り、しばらくして戻ってくる。

「これを持って行け」
「......これは?」

 掌てのひらに収まる大きさのプレートには術式が刻まれ、青い石がはめ込まれていた。

「守りの術具じゃ」
「軍不出の術具じゃないのか?」
「そこはホレ、人脈っちゅうもんじゃ」

 医院長がニヤリと笑う。

「あの薬師やくしが作ったモンが絡んでるなら、そいつを持っといて損はなかろう」
「......礼を言う」
「ふん。誰かの前で、お前が神道痕しんどうこんで蘇生したら面倒じゃからな」

 クロードはフラップキャップをまぶかにし、小さく頷うなずいた。

 街の門で手続きを済ませると、クロードは元来た山へ向かった。

 あの兵士を埋めた辺りまでは遠い。
 ある程度整備された山道とはいえ、クロードの足でも片道一週間はかかる。
 乗合の幌馬車ほろばしゃを使えば、三日ほどで着ける距離だ。

 クロードと同じ馬車に乗り合わせたのは、他に三人だった。
 子どもを二人連れた母親と、人のよさそうな笑みを浮かべた男が一人。

 ゴトゴトと音を立てて進む馬車に揺られているうちに、退屈した子どもがぐずりはじめた。

「まだ先は長いんだから、少し寝てなさい」
 母親が周囲に気を遣いながら子どもをたしなめる。

 その言葉に、同乗していた男がにこやかに答えた。

「いいですよ。子どもは退屈に弱いですからな」

 クロードも「そうだな」と言って、母親を安心させた。

「じゃあ、おじさんが面白いお話をしてあげよう」

 男は自分の荷から綺麗な表紙の本を取り出し、子どもに見せながら読み聞かせを始めた。

 クロードはそれを聞きながら、休むために目を閉じた。

 それから幾度か夜営を挟みながら、幌馬車ほろばしゃは山道を進んだ。

 そろそろ、あの兵士を埋めた辺りまで来ている。
 クロードは御者ぎょしゃの男に声をかけ、次の休憩場所で降ろしてくれと伝えた。

 幌馬車ほろばしゃを降り、クロードはあの河原の辺りまで歩いた。
 山道を少し外れるだけで、そこは崖がけになっている。
 所々に低木が生えていて、気を抜けば足を踏み外しそうだった。

 夜明け前の暗い時間にアンプルを探していたのなら、なおさら危険だったはずだ。
 高さがあるぶん川の音は遠く、崖がけの縁ふちは思うよりずっと近い。
 兵士も、気づいた時には遅かったのかもしれない。

