第61話 翌日の学校
翌日。いつも通りの朝が来る。
翔が学校へ行く準備をしていると、ゆうが浮遊しながら近付いてきた。
『あー、昨日は調子に乗って呑みすぎた。軽く二日酔いだわ』
「......本当にどれだけ呑んでたんだよ、お前ら」
ゆうは頭を抑え、若干顔が青白くなっている。思わず翔は呆れてしまう。
『少年もいつかわかるぞ、翌日のことを考えずにひたすら呑みたくなる時もあるからな! にしても二日酔いとか何百年ぶりだ?』
「スケールがデカすぎんだろ......」
翔はもう、ゆうを無視して支度をすることにした。頭上でゆうが相手にされずに騒いでいるが無視だ。
支度を終えると、とっとと部屋から出る。他の人が現れれば翔が不審者になるとゆうは話しかける頻度を少し減らしてくれるからだ。減らすと言っても全く話しかけてこないわけではないのが、ゆうの厄介なところだ。
朝食のパンを食べ終え、時計を見るともう家を出ないといけない時間だった。翔は慌てて家を出る。
通学路を歩いていると、前方の十字路からちょうど和也が曲がってきた。
「カズ、はよっ」
「おはよう、翔」
いつも通りの和也を見て、翔は安心する。久遠達から再三、影響はないとは言われていたが、実際に和也自身の意思で動いて、喋っているのを見てやっと本当に大丈夫だったんだと実感できた。
「昨日、気付いたら部屋で寝てたんだけど、いつ帰ったか知ってるか?」
「......」
いきなり、昨日の核心について聞かれて翔は息が止まるかと思った。冷や汗をかきながら、視線を逸らしてどう対応するべきか考える。ここで俺が失敗したら、昨日の努力が水の泡だと内心少しパニックになった。
『とりあえず、知らないでしら切っとけー。どうせ、記憶ないからバレないバレない』
和也の顔を覗き込むように宙を浮きながらゆうがアドバイスをくれる。こういう時だけは役に立つよなと思いながら、翔は視線を和也に向ける。昔誰かに言われた気がする、嘘をつくなら相手の瞳をしっかりと見据えろと。
翔はそれを実践する。
「昨日は一緒に帰ってないから知らねえーよ? 疲れてるんじゃないのか?」
「うーん、そうか? でもそうだよな。疲れて無意識に帰ってたか......」
やや納得いかなさそうに和也は首を傾げているが、無理やり話を終わらせる。そして、普段通りにくだらない会話をしながら学校へと向かう。
その時、前方に身に覚えのある人影を見かけた。翔は特に何も考えずに、その人物に向かい走る。
「おい、翔!!」
背後から和也の止める声が聞こえたが、走り出した足はすぐには止まらない。翔は無視してそのまま走る。
「よっ、チカ! おはよう」
声をかけると朔夜は立ち止まり、振り返る。眼鏡をかけたその顔は心の底から嫌そうだ。
「何? 用がないなら話しかけないでくれない?」
「昨日の今日なのに冷たくない?」
「何が? そもそもたかがそれだけで何が変わるっていうわけ?」
濃かった昨日の出来事ではずっと眼鏡をとった姿の朔夜を見ていた為、違和感を覚える。昨日までは眼鏡姿が普通だったのになと不思議に思う。
まだ、和也が遠くにいるからか、朔夜の話し方が敬語ではなく、飾っていないものというのも嬉しい。
『おー、さや。おはよう』
ゆうがスーと2人の間に入り、挨拶する。しかし、朔夜は無視だ。慣れているようでゆうは空中で宙返りをしながら笑っている。
「こら、翔。不知火さんに迷惑かけるな。......不知火さん、ごめんね」
「いえ、大丈夫です。私はこれで失礼します」
翔を無視して和也にだけ頭を下げると、朔夜は学校に向かって歩いていってしまった。
その後ろ姿をなんとなく見送る。
「っと、俺たちも行くぞ」
「ああ」
つい和也と2人で立ち止まっていたが、催促されて慌てて足を動かす。
昨日は少し世界が変わる出来事に巻き込まれた。でも一夜明けたら、いつもの日常が戻っている。その幸せを翔は噛み締めた。
◇◇◇◇
帰りのHRも終わると、すぐに荷物をまとめて朔夜は教室を後にしていた。翔はそれを見送ってから荷物をまとめる。
「翔」
のんびりと鞄に教科書をしまっていると和也に話しかけられる。和也はゆっくりと翔の机の前まできた。視線だけ和也に向けて続きを促す。
和也はその視線を受けて頷くと口を開いた。
「今日は予定があるから先に帰るな」
「おー、気をつけろよ」
「お前もな」
軽口を叩くと、そのまま和也も行ってしまう。俺も帰るかと教科書を詰めた鞄を翔は持ち立ち上がる。ゆうが頭上で横になりながら欠伸をしている。本当になんでこいつ学校についてきてるんだ? と翔は不思議で仕方ない。
「あー、稲荷。少しいいか?」
帰ろうと歩き出そうとすると、気怠そうな鳴海に声をかけられた。昨日と違い眼鏡をかけていない姿を見て、やっぱり鳴海はこうだよなと内心で翔は大きく頷く。
「どうしたの、ナル先生」
「あー、ちょっと話があってさ。数学準備室来てもらってもいいか?」
少し歯切れが悪く鳴海が言う。疑問に思いながらも翔は頷くと、鳴海はホッとしたように胸を撫で下ろした。
不思議に思いながらも鳴海について数学準備室に向かう。少し疲れた様子が見えるのは昨日の後始末があったからかな? と前を歩く鳴海をなんとなく拝む。