 川沿いを歩いていく先に、土がわずかに盛り上がった場所があった。
 あの兵士を埋めた場所だ。

 クロードはフラップキャップを取り、胸に当てたまましばらく黙祷もくとうした。

 その時、遠くで悲鳴が上がった。

 クロードは急いで河原から岩場をよじ登り、山道へ戻る。
 声のした方角は、幌馬車ほろばしゃが進んでいった先だった。

 クロードは山道を走った。

 息を切らしながら駆けた先で、クロードの目に飛び込んできたのは、倒れた御者ぎょしゃと母親だった。

 御者は喉を掻き切られ、すでに絶命している。
 母親は浅く、途切れがちな呼吸を繰り返していた。

「おい!!」
「......あの子......たち......が......」

 母親は、いなくなった子どもたちを追うように手を伸ばす。
だが、その指先は空を掴んだまま、力なく落ちた。

 クロードはその手の先へ視線を向けた。

 山道の脇に細い獣道けものみちがある。
 そこには靴跡くつあとと、何かを引きずったような跡が続いていた。

 クロードはリュックの中からナイフを取り出し、獣道けものみちへと入った。

 しばらく進むと、子どもの泣き声がかすかに聞こえてくる。
 音を立てぬよう身をかがめて進むと、少し開けた場所の奥に洞窟どうくつが見えた。

「うるせぇ!! ガキども!!」

 怒鳴り声の主は、幌馬車ほろばしゃで同乗していたあの男だった。
 男が地面に転がった大きな麻袋を蹴けると、中から悲鳴が上がる。

 クロードはしばらく身を潜めたまま、洞窟どうくつの様子を窺うかがった。

「ったく、ガキはうるさくてたまらん。黙らせとけ。ただし傷はつけるなよ」

 洞窟どうくつの中から出てきた男が、子どもを攫さらった男にそう指示した。

「へいへい」

 攫さらった男はポケットから小瓶を取り出すと、麻袋に数滴、液体を垂らした。
 しばらく続いていた子どもの泣き声が、次第に弱くなり、やがて消える。

「いい夢見ろよ。この次目を覚ましたら、地獄が待ってるからな」

 猫なで声でそう囁くと、男はぺっと唾を吐いた。

「アニキ、そろそろ商品も揃ったことだし、運び出すか」

 洞窟どうくつの奥から出てきた別の男が、にやにやしながら言った。

「そうだな。人間の在庫は、とっとと売りさばかねぇとな」
「こいつも早めに流さねえと、軍に嗅かぎつけられちまうしな」

 そう言って、男は木枠に嵌はめ込まれたアンプルを持ち出してきた。

 クロードは藪やぶに身を潜めたまま、三人の盗賊の動向を探った。

 他に人の気配はない。

 盗賊は三人。子どもは洞窟どうくつの中。アンプルもある。
 一人で飛び込むには、あまりに分が悪い。

「おいお前、そのガキどもと乗ってきた馬車は?」
「まだそこら辺にいるんじゃないですかね」
「丁度いい。そいつで運ぶ。確保しとけ」
「へいへい」

 二人の盗賊は洞窟どうくつの中へ引っ込み、子どもを攫さらった男だけが獣道けものみちの方へ歩いてきた。

 クロードは木の陰に身を寄せ、息を潜めた。

 男は何も気づかぬまま通り過ぎ、山道へ向かっていった。

 その背を追い、道が開けた瞬間を狙う。
ナイフの柄で後頭部を強く打ちつけると、男は振り向く間もなく昏倒こんとうした。

 倒れた男のポケットから、子どもを眠らせた薬を取り出し、アジトへ戻った。

 クロードはハイネックの襟えりを持ち上げて口元を隠し、瓶びんの蓋ふたを外して洞窟どうくつの入口へ投げた。

 瓶びんが割れる音に気づき、男が警戒けいかいしながら出てくる。
 だが、入口に飛び散った薬を吸い込んだ途端、そのまま白目を剥むいて崩れ落ちた。

「誰だ!?」

 頭目の男が大型のナイフを手に、洞窟どうくつから出てきた。
 眠り薬を吸ったはずなのに、足取りはまだしっかりしている。

 クロードは木の陰に身を潜めた。

「軍の犬か!? 出て来い!!」

 そう怒鳴ると、男は麻袋を持ち上げ、ナイフの切っ先を向けた。

 どっ、と鈍い音がして、男がふと下を見る。
腹には、クロードのナイフが深々と突き刺さっていた。

 手から、子どもの入った麻袋が落ちる。
 その瞬間、クロードは藪やぶから駆け出し、男へ体当たりした。
 倒れこんだ勢いのまま、腹からナイフを引き抜く。

 真っ赤な血が噴水のように噴き出した。

「......ぐっ」

 男はもんどり打って倒れ、それでもクロードを睨にらみながら、近くの石や木切れを手当たり次第に投げた。

 その手が、あのアンプルを掴んだ。

 クロードは目を見開き、入口近くの麻袋へ駆け寄った。
 子どもたちを庇かばうように、その上へ身を伏せる。

 カシャン。

 音がした。

 永遠とも感じる一瞬の後。

 轟音ごうおんが鼓膜こまくを叩きつけ、灼やけつく熱が辺りを呑み込んだ。
 次の瞬間、一帯が炎に包まれる。

 立ち上った巨大な火柱は、遠くの駐屯都市ちゅうとんとしからも見えた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



「君、君ぃ。起きたまえよ、君」

 耳の奥で痛みと一緒に、不快な声が響いていた。

「こんな事で死んでたら、人生面白くないぞ、君」

 どれほど気を失っていたのか。
 クロードは重い瞼まぶたをこじ開けた。

 目の前にあったのは、あの薬師やくしのはりついた笑顔だった。

「よしよし。気がついたかい?」

 周囲を見回す。
 自分が倒れていた場所を中心に、そこだけがかろうじて残り、他は一面焼け野原になっていた。

「俺......は......」

 身を起こすと、下敷きになっていた麻袋がごそりと動いた。
 子どもは生きている。

「面白い見物ができそうだと思ってね。君の後を追ってきたんだ」

 クロードは露骨ろこつに顔をしかめた。

「医院長に感謝したまえ。守りの術式具のおかげで、命拾いをしたんだからね」

 辺りには数人の兵士がいて、現場の検分をしていた。
 子どもたちも兵士の手で保護されていく。

「しかし......あれは失敗作だったな。守りの術具で防げるとは。まだ改良の余地がある」

 薬師は「フヒヒ......」と高く笑った。

「温度は良さそうだね。綺麗に灰になっている」

 そう言って、足元に転がる人型の炭を踏んだ。
炭化したそれは、ぱきりと軽い音を立てて簡単に崩れる。

「ちょっと、現場壊さないで下さいよ」
兵士が呆れたように注意した。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 クロードと子どもたちは、軍の馬車で駐屯都市ちゅうとんとしまで戻った。

 軍への報告が終わるまでのあいだ、薬師やくしは面白い見世物でも眺めるように、ずっとクロードの側にいた。

 ようやく解放され、街へ出る。
 すでに街では、遠くに立ち上った火柱のことが噂うわさになっていた。

「......どこまでついて来る気だ?」
「君はどこへ行くのだい?」
「依頼人の所へ行く」

 アンプルは見つけた。
 だが、取り戻すことはできなかった。
 しかも軍からは、箝口令かんこうれいが敷かれている。

「君にこれをあげよう」

 薬師はクロードの前でくるりと回り、懐から木枠に嵌はめ込まれたアンプルを取り出した。
 洞窟どうくつの男が持っていたあのアンプルと同じ物だつた。

「......これは?」
「捜索そうさくを頑張った君への、ご褒美ほうびだ」
「............」
「安心したまえ。中身はただの粉だ。無害な瓶びんさ」
 そう言って、薬師やくしはそれをクロードの胸に押しつけた。

「持って行くといい。そして、それを探していた魂を眠らせてやるといい」

 アンプルを見つめたまま、クロードは小さく息を吐いた。

「......そうだな」



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 商店街の店に着くと、店先を掃はいていた娘が気づき、慌てて父親を呼びに店の奥へ引っ込んだ。

 応接間で、クロードは商人の男にアンプルを渡した。

「これです......!! ああ、良かった。見つかったんですね」
「ああ」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、商人の目の高さにぶら下げた。

 すると、商人の視線がゆっくりと曖昧あいまいに宙をさまよう。

「このタグの持ち主だな?」
「......はい」
「俺がこれを持っている意味は分かるか?」
「......はい。私は死んだんですね」
「......そうだ」

 商人の目が伏せられる。

「瓶びんを見つけてくれて......ありがとうございます」
「眠れそうか」
「......はい」

 その返事を最後に、ふっと商人の目の焦点が合った。
 商人は少し戸惑ったように瞬きをし「......儂わしは......?」と呟いた。

 それから憑つきものが落ちたような、すっきりした顔になって言った。
「クロードさん、残りの依頼金と、依頼書へのサイン、お渡ししますね」

「......ああ」

 クロードはポケットにしまったドッグタグを、指で静かになでた。

 その後、ギルドから呼び出しがあった。
軍から報告が入ったらしい。
 盗賊のアジトを見つけたことと、一味を殲滅せんめつしたことへの報奨金ほうしょうきんが渡された。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 日が暮れ、夜の帳とばりが街に降りてくる。

 商店街の店が戸を閉め、道行く人の姿もまばらになった。

 クロードは宿に荷物を置き、夜風に頬を撫でられながら道を歩いた。

 この時間に開いているのは、飲み屋が多い。
 ランプの明かりがこぼれる店の看板を見上げる。

「ここか」

 木戸を押し開けると、カランとドアベルが鳴った。

「いらっしゃい」

 店内を見回し、クロードはカウンターの男に尋たずねた。

「この店に歌姫はいるか?」
「ああ、今ちょっと幕間まくまだが、彼女に何か用か?」
「届け物がある。会えるか?」

 クロードがポケットからドッグタグを取り出すと、男は目を見開き、カーテンの向こうへ声をかけた。

「だれ? 私に届け物って」

 カーテンの向こうから、赤茶の巻き毛を揺らした美しい女が現れた。

 クロードは握った拳を彼女に差し出した。
 女は伺うかがうようにクロードを見上げ、手のひらを上にして両手を差し出す。

「これを、あんたに」

 ドッグタグの鎖が、チャリ、と乾いた音を立てて、女の小さな手のひらに落ちた。



 ひとつ、ふたつ、透き通った涙がその上に落ちた。



「彼は」
「神の御許みもとに」
「......そう」

 女はいくつもの涙を落としながら、「ありがとう......おかえり」と呟き、カーテンの向こうへ消えていった。

「......邪魔したな」

 クロードはカウンターの男にそう告げると、店を出た。

 夜の街は、静かに眠りへ落ちていった。


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焦燥のゆくえ

 この国には、死んだ者を蘇よみがえらせる神の力の通り道、神道しんどう―― がある。

 神道しんどうが太い土地では、多くの死者が蘇よみがえり、細い土地では、その奇跡はまばらにしか起こらない。

 一度死んだ魂は、神の国へと続く、魂の川に還かえる。
 神はその川から魂を掬すくい上げ、気まぐれに人の身体へ返す。
 そうして蘇よみがえった者は、けして完全な『その人』ではない。

 それでも人は、それを救いと呼ぶ。

 たとえ、魂の形が変わっていても。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 この街は、軍の駐屯地ちゅうとんちを抱える駐屯都市ちゅうとんとしだ。

 背の高い塀へいの門には軍旗ぐんきが掲げられ、サーベルを腰に下げた門番が立っていた。
 通りにも軍服姿の者は珍しくなく、他の街や村より、空気は少しだけ硬い。

 クロードは身元確認を済ませたあと、門番に一枚の身分証を見せた。

「すまん。これを届けに来た」

 門番はそれを受け取り、記された名前を見て顔をしかめた。

「......これを、どこで?」
「十日前、この街へ来る途中で死んでいるのを見つけた。一日待ったが、蘇生しなかった」
「そうか。遺体は?」
「埋めた」
「分かった。これは軍から教会へ死亡届を出したのち、家族の元へ送られる」
「そうか。頼む」

 クロードはもう一つ、ポケットからドッグタグを取り出した。
「これも、家族の元へ送ってもらえないか」

 門番はそれを見ると、わずかに目を伏せて首を振った。

「......すまんな。それは、家族じゃなく、別の相手に渡してやってくれ」
「あんた、知っているのか」
「新兵の頃の友人だった」

 門番は懐からマッチ箱を取り出して差し出した。

「この街で歌っている女だ。彼女に渡してやってほしい」
「......そうか」

 クロードはそれを受け取り、箱に書かれた店名に目を落とした。
「分かった」



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 クロードは街で安宿を取ると、その足でギルドへ向かった。

 木戸を押し開けると、中は大勢の人で賑にぎわっていた。

 壁の掲示板の前では、依頼書を見比べながら仕事を選ぶ者たちがいる。
 窓口では、獲物を持ち込んで換金している者がいた。
 別の列では、新たな依頼を申請する者が受付係と言葉を交わしている。

 冒険者だけではない。
商人、職人、技術者、学者━━さまざまな職の者たちがこの場所を行き交っていた。

 クロードも掲示板の前に立ち、いくつか貼られた紙に目を通していた。
そのうちの一枚に、ふと視線が止まる。

『この絵の瓶びんの捜索そうさく』

 そう書かれた紙には、瓶びんらしきものの絵が描かれていた。
だが、その形はどこか奇妙だった。

 背の高い三角屋根を載せた、塔のような形をしていた。
 その屋根と胴のあいだは妙にくびれていて、見たことのない輪郭りんかくをしている。

 香水瓶にも見えた。
 だが、簡単に描かれたその絵には、装飾らしいものは何ひとつない。

 クロードがしばらくその紙を眺めていると、ふいに横から肩へ手が置かれた。

「君、この依頼に興味があるのかい?」

 肩を叩いたのは、背中まである長い金髪の男だった。
 年の頃は、クロードと変わらないだろう。
ひどく痩せた身体には不釣り合いな、ぶかぶかの膝丈の衣をまとっている。前髪は右側だけが長く、目を隠していた。