『なにやってんだ?』
揶揄うようなゆうの声を翔は無視した。
数学準備室にたどり着くと、鳴海は扉に手をかけて深呼吸をする。そして気合を入れるようにして扉を開けた。
鳴海に続いて、翔も準備室の中に入る。中は以前と同様に大量の本が収納された本棚と乱雑に書類が放置されている机があった。
「遅かったね」
そして、少しだけ書類が不自然に片付けられている一角で椅子に座りノートを書いている朔夜がいた。朔夜はノートから視線を上げて、翔達を見ている。
「お前な、大人を足に使うなよ」
「そう、なら僕は知らないから帰るよ」
「......昨日の後始末で話があるって言ってんだろ、帰るなよ」
「なら、早く本題入ってくれない?」
椅子から立つ様子もなく、朔夜が話を促す。慣れているようで鳴海は溜め息を吐くと、翔に中に入るように伝える。そして、翔が中に入ると扉を閉めて、鍵もかけた。
「とりあえず、今朝、教師陣と話した感じだと昨日のことを覚えてる様子はなかった。あと、妖と戦ったって教室も朝確認した時は問題なかったぞ」
「そう、なら今回の騒動は現世にほとんど影響がなかった、で終わらせていいってことか」
「そうなるな」
朔夜と鳴海が慣れた様子で話し合いを行なっている。普段の気怠げな様子とは打って変わって真剣な鳴海に、やはり翔は慣れれない。違和感を覚えながらも口を挟めず、ゆうに話しかける。
「なあ、なんで俺呼ばれたんだ?」
『んー? 昨日の当事者だからじゃないか?』
「いや、2人ともそれにしては全くこっち見ないぞ?」
『まあ、少年だからなぁ』
「それは、どういう意味だ!」
疑問を解消しようとして、ゆうに馬鹿にされたような気がしてすぐに突っかかる。
「ねぇ、うるさいんだけど」
言い合いを始めようとすると、朔夜が迷惑そうに翔達を見た。眼鏡をかけているがゆうの声が聞こえているのか、眼鏡越しの瞳は明らかにゆうの方を睨んでいる。
『なんだよ、さや。真面目な話は終わったのか?』
「ゆう、茶化すならどっか行けば?」
「......狭霧様、そこにいるのか?」
今度は朔夜とゆうの言い合いが始まるかと思った瞬間、鳴海が驚いた声をあげて翔の横を見た。ゆうはすでに朔夜の元に移動しており、ここにはいないんだよなと思う。本当に鳴海に霊感がないんだなと翔は理解した。
そして、気になったことをそのまま聞く。
「狭霧様?」
愉快犯気質のゆうが狭霧様という改まった呼ばれ方をしているのに驚いた。
「ゆうのこと。鳴海の一族にとっては、ゆうは狭霧神社の御神体だからね。奉る対象。......こんなんでも」
『こんなんとは何だ!』
朔夜が呆れたようにゆうを見ている。ゆう本人はその言われように怒っているが、翔には納得しかない。
神聖さの欠片もない幽霊だぞとつい頷いてしまう。
「こんなのって言うな。ガキの頃から信仰の対象としてこっちは育ってるんだ。逆にそのゆうって呼び方の由来の方がおかしいだろ」
「何を言ってるの? 幽霊だからゆう。合理的だろ?」
『おう! 覚えやすい!』
「えっ、待った。名前の由来そこなのか!?」
笑顔で親指を突き立てているゆうに翔は驚愕した。朔夜のネーミングセンスがおかしいことは、すでに知ってはいたにしてもこれは酷くないか。思わず考えが言葉となって出てしまった。
「やっぱり、稲荷もそう思うよな? おかしいんだよ、こいつ」
「......いや、思うんだけど、本人的には気に入ってるみたい」
「......えっ? マジで? 朔夜の妄言じゃなかったのか」
「鳴海、それどう言う意味?」
『おー、俺のために争わなくていいぞ?』
「ゆう、うるさい」
困惑する鳴海に真実を伝えると、鳴海は頭を抱える。そして、朔夜が鳴海に食ってかかった。そこまではまだ納得できた。しかし、なぜか楽しそうに浮いているゆうが口を挟む。
思わず、文句を言うと朔夜とハモった。それを見て楽しそうにゆうは笑う。
本当にゆうの性格は厄介すぎないかと翔も頭を抱えたくなった。朔夜はもはや気にした方が負けと思ったのか、無視してノートに何かを書き込んでいる。
そして立ち上がると先程まで何かを記していたノートを鳴海に渡す。
「今日の日誌は書いたから。もう僕は行くよ」
そして、準備室の入り口まで行くと鍵を開けようとした。その時、鳴海が何かを思い出したように、「あっ」と呟く。
朔夜も気になったのか、鳴海の方へ振り向いた。
「そういえば、親父から聞いたんだけど、あいつが近々帰ってくるらしい」
「......は? 二度とこの村に戻って来ないんじゃなかったの?」
「いや、誰もそんなこと言ってないからな。お前が勝手に思い込んでいただけで」
朔夜があからさまに嫌そうな顔をする。誰の話をしているか気になったが、聞ける様子ではない。翔は見守ることにした。翔の隣をゆうがぷかぷかと漂いながら、手を打った。
『へぇ、あの小僧が帰ってくるのか』
「誰のこと?」
『んー? まあそのうちわかるだろう』
ゆうに尋ねるもはぐらかされる。思わず、朔夜を見る。しかし彼女は舌打ちをするとそのまま教室から出ていった。鳴海は呆れた様子でその後ろ姿を見送っている。
『こりゃ、一波乱また起きそうだな』
翔の隣でゆうだけが楽しそうに笑っていた。