「ほら、面白い形をしているだろう?」

 まつ毛の長い切れ長の目が、近すぎる距離でクロードをのぞきこんだ。

「これはねぇ、隙間なく密閉されているんだ。ほら、ここが大きくくびれているだろう?」

 男は依頼書の輪郭線を、細く節のある指でゆっくりなぞる。

「ここで割るようにできているのさ。実に面白い」

 時折声を裏返らせながらも、その喋りは妙に流暢りゅうちょうで早い。
 ねっとりと耳にまとわりつく声に、クロードはかすかな嫌悪を覚えた。

「詳しいな」

 クロードの言葉に、男はにたりと口元を歪めた。

「そう。そうさ。詳しいだろう?」
 嬉しそうに目を細める。
「これは僕が作ったんだからねぇ」

 クロードはわずかに眉をひそめた。

「......これは何なんだ?」

 その問いに、男の目がぎょろりと見開かれた。

「興味がある?」

 男は嬉しそうに口元を歪め、さらにクロードの間近まで顔を寄せてきた。

「そうかい、そうかい。興味があるのかい。フヒヒ......」

 依頼書の絵を指先で軽くつつき、にたりと笑う。

「これはねぇ......」

 男は両手を大きく広げた。

「ドッカーン」

 そのまま、くるりと一回転して胸に手を当てる。
 まるで舞台役者のような仕草だった。

「貴族の御屋敷くらい、簡単に━━そう、実に簡単に吹き飛ばせる薬、なのさ。ヒヒヒヒヒ......」
「危ないな」

 それは薬のことか、目の前の男のことか。

「お前は誰だ?」
「僕? 僕はねぇ、この駐屯都市で薬師やくしをしている」

 男はにたりと笑う。

「名は、仲良くなったら教えてあげよう」

 薬師やくしと名乗ったその男は、依頼書をピッと取ると、クロードの胸に押しつけた。
そして、囁ささやくような低い声で続ける。

「探すといい。そう、必死に、懸命に、探したまえ。......ただし、瓶びんを割ってはいけないよ。ヒヒヒヒヒ」

 薬師やくしは、気味の悪い笑い声を残し衣を翻して雑踏ざっとうへ消えていった。

 クロードは密かに息を吐き、こわばっていた肩の力を抜いた。

 手の中の依頼書に目を落とす。
 個人依頼にしては報酬ほうしゅうがいい。
 それに、薬師やくしの言葉も引っかかっていた。

 わずかに迷ったのち、クロードはその依頼書を持って受付カウンターへ向かった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 翌朝、クロードは依頼の控えを頼りに、大通りに面した一軒の店を訪ねた。

 美しい色ガラスのはめ込まれた扉を開けると、女が「いらっしゃいませ」と迎えた。

「この依頼を受けた者だ」
「これ、父さんがギルドに出した依頼......ちょっと待ってて下さい」

 そう言うと、店の奥の扉を開け、大きな声で「父さーん」と呼んだ。
 しばらくして、清潔感のある服の、背の低い中年の男が、クロードの前へ出てくる。

「これはこれは。私の依頼を受けて下さったのですね」
「ああ。クロードという」
「立ち話も何ですから、どうぞ奥の応接間へ」

 商人らしい柔らかな笑みを浮かべた男に案内され、クロードは奥の間へ通された。
 応接間は上品な調度品で整えられ、座り心地の良さそうなソファーの間には一枚板で作られたローテーブルが置かれていた。

 クロードは依頼書をその上に置き、商人の顔を見た。

「この探し物は、商品か何かか?」
「......いえ、それは商品ではありません」
「では、何だ?」
「それが......なんと言いますか、なくなってしまったのです」
「......」

 商人は言いよどみ、落ち着かない様子で手を組んだり開いたりした。

「でも、それが一体何なのか、私にも分からないのです」
「分からない?」
「十日前、屋根の修理中に落ちましてね。目が覚めてから、それが頭にこびりついて離れないのです」

 クロードは落ち着きを失った商人を、観察するように見つめた。
 そこへ娘が香りの良い紅茶を運んでくる。

「どうぞ」
「ありがとう」

 十日前━━。
 それは、崖下がけしたの河原で兵士の死体を見つけた頃と重なる。

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、静かに目を落とした。

 娘が部屋を出ていってから、商人はクロードの持つドッグタグをじっと見つめていた。

 その視線に気づき、クロードはドッグタグを目の高さまで持ち上げる。

「こいつが気になるのか?」
「あの......それを少し見せてくれませんか?」
「ああ」

 クロードが手渡すと、商人は刻まれた名を親指で何度もなぞった。

「そいつ、知り合いか?」
「いえ、知りません。でも、覚えがあるような......」

 商人は眉を寄せ、何かを思い出そうとするように目を閉じた。

「......だめだ、分からない。でも、朝にはなくなっていた......」
「朝?」
「上からの指令で、薬師やくしから預かって、軍の研究施設まで届けるはずだったのです」
「............」

 その言葉に、クロードは先ほどの奇妙な男を思い出し、わずかに眉を上げた。

「でも、朝にはなくなっていた。探さなければ......」
 商人は虚ろな目でどこか遠くを見つめ、もう一度「探さなければ......」と呟いた。

 クロードが紅茶のカップを持ち上げると、受け皿が小さくカチリと鳴る。
 その音に、商人ははっとしたようにクロードを見た。

「......あれ? どこまで話しましたっけ?」
「依頼は分かった。探してみよう」
「そうですか。助かります」
「ただ、探すのはこの街に滞在する間だけだ。見つからなかった場合は、それまでだ」
「いえ、それでも十分です。前金はそのままお納め下さい」

 商人はにこやかに答えた。



 話を終え、クロードが店を出ようとした時、商人の娘に呼び止められた。

「あの、すみません」

「なんだ?」
「あの、父のことで......お聞きしたいことが......」

 娘はちらちらと奥の間を気にしている。
 そのそぶりに、クロードはわずかに目を細めた。

「場所を変えよう」

 二人は店を出て、近くの公園へ向かった。
 木陰にあるベンチに座ると、娘もためらいがちにクロードの隣へ腰を下ろした。

「俺に何を聞きたい?」
「......父は......十日前、店の屋根の修理の途中で足を踏み外しました。打ちどころが悪く、亡くなってしまったんです。けれど、幸い教会で蘇生が叶って......戻ってきてくれました」

 娘は道行く人々を見つめ、いったん口を閉ざした。

「でも、それからなんです。あの変な形の瓶びんがない、ないって。毎朝家中を探し回るようになったんです」
「毎朝......?」
「ええ。まだ日が昇らない時間に」

 娘はうつむき、膝の上で手を握りしめた。

「あまりにも慌てた様子で......でも、一旦落ち着くと、以前と変わらない父に戻るんです」

 クロードは娘を一瞥してから、視線を通りへ向けた。

「あんた......蘇生者が、蘇生の後に、性格や行動が変わった、とか聞いたことはあるか?」
「いえ......いや、そういえばそんな噂うわさを聞いたことがあります」

「魂は、本来、神代国かみよのくにに流れる魂の川へ還る。この国では、死ねば魂はそこへ戻る」

 娘は黙ってクロードの言葉に耳を傾けていた。

「神がその魂を帰す道を、神道しんどうという」
「ええ、教会の教えですね」
「しかし、魂を帰す時、他の魂が混じることがある」
「......えっ?」
「魂の川は流れているからな」

 そこでクロードは口を閉ざし、娘へ視線を向けた。
 膝の上で固く組まれた白い手が、かすかに震えている。

「まさか......父の魂は、他の誰かのものだと......?」
「いや、そうじゃない。ほとんどは本人の魂だろう」

 娘はおそるおそるクロードを見上げた。

「ただ、そこに別の魂が混じっている」
「......父は......蘇生してから、自分のことを『私』って言うようになったんです。以前は『儂わし』って言ってたのに......」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、そこに刻まれた名を静かに指でなぞった。

「父は......もう、元には戻らないのでしょうか」
「......ああ」

 娘は立ち上がり、クロードの前で深く頭を下げた。
「お願いです。父の探し物を見つけて下さい。父がそれで少しでも落ち着けるなら......」

 クロードはフラップキャップのつばを下げ、目元を隠した。
「可能な限り」

 それから娘と別れ、街の南側へ向かった。
 そのあたりは、裕福でも貧民でもない、普通の市井の人々が暮らす地域だった。
 向かい合った建物のあいだにはロープが渡され、洗濯物を干している家も多い。

 その街角に、少し大きめの建物があった。

「医院長はいるか」

 クロードは扉を開け、ベッドが並ぶ室内へ足を踏み入れた。

 奥の扉を開けると、消毒液の匂いが鼻をついた。
 診察台の向こうには古びた衝立ついたてがあり、その向こうから「おう、クロードか」と声がした。

 衝立ついたての向こうにいたのは、禿はげた頭に白衣をまとい、腹だけは立派に突き出た小柄な老人だった。

「医院長、いたのか」
「久しぶりじゃな。この街にいつ来た?」
「昨日」
「そうか。元気にしとるようじゃの」

 医院長はそう言って、酒の入ったグラスを軽く傾けた。

「あんたも相変わらず酒びたりなんだな」

 クロードが椅子に座ると、医院長は勧めるようにグラスを差し出した。
 だが、クロードは小さく首を振って辞退する。

「あんた、こういった瓶びんを知らないか?」

 クロードは依頼書の絵を差し出した。
 医院長はそれを見て、「アンプルじゃな」と面白くなさそうに言った。

 脇の棚の鍵を開け、ひとつの小瓶を取り出してクロードに見せる。

「薬入れじゃ」
「薬......」
「こいつを作れるのは、この街に一人しかおらん」
「薬師やくし......か?」
「知っとるのか」

 クロードはわずかに眉をひそめた。

「あいつは頭がイカれておる。ただし、腕はいい」
「あんたと一緒だな」
「ばかもん。ワシをあいつと一緒にするな」
 手に持ったグラスの酒をくいっとあおった。

 医院長はクロードの持つ依頼書に目を落としたまま言った。

「その依頼者、十日前に蘇生しとるぞ」
「ああ。それで、魂が少し混じっているみたいだ」
「......ふん」

 医院長は鼻を鳴らした。

「神の恵みか、神の呪いか。不憫ふびんじゃの」
「神の気まぐれだ」

 クロードがそう言うと、医院長は苦いものでも飲み下すように、またグラスを傾けた。

「アンプルに入っている薬は危ない物が多い」
「薬師やくしは爆発すると言っていた」

 医院長は「ふん」と鼻を鳴らす。

「奴なら作りかねんな」
「あと......依頼者の魂に混じった者が言っていた。軍の研究施設に運んでいたと」

 そこで初めて、医院長の手が止まった。

「会話できたのか」
「こいつを見せてから、口調が変わった」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、医院長に見せた。

「俺が発見した死体は、まだ温かかった。それが十日前の早朝だ」
「死んだ頃も同じ、か。あり得ん話ではないな」

 クロードはドッグタグに刻まれた名前を、静かに指でなぞった。

「十中八九、この兵士で間違いないだろう」

「話せるくらいに魂が混じってるとすりゃ、依頼人の人格が変わっちまうぞ」
「ああ。目を閉じさせてやらなきゃならない」

 クロードはドッグタグをポケットに戻し、立ち上がった。

「行くのか」
「ああ」

 フラップキャップをまぶかにかぶったクロードを、医院長が「おい」と呼び止めた。

「お前のここ......神道痕しんどうこんはどうなっとる?」
 親指を立てて、自分の胸をトンとつつく。

 クロードはしばらく無言で医院長を睨にらんでいたが、「変わりない」とだけ言って、診察室を後にした。

 医院の扉を開けると、そこに一人の人物が立っていた。
 ギルドで声をかけてきた、あの男。
 薬師やくしだった。

「お前......」
「おやおや、君は先ほどの、瓶びんの捜索人」

 薬師の言葉に、クロードはわずかに眉を上げた。

「クロードだ」
「クロードくん......ああ、君がクロードくんか。以前、医院長の話で聞き及んでいるよ」

 薬師やくしが三日月のように唇をつり上げた。
 顔に張りついたその笑みは、見る者を不安にさせるような圧迫感を帯びている。

「あのアンプルには何が入っていた?」
「言っただろう? 危ない......そう、危ない薬だと」
「そんな物を、なぜ軍が?」
「泡沫ほうまつの神。君も知ってるだろう?」

 薬師やくしはそこで言葉を切った。

「生まれたばかりの神、幼き神、残酷ざんこくな神――泡沫ほうまつの神。蘇生を持つ我々人間が、最も恐れる厄災さ」

 薬師やくしはさっと距離を縮め、覗のぞき込むようにクロードの灰色の目を見た。

「あの神には善悪も何もない。赤子が玩具で遊ぶように、人の魂を器へ戻す」

 さらに顔を寄せ、囁く。

「その器が、どんなに壊れていても......ね」

 クロードの頬を冷たい汗が流れた。
「不完全蘇生体......か」

「そう、そうだよ君。泡沫ほうまつの神は、どれだけ壊れた器でも蘇生させる」
「............」
「肉片、骨の一片であっても蘇生する。それを止められる方法はただ一つ。ヒヒヒ......蘇生する器を焼き払い、灰にしてしまうことだ。泡沫ほうまつの神に与えないためにね」

 薬師ほうまつは張りついた笑顔のまま、さっとクロードから離れ、丁寧に一礼した。

「あのアンプルには、空気に触れると広範囲を高温で焼き払う薬剤が封じられ、術式が組まれている」

 顔を上げると、わざとらしく眉を寄せる。

「見つけたまえ。......そう、必死に、懸命けんめいに。ただし、アンプルを割ってはいけないよ......フヒヒ」

 薬師はくるりと回り、足取り軽く雑踏ざっとうの方へ去っていった。

 それを見送って、クロードは住宅街の空を見上げた。
 陽はすでに真上に昇っていた。

 ふと腹を押さえる。
 そういえば、まだ何も食べていない。

 クロードは商店街のほうへ歩き出した。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 街の食堂に入ると、席のほとんどは軍服姿の男たちで埋まっていた。
 長テーブルの奥に一席だけ空きがあり、クロードはそこへ座る。

 給仕の男が水の入ったコップをコトンと置き、「いらっしゃい」と声をかけてきた。
 クロードは店のおすすめを頼み、水を飲んだ。

 ほどなく、周囲の話し声が耳に入ってくる。

「東の泡沫ほうまつの神は消えたらしい」
「そいつは良かった」

 安堵するような声だったが、長くは続かない。

「で、次はどこだ」
「分からん。泡沫ほうまつの神は、いつどこで湧わくか読めんからな」
「個体の神と違って、土地も選ばんしな」

 誰かがパンをちぎりながら、小さく舌打ちした。

「ありゃ神じゃねぇ。厄災だよ。厄災」
「前線の不完全蘇生体を焼き払ったら、しばらく休暇だな」

 兵士たちは皿の上の料理をつつきながら、そんな話を当たり前のように交わしていた。

 クロードはパン粥がゆをスプーンですくい、無言で口に入れた。



 神は数え切れないほどいる。
 多くの神は人間に無関心で、誕生や蘇生に関わる神はそう多くない。
 そして成熟した神は、生きることが不可能なほど損壊そんかいした器に魂を戻すことはない。

 しかし、生まれて間もない神は違う。
 幼いがゆえに、あたりかまわず魂を器へ戻してしまう。
 それが肉片であっても、骨の一片であっても、そこに命は灯る。

 蘇生したものは、もはや原形を留めない。
痛みと苦しみにのたうち回り、やがて群れ、波となって生者を襲おそう。

 そして、生まれたての神の多くは、人間界に災いだけを残し、泡のように弾けて消えていく。

 それを人々は厄災と呼んだ。

 不完全に蘇生された者たちは神に問う。

『なぜ......』

 痛みや苦しみに肉をよじらせ、生者に問う。

『なぜ......』

 やがてそれは人の形も心も失い、哀しみの波となって生者へ押し寄せる。
 それを食い止め、死者の世界へ送るために、兵士たちは焼き払う。

 かつての仲間も、友人も、家族も。



 食事を終えると、クロードは再びギルドへ向かった。

 あの兵士が死んでいた辺りに、何か手がかりがあるはずだった。

 掲示板に貼られた依頼書を一通り見て回る。
 山中に関するものがいくつかあった。
 薬草や鉱物の採集、獣の討伐とうばつ━━その中に、盗賊討伐とうぞくとうばつの依頼も混じっている。

 大きな街に近い街道には、追い剥はぎや盗賊が出ることがある。
 野宿している旅人や、荷を運ぶ者を狙う輩やからも少なくない。

 軍の荷を運んでいたあの兵士も、こいつらに襲われたのではないか。
 奪われた荷を取り戻そうとして探し回り、その末に崖から足を踏み外した━━そんな筋書きが、クロードの中で静かに形を結んだ。

 一枚の依頼書がクロードの目にとまった。

『盗賊のアジトの特定』

 それは、個人や店から持ち込まれた依頼書とは書式が違っていた。
ギルド自身が出した依頼だ。

 それだけ、この街の周辺で盗賊被害が続いているのだろう。

「......これなら、やれそうだな」

 クロードはその依頼書を取り、受付へ向かった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 街で数日分の野宿の支度を整えると、クロードは一旦安宿を引き払った。
 背負った革のリュックは、いつもより重い。

 街を出る前に、もう一度医院へ向かう。
 医院長は入口の脇に椅子を出し、酒を飲んでいた。

「もう街を出るのか」
「いや、盗賊のアジトを探しに行く」

 医院長は「ふん......」と、少し思案するような顔をした。
「ちょっと待ってろ」

 そう言って建物の中へ入り、しばらくして戻ってくる。

「これを持って行け」
「......これは?」

 掌てのひらに収まる大きさのプレートには術式が刻まれ、青い石がはめ込まれていた。

「守りの術具じゃ」
「軍不出の術具じゃないのか?」
「そこはホレ、人脈っちゅうもんじゃ」

 医院長がニヤリと笑う。

「あの薬師やくしが作ったモンが絡んでるなら、そいつを持っといて損はなかろう」
「......礼を言う」
「ふん。誰かの前で、お前が神道痕しんどうこんで蘇生したら面倒じゃからな」

 クロードはフラップキャップをまぶかにし、小さく頷うなずいた。

 街の門で手続きを済ませると、クロードは元来た山へ向かった。

 あの兵士を埋めた辺りまでは遠い。
 ある程度整備された山道とはいえ、クロードの足でも片道一週間はかかる。
 乗合の幌馬車ほろばしゃを使えば、三日ほどで着ける距離だ。

 クロードと同じ馬車に乗り合わせたのは、他に三人だった。
 子どもを二人連れた母親と、人のよさそうな笑みを浮かべた男が一人。

 ゴトゴトと音を立てて進む馬車に揺られているうちに、退屈した子どもがぐずりはじめた。

「まだ先は長いんだから、少し寝てなさい」
 母親が周囲に気を遣いながら子どもをたしなめる。

 その言葉に、同乗していた男がにこやかに答えた。

「いいですよ。子どもは退屈に弱いですからな」

 クロードも「そうだな」と言って、母親を安心させた。

「じゃあ、おじさんが面白いお話をしてあげよう」

 男は自分の荷から綺麗な表紙の本を取り出し、子どもに見せながら読み聞かせを始めた。

 クロードはそれを聞きながら、休むために目を閉じた。

 それから幾度か夜営を挟みながら、幌馬車ほろばしゃは山道を進んだ。

 そろそろ、あの兵士を埋めた辺りまで来ている。
 クロードは御者ぎょしゃの男に声をかけ、次の休憩場所で降ろしてくれと伝えた。

 幌馬車ほろばしゃを降り、クロードはあの河原の辺りまで歩いた。
 山道を少し外れるだけで、そこは崖がけになっている。
 所々に低木が生えていて、気を抜けば足を踏み外しそうだった。

 夜明け前の暗い時間にアンプルを探していたのなら、なおさら危険だったはずだ。
 高さがあるぶん川の音は遠く、崖がけの縁ふちは思うよりずっと近い。
 兵士も、気づいた時には遅かったのかもしれない。

 川沿いを歩いていく先に、土がわずかに盛り上がった場所があった。
 あの兵士を埋めた場所だ。

 クロードはフラップキャップを取り、胸に当てたまましばらく黙祷もくとうした。

 その時、遠くで悲鳴が上がった。

 クロードは急いで河原から岩場をよじ登り、山道へ戻る。
 声のした方角は、幌馬車ほろばしゃが進んでいった先だった。

 クロードは山道を走った。

 息を切らしながら駆けた先で、クロードの目に飛び込んできたのは、倒れた御者ぎょしゃと母親だった。

 御者は喉を掻き切られ、すでに絶命している。
 母親は浅く、途切れがちな呼吸を繰り返していた。

「おい!!」
「......あの子......たち......が......」

 母親は、いなくなった子どもたちを追うように手を伸ばす。
だが、その指先は空を掴んだまま、力なく落ちた。

 クロードはその手の先へ視線を向けた。

 山道の脇に細い獣道けものみちがある。
 そこには靴跡くつあとと、何かを引きずったような跡が続いていた。

 クロードはリュックの中からナイフを取り出し、獣道けものみちへと入った。

 しばらく進むと、子どもの泣き声がかすかに聞こえてくる。
 音を立てぬよう身をかがめて進むと、少し開けた場所の奥に洞窟どうくつが見えた。

「うるせぇ!! ガキども!!」

 怒鳴り声の主は、幌馬車ほろばしゃで同乗していたあの男だった。
 男が地面に転がった大きな麻袋を蹴けると、中から悲鳴が上がる。

 クロードはしばらく身を潜めたまま、洞窟どうくつの様子を窺うかがった。

「ったく、ガキはうるさくてたまらん。黙らせとけ。ただし傷はつけるなよ」

 洞窟どうくつの中から出てきた男が、子どもを攫さらった男にそう指示した。

「へいへい」

 攫さらった男はポケットから小瓶を取り出すと、麻袋に数滴、液体を垂らした。
 しばらく続いていた子どもの泣き声が、次第に弱くなり、やがて消える。

「いい夢見ろよ。この次目を覚ましたら、地獄が待ってるからな」

 猫なで声でそう囁くと、男はぺっと唾を吐いた。

「アニキ、そろそろ商品も揃ったことだし、運び出すか」

 洞窟どうくつの奥から出てきた別の男が、にやにやしながら言った。

「そうだな。人間の在庫は、とっとと売りさばかねぇとな」
「こいつも早めに流さねえと、軍に嗅かぎつけられちまうしな」

 そう言って、男は木枠に嵌はめ込まれたアンプルを持ち出してきた。

 クロードは藪やぶに身を潜めたまま、三人の盗賊の動向を探った。

 他に人の気配はない。

 盗賊は三人。子どもは洞窟どうくつの中。アンプルもある。
 一人で飛び込むには、あまりに分が悪い。

「おいお前、そのガキどもと乗ってきた馬車は?」
「まだそこら辺にいるんじゃないですかね」
「丁度いい。そいつで運ぶ。確保しとけ」
「へいへい」

 二人の盗賊は洞窟どうくつの中へ引っ込み、子どもを攫さらった男だけが獣道けものみちの方へ歩いてきた。

 クロードは木の陰に身を寄せ、息を潜めた。

 男は何も気づかぬまま通り過ぎ、山道へ向かっていった。

 その背を追い、道が開けた瞬間を狙う。
ナイフの柄で後頭部を強く打ちつけると、男は振り向く間もなく昏倒こんとうした。

 倒れた男のポケットから、子どもを眠らせた薬を取り出し、アジトへ戻った。

 クロードはハイネックの襟えりを持ち上げて口元を隠し、瓶びんの蓋ふたを外して洞窟どうくつの入口へ投げた。

 瓶びんが割れる音に気づき、男が警戒けいかいしながら出てくる。
 だが、入口に飛び散った薬を吸い込んだ途端、そのまま白目を剥むいて崩れ落ちた。

「誰だ!?」

 頭目の男が大型のナイフを手に、洞窟どうくつから出てきた。
 眠り薬を吸ったはずなのに、足取りはまだしっかりしている。

 クロードは木の陰に身を潜めた。

「軍の犬か!? 出て来い!!」

 そう怒鳴ると、男は麻袋を持ち上げ、ナイフの切っ先を向けた。

 どっ、と鈍い音がして、男がふと下を見る。
腹には、クロードのナイフが深々と突き刺さっていた。

 手から、子どもの入った麻袋が落ちる。
 その瞬間、クロードは藪やぶから駆け出し、男へ体当たりした。
 倒れこんだ勢いのまま、腹からナイフを引き抜く。

 真っ赤な血が噴水のように噴き出した。

「......ぐっ」

 男はもんどり打って倒れ、それでもクロードを睨にらみながら、近くの石や木切れを手当たり次第に投げた。

 その手が、あのアンプルを掴んだ。

 クロードは目を見開き、入口近くの麻袋へ駆け寄った。
 子どもたちを庇かばうように、その上へ身を伏せる。

 カシャン。

 音がした。

 永遠とも感じる一瞬の後。

 轟音ごうおんが鼓膜こまくを叩きつけ、灼やけつく熱が辺りを呑み込んだ。
 次の瞬間、一帯が炎に包まれる。

 立ち上った巨大な火柱は、遠くの駐屯都市ちゅうとんとしからも見えた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



「君、君ぃ。起きたまえよ、君」

 耳の奥で痛みと一緒に、不快な声が響いていた。

「こんな事で死んでたら、人生面白くないぞ、君」

 どれほど気を失っていたのか。
 クロードは重い瞼まぶたをこじ開けた。

 目の前にあったのは、あの薬師やくしのはりついた笑顔だった。

「よしよし。気がついたかい?」

 周囲を見回す。
 自分が倒れていた場所を中心に、そこだけがかろうじて残り、他は一面焼け野原になっていた。

「俺......は......」

 身を起こすと、下敷きになっていた麻袋がごそりと動いた。
 子どもは生きている。

「面白い見物ができそうだと思ってね。君の後を追ってきたんだ」

 クロードは露骨ろこつに顔をしかめた。

「医院長に感謝したまえ。守りの術式具のおかげで、命拾いをしたんだからね」

 辺りには数人の兵士がいて、現場の検分をしていた。
 子どもたちも兵士の手で保護されていく。

「しかし......あれは失敗作だったな。守りの術具で防げるとは。まだ改良の余地がある」

 薬師は「フヒヒ......」と高く笑った。

「温度は良さそうだね。綺麗に灰になっている」

 そう言って、足元に転がる人型の炭を踏んだ。
炭化したそれは、ぱきりと軽い音を立てて簡単に崩れる。

「ちょっと、現場壊さないで下さいよ」
兵士が呆れたように注意した。



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 クロードと子どもたちは、軍の馬車で駐屯都市ちゅうとんとしまで戻った。

 軍への報告が終わるまでのあいだ、薬師やくしは面白い見世物でも眺めるように、ずっとクロードの側にいた。

 ようやく解放され、街へ出る。
 すでに街では、遠くに立ち上った火柱のことが噂うわさになっていた。

「......どこまでついて来る気だ?」
「君はどこへ行くのだい?」
「依頼人の所へ行く」

 アンプルは見つけた。
 だが、取り戻すことはできなかった。
 しかも軍からは、箝口令かんこうれいが敷かれている。

「君にこれをあげよう」

 薬師はクロードの前でくるりと回り、懐から木枠に嵌はめ込まれたアンプルを取り出した。
 洞窟どうくつの男が持っていたあのアンプルと同じ物だつた。

「......これは?」
「捜索そうさくを頑張った君への、ご褒美ほうびだ」
「............」
「安心したまえ。中身はただの粉だ。無害な瓶びんさ」
 そう言って、薬師やくしはそれをクロードの胸に押しつけた。

「持って行くといい。そして、それを探していた魂を眠らせてやるといい」

 アンプルを見つめたまま、クロードは小さく息を吐いた。

「......そうだな」



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 商店街の店に着くと、店先を掃はいていた娘が気づき、慌てて父親を呼びに店の奥へ引っ込んだ。

 応接間で、クロードは商人の男にアンプルを渡した。

「これです......!! ああ、良かった。見つかったんですね」
「ああ」

 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、商人の目の高さにぶら下げた。

 すると、商人の視線がゆっくりと曖昧あいまいに宙をさまよう。

「このタグの持ち主だな?」
「......はい」
「俺がこれを持っている意味は分かるか?」
「......はい。私は死んだんですね」
「......そうだ」

 商人の目が伏せられる。

「瓶びんを見つけてくれて......ありがとうございます」
「眠れそうか」
「......はい」

 その返事を最後に、ふっと商人の目の焦点が合った。
 商人は少し戸惑ったように瞬きをし「......儂わしは......?」と呟いた。

 それから憑つきものが落ちたような、すっきりした顔になって言った。
「クロードさん、残りの依頼金と、依頼書へのサイン、お渡ししますね」

「......ああ」

 クロードはポケットにしまったドッグタグを、指で静かになでた。

 その後、ギルドから呼び出しがあった。
軍から報告が入ったらしい。
 盗賊のアジトを見つけたことと、一味を殲滅せんめつしたことへの報奨金ほうしょうきんが渡された。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 日が暮れ、夜の帳とばりが街に降りてくる。

 商店街の店が戸を閉め、道行く人の姿もまばらになった。

 クロードは宿に荷物を置き、夜風に頬を撫でられながら道を歩いた。

 この時間に開いているのは、飲み屋が多い。
 ランプの明かりがこぼれる店の看板を見上げる。

「ここか」

 木戸を押し開けると、カランとドアベルが鳴った。

「いらっしゃい」

 店内を見回し、クロードはカウンターの男に尋たずねた。

「この店に歌姫はいるか?」
「ああ、今ちょっと幕間まくまだが、彼女に何か用か?」
「届け物がある。会えるか?」

 クロードがポケットからドッグタグを取り出すと、男は目を見開き、カーテンの向こうへ声をかけた。

「だれ? 私に届け物って」

 カーテンの向こうから、赤茶の巻き毛を揺らした美しい女が現れた。

 クロードは握った拳を彼女に差し出した。
 女は伺うかがうようにクロードを見上げ、手のひらを上にして両手を差し出す。

「これを、あんたに」

 ドッグタグの鎖が、チャリ、と乾いた音を立てて、女の小さな手のひらに落ちた。



 ひとつ、ふたつ、透き通った涙がその上に落ちた。



「彼は」
「神の御許みもとに」
「......そう」

 女はいくつもの涙を落としながら、「ありがとう......おかえり」と呟き、カーテンの向こうへ消えていった。

「......邪魔したな」

 クロードはカウンターの男にそう告げると、店を出た。

 夜の街は、静かに眠りへ落ちていった。


━ 終 ━
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